氷川静(ひかわ しずか)と時枝修也(ときえだ しゅうや)の結婚式は、半月後に迫っていた。しかし修也は、この土壇場でまたしても結婚式を延期しようと考えていた。 なぜなら、彼の義妹・白石由奈(しらいし ゆな)が持病の発作を起こし、「すべてを投げ出してモルディブに連れて行って」と泣きながら彼にせがんだからだ。 この結婚式のために、静は二年もの時間を費やしてきた。もうこれ以上待つつもりはない。 修也に結婚する気がないのなら、他の男に乗り換えるまでの話だ。 …… 修也は試着したばかりのタキシードを慌ただしく脱ぎ捨て、スマホでモルディブ行きの一番早い便を予約した。 「結婚式は数日ずらそう。俺たちの両親には、うまく説明しておいてくれ」 付き合って六年、修也が由奈のために自分を放り出すのは、これで何度目かも数えきれない。 ついさっきまで結婚式への憧れに浸っていたのに、今や静の瞳の輝きは少しずつ消えていった。 由奈のせいで結婚式は何度も延期され、静はとっくに親戚や友人の笑い種になっていた。 込み上げてくる悔しさに、息もできないほど胸が締め付けられ、涙が不甲斐なくこぼれそうになる。 飛行機の予約をした修也が振り返ると、静と視線がかち合った。彼女の涙に濡れた瞳を見て、彼は一瞬たじろいでしまい、バツが悪そうに口を開いた。 「知ってるだろ、由奈は病気なんだ。言う通りにしないと、自分を傷つけてしまうかもしれない。放っておけないんだよ」 静は何かを言おうとしたが、そのとき、修也のスマホが鳴った。 由奈からの催促の電話だ。 修也は優しい声で由奈をなだめ、もう飛行機は予約したからすぐに家へ迎えに行く、荷物の準備をして待っているようにと伝えた。 電話を切り、再び静に視線を戻したとき、修也の目にあったはずの罪悪感はさっぱり消え失せていた。 「もう行かないと、飛行機に間に合わなくなる。試着が終わったら、自分でタクシーを拾って帰ってくれ」 大股で去っていく修也の後ろ姿を見つめながら、静は手のひらを強く握りしめた。 大学時代、修也は学部でも近寄りがたい、孤高の存在として有名だった。彼に想いを寄せる女子は星の数ほどいた。 その高嶺の花を、静は二年かけてようやく手に入れたのだ。 苦労して手に入れた修也を、静はとても大事にしてきた。
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