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共に白髪の生えるまで

共に白髪の生えるまで

By:  南風 薫Kumpleto
Language: Japanese
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氷川静(ひかわ しずか)と時枝修也(ときえだ しゅうや)の結婚式は、半月後に迫っていた。しかし修也は、この土壇場でまたしても結婚の延期を考えている。 なぜなら、彼の義妹・白石由奈(しらいし ゆな)が持病の発作を起こし、「すべてを投げ出してモルディブの海に連れて行って」と泣きながらせがんだからだ。 この結婚式のために、静は二年もの歳月を費やしてきた。彼女はもうこれ以上待つつもりはない。 修也に結婚する気がないのなら、他の男に乗り換えるまでの話だ。

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Kabanata 1

第1話

氷川静(ひかわ しずか)と時枝修也(ときえだ しゅうや)の結婚式は、半月後に迫っていた。しかし修也は、この土壇場でまたしても結婚式を延期しようと考えていた。

なぜなら、彼の義妹・白石由奈(しらいし ゆな)が持病の発作を起こし、「すべてを投げ出してモルディブに連れて行って」と泣きながら彼にせがんだからだ。

この結婚式のために、静は二年もの時間を費やしてきた。もうこれ以上待つつもりはない。

修也に結婚する気がないのなら、他の男に乗り換えるまでの話だ。

……

修也は試着したばかりのタキシードを慌ただしく脱ぎ捨て、スマホでモルディブ行きの一番早い便を予約した。

「結婚式は数日ずらそう。俺たちの両親には、うまく説明しておいてくれ」

付き合って六年、修也が由奈のために自分を放り出すのは、これで何度目かも数えきれない。

ついさっきまで結婚式への憧れに浸っていたのに、今や静の瞳の輝きは少しずつ消えていった。

由奈のせいで結婚式は何度も延期され、静はとっくに親戚や友人の笑い種になっていた。

込み上げてくる悔しさに、息もできないほど胸が締め付けられ、涙が不甲斐なくこぼれそうになる。

飛行機の予約をした修也が振り返ると、静と視線がかち合った。彼女の涙に濡れた瞳を見て、彼は一瞬たじろいでしまい、バツが悪そうに口を開いた。

「知ってるだろ、由奈は病気なんだ。言う通りにしないと、自分を傷つけてしまうかもしれない。放っておけないんだよ」

静は何かを言おうとしたが、そのとき、修也のスマホが鳴った。

由奈からの催促の電話だ。

修也は優しい声で由奈をなだめ、もう飛行機は予約したからすぐに家へ迎えに行く、荷物の準備をして待っているようにと伝えた。

電話を切り、再び静に視線を戻したとき、修也の目にあったはずの罪悪感はさっぱり消え失せていた。

「もう行かないと、飛行機に間に合わなくなる。試着が終わったら、自分でタクシーを拾って帰ってくれ」

大股で去っていく修也の後ろ姿を見つめながら、静は手のひらを強く握りしめた。

大学時代、修也は学部でも近寄りがたい、孤高の存在として有名だった。彼に想いを寄せる女子は星の数ほどいた。

その高嶺の花を、静は二年かけてようやく手に入れたのだ。

苦労して手に入れた修也を、静はとても大事にしてきた。彼に尽くし、すべてを受け入れ、わがままを言って困らせたことなど一度もなかった。

しかし、どれだけ誠意を尽くしても、修也の態度は常に生ぬるいままだった。

恋人同士のはずなのに、どこかよそよそしい空気が漂っている。

もともとそういう性格なのだと、静は思っていたが、由奈が怪我をしたときの修也の取り乱しようを見て、ようやく気づいた。彼は、決して氷のような人間ではないのだと。

修也に対する由奈の想いは誰もが知っていたが、義兄妹という関係ゆえ、その想いが父親に認められることはなかった。

そのため、由奈は病気を盾にし、静と修也の間に割り込んで仲を引き裂こうとしている。そして修也はいつも、それを優しく受け止めてしまうのだ。

自分は修也と由奈の茶番劇における、ただの道具なのではないかと、静はときどき感じてしまい、吐き気がするほど不快だった。

この六年間、何度も別れようと考えたが、離れようとするたびに、修也は急に優しくなって引き止めるのだ。

そんな繰り返しで、彼女の心はとっくに絶望で飲み込まれていた。温もりも希望もすべて奪われ、虚しさだけが残った。

自分はこんな人間ではなかったはずだ。いつも明るく前向きで、生命力に満ちていた。

それが今では、自分の殻に閉じこもり、不平不満ばかりを口にする嫌な女になった。

ひたすら我慢を重ねた結果、彼女は自分を見失ってしまった。ふと、鏡に映る自分がひどく哀れな存在に思えた。

もうこれ以上、あの人に振り回されるのはごめんだ。彼が二人の関係を大切にしないのなら、こっちだって、結婚式の直前に花婿を別の男にすげ替えればいいのだから!

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23 Kabanata
第1話
氷川静(ひかわ しずか)と時枝修也(ときえだ しゅうや)の結婚式は、半月後に迫っていた。しかし修也は、この土壇場でまたしても結婚式を延期しようと考えていた。 なぜなら、彼の義妹・白石由奈(しらいし ゆな)が持病の発作を起こし、「すべてを投げ出してモルディブに連れて行って」と泣きながら彼にせがんだからだ。 この結婚式のために、静は二年もの時間を費やしてきた。もうこれ以上待つつもりはない。 修也に結婚する気がないのなら、他の男に乗り換えるまでの話だ。 …… 修也は試着したばかりのタキシードを慌ただしく脱ぎ捨て、スマホでモルディブ行きの一番早い便を予約した。 「結婚式は数日ずらそう。俺たちの両親には、うまく説明しておいてくれ」 付き合って六年、修也が由奈のために自分を放り出すのは、これで何度目かも数えきれない。 ついさっきまで結婚式への憧れに浸っていたのに、今や静の瞳の輝きは少しずつ消えていった。 由奈のせいで結婚式は何度も延期され、静はとっくに親戚や友人の笑い種になっていた。 込み上げてくる悔しさに、息もできないほど胸が締め付けられ、涙が不甲斐なくこぼれそうになる。 飛行機の予約をした修也が振り返ると、静と視線がかち合った。彼女の涙に濡れた瞳を見て、彼は一瞬たじろいでしまい、バツが悪そうに口を開いた。 「知ってるだろ、由奈は病気なんだ。言う通りにしないと、自分を傷つけてしまうかもしれない。放っておけないんだよ」 静は何かを言おうとしたが、そのとき、修也のスマホが鳴った。 由奈からの催促の電話だ。 修也は優しい声で由奈をなだめ、もう飛行機は予約したからすぐに家へ迎えに行く、荷物の準備をして待っているようにと伝えた。 電話を切り、再び静に視線を戻したとき、修也の目にあったはずの罪悪感はさっぱり消え失せていた。 「もう行かないと、飛行機に間に合わなくなる。試着が終わったら、自分でタクシーを拾って帰ってくれ」 大股で去っていく修也の後ろ姿を見つめながら、静は手のひらを強く握りしめた。 大学時代、修也は学部でも近寄りがたい、孤高の存在として有名だった。彼に想いを寄せる女子は星の数ほどいた。 その高嶺の花を、静は二年かけてようやく手に入れたのだ。 苦労して手に入れた修也を、静はとても大事にしてきた。
Magbasa pa
第2話
そう思った瞬間、静はスマートフォンを手に取り、母親に電話をかけた。「もしもし、お母さん?私、修也との結婚、やめることにした。……そういえば、前に勧めてくれた縁談って、まだ断ってない?その話、受けようと思うの。お相手の方に、まだその気があるか聞いてもらえないかな」突然の心変わりに、母はきっと性急すぎると呆れるだろう──静はそう思っていたが、電話越しの母は、ぱっと笑い声を上げた。「よかった、やっと目が覚めたのね!わかったわ、すぐ相馬さんに連絡してみるから」相馬秋彦(そうま あきひこ)。その名前に、静は聞き覚えがあった。二人は幼馴染と呼べる間柄だったが、両親の都合で彼が海外へ引っ越してからは、自然と連絡も途絶えていた。知らない相手よりは、いくらかましだろう。静はほっと胸をなでおろした。家柄も釣り合っているし、素性もよく知れている。電撃結婚の相手として、秋彦はまさにうってつけの存在だった。ほどなくして、秋彦からメッセージが届いた。【おばさんから話は聞いたよ。いつなら都合がいい?浜城市まで迎えに行く】 静は秋彦の連絡先を知っていた。大学院入試を控えていた頃、母に言われて追加したものだったが、一度もメッセージを送ったことはなかった。少し考えた後、静はゆっくりと文字を打ち込んだ。【半月だけ時間をちょうだい。その間に全部片付けるから。また連絡するよ】修也との関係を終わらせると決めた以上、中途半端にはできない。彼は飛び出していったとき、二人の結婚指輪さえ置き忘れていった。修也は本来、そんなうっかりをする人間ではない。それほどまでに、彼は慌てていたのだろう。今頃、修也は由奈とモルディブにいるだろう。由奈は挑発するように、修也との親密な写真を何枚もSNSにアップしていた。静に対する、あからさまな示威行為だ。しかし、静の目を引いたのは、由奈が着ているローズピンクのビーチドレスだ。それは静が新婚旅行の写真を撮るために、用意していたドレスで、先日やっと手に入れたものだった。パリコレの最新作で、何日も夜更かしして、やっと先行販売で手に入れたものだ。静がどれだけこのドレスを気に入っていたか、修也も知っているはずだ。それなのに彼は、断りもなく由奈にあげてしまった。怒りで指が震える。静は修也にメッセージを送った。【人のものに勝手に触らない
Magbasa pa
第3話
招待状をすべて回収し、家に帰ろうとしたところで、修也から電話がかかってきた。彼の声は少ししゃがれていた。「招待状の件だけど、とりあえず回収しておいてくれ。結婚のことは後にしよう。由奈の情緒がまだ不安定で、今は刺激したくないんだ」もし静が反対したら──修也は、いつものように罪悪感を煽って言いくるめるつもりでいた。だが、静は感情の乗っていない声で、一言だけ返した。「わかった」修也は一瞬、言葉を失った。電話越しでも、静の変化に気づいた。自分の私物が他人に触れることを、静が何よりも嫌うと修也は知っていた。それでも由奈のために、あえてその地雷を踏んだのだ。静に送金したのは、彼女がぐちぐちと文句を言うのを黙らせるためだった。これまで百発百中で効き目があったその手が、今回に限って静があっさりと受け取った。修也は言いようのない違和感を覚えていた。修也は乾いた唇を舐め、気まずそうに言葉を続けた。「由奈のことで、君に迷惑をかけたのは分かっている。ちゃんと医者に診させて、一日でも早く治るように、俺も協力するから」「お兄ちゃん、お風呂の準備できたよ。早くして」場違いなほどの甘い由奈の声が、電話の向こうから聞こえてきた。修也は慌てて「誤解するな」と言おうとしたが、静は無慈悲に電話を切っていた。馬鹿馬鹿しい、と静は思った。由奈の診断書には、確かに双極性障害と書かれていたが、彼女はまともな治療を受けたことがなく、その度に修也に付き添ってくれるようせがむだけだった。修也の約束なんて、決して果たされることのない空手形だ。そう思うと、静の心は次第に冷え切っていった。彼女は黙々と、自分の荷物をまとめ始めた。服はそれほど多くない。スーツケース一つで事足りた。しかし、六年も暮らしたこの家には、至る所に彼女の痕跡が残っている。ベッドサイドのテーブルには、修也とのツーショット写真。キッチンには、彼女専用のピンクのエプロン。洗面所には、お揃いの歯ブラシスタンド……。彼女は、自分のものを一つ一つゴミ箱に捨てた。二人で写った写真は、自分ははさみで切り取り、修也だけ残した。彼からの贈り物は、価値のあるなしに関わらず、すべて処分した。燃やせるものは燃やし、燃やせないものは直接ゴミ箱に捨てた。永遠を誓ったはずの結婚指輪も買取店に持ち込み、手にしたお
Magbasa pa
第4話
由奈はモルディブで修也を待つことなく、翌日には病院まで追いかけてきた。ベッドに横たわって治療を受ける静の姿を見て、由奈は軽蔑した表情を浮かべた。「ずいぶん演技が上手いじゃない。でも、そんな古臭い手口、お兄ちゃんくらいしか信じないわよ」由奈の言いたいことは分かっていた。かつて、静が修也を振り向かせようと、雨の中、男子寮の前で一晩待ち続けたときのことだ。あの夜は、ひどい土砂降りだった。プレゼントするために選び抜いたギターを抱え、静はずぶ濡れで立ち尽くした。薄いシャツに染み込んだ雨水が、容赦なく彼女の体温を奪っていった。結局、雨の中で意識を失うまで待っても、修也が情けをかけてくれることはなかった。愛が実らないなど、大したことではない。そう自分に言い聞かせ、諦めようとした矢先だった。修也が、お試しで付き合ってもいいと、折れてくれたのだ。焦がれてやまなかった高嶺の花を、静はついに手に入れた。あの雨は彼女に恋をもたらし、同時に肺炎をもたらした。幸い命に別状はなかったが、後遺症は残った。ここ数年、少しでも体を冷やすと咳が止まらなくなる。静は、無意識に修也の方に視線を向けた。一瞬だけ、彼が自分の前に立って庇ってくれることを心のどこかで期待してしまった。しかし、彼がそんなことをするはずがないと、よく分かっていた。いつも高圧的な由奈を前に、静は耐えるしかなかった。どうせもうすぐ修也と別れる。この計算高い女に、これ以上、我慢する必要はない。静は、反撃の口火を切った。「お芝居の上手さなら、あなたには敵わないわ。……でも無駄なことよ。あなたは一生、修也の可愛い妹でしかいられないんだから」静の言葉は、由奈の逆鱗に触れ、一瞬で彼女の怒りに火をつけた。由奈は狂ったように静に掴みかかってきた。静がとっさに腕で防ぐと、注射の針がぐにゃりと曲がり、骨を刺すような激痛が走った。静は思わず悲鳴を上げた。次の瞬間、点滴と混じった血液が、真っ白な病衣に飛び散った。先に手を出したのは由奈だ。静も黙ってやられるつもりはなかった。手の甲の痛みも忘れ、由奈の頬を打とうと腕を振り上げた。その腕が振り下ろされる寸前、修也が由奈の前に立ちはだかった。乾いた平手打ちの音が響き渡り、修也の頬に、くっきりと赤い手の跡が浮かび上がった。修也は眉を
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第5話
この数日、静から何の連絡もなかったので、秋彦は少し不安になっていた。秋彦は恐る恐る切り出した。「静、結婚式、準備し始めてるからね。そっちのほうは、どうなった?」静が口を開くまでの数秒が、秋彦には永遠のように感じられた。彼女が後悔して、「結婚はなかったことにしてほしい」と告げるのではないかと恐れていたのだ。静は急いで気持ちを切り替え、彼に気づかれないように努めた。一度鼻をすすり、彼女は答えた。「うん、もうほとんど片付いた。あとは仕事の引き継ぎだけ済ませたら帰るよ。準備、大変だったでしょう。ありがとう」その返事に秋彦は安堵したが、注意深い彼は、やはり静の異変に気づいた。「声がかすれてるけど、大丈夫?体調でも悪いの?浜城市も最近冷え込んでいるから、出かけるときは暖かくして。……昔から、あまり体は強いほうじゃなかっただろう」秋彦の優しい気遣いに、じんわりと温かいものが胸の中に広がっていく。「もし何か困ったことがあったら、必ず電話してくれ。一人で抱え込まないで。これからは僕がいるから、絶対君に辛い思いはさせない」静は、小さく「うん」と頷いた。「大丈夫、自分のことは自分でやるから、心配しないで」電話を切ると、静は窓の外に目を向けた。さっきまで黒い雲に覆われていた空は、いつの間にか晴れ渡っていた。まるで今の自分の心のようだ、と静は思った。由奈を家まで送る車の中、修也は何か悪いことが起こりそうな予感がして、まぶたの痙攣が止まらなかった。修也は諭すように由奈に言った。「由奈、いつまでもそんな風ではダメだ。静は、どうあろうか君の未来の義姉さんなんだから」「未来の義姉さん」という言葉に、由奈の瞳から涙がとめどなく溢れ出した。彼女は唇を震わせながらに尋ねた。「お兄ちゃん……あなたにとって私って、ただの邪魔者なの?」修也は由奈の涙に一番弱かった。彼は心が和らぎ、力なく弁解した。「そういう意味じゃない。静とはもう六年付き合っているんだ。今責任を取らなかったら、世間から後ろ指をさされるだろう」その言葉に、由奈はようやく泣き止んで笑顔を見せ、親しげに修也の腕に絡みついた。「じゃあ、お兄ちゃんがあの女と結婚するのは、周りを黙らせるためだけなのね? お兄ちゃんの心の中では、私が一番大事で、いつだってあの女より優先してくれるってこと、だよね
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第6話
静が病院で過ごした二日間、修也は一度も姿を見せなかった。SNSを開くと、案の定、また由奈と修也がべったりしてる写真がアップされている。修也のSNSのプロフィール画像は由奈の自撮り写真で、投稿も全て由奈に関することばかり。笑えることに、本物の彼女である静が、彼のSNSに一度たりとも登場したことがないのだ。以前は、そんなことを考えるだけで心がささくれ立った。修也と過ごしたこの六年間で、自分はすっかり不平不満ばかり言う、嫌な女になってしまった。「こんな惨めな恋を手放せるのはある意味、解放かもしれないわ」静は、苦笑いを浮かべた。体調もほぼ回復したため、静は身の回りのものを片付けて退院手続きをした。浜城市を離れる前に、どうしても須藤円(すどう まどか)に会っておく必要があった。円は、静の一番の親友だ。大学卒業後、二人は共にこの浜城市に残った。静は愛のために、円は夢のためだ。二人は共同でカフェを経営していた。「円、このカフェの私の持ち株、安く買い取ってくれないかな。私、両親に言われた通り、地元に帰って結婚することにしたの。もう、浜城市には戻らないわ」「……えっ?マジで?修也さんを諦めて、別の人と結婚するってこと?」円は自分の耳を疑うというように、目を丸くして静を見つめた。彼女がそんな顔をするのも無理はない。かつて「修也じゃなきゃ絶対イヤだ」と周りに宣言していたのだから。今思えば、今回の選択は自分の顔に泥を塗るようなものだ。静は、できるだけ明るく笑ってみせた。「うん。こっちの用事を済ませたら、すぐ帰るつもり。そのときは、ブライズメイド、お願いできる?」このカフェには、二人の多くの心血が注がれている。その株をあっさり手放すというのなら、彼女は本気でこの町を去る覚悟なのだろうと、円は思った。「もちろんよ。一人の男に執着しないのは成長よ。友達として、心から嬉しいわ」円に言われるがまま契約書を作成し、二人はサインを交わした。これで、浜城市での心残りは、すべてなくなった。カフェを出ると、修也から電話がかかってきた。「親父が帰ってきた。君を連れて、家で食事でもどうかって。うちの家政婦がもう準備を始めてるんだ。今どこにいる?迎えに行く」静は行く気はなかったが、ふと考え直した。修也が結婚式をまた延期したがっていること、彼
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第7話
国弘は一瞬言葉を失った。どうやら完全に初耳のようだ。「見送るだと?招待状も送ったというのに、どういうことだ?」修也は俯いた。延期の件を、国弘に切り出すタイミングをまだ掴めずにいたのだ。まさか、静の口から先に、その話が出るとは思ってもみなかった。静は、その問いを修也へと流した。「詳しいことは修也にお聞きください。彼が決めたことですから」国弘は、厳しい顔で修也を睨みつけた。「お前の人生の一大事より大切なことなどあるのか!招待状も出したのに、親戚や友人に我が家の恥を晒すつもりか?」修也が口を開く前に、由奈が甘えた声で割り込んだ。「お父様、お兄ちゃんを責めないで。結婚式を延期したのは、私の看病のためなの」「馬鹿なことを言うな!」国弘は激怒した。「お前もいい歳だろう、なぜそう物事の分別がつかんのだ。母親からどういう教育を受けてるんだ!」由奈は国弘の実の娘ではないが、綾子と共にこの家に来てから、実の娘と同然のように可愛がられてきた。そんな国弘が、こんなに厳しい口調で由奈を叱るのは、極めて稀なことだ。由奈はそれに耐えられず、涙をこぼしながら家を飛び出した。「ここまで家を騒がせて、満足か?」修也は躊躇うことなく、その後を追う。「あなた!どうして由奈にあんな大声を出すの!あの子が思い詰めて何かあったら、絶対許さないからね!」綾子は静を睨みつけ、腕を振り払って二階へ上がっていった。「静、すまないが少し待っていてくれ。君のおばさんと、ちゃんと話をしてくる」国弘も、綾子の後を追って階段を上った。こんな光景を目にするのは、一体何度目だろう。静は、もう何も感じなくなっていた。ひどく、馬鹿馬鹿しい。長すぎた茶番劇は、彼女を心底からうんざりさせていた。由奈がこれほど好き放題できるのは、修也の無条件の寵愛と、綾子の甘やかしの結果だ。由奈が彼女の両親にとっての宝物であるように、自分も両親にとってはかけがえのない宝物なのに。もう、ここから立ち去りたい。しかし、目上の人に挨拶もなしに姿を消すことは、彼女の教養が許さなかった。国弘に別れの挨拶を告げようと、静は二階へ向かった。彼の部屋の前にたどり着いたとき、ドアの隙間から声が聞こえてきた。「なんて愚かなんだ。会社には四億円の資金が必要なんだぞ。銀行はまだ融資を渋っている。氷川
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第8話
飛行機に乗る前、静は秋彦に飛行機の便名を送信した。数時間を経て、飛行機は柏木空港に着陸した。静は片手でスーツケースを持って、秋彦にメッセージを送った。【もう着いたけど、今どこ?】メッセージを送信した途端、自分の名前を呼ばれるのが聞こえた。秋彦はまっすぐに伸びた若松のようにそこに立っていた。穏やかで、知的な雰囲気を漂わせている。静の視線に気づくと、彼はにこやかに手を振った。大股で静の元へ歩み寄ると、彼は抱えていたショールを、そっと彼女の肩にかけた。それから、ごく自然で彼女の手からスーツケースを受け取った。「柏木もこの二日で冷え込んできた。飛行機を降りたばかりで、風邪をひきやすいから」ちょうど良い加減に持ち上げられた彼の唇。その優しさと気遣いに、静の心は温かいもので満たされた。「僕の両親は三日前に帰国して、僕らの結婚式の準備をしてるんだ。君が今日帰ってくると知って、顔だけでも見たいと言ってたんだけど、長旅で疲れてるだろうと思って断っておいた。ゆっくり休んでいい。まずは家まで送るよ。妹が、空港の外で待ってる」「妹さん?」秋彦は笑って付け加えた。「ああ、言い忘れてた。妹の寧々(ねね)は、親が海外で養子に迎えた子で、今年十八歳、まだ大学生なんだ。君を迎えに行くと知って、どうしてもついて来たいって言ったから」考えすぎだろうか。「妹」という言葉を聞いた途端、静は無意識に由奈のことを思い出し、身構えてしまった。しかし、相馬寧々(そうま ねね)の姿を見て、静はほっと胸をなでおろした。寧々は、天真爛漫で、少し小悪魔的なところのある女の子だった。由奈とは違い、彼女が静に向ける眼差しには、敵意のかけらもなかった。「わあ、お義姉さん、本当に綺麗ですわ!お兄ちゃんが夢中になるわけですね。私も好きになっちゃいました」さらに寧々は、とんでもない裏話をした。「お兄ちゃんが帝都に帰ってきて就職するって言い張ったのは、お義姉さんを追いかけるためだったのですよ。ちょっと出遅れちゃったけど、巡り会えてよかったと思います。そうじゃなかったら、お兄ちゃん、悲しくて死んじゃうところでしたよ」中学生の頃、秋彦は両親と共に海外へ移住し、二人の連絡は次第に途絶えていった。母の口から、時折彼の近況を聞く程度だった。十七歳で海外のアイビーリーグに合格し
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第9話
「先に帰るよ。久しぶりの実家だし、おじさんとおばさんにきっと話したいことがたくさんあるから、ゆっくりしてきて」秋彦は静を家まで送り届けると、彼女の両親と、翌日に集まって結婚式の詳細を詰める約束を交わした。秋彦が帰るやいなや、静の母である氷川佳恵(ひかわ よしえ)は、彼を褒めちぎり始めた。「秋彦は、本当に良い子ね。静に忘れられない夢のような結婚式をプレゼントしたいって、この柏木市の五つ星ホテルを全部見て回って、自ら式場を選んだのよ。それに、会場のレイアウトまで、自分でいくつもデザイン案を考えてくれたそうだわ。お母さんには分かる。あの子は、あなたのことを心から想ってる。修也のことはもう忘れて、これからは秋彦と幸せになりなさい。きっと、うまくいくわ」佳恵には、一つ懸念があった。静が六年もの間、修也を深く愛していたことを知っている。娘が一時の衝動で行動しているだけで、また修也の甘い言葉に騙されてしまうのではないかと心配だった。もしそうなってしまえば、相馬家に合わせる顔がない。静は母の心配を見抜き、きっぱりとした眼差しで言った。「お母さん、安心して。一度決めたことは、もう後戻りなど絶対しないから」翌日の午前、秋彦は、静と彼女の両親を自ら車で迎えに来てくれた。レストランの個室では、すでに秋彦の両親が待っていた。部屋に足を踏み入れた途端、静は、いくつもの精巧な赤い箱に目を奪われた。螺鈿細工の見事な結納箱だ。秋彦の母・相馬聡美(そうま さとみ)は、静を見るなり親しげにその手を取った。その目元には、隠しきれない喜びが満ちている。「静ちゃん、会うのは何年ぶりかしら。ますます綺麗になって……。うちの秋彦は、あなたと結婚出来て、本当に幸せよ」秋彦の父、相馬武彦(そうま たけひこ)も、満面の笑みを浮かべている。「静ちゃんは、小さい頃から本当にかわいかったからね。うちの嫁になってくれるなんて、俺も嬉しいよ」幼い頃、氷川家と相馬家は同じ社宅で暮らしていた。聡美も武彦も、静を我が子のように可愛がってくれた。いつか静ちゃんが娘になったらいいわ、と聡美が口癖のように言っていたが、その願いが叶ったのだ。「静ちゃん、これ、私たちからの結納品よ。他の子が持っているものは、静ちゃんにも全部持たせてあげないとね」聡美はそう言うと、静の手を引いて結納箱のそば
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第10話
二つ目の箱の中には、三枚のキャッシュカードが入っていた。「このカードたち、暗証番号は全部あなたの誕生日よ。まず一枚目、これは秋彦の給料カード。これから、秋彦の経済的なことは、静ちゃんに全部お任せするわ」「二枚目には、一千万円が入っているの。これは私とあなたのおじ様からの、子育て支援金よ。もちろん、これは子供一人を育てるための費用だから、もし二人目を考えるなら、さらに一千万円振り込むわ」「そして三枚目。万が一、秋彦があなたに辛い思いをさせたときのために、静ちゃんの新しい人生の準備金。……まあ、おばさんとしては、このカードは、一生使わずに済むことを願っているけど」聡美は、さらに三つ目の箱を開けた。中には、不動産の権利証と契約書が収められている。「秋彦が今住んでいる家は大学の近くだから、こちらを二人の新居として用意したわ」浜城市は帝都有数の大都市だが、ここ柏木市もそれに劣らぬ主要都市だ。三百平方メートル以上の広さを持つこの邸宅は、二億円を超えるだろう。静がざっと計算しただけでも、相馬家が用意した結納金は、少なくとも四億円は超えていた。同じ結婚の話でも、時枝家は静の修也への深い愛情をいいことに、結納金どころか、結婚式さえも質素に済ませようとしていた。両家の静に対する態度の差は一目瞭然だった。静の父、氷川和一(ひかわ かずいち)はその場で言った。「聡美さん、武彦さん、お心遣い感謝するよ。静と秋彦が結ばれることになって、俺と佳恵も心から喜んでいる。娘の嫁入り支度として、商店街の物件をいくつかと、現金二億円を用意するつもりだ。二人が幸せに暮らしてくれるなら、我々親としては十分だ」秋彦の人柄は申し分なく、彼の親とも長年の友人だ。家の事情もよく知る間柄で、何より、秋彦は長年静に想いを寄せてくれていた。大事な娘を彼に嫁がせれば、きっと幸せになれる。和一はそう確信していた。しかし、彼の頭には不安がよぎる。静を六年間も振り回したあの男が、このまま大人しく引き下がるだろうか。「秋彦、結婚式はいつ挙げるつもりなんだい?」「準備はほとんど整っています。ですが、静は細かいところを気にするタイプだと知っているので、彼女と相談して決めたいんです。ただ、僕としては、先に婚姻届だけでも提出できればと……。静は、どう思いますか?」「そうよ、まず
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