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第9話

Auteur: 南風 薫
「先に帰るよ。久しぶりの実家だし、おじさんとおばさんにきっと話したいことがたくさんあるから、ゆっくりしてきて」

秋彦は静を家まで送り届けると、彼女の両親と、翌日に集まって結婚式の詳細を詰める約束を交わした。

秋彦が帰るやいなや、静の母である氷川佳恵(ひかわ よしえ)は、彼を褒めちぎり始めた。

「秋彦は、本当に良い子ね。静に忘れられない夢のような結婚式をプレゼントしたいって、この柏木市の五つ星ホテルを全部見て回って、自ら式場を選んだのよ。それに、会場のレイアウトまで、自分でいくつもデザイン案を考えてくれたそうだわ。

お母さんには分かる。あの子は、あなたのことを心から想ってる。修也のことはもう忘れて、これからは秋彦と幸せになりなさい。きっと、うまくいくわ」

佳恵には、一つ懸念があった。静が六年もの間、修也を深く愛していたことを知っている。娘が一時の衝動で行動しているだけで、また修也の甘い言葉に騙されてしまうのではないかと心配だった。もしそうなってしまえば、相馬家に合わせる顔がない。

静は母の心配を見抜き、きっぱりとした眼差しで言った。「お母さん、安心して。一度決めたことは、もう
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