All Chapters of 死んだ私に愛を語っても意味はない: Chapter 11 - Chapter 18

彼の眼差しに怯えて震えあがり、慌てて視線をそらし、どこかに隠れたくなる。「周作」振り向こうとした瞬間、誰かが彼の名前を呼ぶ声が聞こえた。この声には聞き覚えがある。来たのは他でもない、夕子だ。夕子が車椅子に座り、青白い顔で彼の方へ向かってくるのを見たとたん、周作の表情は明らかに和らいだ。周作はしゃがんで、彼女に毛布をかけ直しながら、気遣うように尋ねた。「どうして来たんだ？」「友子が事故に遭ったって聞いて、あなたのことが心配で……様子を見に来たの」夕子は小さな声で答え、その口調にかすかな緊張が見えた。周作は一瞬きょとんとし、夕子が私の名前を出したのが意外だったようだ。彼はこめかみを押さえてから立ち上がり、淡々と答えた。「彼女は無事だ。心配する必要はない」夕子はその簡単な答えに納得できない様子で、さらに問い詰めた。「本当に？でも警察が……」「警察の言うことが必ずしも真実とは限らない」周作は彼女の言葉を遮り、少し苛立ちを含んだ口調だった。夕子はその様子を見て、それ以上問い詰めるのをやめた。そっと周作の袖を引き、切なげな眼差しを向けた。「周作、もう病院にいたくないの。しばらくあなたの家にいさせてくれない？怪我が治ったら帰るから」周作はいつも彼女に優しかったが、このときばかりは表情が曇った。彼は車椅子のアームレストを握る手に力を込め、目にかすかな拒絶の色がうかんだ。「手術を終えたばかりなんだから、病院にいたほうがいい」夕子は目に涙を浮かべ、声には悔しさがにじんでいる。「周作、誤解しないで。ただ、ちょっと怖いだけなの。知ってるでしょ、私の足は前にも怪我したことがあるから、今回はもう治らないかもしれないって、本当に怖いの」そう言い終えるか終えないうちに、彼女の頬を涙がつたった。それを聞いて、周作の表情はずいぶん和らぎ、口調も柔らかくなった。「夕子、心配しないで。最高の医者を連れてくるから。前に負った傷は、俺を助けようとした時のものだろ？絶対に最後まで責任持つよ」夕子が周作を助けた？私はその場に立ち尽くし、胸の中に強い不安が込み上げてきた。私たち三人は大学時代に知り合った仲で、私の記憶では周作が危険な目に遭ったのは、大学2年のオリエンテーリング大会のときだけだった。あの時、彼は思いがけず怪我で意識を失った。私はたまた

電話を切ると、彼は夕子の方へ向き直った。顔に残る不機嫌そうな表情はまだ完全には消えておらず、口調にはわずかに冷たさが滲んでいた。「夕子、俺は警察に行かないといけない。君は家でゆっくり休んでくれ」「友子に何かあったの？」それが錯覚だったのかは分からないが、夕子がそう尋ねたとき、彼女の目は明らかに泳いでいた。周作の顔に嘲りの色が一瞬浮かび、鼻で笑った。「あいつが？むしろ本当に事故に遭えばいいのに」こんな時まで、まだ私を呪うなんて……一体どれだけ私のことを嫌って、私が幸せになるのがそんなに気に食わないのか。私は周作への嫌悪感を押し殺しながら、彼について警察署へ向かった。警察署の入口に着いたところで、ちょうど明子も到着した。元々折り合いの悪かった二人は、この時さらに一言も交わさず、そのまま警察署の中へと向かった。中に入るとすぐに、警官が二人を遺体確認の部屋へ案内した。警官は遺体にかけられていた白布をゆっくりとめくりながら言った。「遠藤さん、楚山さん、こちらの遺体が友子さんかどうか、ご確認ください」目の前の光景は、息を呑むほど衝撃的だった。遺体は長時間水に浸かっていたため、ひどく水で膨張して、顔のあちこちにはすでに腐乱が始まっていた。耐えがたい死臭が消毒液の匂いと混ざり合い、吐き気を催すほどだった。明子の顔色は一瞬で青ざめ、震える手で慎重に白布の端をめくりながら、遺体の細部に目を凝らした。ついに、彼女の視線はかすかに見えるその傷跡に留まり、声は涙を含んで震えた。「と……友子だ！」周作の落ち着いた表情もこの言葉を聞いた瞬間に変わった。彼はゆっくりと近づき、視線をその傷跡に落とし、目に一瞬の動揺が走った。だがすぐに、何かを思いついたように、突然遺体の手を掴み、注意深く確認した。そして、彼はふいに笑い、目の動揺も冷静さに戻った。「これは友子ではない」私は少し驚き、なぜ彼がそこまで確信しているのか分からなかったが、彼が突然口を開いたことで、ようやく理解した。「彼女は母親からもらったブレスレットをとても大事にしていて、決して身から離さなかった。この人はブレスレットをしていない。だから友子じゃないんだ」そうだ、そのブレスレットは母が私に遺してくれた唯一のものだ。けれど、彼にはわからないだろう。この世にいない私が、どうして

周作が突然ベッドから飛び起き、携帯を握りしめ、声が嗄れる。「本当か？本当に彼女なのか？」電話の向こうでは、重苦しい声が返ってくる。「遠藤さん、ご愁傷様です。至急警察署までお越しください」電話を切った後も、周作は携帯を握り続け、まるで魂を抜かれたようにベッドに呆然と座っている。警察署に到着し、周作が安置室に入ると、パンという音と共に明子の強烈な平手打ちが彼の頬に叩きつけられた。不意を突かれた周作はよろめき、2歩後退してようやく体勢を立て直す。周囲の警官たちもこの突然の出来事に驚き、互いを見合わせる。空気が一瞬で張り詰めた。目を赤く腫らし、涙で顔を濡らした明子は、目の前の男を憤怒の眼差しで睨みつける。「周作、あんたよ！あんたが友子を殺したの！」彼女は叫びながら周作を激しく押した。「友子は無事だって言ったじゃない！あの遺体は彼女じゃないって言ったじゃない！説明してよ、なぜ彼女がそこに横たわってるの？夫として、これが彼女への接し方？なぜ死んだのがあんたじゃないの？なぜ！？」明子の悲痛な叫びを聞きながら、私の胸も何度も刺されたように痛む。彼女を抱きしめ、「大丈夫」と囁きたくなる。でも今の私にできるのは、ただ一緒に泣くことだけだ。周作は無表情のまま立ち尽くし、明子の暴力的な行為を受け入れている。警官が二人を引き離すまで、彼はようやく我に返り、一人の警官に向かって震える声で尋ねる。「いったい…どういうことだ？」「遠藤友子さんの死因は溺死です。外傷は見当たりません。自殺か他殺かは現在調査中です」それを聞いた明子は涙声で訴える。「絶対に自殺じゃない！事件の前日まで、彼女は『外の世界を見たい』って言ってたのに……突然なんてありえない！」警官は丁寧に答える。「全力で調査しますので、ご安心ください」周作の視線は遺体の変わり果てた顔に釘付けになり、ただ静かに見つめ続ける。表情は虚ろだ……明子は涙を拭い、怒りに震えながら周作に詰め寄る。「周作、あんたには心がないの？妻の死に、一滴の涙も流せないの？あの時……オリエンテーリングで彼女にあんたを助けさせるべきじゃなかった。あんたがその場で死んだら良かった。そうすれば、彼女は……」周作は突然明子の方に向き直り、言葉を遮る。「どういう意味だ？」彼の目には驚きと困惑が浮かんでいる。「

葬式の後、周作はいつも通り毎日決まった時間に会社に現れていた。一見普通に見えるが、その「普通」にはどこか不気味な雰囲気が漂っていた。例えば毎朝、彼は私が生前に用意していた服に着替える。食事の準備も橋本さんに以前と同じようにと指示し、食べ物の盛り付けや料理の種類まで、私が生きていた時に用意していたものと完全に同じにするよう細かく指定した。たとえ味が全然違っていても。時には、多忙な会議の合間に、彼は突然秘書の晴美を呼び止め、私から電話や届け物があったかどうか、小声で尋ねるようになった。周作の口調はとても優しく、顔には期待が浮かんでいて、以前のような苛立ちは微塵もない。晴美が慎重に「彼女はもういない」と伝える度に、彼は冷たい視線で彼女の言葉を遮った。そして、もう二度と鳴ることはない私の携帯電話に頻繁に電話をかけ、まるで私が本当に聞こえるかのように、空気に向かってささやき始めた。かつてはいつも忙しかった彼が、今では退社時間になると慌ただしく家に帰るようになった。彼は私の大好きな百合の花を買い、使用人に私の好物である辛い料理をいくつか用意させる。彼自身は辛いものが食べられないのに、食卓にはいつも私の好きな辛い料理が並んでいる。食事の時には、私の空いている席に食器を並べ、この世にいない私に優しく料理を取り分けながら、静かにこう話しかける。「これはお前の大好物の牛肉だよ。たくさん食べてね。今日は唐辛子を多めに入れてもらったんだ」この光景に橋本さんたちは不気味に思いをしたが、声を上げることはできなかった。彼の一挙一動には優しい情愛が溢れ、まるで本当に愛する人と一緒に食事を楽しんでいるかのようだ。私は静かにその光景を見つめているが、胸の奥には言い表せない感情が渦巻いている。この場面を何度も思い描いたことはあったが、現実になったことは一度もなかった。今こうして目の前にしてみると、かえって皮肉に感じられる。しかし他人の目には、周作は情に厚く義理堅い男に映っている。そして私だけは、その愛情を享受できない可哀想な女ってことよ。彼の狂気じみた様子を見て、誰もが彼は正気ではないと思っている。仕事を失いたくないだけだから、誰も私がもうこの世にいないという事実を口に出そうとはしなかった。夕食が終わると、周作は酒棚から一本のワインを取り出し、階段