軋むドアの閉じた音が、穂乃果の耳に刺さり、いつまでも離れなかった。畳の上に座り込み、身じろぎひとつせず、彼女はただ月光に照らされた障子の笹の影を見つめていた。胸の奥にポッカリと大きな穴が開き、冷たい風が吹き荒れるようだった。「…言えなかったな」穂乃果は小さく呟いた。拓海に妊娠の事実を告げられなかったことが、鉛のように心を重くした。この織田の邸宅を出た後、どう生きていけばいいのか。胎内で息づく子の未来は、どんな色をしているのか。穂乃果は下腹にそっと手を置き、かすかな温もりを感じながら、痛む心を抑えた。 「でも、700万あればアパート、借りられるかな」彼女は現実を噛み締めるように呟いた。契約婚約で得た1,000万円のうち、残りの700万円。それがあれば、狭いながらも小さなアパートを借り、つつましく暮らすことはできるだろう。仕事も、どこかでアルバイトを見つければ何とかなるかもしれない。だが、頭をよぎるのはただひとつ、お腹の子の存在だった。頼れる身寄りもなく、穂乃果一人でこの子を産み、育てることができるのか。不安が波のように押し寄せ、彼女の呼吸を浅くした。障子の向こうで、夜風が笹を揺らし、まるで彼女の揺れる心を映すようだった。穂乃果は目を閉じ、胎内の子に語りかけるように手を握りしめた。この子のためなら、どんな試練も乗り越えよう。彼女はそう心に誓い、静かな闇の中で立ち上がった。 穂乃果は重い足取りでスーツケースを取り出し、クローゼットの扉を開けた。整然と吊るされたワンピースやドレスが、月光に照らされて静かに輝く。執事の川口がかつて「拓海様の趣味だ」と笑顔で話していたそれらは、穂乃果にはどこか似合わないと感じていた。「佐々木さんの趣味だったんだ…」今思えば、それらは「佐々木穂花」のために用意されたものだった。彼女の目には涙が浮かび、滲む視界の中でドレスのシルエットが揺れ
Last Updated : 2025-09-24 Read more