拓海と穂乃果の愛の巣、いや、部屋は外観と同じく和室だった。いぐさの青い香りや檜の匂いが心地よく漂い、穂乃果の張り詰めた心をほのかに和ませた。一枚板の座卓、上質な絹の座布団、床の間の上品な一輪挿しには、彼女の苗字と同じ桔梗の花が一輪、生けられていた。 (桔梗とは……意外とロマンチスト) 穂乃果は拓海の意外な一面を想像し、くすっと笑いそうになったが、すぐに契約の現実が胸にのしかかった。この部屋は、愛の巣ではなく、1,000万円で結ばれた役割の舞台なのだ。当初、天蓋付きの洋風ベッドを想像していた穂乃果だったが、目の前には意外にも和風のローベッドが置かれていた。ベッドのサイズはクイーンかキング、二人で眠るには十分な大きさだ。穂乃果は、目眩く熱い初めての夜を思い出し、頬がカッと熱くなった。 だが、その想像はすぐに不安に塗り潰された。拓海との夜は、契約の延長線上にすぎないのではないか。彼女のアパートにあったプラスチックのテーブルや古い本棚が部屋の隅で場違いに佇む中、桔梗の花が静かに揺れていた。この部屋で、彼女は本物の妻になれるのか、それとも契約の枠に閉じ込められた人形で終わるのか。いぐさの香りに包まれながら、穂乃果はベッドの縁にそっと触れ、心の奥で揺れる感情を抑えた。窓の外、瓢箪池の錦鯉が水面を滑る音が、静かな和室に微かに響いた。 「やっぱり……この1,000万円は手切れ金なのかな」
Last Updated : 2025-09-06 Read more