春の風が教室にすっと入り込んできた。カーテンが揺れ、埃と光がふわりと舞う。どこか甘いような、それでいて新しい始まりを告げるような匂いが、彼の鼻腔をくすぐった。 風間悠真は席に着いたまま、窓の方へ目を向けた。校舎の中庭には、見慣れた背中が揺れている。ロングヘアが春の風に踊っていた。まるで一枚の絵画のように、澄川ひよりが教室へ向かって歩いてくる。彼女の足取りは軽やかで、一歩ごとにスカートの裾が優雅に揺れる。 何度も見たはずの風景なのに、心が少しだけ高鳴る。胸の奥で、微かな鼓動が刻まれていた。中学2年になっても変わらない7人のグループ。小学校からずっと一緒だった彼女も、今もその一部だ。その事実に、安堵のような、しかしそれだけではない複雑な感情が入り混じる。 だけど――その「好き」は、友達としてじゃない。たぶん、ずっと前から。自分でも気づかないくらい前から、彼女への特別な想いは彼の心に根を張っていた。それは、春の陽光のように温かく、しかし誰にも触れさせられない秘められた感情だった。 悠真は小さく息をついた。その息は、誰にも言えない熱を帯びていた。誰にも言えないその気持ちは、今日も彼の胸の奥で静かに息をしている。♢放課後、教室にて「あれー悠真くん、また窓際で風と会話してるの〜?」 花城まどかが元気よく笑いながら駆け寄ってきた。明るいオレンジのパーカーが、放課後の光によく映える。長いポニーテールが彼女の動きに合わせて跳ね、教室の空気を一瞬で明るく染めた。まどかの活気に満ちた声が、静かな教室に響き渡る。「……そう見えたなら、それでいいけど」 悠真は少し照れたように目線を逸らした。柔らかな黒髪がふわりと揺れ、やや垂れた優しい瞳は、何か言いたげに窓の外へと向けられたままだった。頬に微かな朱が差している。「彼は喋るより『考える』派だからね」 結城凛音が隣の席でジャージの袖をまくりながら、ふと口を開いた。バスケの練習帰りだろうか、彼女の額には微かな汗が滲んでいる。ダークネイビーのショートボブの端正さが、クールな雰囲気を際立たせた。その声には、悠真への理解と、どこか親愛の情が込められている。「風は感情を運ぶから……悠真くんは、風に言わせるんだよね」 白鷺千代がそっと文庫本を閉じた。彼女の指先が、読みかけのページを優しくなぞる。淡いミントグリーンのカーディガンに
Dernière mise à jour : 2025-08-29 Read More