All Chapters of 夏の盛りを待たずに: Chapter 11 - Chapter 20

スマホを取り出して、雅也に連絡しようとした瞬間、アシスタントが誰かを連れてくるのが見えた。「真鍋さん、社長がお呼びです」結月は心の中で喜んだ。「雅也はついに分かってくれたのね。私のところへ結婚の相談に来るってことかしら！」アシスタントは作り笑いを浮かべ、どうぞ、という仕草をした。結月は深く考えず、嬉しそうに車に乗り込んだが、別荘に着くと雰囲気がおかしいことに気づいた。立派な別荘には、黒白の幕が吊るされ、玄関前には供花がいくつも並べられ、亡き妻、詩織を偲ぶ札が立てられていた。まるで仏前の祭壇のようだ。女は思わず身震いした。「あなたたち、どうかしてるんじゃない？こんなものを別荘に並べるなんて、不吉すぎるわ！」彼女は供花を蹴り倒し、幕を掴んで引き裂いた。そして、尊大に言った。「私が村瀬夫人になったら、あなたたちのような目のない馬鹿者どもは全員追い出してやるわ！」結月は急ぎすぎて、アシスタントの目に一瞬浮かんだ冷たい光に気づかなかった。彼女は意気揚々と階段を上がっていった。「雅也、ようやく分かってくれたのね？あの女はあなたにふさわしくない。彼女はーーきゃっ！」結月は自分の腹部に視線を落とし、信じられないという表情を浮かべた。雅也の足が容赦なく踏みつけ、さらに力を込めて踏みにじる。「誰がお前に、詩織をそんな風に呼ぶ権利を与えた！」結月は目を大きく見開き、不当だと訴えた。「雅也、違うの！私はあなたの結月よ！」彼女は地面から立ち上がろうとするが、足はどうしても動かず、さらに強く踏みつけられる。「もういい加減にしろ、結月」雅也は少しも同情せず、まるで何か吐き気を催すようなことを聞いたかのようだった。彼はこの顔を見るだけで、詩織の死を思い出す。彼女は死ぬ前に、あんなにも苦しんでいたのだ。そして、その原因はすべてこの女のせいだ！結月は突然震えだした。「雅也、何言ってるの？全然意味が分からないわ」雅也の目は冷酷だった。「分からない？じゃあ、これはどうだ？」様々な写真が天から舞い降り、結月の頭上に叩きつけられる。その瞬間、彼女は自分の白々しい裸体を目にした。「いやあああ「どうしてこんなものを……ち、違うのよ、雅也、聞いて！」雅也は彼女の言い訳を聞く気にもなれなかった。冷た

こいつは、一筋縄ではいかないな。「あの、どちら様でしょうか？」男は口元の笑みを消し、彼女の顔をじっと見つめながら、一言一句確かめるように尋ねた。「俺のことを覚えていないのか？」詩織は訝しげに言った。「私はあなたのことを覚えておくべきですか？」男は言葉に詰まり、目を閉じて奥歯をギリギリと噛み締めた。「酷い女だな。こっちは長年ずっと君のことを気にかけていたのに、君はといえば、俺のことをすっかり忘れちまっているとは！」彼は言えば言うほど、調子に乗ってきた。詩織は眉をひそめ、記憶の中の顔を必死に探したが見つからない。目の前の男は、最高級のブランド品を身につけており、一目で普通の人ではないと分かる。彼女が雅也と結婚してからの数年間で、金持ちたちに会ったことはあったが、普段はそんな人たちに会う機会などなかった。詩織は戸惑いながら言った。「申し訳ありません。やはり思い出せません。どこかで人違いをしているのではないでしょうか？」男は黙り込み、歯を食いしばりながら、彼女の耳元でいくつかの言葉を囁いた。「これでどうだ？まだ思い出せないのか？」詩織の頭の中は真っ白になった。目の前にいる整った顔立ちの男を見つめ、思わず目を大きく見開いた。「あなたは、響也！」杉本響也（すぎもと きょうや）は、彼女が孤児院で知り合った友達だった。彼らはほぼ同時期に入り、それ以来ずっと助け合って生きてきた。まさか、あの頃の可愛らしい男の子が、こんな姿に成長していたとは。詩織は心から喜んだ。「時間が経ちすぎて、はっきりとは覚えていなかったの。でも、どうしてここにいるの？それに、私は……」響也は彼女の言葉を遮った。「君の質問は多すぎる。一つずつ答えていくよ」詩織は唇を噛み締めた。「あなたが突然いなくなったのは、どうして？」響也は微笑んだ。その笑顔には、いくらかの皮肉が込められていた。「実家に戻ったんだ今は速水響也だ。もう杉本響也じゃない」詩織はハッとした。速水（はやみ）という名字には聞き覚えがあった。京川市の大手企業で、村瀬家よりもさらに力を持っている家だった。ただ、速水家の事業は国内にはなく、非常に控えめなため、京川一の御曹司という称号は雅也の頭上に輝いていたのだ。まさか、彼がそんな家の子だったとは。「じゃあ私は？

空気が数秒間、静まり返った。詩織は不意に顔を上げさせられ、彼と見つめ合った。視線が絡み合うとーー男の瞳の奥にある激しい感情に、彼女は思わず息を呑んだ。彼女は、こんな響也を見たことがなかった。「私……」詩織は瞳を震わせ、反射的に一歩後ずさった。「分からない……」男の瞳に、一瞬だけ失望の色がよぎったが、すぐに消え去った。彼は平然を装い、笑みを浮かべた。「怖がらせてしまったな。君に答えを迫るつもりはない。君が嫌がることを、無理強いするつもりはないんだ」詩織は口を開いたが、頭の中は真っ白だった。彼女が何か言う間もなく。響也は彼女を別の場所に連れて行った。そこは、速水家がフランスに所有する荘園だった。彼女は、かつての自分を見た。壁には無数の写真が貼られていた。おそらく、写真を撮った人が愛情を込めていたのだろう。どの写真も、とても美しかった。詩織はその場に立ち尽くし、信じられないという表情で男を見た。「あなたは、ずっと私のことを監視していたの？」響也は困ったように言った。「違う、保護だ。あの時、俺は帰りたくなかった。だが、速水家は君を使って俺を脅したんだ。もし俺が帰らなければ、君は必ず殺される、と。当時の俺には、君を守る力はなかった。それ以来、俺は強くなると誓ったんだ。速水家がその後も君に手を出さないように、君のそばに人を送って守らせていた。だが、まさかーー」響也は苦笑し、数年前の記憶を辿った。彼は速水家を掌握するために、苦労を厭わず、必死に兄弟たちと争い、血みどろの戦いを繰り広げた。何度か死にかけることもあった。ようやく、華々しく彼女の元へ帰れると思ったのに、ボディーガードから、彼女がすでに結婚したことを知らされた。その年、彼は遠くから彼女の姿を一度だけ見た。彼女は病院で骨髄を採取したばかりで、顔色は真っ青、痩せた身体が風に揺れていた。それでも、彼女の顔には幸福そうな笑みが浮かんでいた。彼は数瞬、黙り込み、胸の痛みを堪えながらその場を去った。今、男は壁に拳を叩きつけ、声には憎しみが込められていた。「あの時、君を奪っておけばよかった！君に恨まれたとしても、君が日に日に衰えていくのを見るよりは、ずっとましだった。もし、俺が海外で医学を勉強していなかったら、君の体

速水家の大奥様は古い指輪を取り出し、自ら詩織の手に嵌めた。「安心して行きなさい。もう誰もあなたを困らせたりはしません。響也は小さい頃から外で苦労して、育ちの問題で、色々辛い目に遭ってきた子なの。おばあちゃんはただ、あなたたちが互いを癒すことができればいいと思っているわ、いいわね？」詩織は感動した。速水家の大奥様と村瀬家の大奥様は年が近いけれど、人柄は全く違う。彼女は大奥様の認めてくれたことに心から感謝していた。晩餐会の時、速水母はこの指輪を見て、顔色を真っ赤にして怒り、何度も白目を剥いた。残念ながら、詩織は全く気にしていなかった。今の彼女は、もう十分に強く自信に満ち溢れている。速水母は彼女にとってただの通りすがりでしかない。速水家を離れた後、詩織は牧瀬家の事業に触れ始めた。牧瀬夫妻は彼女の成長を喜んでいた。物事は順調に進んでいた。それから三ヶ月後、詩織は響也について帰国し、ある晩餐会に参加した。彼らはこの晩餐会で雅也に出会った。男はぼうぜんと彼女を見つめ、信じられないように自分の目を擦った。まるで夢を見ているかのようだった。「詩織？」詩織は平然とした顔をしていた。実は、帰国する前から彼女は、今回必ず雅也に会うだろうと予想していた。そのため、響也は帰国しないことを提案したこともあった。詩織は拒否した。この晩餐会が彼女にとって非常に重要であるだけでなく、彼女はもう「村瀬詩織」ではないからだ。過ぎたことは、もはや跡形もない。彼女も過去を水に流すべきだった。詩織はワイングラスを掲げ、口元に笑みを浮かべた。「村瀬さん、人違いですよ」雅也は顔色を青ざめさせ、彼女をじっと見つめた。「ありえない、間違えるはずがない！」目の前の女の顔は詩織と全く同じで、仕草や癖まで同じ。間違えるはずがないじゃないか？しかし、彼らには違いもあった。詩織のオーラは、この女ほど強くなかった。彼女はもっと優しく、純粋だった。雅也は感情を抑えきれず、女の肩を掴んで叫んだ。「詩織、なぜ死んでいなかったんだ？一体誰がお前を連れ去ったんだ。この間に何があったんだ？それとも……俺は今、夢を見ているのか？」雅也はよろめき、足元がおぼつかなかった。詩織が亡くなって以来、彼は数々の狂気じみた行動に走っ

程なくして。詩織が生きていたというニュースは京川市中に広まり、世論は一瞬にしてひっくり返った。彼女はSNSに自分の新しい身分を投稿した。牧瀬詩織、牧瀬家の一人娘。その後、村瀬グループの社長・雅也との関係を正式に断ち、自分はもはや彼の妻ではないと宣言した。それだけでなく。速水家の公式アカウントは招待状を掲載し、一ヶ月後に開催される彼らの婚約パーティーに皆を招待した。これは明らかな挑発だった。村瀬家の大奥様はこれを見て激怒し、雅也のところへ行き、スマホを彼の目の前に叩きつけた。「まさか、まだ彼女とヨリを戻そうと考えているんじゃないでしょうね？ふん、前から言ってたでしょ。あんな女、腹黒いのよ。あなたから何も得られないと分かるや否や、速水家に鞍替えしたんだから。やっぱり品のない女ね！」雅也は眉間を揉み、その声には警告の色が滲んでいた。「おばあ様、詩織はあなたが思っているような人ではありません。俺のことに口出ししないでください。それとも、また監禁されたいのですか？」村瀬家の大奥様は監禁されると聞くと、すぐに怒りで顔を赤くし、杖で彼を二度叩いた。「雅也、おばあ様はすべてあなたのためを思っているのよ！」雅也は無表情で、アシスタントに顎をしゃくった。アシスタントはそれを理解した。彼は三、四人の男を連れて村瀬家の大奥様を抱え上げ、彼女を部屋へ連れ戻した。しかし今回、村瀬家の大奥様は賢くなった。彼女は怒りを堪え、その憎しみをすべて詩織に向けた。数日後。村瀬家の大奥様は雅也が家にいないのを良いことに、わざわざ別荘へ行き、使用人たちを全員追い出した。彼女は寝室に縛られている結月に会った。女はガリガリに痩せて、かつての傲慢でわがままな令嬢とは全くの別人になっていた。「おばあ様、助けてください、助けてください！」結月はまるで命綱を掴んだかのように、必死に村瀬家の大奥様の足元まで這い寄り、彼女のズボンの裾を掴んだ。彼女はもううんざりだった！彼女は病気でもないのに、毎日無理やり補血剤を飲まされ、それから医者が毎日やって来て採血されるのを待っていた。それは赤ん坊の腕ほどもある太い注射針なのだ！失血過多による副作用で、毎日生きた心地がせず、髪の毛もごっそりと抜けていく。たった数ヶ月の間に