All Chapters of 遥禾、夜明けはまだか: Chapter 11 - Chapter 20

「ああ、そうだ」哲也は少しもためらわず、「ずっと前から、君のことが好きだったんだ」哲也はゆっくりと口を開き、昔話を語り始めた。高校時代、哲也は太っていたせいで、いつもクラスでいじめられキャラだった。小遣いを全て貢いでも、クラスメイトが金を受け取った後も、やはり彼を容赦なく殴りつけた。あの日もそうだった。だが、彼が殴られている最中、突然誰かが大声で叫んだ。「先生が来たぞ！」彼をいじめていたクラスメイトは蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、埃まみれの手が彼の前に差し出された。「大丈夫？早く起きて。みんな逃げちゃったから」顔を覆っていた手を下ろすと、自分と同じように傷つき、ボロボロになった少女が光の中に立っていて、彼に手を差し伸べているのを見た。後に彼は知った。その少女も自分と同じように、クラスメイトにいじめられている存在だった。それなのに、自分と同じようにいじめられている境遇にありながらも、それでも彼女は勇敢に立ち上がろうとしたのだ。哲也の心は揺さぶられた。いつかこの女の子を守れるようになりたいと願った。そこで彼はダイエットを決意し、ボクシングも習った。だが、残念ながら後に家庭の事情で海外へ行かざるを得なくなった。そして、その女の子が他の誰かを愛しているという知らせを聞いたのだった。哲也は遥禾の目を真剣に見つめた。「遥禾、僕はいつまでも君を待っているよ」突然の告白に、遥禾は動揺を隠せなかった。自分が時雨を追いかけている間、まさか別の誰かが自分を待っていてくれたなんて、思いもしなかったのだ。哲也を見送った後、遥禾はベッドに横たわり、今日哲也と過ごした一つ一つの出来事を思い返した。彼の瞳には、かつての自分と同じ、あの熱烈で純粋な輝きが見えた。それに、哲也の家柄なら、自分と母を守るのに十分だ。その考えが頭に浮かんだ瞬間、遥禾はすぐにそれを否定した。自分は時雨に真心を裏切られた人間だ。どうして哲也の真心を弄ぶことなどできようか？そう考えると、遥禾は彼ともう少し交流してみることにした。たとえ最後は恋人になれなくても、友達でいるのは悪くない。家に帰ってから、遥禾はほぼ毎日、栗花落夫人からのメッセージを受け取った。言葉の端々から、時雨を諦め、自分の望む人生を歩むよう説得されているのが分かった。栗花落夫人は以前

一方、遥禾の母が食事の準備を終える前に、哲也は大きな荷物を抱えて家を訪れた。家に入るとすぐに、エプロンを締め、キッチンに入り、遥禾の母の手伝いをあれこれと始めた。その忙しそうな姿に、遥禾は思わず何年も前の時雨を思い出した。あの頃、彼女は母を気遣い、いつも放課後にできる限りの家事を手伝っていた。時雨も彼女の勉強の邪魔になるのを心配し、こっそり彼女を脇に引き寄せた。「遥禾、これから放課後はまず俺と一緒に宿題を終わらせて、それから俺が君と一緒に君のお母さんの家事を手伝うのはどうかな？」少年のキラキラした瞳には、思いやりが満ちていた。遥禾が彼の心遣いを理解できないはずがなかった。その日以来、時雨は宿題を終えるとすぐにキッチンに駆け込み、母のあれこれを手伝った。その不慣れな動きを遥禾は全て見ていた。だが、幸せは結局短いものだった。彼女の青春時代を全て占めていたあの時雨は、永遠に思い出の中に残ってしまった。「遥禾、手洗ってご飯だよ～」哲也の声に、遥禾は思い出から引き戻された。テーブルに並べられた湯気の立つ料理を見て、あの煩わしい思考を振り払い、立ち上がって食卓に向かった。食事中、哲也はしきりに遥禾に料理を取り分け、彼女の好みを尋ねた。遥禾は少し恐縮し、思わず彼にも鶏肉を一つ取り分けた。「早く食べて。食事中、ずっと私のことばかり気にしていたじゃない」哲也の耳はたちまち真っ赤になり、慌てて笑いながらご飯をかき込んだ。「遥禾、お母さんの料理は本当に美味しいね。毎日食べられたら、あっという間に太っちょになっちゃうよ」その一言で三人は大笑いし、遥禾の目尻は潤んだ。これこそが、彼女が夢見ていた家だった。食後、遥禾の母は二人に散歩に出かけるよう促した。これも二人の仲を深めるためだ。遥禾は逆らえず、承諾するしかなかった。路地裏に響く物売りの声に、遥禾は幼い頃を思い出した。彼女は思わず飴細工の屋台に目をやってしまい、次の瞬間、可愛らしいウサギの飴細工が、彼女の目の前に現れた。「さあ、食べて。僕の前では遠慮しなくていいんだよ。大人になっても飴は食べてもいいんだからね～」哲也の手からウサギの飴細工を受け取ると、遥禾は突然、あの遠い街にあるウサギのぬいぐるみを思い出した。今頃、時雨にゴミ箱に捨てられてしまっただろうか？まあ、いいか、考える

遥禾は足を引きずりながら路地裏の角まで来ると、遠くの影の中に、点々と星の光が瞬いているのが見えた。軒下には誰かが立っているようだった。近づいてみると、時雨だった。彼は薬局の小さな袋を手に提げ、遥禾が近づいてくるのを見ると鼻を鳴らし、顔を背けた。「ついでに買ったんだ、やるよ」袋の中には、数本の消炎の軟膏が入っていた。昼間、時雨は怒りに任せて去った後、ふと遥禾の赤く腫れた足首が頭に浮かんだ。何かに突き動かされるように薬局に入り、何を買えばいいか分からず、結局一番高価なものを全て買ってきたのだ。彼は思った。今回、自分から歩み寄ったのだから、遥禾も機嫌を直すだろうと。気まずい雰囲気が二人の間に漂う。遥禾はそれを受け取らず、唇を噛み締め、彼を避けて前へ進んだ。二歩も歩かないうちに、手をすぐに掴まれ、男の声には苛立ちが混じっていた。「いつまで拗ねてるんだ？」遥禾は手を振りほどき、一歩後退して冷たく言った。「どうして私が拗ねていると思うの？」彼女のよそよそしさに気づき、時雨の顔色はさらに険しくなった。「以前、俺が何をしても、お前は去ろうとしなかった。どうして今になって......」どうして？遥禾も自分に問いかけたかった。どうして、目が覚めたら時雨がこっそり自分をキャンプ地に一人置き去りにされていた時、去らなかったのだろう？どうして、時雨が皆の前で自分が心を込めて用意したプレゼントを踏み潰し、貧乏臭いと嘲笑した時、去らなかったのだろう？どうして心美が堂々と時雨の婚約者として自分を侮辱した時、去らなかったのか？......今思えば、この数年間、自分は真実を知っていながら、ずっと償いの気持ちで時雨に接してきたのだ。だから遥禾は時雨の前ではいつもおどおどして、困窮し、哀れな存在で、彼に路傍の野良のように扱われ、手を差し伸べれば尻尾を振って寄ってくると思っていたのだ。だが遥禾は忘れていた。自分はそもそも償う必要などなかったのだと。そのことに気づくと、遥禾は口論する気力を失い、平静な顔で彼を見た。「だって、もう犬でいたくないから」時雨は口を開いたが、どう反論すればいいか分からなかった。この数年間、彼は遥禾に八つ当たりしてきたが、彼女がまだ自分を好きでいることは知っていた。だが今......彼は話題を変えた

病院から出てきた遥禾は、哲也の赤く腫れた口元を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。「ごめんなさいね、あなたを盾にして、怪我までさせてしまって」哲也は慌てて手を振り、その声は限りなく優しかった。「遥禾、謝らなくていいんだ。全て僕が望んだことだから。もう二度と、彼らに君をいじめさせはしない」今日の出来事の後、遥禾は彼とどう接すればいいのか突然分からなくなり、仕方なく話題を変えた。「着いたわ。送ってくれてありがとう」手を振って別れた後、遥禾がドアを開けると、目に飛び込んできたのは庭に倒れている母の姿だった。「お母さん！」......幸い哲也はまだ遠くへ行っておらず、すぐに車で遥禾の母を病院へ運び、どうにか命を留めた。医者は突発性心筋梗塞で、残された時間はわずかだと告げた。遥禾は医者の診断を聞いて、天地がひっくり返るような衝撃を受け、泣きながら懇願した。「先生、お願い、お母さんを助けて。まだ50歳にもなってないのに、どうしてもう時間がないの？」「お母様が今回目を覚ましたのは奇跡です。お体はすでに限界で、残りの日々は大切に過ごしてあげてください」医者が遠ざかる背中を見て、遥禾はもう体を支えきれず、へたり込んだ。哲也は素早く彼女を抱きとめた。遥禾の目には、母はまるで鉄の戦士のように何でもできる存在だった。そのため、彼女は母のすでに丸くなった背中や、どんどん痩せ細っていく体に気づくことができなかったのだ。遥禾は隅にうずくまり、両足を抱きしめながら、しきりに問い続けた。「どうして、私のお母さんなの？帰ってきたばかりなのに、まだろくに親孝行もしてないのに、どうしてもう逝ってしまうの？」哲也は慰めの言葉が見つからず、ただ彼女を強く抱きしめ、何度も繰り返した。「君には僕がいる」だが遥禾は、この世界に自分一人だけが取り残されたように孤独を感じていた。冷静になった後、遥禾は重い足を引きずって洗面所へ顔を洗いに行った。鏡に映る赤く腫れた両目を見て、またしても止めどなく涙が流れ落ちた。出てくると、哲也の姿はもうなかった。遥禾の母の病室は半開きで、中から途切れ途切れの声が聞こえてきた。「薬袋くん、あなたは良い子だ。遥禾のこと、お願いね」「おばさん、すぐに良くなりますよ。その時になったら、遥禾を僕に任せてくださ

時雨が遥禾の家に着いた時、彼女はちょうど病院へ食事を届けようとしていた。タクシーがまだ完全に停まる前に、彼は慌てて車のドアを開け、遥禾の前に駆け寄った。「遥禾、全部知ったんだ。結婚式、キャンセルできないか？」遥禾は驚き、相手が誰かを確認すると、嫌悪感を込めて時雨の手を払いのけた。「時雨、あなたとままごと遊びをする暇はないわ。結婚は真剣なことよ。あなたの気まぐれな遊び道具じゃない」9年間で初めて、時雨は遥禾の瞳に明確な嫌悪感を見た。彼は息を詰まらせた。「俺......俺はそういう意味じゃないんだ。その、俺と結婚してくれないか？」遥禾の眉はさらに深く刻まれ、彼女は真剣な表情で彼を見た。「お母さんがまだ病院にいるの。本当にあなたと騒ぐ暇はないわ。お願いだから、帰ってくれる？」彼女の真剣な表情に時雨は怯んだものの、諦めきれず、彼女の後をぴったりとついて行った。「彼女はどうしたんだ？俺も一緒に病院に行くよ。直接謝罪するから、な？」遥禾は急いでいたので、タクシーを拾って彼を遠くへ置き去りにした。バックミラーに映る時雨の姿がどんどん小さくなるのを見て、遥禾は心に何か異様なものを感じたが、ひたすら自分に言い聞かせた。「彼の言葉を二度と信じてはいけない」母に食事を食べさせた後、遥禾が皿を洗っていると、また時雨がやってきた。彼は再びへらへらと近づいてきた。「主治医に聞いたよ。心筋梗塞だって。もし君が望むなら、最高の医者を探してくることができる」遥禾は時雨が何を企んでいるのか分からなかったが、母のために医者を探してくれるという言葉を聞いて、足を止めた。「時雨、最後に一度だけあなたを信じるわ。もしあなたがお母さんの病状をからかうような真似をしたら、殺すわよ」それを聞いて、時雨は顔をほころばせ、嬉しそうに電話をかけた。だが、3日間待ってやってきた医者は、良い知らせをもたらさなかった。この瞬間、遥禾は彼らが何度も母に死刑宣告を下しているように感じた。彼女は階段の踊り場に隠れて顔を伏せて泣いた。だが、肩を強く抱きしめられた。「遥禾、この数年間の行いについて謝る。本当にごめん。今になって初めて、親父の死がおばさんとは関係ないことに気づいたんだ。八つ当たりして君を深く傷つけてしまって、ごめん。君のお母さんを救えなくて、ごめん。だけど