All Chapters of #奇跡の猫がバズったので、婚約破棄してきた彼は捨てて幸せになります: Chapter 11 - Chapter 20

29 Chapters

11

 翌朝、私はお腹にかかる圧迫感で目を覚ました。見ればルナがお腹の上で丸くなっている。 足元ではマロンが眠っていて、温かさを感じた。(川の字ならぬ何の字だろうね、これは) 一人と二匹で一緒に寝たのが、嬉しくてたまらない。「おはよう、ルナ、マロン」 二匹の頭を順に撫でる。(重い……けど、なんて幸せな重さなんだろう。この子たちが、今の私の全部だ) 二匹を起こさないようにそっと布団を抜け出して、朝食の準備を始めた。 キッチンに立つ私の足元に、いつの間にか起きてきたルナとマロンが寄り添って、朝食を待っていた。 二匹が並んでいる姿は、まるでずっと昔からそうであったかのように自然だった。 マロンはまだ少しお皿に怯える素振りを見せるけど、ルナが先に食べ始めると、安心したように自分も食べ始める。 一日一日、少しずつ。マロンの傷ついた心が、癒えていくのが分かった。◇ 日差しが差し込むリビングで、私はパソコンに向かっていた。 生活費を稼ぐための、データ入力の仕事だ。 本音を言えば、トリマーの仕事を増やしたい。 だがルナとマロンのことを思えば、長時間家を空けるのは難しかった。 マロンはまだ不安定だし、ルナだって子猫。少なくとも二匹がもっと落ち着いて、ストレスが少なく留守番ができるようになるまで、在宅の仕事をやっていくつもりだ。 パソコンに向かう私の傍らで、ルナは窓辺で日向ぼっこ、マロンは少し離れたラグの上で丸くなっている。(マロンがこんなに頑張っている姿を、誰かに知ってほしい) ふと、そんな思いが胸をよぎる。 けれどすぐに拓也の顔が浮かんで、私はその考えを打ち消した。(もしこのアカウントで投稿して、拓也に見つかったら。またマロンを奪いに来るかもしれないし、ルナにまで危害が及ぶかも……) ダメだ。危険すぎる。 でも……。 よく考えた末、私は一つの
last updateLast Updated : 2025-09-08
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12:新しい出会い

 スマホの画面が、ぼんやりと暗い部屋を照らしている。 私はベッドの上で、送られてきたメッセージをもう10回以上は読み返していた。 本物の絆。 その言葉だけが、頭の中で何度も何度も響いた。(どうしようどうしよう、どうしよう!) 心臓がどくどくと早鐘を打っている。 あの篠宮蓮からDMが来るなんて、スパムかアカウント乗っ取りを疑うレベルだ。でも名前の横には、本物であることを示す公式マークがついてるし……。 私は一度スマホを置いた。部屋の隅にある小さな本棚から、一冊の写真集を手に取る。 彼が撮った、野生動物たちの写真集だった。 ページをめくるたびに、そこに写る動物たちの魂そのものを捉えたような力強い眼差しに圧倒される。(断る? 世界的な写真家に? 私が?) 何度見ても素晴らしい写真集。こんな写真を撮った人と関われるなんて。(無理無理! 断るなんて、ファンとしてありえない!) でも、と不安が胸をよぎる。(引き受けたら……また拓也みたいに、ルナとマロンが利用されるだけなんじゃ……?) かつて拓也は、マロンを「可愛い」「映える」としか言わなかった。 でもこの人は違う。『本物の絆』。 拓也が決して口にしなかった言葉が、私の心を動かした。 私は震える指で、何度も打ち間違えながら、丁寧な言葉を選んで返信する。『ご連絡ありがとうございます。ぜひ、一度お話を伺わせていただけないでしょうか』 返事はすぐに来た。『ありがとうございます。時間と場所はそちらの都合に合わせます』 私は待ち合わせ場所として、近所の落ち着いた喫茶店の名前を添えた。◇ 約束の日、待ち合わせ時間の30分前。 私はレトロな内装の喫茶店の隅の席で、アイスコーヒーのグラスについた水滴を意味もなく指でなぞっていた。さすがに早く着きすぎたせいで、時間を持て余してしまってい
last updateLast Updated : 2025-09-09
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13

 篠宮蓮さんのスタジオは、都心の一角にある、古いビルのワンフロアを改装した場所にあった。 約束の日、私は心臓が口から飛び出しそうなほどの緊張を抱えながら、ルナとマロンを連れてそこを訪れた。 拓也のいたタワマンのような冷たくて無機質な空間を想像していた私は、ドアを開けた瞬間、驚きに目を見開いた。 壁一面の大きな窓から、柔らかい自然光がさんさんと降り注いでいる。 部屋の隅には、青々とした葉を茂らせる大きな観葉植物。 床は温かみのある無垢材で、動物が歩いても滑らないように、特殊なコーティングが施されているのが分かった。(すごい。スタジオなのに、全然冷たい感じがしない。むしろ、日当たりの良いお家みたい。この人らしいな、なんとなく)「こんにちは」 奥から現れた蓮さんは、シンプルな黒のTシャツ姿だった。 彼はまず私ではなく、私の足元にいるルナとマロンの目線まで、ゆっくりと屈んだ。 キャリーケースの扉を開けると、二匹はおそるおそるといった様子で外に出てくる。「こんにちは、ルナ、マロン。今日は少しだけ、君たちの時間を撮らせてもらうよ」 動物を対等な存在として扱う姿に、私は胸を打たれる。 拓也がマロンを「こいつ」としか呼ばなかったことを思い出し、二人の違いを改めて実感した。◇「みのりさん。ポーズは要りません。カメラも意識しなくていい」 撮影が始まると、蓮さんは私に意外な指示を出した。「ただ、いつも通り、彼らと一緒にいてください」「え……?」 拓也の撮影では、常に「もっと笑って」「この角度で」と細かく指示されていた私は、その言葉に戸惑う。(何もしないって……どういうこと?) 内心で首をひねってしまったが、すぐに思い直した。(でも、この人は本当に、ただ『ありのまま』を撮りたいんだ) 私は言われた通り、スタジオの中央にある大きなソファに座り、ルナの喉を撫でたり、マロンに優しく話しかけたりした
last updateLast Updated : 2025-09-10
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14

 二度目の撮影日。 蓮さんのプライベートスタジオは、この前と同じように、温かい光と穏やかな空気に満ちていた。 初回よりもリラックスした雰囲気の中、撮影は順調に進んでいく。 今回はルナとマロンのお手入れが見たいと言われたので、私は道具一式を持参していた。「このハーブバスは、みのりさんのオリジナルですか?」 休憩中、蓮さんが不意に尋ねてきた。「猫のストレスを緩和する、絶妙な配合だと感じました」「は、はい! 独学ですが、猫に安全なものをいくつか組み合わせて……」 褒められて、少し照れながら答える。「素晴らしい技術だ。あなたの手にかかると、彼らの毛並みだけでなく、表情まで輝き出す」(この人は、ただ撮るだけじゃない。ちゃんと見て、分かってくれてるんだ。私の仕事のことも、この子たちのことも。拓也とは全然違う) 私は蓮さんに対して、単なる憧れの写真家としてだけでなく、同じく動物を愛するプロとしての深い尊敬の念を抱き始めていた。◇「スタジオでは見せない、解放された表情を撮りたい」 後日、私たちは蓮さんの提案で、都心から少し離れた緑豊かな公園に来ていた。 平日の昼間だからか、人の姿はまばらだ。 私はまず、ルナにお洒落なハーネスとリードを装着する。この時代、猫は放し飼いにできない。でも家の中にだけいると、運動不足になったり、日光浴ができなかったりする。 なのでこうしてリードを付けて、ルナをお散歩に連れて行くのだ。ルナはハーネスにすっかり慣れた様子である。 次にマロンにもハーネスと、少し長めのトレーニングリードを繋いだ。「マロン、行こっか」 広々とした芝生の上を、私が軽く走り出す。 マロンは最初こそおそるおそるだったけど、すぐに楽しそうに私の隣を駆け始めた。 その耳が、嬉しそうに風に揺れている。 ルナはリードをつけたまま、私が敷いたブランケットの上で優雅に毛づくろいをしたり、興味深そうに周りの匂いを嗅いだりしていた。
last updateLast Updated : 2025-09-11
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15

 公園からの帰り道。 さっき触れ合った指先の熱が、まだ残っている気がした。 私と蓮さんの間には、気まずくて、でもどこか甘い沈黙が流れている。 お互いに顔を赤らめたまま、ぎこちなく手を離して以来、私たちは一言も話せずにいた。(どどど、どうしよう! 触っちゃった! ううん、蓮さんも手を伸ばしてくれたんだよね!? ということは……え、何!?) 頭の中はパニックだ。 熱くなった頬を悟られまいと、私は必死にルナとマロンに話しかけて平静を装う。「ルナ、マロン、今日は楽しかったね」「ニャン」 心なしか、ルナの声がそっけない。気のせいだと思うけど、からかわれているような気持ちになる。 蓮さんもまた、どこか落ち着かない様子で、時折私を盗み見てはすぐに視線を逸らしていた。 道の段差で、私は少しよろけてしまった。 すかさず伸びてきた腕が、私の体をしっかりと支えてくれた。「大丈夫ですか」「は、はい! ありがとうございます!」 再び触れ合ったことで、心臓が跳ね上がる。もうだめだ。顔が熱くて、きっと茹でダコみたいになってる。◇ 数日後、写真集のための最後の撮影日。 蓮さんの提案で、私の部屋で撮影を行うことになった。「今日は、僕はいないものと思って、いつも通り過ごしてください」 蓮さんは、セッティングをしながら言った。「みのりさんの、本当の日常が撮りたいんです。朝起きて、ごはんをあげて、遊んで、昼寝して……ありのままの時間を、この物語の終わりにしたいんです」「分かりました」 私は頷いて、いつも通りの一日を過ごし始める。 ソファに座って本を読んでいると、ルナがとてとてと歩いてきて、私の膝の上に器用に丸まった。ゴロゴロと満足そうな喉の音が聞こえる。温かい重みが、私の心を幸せで満たした。「クゥン」 マロンがちょっぴり寂しそうに鳴いた。これはヤキモチを焼いて
last updateLast Updated : 2025-09-12
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16

 写真集の発売日の朝、蓮さんから一冊の見本誌が届いた。 ずっしりと重い、ハードカバーの本。 表紙には、あの日スタジオで撮られた私とルナ、マロンが日だまりの中で微笑む、奇跡のような一枚が使われている。 タイトルは、ただ『月の光』とだけ記されていた。(本になってる。私たちの物語が……。嘘みたい) 月の光。ルナ。 震える手でページをめくる。 上質な紙の匂い。 そこには、この数ヶ月の出来事が鮮やかに切り取られていた。 泥だけだったルナ、怯えていたマロン。そして彼らを見つめる、自分でも知らなかった優しい顔の私。 二匹と一人で寄り添いながら、ゆっくりと傷を癒やしていく様子。 何気ない日常に垣間見える、私たちの絆……。 蓮さんのレンズは、確かに「三人の物語」を紡いでくれていた。 その時、私のスマホが、かつてない勢いで鳴り始めた。 SNSを開くと、通知が爆発していた。 しかも日本からだけじゃない。 英語、フランス語、韓国語……私には読めない言語で、無数のコメントやメッセージが殺到している。 そこに添えられたハートや涙を流す顔の絵文字だけが、万国共通の「感動」を伝えてくれていた。 私は翻訳アプリを使いながら、いくつかのコメントを拾い読みする。『今日、ニューヨークの本屋でこの本を見つけました! お店の真ん中で泣いてしまった。彼らの物語を共有してくれてありがとう』『なんて美しい絆なの。愛は、本当に世界共通の言語ですね』(海の向こうの会ったこともない人たちが、ルナとマロンを見てくれてる。すごい。すごいことだよ、これは……)◇ 通知の嵐に戸惑っていると、今度は蓮さんから電話がかかってきた。 その声は普段のクールさが嘘のように、抑えきれない興奮に弾んでいる。『みのりさん、見たかい? あの写真集が、世界中の書店の週間ランキングで1位だ
last updateLast Updated : 2025-09-13
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17

 スマホの着信音が、部屋の静寂を切り裂ようだった。 画面に明滅する『桐谷 拓也』の文字。 私は、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けない。(出たくない。絶対に出たくない。もう関わりたくない) でも、無視したら? 拓也の性格を考えれば、このアパートに押しかけてきた時のように、もっと面倒なことになるのは明らかだった。(もしかしたら、マロンをあんなふうに捨てたことを、一言くらい謝るつもりで……?) 一瞬だけそう思ったが、私はすぐに首を横に振った。 いや、ないな。絶対にない。あの人が謝るわけがない。 私は覚悟を決めた。深呼吸を一つすると、通話ボタンを押した。 スピーカーモードにして、スマホをテーブルに置く。『もしもし、みのり? 俺だよ、拓也! 見たぜー、ニュース。すごいじゃん、お前! まさか世界デビューとはな!』 耳障りなほど明るく、馴れ馴れしい声が響き渡る。 私は、感情を殺した平坦な声で返した。「……何の用件でしょうか」『冷てえな! いやー、やっぱお前には見る目があったわ、俺。お前は俺が育てたと言っても過言ではない!』(は? 育てた? どの口が言ってるんだろう。私の時間を奪っただけのくせに)『で、本題なんだけどさ。コラボしようぜ、コラボ。お前のその猫と犬、俺のチャンネルに出せよ。ウィンウィンだろ? もちろん、ギャラは弾むぜ』「お断りします。ルナとマロンは、あなたの動画の道具ではありません」 きっぱりと告げると、電話の向こうの空気が変わった。『は? ちょっと有名になったからって調子乗ってんの?』 声のトーンが、地を這うように低くなる。『誰のおかげであの犬を手に入れられたと思ってんだよ。俺がくれてやったからだろ』(くれてやった、ですって!? 冗談じゃない!)「お話はそれだけでしたら、失礼します」 私は、拓也が何か言い返す前に、一方的に通話を終了させた。
last updateLast Updated : 2025-09-13
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18

「あ、いたいた! みのりー! みんなー、みのりちゃんだよー! ちょっと話そうぜーー!」 聞き慣れた声に、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。 通りの向こうから、スマホを自撮り棒の先に掲げた拓也が、わざとらしい大声で叫びながらこちらへ走ってくる。(嘘、なんでここに!? まさか待ち伏せ!) 咄嗟に踵を返し、来た道を引き返そうとする。 しかし拓也は私よりもずっと足が速い。すぐに回り込まれ、私の退路は完全に塞がれてしまった。 背中がアパートのコンクリート壁にぶつかる。目の前には息を切らすふりをしながら、完璧な笑顔をカメラに向ける拓也がいた。 スマホの画面には、『え、みのりちゃん!?』『あの写真集の!』『#奇跡の猫の飼い主さんでしょ?』『マジで奇跡!』という視聴者のコメントが、目まぐるしい速さで流れていくのが見えた。「みんなー! 見て見て! 偶然、みのりちゃんに会ったよー。すごい奇跡じゃない!? これも俺たちがまだ運命で結ばれてるってことかなー!」(偶然なわけない。私が買い物に行く時間を狙って、ここで待ち伏せしてたんだ) その計算高さと平然と嘘をつく姿に、吐き気がする。 私はカメラから顔を背けて、腕で隠した。「やめて、拓也! 勝手に撮らないで!」「なんでそんなこと言うんだよ、みのり」 拓也は心底悲しそうな顔をカメラに向けた。お得意の拓也劇場。完璧な演技に背筋が凍る。「俺、ずっと心配してたんだぜ? ほら、みんなもみのりちゃんに会いたがってるから、顔見せてやれよ」 彼はそう言うと、ぐいっと私との距離を詰めた。 そして視聴者には聞こえないように、しかし私にははっきりと聞こえる声で囁く。「なあ、この奇跡の再会を記念してさ、コラボ動画撮ろうぜ。『元カップルが涙の再会、そして感動のコラボへ』みたいな! 絶対バズるって!」(奇跡の再会? コラボ? この人は私のことだけじゃなく、自分のファンも視聴者も、全部バカにしてるんだ) あまりの厚かましさに、怒りを通り越してもはや呆れて言葉も出ない。
last updateLast Updated : 2025-09-14
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19

「誰だよアンタ。みのりの新しいパパ活相手か?」 下劣な言葉が、静かな住宅街の空気に毒のように垂れ流された。「拓也、馬鹿言わないで! この人はそんなんじゃない。この人は……」 名前を出していいのか迷って、ちらりと蓮さんを見る。その隙に拓也は言い募った。「違うってか? じゃあ何なんだよ。俺は悲しいよ、みのりがそんなことする奴だったなんてさぁ」 私は怒りで唇を震わせた。 拓也はそもそも、私の言葉を聞く気はない。揚げ足を取って自分の都合のいいように受け取るだけだ。そんなことになれば、蓮さんに迷惑がかかってしまう。 慎重に言い返さなければ。でも、考えてもすぐに言葉は出てこなかった。「ほら、何か言えよ! 黙ってたら分からないだろ」 沈黙する私を拓也が嘲笑っている。 その均衡を破ったのは、蓮さんの静かな声だった。「パパ活、ですか」 彼は怒るでもなく、動じるでもない。 ただ心底つまらないものを見るような、冷え切った声で言った。「随分と想像力が貧しいんですね」「な、なんだと……!」「僕は写真家の篠宮蓮です。みのりさんの素晴らしい才能と、彼女と動物たちとの本物の絆に感銘を受けて、正式に仕事として写真集の撮影を依頼しました。それが何か?」 淡々と言われた言葉には、しっかりとした重みがある。 世界的に有名な写真家が、自ら名前を明かしたのだ。 そのインパクトは絶大だった。 拓也のスマホ画面に流れるコメントの空気が、一瞬で変わるのが見えた。『え、本物の篠宮蓮!?』『ガチじゃん、世界的カメラマン……』『ヤバい人に喧嘩売ってないか、このインフルエンサー』 拓也の顔からさっと血の気が引く。 彼の自信は、常に視聴者の反応と「いいね」の数に支えられている。 その基盤が今、目の前で揺らぎ始めていた。 形勢が不利になったと悟った拓
last updateLast Updated : 2025-09-15
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20

 拓也が去った後、通りは元の静けさを取り戻した。 けれど私のポケットの中では、スマホがひっきりなしに振動を続けている。「……ひどいな」 隣に立つ蓮さんが、スマホの画面を見て言った。「彼の視聴者が、君のアカウントに突撃している」 私が自分のスマホを手に取ると、彼は首を振った。「見る必要はない。真実を知らない人たちの戯言だ」「いいえ、見ます。これは、私の問題ですから」 私は一つ深呼吸をしてから、SNSの通知画面を開いた。 そこに並んでいたのは悪意の言葉たち。『元彼の犬まで奪うとか最低の女』『良い人ぶってるけど、この人、裏の顔はヤバそう』『写真家がパパなんだろwww』『こんな女をモデルに写真集出すとか、篠宮蓮も見る目ないね。がっかり』『拓也さんが可哀想すぎる。泣いてたじゃん』(違う、私は奪ってなんかない。捨てられたマロンを助けただけなのに。なんで、こんな……) 指先が冷たくなっていくのを感じた。 蓮さんは、そんな私の肩をもう一度だけそっと支えるように触れる。「何かあったら、すぐに連絡してくれ」 と言って、去っていった。 これ以上は私が一人で向き合うべき問題だと、察してくれたのかもしれない。◇ その日の深夜。 眠れずにいた私の元に、トリマー仲間から「これ、酷すぎるよ!」というメッセージと共に、一本の動画のリンクが送られてきた。 リンク先の画面に映し出されたのは、坂田クルミだった。 彼女はわざとマスカラを滲ませて、悲劇のヒロインのように涙を流している。 クルミの手にはマロンが昔使っていた、くたくたのぬいぐるみのおもちゃが握られていた。『……皆さん、ご心配おかけしてごめんなさい。拓也さんは、今、すごく傷ついています……』 カメラに向かって、か細い声で
last updateLast Updated : 2025-09-16
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