#奇跡の猫がバズったので、婚約破棄してきた彼は捨てて幸せになります

#奇跡の猫がバズったので、婚約破棄してきた彼は捨てて幸せになります

last updateTerakhir Diperbarui : 2025-09-23
Oleh:  黒兎みかづきTamat
Bahasa: Japanese
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ペットトリマーである佐藤みのりは、婚約者で人気インフルエンサーの桐谷拓也と同棲している。 拓也のペットで「撮影小道具」の犬のマロンの世話の他、家事や雑務を一手に引き受けて、拓也をサポートしていた。 ある嵐の日、みのりはずぶ濡れで震えている子猫を拾う。 ところが拓也は「そんな薄汚い猫なんか、俺にふさわしくない。出ていけ!」とみのりを追い出した。 彼は若い女と浮気していて、みのりを邪魔に思っていたのだ。 婚約を破棄され、家を追い出されたみのりは、拾った子猫の世話を続ける。 手入れされた猫はとても美しく、奇跡の猫としてSNSで大バズリ。世界的な動物写真家・篠宮蓮の目に止まり、写真集が出ることになって――?

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Bab 1

01

如月透子(きさらぎ とうこ)が離婚を決めた日、二つの出来事があった。

一つ目は、新井蓮司(あらい れんじ)の初恋の人が海外から帰国したこと。

蓮司は億単位の金を注ぎ込んで、特注のクルーズ船で彼女を出迎え、二人きりで豪華な二日二晩を過ごした。

メディアはこぞって、二人がヨリを戻すと大騒ぎだった。

もう一つは、透子が大学時代の先輩の誘いを受けて、かつて二人で立ち上げた会社に戻ると決めたこと。

部長として、来月から新たなスタートを切る予定だった。

もちろん、彼女が何をしようと、誰も気にも留めない。

蓮司にとって、透子はただの「新井家に嫁いできた家政婦」に過ぎなかった。

彼女は誰にも知らせず、

ひっそりとこの二年間の痕跡を新井家から消し去り、

密かに旅立ちのチケットを手に入れた。

30日後には、

ここでのすべてと、蓮司との関係は完全に終わる。

――もう、赤の他人になるのだ。

【迎え酒のスープを届けろ、二人分】

突然スマホに届いた命令口調のメッセージに、透子は目を伏せ、指先が震えた。

今は夜の九時四十分。

蓮司はちょうど朝比奈美月(あさひな みづき)の帰国パーティーに出席している最中。

かつて彼は、決して透子に外へ酒のスープを持ってこさせなかった。

彼女の存在を世間に知られるのが恥ずかしいからだと、家の中だけで飲んでいた。

だからもし、前だったら――

「やっと自分を認めてくれたのかも」なんて、喜んでいたかもしれない。

でも今は違う。

視線は「二人分」の文字に留まる。

――そう、これは美月のためのスープだ。

本物の「愛」の前では、彼は堂々と「価値のない妻」を見下し、さらけ出すことを恐れなくなった。

透子は静かに手を下ろし、キッチンに向かってスープの準備を始めた。

蓮司の祖父との契約も、あと29日で終わる。

カウントダウンの画面を一瞥し、ため息が漏れる。

契約が切れたら、やっと自由になれる――

二年も傍にいたのに、愛は一片も手に入らなかった。

所詮、それが現実だった。

もう、愛する力すら残っていない。

最後の一ヶ月。

「妻」としての仕事だけは、きっちり終わらせるつもりだった。

鍋の中、ぐつぐつと煮立つスープは、彼女が最も得意とする料理。

なにせこの二年、何十回とその男のために煮込んできたのだから。

ふと目を奪われ、胸の奥がじんわりと冷えていく。

三十分後、きっちりと蓋を閉めた保温容器に、スープを二人分詰め、タクシーでホテルへ向かった。

車内で、透子は朝届いた見知らぬ番号からのメッセージを見返す。

【透子、覚えてる?私、美月だよ。帰国したの。また会えてうれしいな。蓮司を奪ったことは気にしてないよ。私たち、ずっと親友だったじゃない?今夜、ご飯でもどう?】

蓮司から歓迎会の話なんて一言もなかった。

透子がそれを知ったのは、美月からの「お誘い」があったからだった。

その文章の行間から滲む「寛大で気にしてないフリ」に、透子は皮肉に口元を歪めた。

奪った……?

違う。蓮司の祖父が反対したんだ。

美月は二億の慰謝料を受け取って、海外に行ったはずだ。どこが「奪った」?

確かに、彼に対する欲はあった。

でも自分から奪いにいったわけじゃない。流れに乗っただけ。

「寛大で善良な女」?ふん。

昔なら信じていたかもしれない。

でも高校に上がってから、全てが嘘だと知った。

遅すぎたけれど――

あのとき、自分はすべてを失った。

人間関係も、居場所も。孤立無援で、陰湿ないじめの標的だった。

……そしてその裏には、美月の影があった。

今日のパーティーには、当時の高校の「友達」も多数出席している。

当然、みんな美月の味方だ。

透子は、あのパーティーに出るつもりはなかった。

どうせ招かれた理由なんて、歓迎じゃなくて公開処刑。

あの頃の「同級生」と顔を合わせる気分にもなれない。胸の奥がざわつく、ただただ不快だった。

だから、スープだけ渡したらすぐ帰るつもりだった。

目的地に着き、個室の前で深呼吸。心を落ち着かせてから、扉をノックする。

数秒後――

扉が開くと、現れたのは蓮司じゃなく、純白のドレスを纏った美月だった。

「透子、来てくれたんだ!みんな待ってたよ〜」

満面の笑顔にきらびやかなメイク。まるでプリンセスのような装い。

首元には、あのネックレス――「ブルーオーシャン」。

一昨日、蓮司が落札したばかりのもの。やっぱり彼女に贈ったのね。

「いえ、スープを届けに来ただけ」

透子は感情のない声で、淡々と答えた。

「え〜、二年ぶりなのにそんなに他人行儀?私は蓮司を奪われたこと、もう気にしてないのに〜」

美月は唇を噛んで、先に「傷ついたフリ」を演じ始める。

……その猫かぶりな態度にはもう、うんざりだった。

透子はスープを置こうと身体をずらす。

だが、美月はさりげなく手を伸ばし、保温容器の蓋に指をかけた。

「来たくないなら、私が蓮司に渡しておくよ〜」

あくまで「優しげ」に申し出てくる。

透子は眉をひそめた。

すんなり引くような女じゃないのに、あまりに「親切」すぎる……

とはいえ、彼女自身もこれ以上関わりたくなかった。

だから、容器を渡そうと手を伸ばした――その瞬間。

「――っ!」

容器が受け止められず、真っ逆さまに床へ。

ガシャン!

蓋が外れ、熱々のスープが床にぶちまけられる。

そして美月はわざとらしく一歩後ろに下がりながら、甲高く叫んだ。

「きゃっ!痛っ……足が……!」

次の瞬間、個室の中からいっせいに視線が集まる。

蓮司がすでに立ち上がり、素早く駆け寄ってきた。

「透子、お前は……スープ一つもまともに持てないのか?」

彼は半身をかがめ、脱いだジャケットで美月の足を拭きながら、怒りに満ちた声で透子を叱りつけた。

「私……」

透子が言葉を紡ぐよりも早く、

「蓮司、透子を責めないで。私が受け取り損ねたの」

美月がしおらしく庇ってみせる。

蓮司は床に落ちた容器の蓋を拾い上げた。

割れてもいない、傷もない――完璧に無傷。

「これ、どう説明する?美月が手を滑らせた?それとも最初から蓋を開けて持ってきた?」

彼は鋭く睨みつける。

透子は驚きで言葉を失った。

この保温容器は頑丈そのもので、普通に落とした程度で蓋が外れるなんてありえない。

けれど、現に蓋は外れていて、しかも傷一つついていない。

「私は開けてない。じゃなきゃ道中こぼれてるはずでしょ」

必死に言い返す。

「言い訳は結構。やったことはやったことだろ」

蓮司の声は冷たく切り捨てるようだった。

彼にとって透子は――金目当てで祖父を丸め込み、

美月を追い出し、無理やり妻の座を奪った女。

信じる理由なんて、どこにもなかった。

蓋を放り捨て、蓮司は美月を抱き上げようと身を屈めた……

そのとき――

視線の端に、赤く腫れた透子の足が映る。

スープを浴びたのは、美月だけじゃなかった。

むしろ透子のほうが広い範囲をやられていた。

眉をわずかにひそめる。何かが一瞬、胸をよぎった。

……でも、それだけだった。

すぐに視線を逸らし、口をつぐんだまま立ち上がる。

透子がどれだけ火傷していようが、自業自得だ。

他人を傷つけようとした報いだと思えば、同情する理由なんてない。

美月を横抱きにすると、彼女は恥じらいながらも、心配そうに言った。

「蓮司、透子の足……」

「気にするな。死にゃしない。勝手に病院行くだろ」

吐き捨てるように答えた。

「お前はモデルなんだ。足が命だろ。そっちが優先だ」
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01
 都心を見下ろす、タワーマンションの最上階。 そこが今の私の家だった。 ……ううん、家っていうより職場かな。 白とガラスで統一されたリビングは、モデルルームみたいに無機質で、人の暮らす温かみみたいなものはどこにもない。「ん……よし、きれいになったね」 その生活感のない空間の片隅で、私は膝の上に乗せた愛しい存在に声をかけた。 腕の中にいるのは、婚約者である拓也の愛犬、トイプードルのマロン。 スリッカーブラシを優しく動かすたびに、白色のふわふわな毛が、空気をふくんでまぁるくなっていく。 マロンはうっとりしたように目を細めて、私の手に頭をこてんと預けてきた。(今日もマロンは天使だなぁ……) この子の世話をしている時間だけが、今の私の唯一の癒やしだ。 人気トリマーだった頃の腕を、こんな形で発揮することになるとは思わなかったけど。「はい、マロン。今日のごはんは特別だよ」 ブラッシングを終えた私は、マロンのために用意したドックフードに、茹でたササミと細かく刻んだ野菜を彩りよく乗せてあげる。 マロンは嬉しそうに尻尾をぱたぱたと振って、小さな口で夢中になって食べ始めた。(本当は、もっとトリマーの仕事、したいんだけどな) 昔からの常連さんからの予約も、ほとんど断ってしまっている。「俺のサポートとマロンの世話に集中してほしい」 ――それが、婚約者である彼の望みだから。「おはよ。みのり」リビングのドアが開いて、あくびをしながら拓也が出てきた。今年で27歳になる彼は、人気インフルエンサー。今日も髪は完璧にセットされていて、ハイブランドの部屋着姿ですら、雑誌の切り抜きみたいだ。「……あ、マロン、いい感じじゃん。今日の動画、映えそう」「おはよう、拓也。マロン、今日は特に毛艶がいいのよ」 私はにっこり笑って返す。(はいはい、マロンへの挨拶はそれだけね) 心のなかで、そっと毒づく。(おはようのついでに『今日の撮影道具』のコンディション確認、ご苦労様です) 拓也はマロンを撫でようともせず、スマホをチェックし始めた。 私との会話も、視線は画面に落としたままだ。「あ、今日のランチだけどさ。俺のイメージに合う、オーガニック系のデリ、予約しといて。あとでストーリーに上げるから」「うん、もう手配してあるよ」(知ってますー。どうせ食べるのはこって
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02
 ゴウゴウと空が唸りを上げている。 分厚い窓ガラスを、横殴りの雨がバチバチと叩いていた。「すごい雨……」 テレビのニュース速報が「不要不急の外出は控えてください」と、もう何度も繰り返している。 足元ではマロンが私の足に体を寄せて、不安そうに小さく震えていた。「大丈夫だよ、マロン」 そのふわふわの頭を撫でてあげていると、ソファでスマホをいじっていた拓也が、心底つまらなそうに声を上げた。「あー、最悪。俺が毎晩飲んでる、あの高級スパークリングウォーター、切らしたんだった」「え? でも、この嵐だよ? 明日にしたら?」「はぁ? 今夜のナイトルーティン動画で使うんだよ。俺の『丁寧な暮らし』の象徴なんだから、ないと締まらないだろ。ほら、行ってきて」(ウソでしょ……?) 私の問いかけは、いとも簡単に一蹴される。(この暴風雨の中、買い物に行けって言うの?)「でも、本当に危ないって……」 食い下がってみるけど、拓也は舌打ちをして私を睨んだ。「俺のフォロワーは、俺の『一貫性』を求めてるわけ。それがブランド価値だから。タクシーでも捕まえて、さっさと買ってきてよ」(ブランド、ブランドって……あんたのブランドのために、私は命を張れと?) 心のなかで悪態をつく。 でも、ここで断って彼を怒らせる方が、もっと面倒なことになる。 私はぐっと言葉を飲み込んで、立ち上がった。「……分かった。行ってくる」 マロンが「クゥン」と心配そうに鳴いた。私を心配してくれるのは、この子だけだ。「大丈夫だよ。お留守番していてね」 マロンの頭を撫でてから、私はレインコートを羽織って玄関のドアを開けた。◇ 外は想像を絶する嵐だった。 傘はマンションのエントランスを出た瞬間に、ひっくり返って骨が折れた。 洪水のように水が流れる道は、タクシーなんて一台も走っていない。 ずぶ濡れになりながら、私は近所の高級スーパーまで歩いた。店が閉まっていたら最悪だな、と思っていたけれど、幸いなことに開いていた。 拓也に言われた、一本数千円もするスパークリングウォーターを買って、重い買い物袋を抱えて帰路につく。 少しでも風を避けようと、ブランドショップが並ぶ裏通りに入った、その時だった。 ――ミャ…… 風の音に混じって、か細い鳴き声が聞こえた。(今の……猫?) まさかね、と思い
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03:裏切り
「おかえり。ずいぶん遅かったじゃないか」 嵐の音だけが響く部屋に、拓也の冷たい声が落ちた。 フロアランプの灯りが彼の顔に深い影を作り、その表情は読めない。「た、ただいま……拓也。すごい嵐で、大変だったから」 平静を装って答える私の声は、自分でも情けないほど震えていた。 腕の中の子猫を隠すように、コートをぎゅっと抱きしめる。「……ふぅん。で、腕に隠してるソレ、何?」 ――ミャ…… 私の祈りもむなしく、コートの中からか細い鳴き声が漏れた。 その瞬間、拓也の顔があからさまな嫌悪感で歪む。「は? 猫? 捨て猫を拾ってきたのか。お前、正気かぁ? ゴミでも拾ってきたのかよ」(バレた。最悪のタイミングで!) 心臓が氷水に浸されたみたいに冷たくなった。(でも、この子を見捨てるなんて、もうできない) 何とか拓也を説得して、猫の世話をしないと。小さな体は冷え切っている。今すぐに温めなければ。 私が説得の言葉を考えていると、リビングの奥から知らないはずなのに聞き覚えのある、甘ったるい声がした。「拓也さーん、どうしたのー?」 現れたのは、人気インフルエンサーの坂田クルミだった。 完璧なメイクに、あざとく体のラインを強調する服。ずぶ濡れで立つ私とは、あまりにも対照的な姿だった。(坂田クルミ!?) 頭が真っ白になる。(なんで。どうして、この人が、この部屋にいるの……?) クルミは私を値踏みするように上から下まで眺めると、腕の中の子猫に気づいて、大げさに顔をしかめた。「うわ、何それ、ドブネズミみたい! 汚い! 拓也さんの綺麗な部屋が、バイ菌だらけになっちゃう!」 クルミは媚びるように拓也の腕にしがみついた。拓也に向ける顔は、あくまで可愛らしい。けど私に対しては、同一人物か疑いたくなるほどに見下した表情をしてくる。 拓也はそんな彼女を庇うように、私を睨みつけた。「大丈夫だよ、クルミちゃん。こいつが拾ってきたゴミは、俺が今すぐ処分させるから」(ゴミ……) この子も、私も、あなたにとってはもう、ただのゴミなんだ。 投げつけられた言葉が、心に突き刺さった。 クルミは勝ち誇ったように、私を見下して拓也に囁く。「ねぇ、拓也さん。トップインフルエンサーのあなたが、こんな薄汚い女と婚約してるなんて、イメージダウンだよ? ブランド価値、だだ下がりじゃ
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04
 深夜のペットサロンは、しんと静まり返っていた。 ここは私の職場のサロン。 最近は拓也のために仕事をセーブして、以前ほど働いていなかったけど、まだ籍は置かせてもらっている。 オーナーに電話して事情を話したら、「落ち着くまで泊まっていいよ」と優しく言ってくれた。その温かい言葉が、凍えた心にじわりと染みる。 ペットサロンだから、猫のための設備も一通り揃っている。猫用のミルクにキャリーケースなど。 オーナーは備品を使っていいと言ってくれた。とてもありがたかった。「大丈夫だよ。もう怖くないからね」 子猫用のミルクを用意して、指先に乗せた。鼻先に近づけてやれば、子猫はためらいながらも、小さな舌でぺろりと舐めてくれた。 猫用のバスタブにお湯を張って、子猫の汚れを洗い落としていく。猫は本来はお風呂が嫌いなのに、この子はされるがままだ。きっと抵抗するだけの体力がもう残っていないのだろう。 明日の朝一番で獣医さんに連れて行って、手当してもらわなければ。(……本当に、追い出されちゃったんだ) 子猫をタオルで丁寧に拭き上げ、毛並みをブラッシングしていると、今さらながら実感が押し寄せてくる。 住む場所がなくなってしまった。これからどうしよう……。 ふと、タワマンに残してきたマロンのことが頭をよぎり、胸が締め付けられた。(マロン、大丈夫かな。拓也、ちゃんとお世話してあげてよクルミさんが、いじめたりしないといいけど……) 心配は尽きない。これからの先行きが不安で、思わず涙がじわりとにじんだ、その時。 ――ゴロゴロ…… 腕の中から小さくか弱い振動が伝わってきた。か弱いけれど、確かなもの。 子猫が喉を鳴らしている。 その小さな音に、私はハッとした。(ううん、泣いてる場合じゃない。私が、この子を守らなきゃ)◇ 翌朝、私はなけなしの貯金を下ろし、子猫を連れて動物病院へ
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05
 日当たりの良いアパートの、小さなバスルームで、私と子猫の新しい生活が始まった。 ちなみに子猫の名前はまだ決まっていない。そろそろ決めてあげないとと思うのだが、どうにもいいのが思い浮かばないのだ。「ねえ、あなた。名前は何にしようか?」 私は子猫に話しかける。「黒い毛並みだから、クロ? 安直すぎるかな。んーと、フランス語で黒の意味のノワールとか?」 子猫はちらりと私を見上げて、興味なさそうに前足を舐めた。お気に召さないようだ。「仕方ない、名前は後で考えよう。その前にお手入れをしようね」 獣医さんに診察してもらって、虫下しを飲ませてワクチンも打った。最初の夜はお風呂も入れてあげた。 でも、それだけじゃあ足りない。ノミなどの虫がいないか、目の細かいクシでよく梳かして確かめないといけないし、皮膚の荒れている場所をケアする必要がある。 私はこれから始まる、あの子の本格的なお手入れを前に、慎重に準備を整えていた。 お湯の温度は、熱すぎず、ぬるすぎず。 子猫の体に負担がないように、何度も手で確かめる。 案の定、お湯を見た子猫は「シャーッ!」と威嚇して、体を強張らせた。 最初の夜こそ大人しくお湯に入ったけれど、今は駄目。でもそれはこの子が元気になった証だから、嬉しかった。「やっぱり、怖いよね。大丈夫、無理やりは絶対しないから。トラウマになっちゃうもの」「うにゃぁ……」 私はトリマーとしての知識を総動員して、猫に無害なハーブを思い出した。 そうだ、カレンデュラ。皮膚を健やかにしてくれるし、カモミールはリラックス効果があるし。 猫ちゃんが口にしても安全なものは、常にストックしてあった。 乾燥ハーブを少量お湯に溶かして、まずはその蒸気で心を落ち着かせる作戦に出た。 温かいタオルで体を拭くことから始め、少しずつ、少しずつ。「大丈夫だよ」「気持ちいいね」と、絶えず優しい声をかける。 私の根気強いお世話に、子猫は少しずつ警戒を解いていった。
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06
 午後の柔らかい日差しが、アパートの床を温かく照らしている。 その光の中で、ルナは香箱座りをしていた。 最後のお手入れを終えた彼女の姿は、数日前の泥だらけの子猫とはもはや別の生き物だった。 艶やかな漆黒の毛並みは陽の光を吸い込んで、ベルベットのように滑らかな光沢を放っている。触ってみればぽかぽかと温かく、絹のようになめらか。 まっすぐ前を見つめるサファイアブルーの瞳は、子猫らしからぬ自信に満ちていた。 そして胸元で神秘的に光る、三日月のシルバーの毛並み。(拓也が見たら、なんて言うかな。『これなら動画映えする』とか? ううん、もうあの人の評価なんてどうでもいい。私が、この子の美しさを知っていれば、それで十分) 私は床に膝をつき、ルナと目線を合わせる。「ルナ。本当に綺麗になったね。世界一だよ、あなたは」 感嘆のため息と共に呟くと、ルナは「にゃん」と短く鳴き、私の指にそっと頭をこすりつけてくれた。 その信頼のこもった仕草に、胸がじんと温かくなる。 私はスマホを取り出し、カメラを起動した。 フォルダに保存してある「ビフォー」の写真――動物病院で撮った、怯えきった表情で泥に汚れた小さな塊だった頃のルナの姿――を表示する。 画面の中の姿と、目の前で優雅にくつろぐルナの姿。 そのあまりの変貌ぶりに、改めて胸が熱くなった。 綺麗になったし、何よりも健康で元気になった。私に心を許してくれた。 それが嬉しくて、夢中でシャッターを切る。 温かな陽光の中で、ルナの気高さ、瞳の力強さ、胸の三日月の輝きを、一枚一枚大切に写真に収めていく。◇ 撮影を終えて、私は一番よく撮れたビフォーアフターの比較写真を選んだ。 先日作ったばかりの、フォロワー0人のSNSアカウントを開く。 真っ白なタイムラインは、まるでこれからの私の人生のようだった。(こんな個人的な写真を、ネットに上げていいのかな) 一瞬、投稿をためらう。 拓也みたいに、誰かの評価を気にするのはもうやめよ
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07
 翌朝、部屋に差し込む日差しは、昨日までとは比べ物にならないほど明るく澄んでいた。 ベッドに横になったままルナの姿を探せば、すぐ隣で丸くなっている黒い毛玉が見える。幸せそうな寝姿に胸が温かくなった。 と、そういえば。(昨日のあれ。夢、だったのかな……) 枕元のスマホを手に取り、恐る恐る画面をタップする。 そして、私は自分の目を疑った。(え、え、え? 夢じゃなかった!) フォロワー数が、おかしいことになっている。 昨夜見たときは数千だったはずなのに、一晩で数万人規模にまで膨れ上がっていたのだ。 数千でも十分にすごいと思っていた。なのに数万って何!?(何が起きてるの!? 嬉しい、嬉しいけど、さすがにちょっと怖い!) 震える指でコメント欄を開く。 そこには私の想像をはるかに超える、温かい言葉の洪水が押し寄せていた。『感動して涙が出ました。こんな奇跡があるんですね』『写真から飼い主さんの愛情が伝わってきて、朝から温かい気持ちになりました』『うちにも保護猫がいます。ルナちゃんを見て、もっと愛情をかけてあげようと思いました。ありがとう』 不覚にもじわりと涙が滲んでしまった。 私は隣で丸くなっているルナに、スマホの画面を見せてやる。「ルナ、見て。たくさんの人が、あなたのこと素敵だって言ってるよ。あなたの頑張りが、誰かの心を動かしたんだよ」 ルナは分かっているのかいないのか、「にゃん」と小さく鳴いて、私の手に頭をすり寄せた。◇ 通知の中に黄色い公式マークのついたアカウントからのDMを見つけたのは、その直後だった。 差出人は、誰もが知る朝の情報番組。『「#奇跡のにゃんこ」の飼い主様。この度は大変な反響、誠におめでとうございます。ぜひ当番組で、ルナちゃんの奇跡の物語を取材させていただきたく……』 メッセージには丁寧な言葉と共に、破格の出演料まで提示されていた。
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08
 ルナとの穏やかな生活が始まって、数日が経った。 SNSのフォロワーはあれからも増え続けているけれど、私はもう数字を追いかけるのはやめた。数字に振り回されたって、いいことは一つもない。 通知をオフにして、目の前のルナとの時間を大切にする。それが今の私にとって一番の幸せだった。「はい、ルナ。今日のごはんはササミ入りだよ」「ウニャ!」 トリマーの知識を活かして作った、栄養満点の手作りごはん。 ルナは嬉しそうに喉を鳴らしながら、夢中で食べている。 この子はまだ子猫だから、成長にたっぷりと栄養が必要なのだ。(あのタワマンにいた頃より、ずっと、ずっと幸せ) 拓也のことも、だんだん思い出さなくなってきたな……。 そう思った矢先だった。 ドン、ドン、ドン! 玄関のドアが、まるで壊さんばかりの勢いで乱暴にノックされる。同時に何度もインターホンが鳴らされて、うるさいくらいに響き渡った。 その音にルナはびくりと体を震わせて、あっという間にソファの下に隠れてしまった。 私の心臓が、嫌な予感にどきりと跳ねる。 恐る恐るドアスコープを覗くと、そこにいたのは鬼の形相の拓也だった。 手には一本の汚れたリードが握られ、その先には――みすぼらしい姿のマロンがいた。(マロン!) マロンの姿を見たら、思わずドアを開けていた。「チッ。いるならさっさと出てこいよ」 拓也の不機嫌そうな声を無視して、疑問をぶつける。「なんで、ここが分かったの?」 拓也は勝ち誇ったように鼻で笑った。「はっ、簡単だよ。お前が働いてるペットサロン? あそこの店長、ちょっと問い詰めたらすぐ吐いたぜ。『元婚約者として心配で』って言ったら、案外コロッと騙されるんだな」(そんな、オーナーさんにまで迷惑を!) ひどい状況で婚約破棄されたとか、家を追い出されたとかは私の個人的な事情だ。そう思ってオーナーに詳しい話はしていなかった。 そ
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09
 拓也は電話を切ると、ゆっくりとこちらに振り返った。 さっきまでの甘ったるい声が嘘のように、彼の瞳から表情が消えている。 クルミに向けていた笑顔はどこにもない。 そこに浮かんでいたのは、邪魔なものを処分する前の氷のように冷たい光だった。「……!」 私は咄嗟に、自分の後ろにいるマロンをかばうように一歩下がる。(何をする気? マロンには指一本触れさせない!) 拓也は舞台役者のように芝居がかった、わざとらしい大きなため息をついた。 憐れむような目を私に向ける。「はぁー、めんどくさいな。クルミちゃんもああ言ってるし。……そうだ」 彼は何かを思いついた、というようにポンと手を叩いた。「お前さ、そんなにそいつが心配なんだろ? だったら引き取れば?」「……え?」 彼の言葉の真意が読めず、警戒しながら聞き返す。 拓也は私の反応を楽しむかのように、唇の端を吊り上げた。「だから、くれてやるって言ってんだよ、こいつを。もう動画映えしないし、俺には用済みだからさ」 そう言うと、持っていたリードを手から離した。革のリードが、ぱさりと乾いた音を立てて床に落ちる。 無造作でぞんざいな行為。 私は床に落ちたリードを拾い上げた。怒りで震える手で強く握りしめる。 拓也はそんな私の様子を見て、さらに苛立ちを募らせた。「なんだよ、その目は。感謝しろよな。お望み通りにしてやったんだから」 私は顔を上げて、まっすぐに彼を睨みつけた。「感謝しろですって? 用済みだからとマロンを物みたいに押し付けて。こんな残酷な形で再会するなんて、私が望んだとでも思っているの!?」 私が望んだのは、マロンが大事にされること。幸せに暮らすこと。 マロンとお別れは悲しかったけど、拓也たちが大事にしてくれるなら仕方ないと、最初は思っていた。 でもあの時訪れたマンションで、クルミはマロンにひ
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10
 拓也が去ったあとの部屋は、嵐が過ぎ去ったかのように静まり返っていた。 私はまだ、腕の中にマロンの震えを感じている。 まずはこの子の状態を確かめなくちゃ。 私は自分にそう言い聞かせ、無理やりトリマーとしての冷静さを呼び起こす。「マロン、ちょっと体見せてね」 優しく声をかけながら、マロンの体を丁寧に触診していく。 ふわふわだったはずの毛は、硬い毛玉だらけで指が通らない。 その毛の下に隠れた体は、あまりにも痩せていた。 ごつごつとした肋骨が、はっきりと手に感じられる。(なんて酷い……。これはただの怠慢じゃない。虐待よ) 怒りと悲しみで、奥歯をギリリと噛みしめる。 伸び放題の爪。乾燥してフケだらけの皮膚。 全てが、この子がどれだけ辛い時間を過ごしてきたかを物語っていた。(あんなに食いしん坊だった子が、こんなに痩せて……) 私は急いでキッチンに行って、マロンが好きだったササミを茹でて細かく裂く。 フードボウルに入れて目の前に差し出すが、マロンは怯えたように後ずさり、全く口をつけようとしなかった。「マロン、どうしたの? お腹、すいてない?」(もしかして、ご飯もまともに与えられてなかったんじゃ……。それか、食事のときに何か酷いことを?) 考えれば考えるほど、拓也とクルミへの怒りが込み上げてくる。◇ 次はお風呂だ。 体の汚れを落として、少しでもさっぱりさせてあげたい。「マロン、お風呂入ろうね」 私がそう声をかけた瞬間、マロンの体がビクッとこわばった。 以前は「お風呂」と聞くと、嬉しそうにしっぽを振ってバスルームまで走ってきたのに。 シャワーの音を聞いた途端、マロンは「キャン!」と悲鳴を上げてパニックになり、私の腕から逃れようと必死に暴れだした。(お風呂、大好きだったのに!) 私はすぐにシャワーを止めて、無理
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