都心を見下ろす、タワーマンションの最上階。 そこが今の私の家だった。 ……ううん、家っていうより職場かな。 白とガラスで統一されたリビングは、モデルルームみたいに無機質で、人の暮らす温かみみたいなものはどこにもない。「ん……よし、きれいになったね」 その生活感のない空間の片隅で、私は膝の上に乗せた愛しい存在に声をかけた。 腕の中にいるのは、婚約者である拓也の愛犬、トイプードルのマロン。 スリッカーブラシを優しく動かすたびに、白色のふわふわな毛が、空気をふくんでまぁるくなっていく。 マロンはうっとりしたように目を細めて、私の手に頭をこてんと預けてきた。(今日もマロンは天使だなぁ……) この子の世話をしている時間だけが、今の私の唯一の癒やしだ。 人気トリマーだった頃の腕を、こんな形で発揮することになるとは思わなかったけど。「はい、マロン。今日のごはんは特別だよ」 ブラッシングを終えた私は、マロンのために用意したドックフードに、茹でたササミと細かく刻んだ野菜を彩りよく乗せてあげる。 マロンは嬉しそうに尻尾をぱたぱたと振って、小さな口で夢中になって食べ始めた。(本当は、もっとトリマーの仕事、したいんだけどな) 昔からの常連さんからの予約も、ほとんど断ってしまっている。「俺のサポートとマロンの世話に集中してほしい」 ――それが、婚約者である彼の望みだから。「おはよ。みのり」リビングのドアが開いて、あくびをしながら拓也が出てきた。今年で27歳になる彼は、人気インフルエンサー。今日も髪は完璧にセットされていて、ハイブランドの部屋着姿ですら、雑誌の切り抜きみたいだ。「……あ、マロン、いい感じじゃん。今日の動画、映えそう」「おはよう、拓也。マロン、今日は特に毛艶がいいのよ」 私はにっこり笑って返す。(はいはい、マロンへの挨拶はそれだけね) 心のなかで、そっと毒づく。(おはようのついでに『今日の撮影道具』のコンディション確認、ご苦労様です) 拓也はマロンを撫でようともせず、スマホをチェックし始めた。 私との会話も、視線は画面に落としたままだ。「あ、今日のランチだけどさ。俺のイメージに合う、オーガニック系のデリ、予約しといて。あとでストーリーに上げるから」「うん、もう手配してあるよ」(知ってますー。どうせ食べるのはこって
Last Updated : 2025-09-01 Read more