ヴァルフレイドとの穏やかな日々は、夢のように過ぎていった。 宮殿の庭園は陽光に満ち、見たこともない植物が季節ごとに美しい花を咲かせる。私はその花々をスケッチするのが新しい日課になっていた。 生まれて初めて感じる、満ち足りた安らぎ。けれど私の心の奥底から、学者としての探求心が消えることはなかった。 その日も私は、白い花の繊細な花弁を羊皮紙に写し取っていたが、ふとペンを止めた。隣でその様子を眺めていたヴァルフレイドに、問いかける。「ヴァルフレイド。ここから、外の世界の様子を知る方法はあるかしら? 私が去った後のフラグラーレ王国がどうなっているのか、歴史の観察対象として、少し興味があるの」(ここにいれば私は安全で、幸福だわ。でも、だからこそ知っておきたい。私が捨てた世界、ゲームの舞台だったあの国は今、どんな物語を紡いでいるのかしら。イグニスとミリアは試練に目覚めて、英雄への道を歩み始めている? それとも……) 私の瞳に復讐や未練の色がないことを確認した彼は、優しく微笑んだ。「造作もないことだ。お前が望むなら見せてやろう。だが、覚悟はしておけ。人間の世界の真実は、美しいものなど滅多にないからな」◇ 彼に案内されて向かったのは、宮殿の最上階にある観測のためだけの一室だった。 部屋には窓がない。その代わりに天井が夜空のように深い色で、本物のような星々の光が瞬いている。 中央には黒曜石をくり抜いた巨大な水盤があり、夜の湖面のような静かな水が張られていた。「竜の水鏡だ。世界のあらゆる真実を映し出す」 ヴァルフレイドが水面に指で触れる。穏やかな波紋が広がり、水面がスクリーンのように輝き始めた。「さあ、見るといい。お前が去った後の王国の姿を」 最初に映ったのは、ひび割れた大地が広がる農村だった。子供は飢えで泣きじゃくり、大人たちは力なく空を見上げている。その絶望的な光景に、私は胸を締め付けられた。 場面が切り替わる。 今度はきらびやかな王宮の宴会場。そこではイグニスが脂の乗った肉塊に齧りつき、ミリアは一
Last Updated : 2025-09-08 Read more