結婚三年目の記念日。その日は、白石静奈(しらいし しずな)の二十七歳の誕生日でもあった。 夫の長谷川彰人(はせがわ あきと)から贈られたのは、一枚の離婚届という、特別なプレゼントだった。 彰人は、落ち着いた様子でペンを手に取ると、書類の左下に自分の名前を書き込み、静奈の前にそっと差し出した。 「寧々は意地っ張りで、機嫌を取るのが大変でね。一度離婚という形をとらないと、俺を受け入れてくれないんだ。 俺はもうサインした。君もサインしてくれ。 心配はいらない。ただ形式上のことだから」 その声は、夕食のメニューでも決めるかのように、何の感情も温度も感じさせない、起伏のないものだった。 静奈は、最近の彼のプライベートには無関心だったが、ネットに溢れるゴシップ記事のため、夏川寧々(なつかわ ねね)という名前を知らないわけにはいかなかった。 彰人の事務所が最近契約を結んだ若手女優で、二十歳そこそこの、瑞々しい魅力に満ちた女性だ。 世間の注目を集めたのは、彰人が二ヶ月近くも積極的に彼女を口説いていたにもかかわらず、寧々が全く靡かなかったことだ。 これまでの女たちには、一ヶ月も経たないうちに彰人は飽きていた。 だが、この寧々は違う。彰人の記録を破っただけでなく、彼に「偽装離婚」を提案させるまでに至ったのだ。 静奈は離婚届を受け取ると、皮肉っぽく口の端を上げた。 「これがプレゼント?ずいぶん、特別なのね」 その言葉に、彰人は珍しく戸惑いの表情を浮かべた。今日が何の日か思い出すと、ようやく彼の目に申し訳なさそうな色が浮かんだ。 「最近ずっと撮影現場で寧々の機嫌を取っていたから、記念日と君の誕生日だってことを忘れていた。すまない。プレゼントは後でアシスタントに届けてもらう」 新しい彼女ができたら、元妻のことは、どうでもいいってことか。 静奈の口元に、皮肉な笑みが浮かんだ。 「結構よ。どうせ離婚するんだから、プレゼントは他の人にでもあげて」 その言葉を聞いた彰人は、眉をひそめ、不快そうに言い返した。 「ただの偽装離婚だと言っているだろう。あの子をなだめるためにサインするだけだろう。本当に役所に提出するわけじゃない」 そうかしら。 だが、静奈はもう、この偽装を本物にして、彰人と離婚することを決めていた。
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