All Chapters of 元悪役令嬢ですが、断罪カフェで人生を焙煎し直します: Chapter 21 - Chapter 24

24 Chapters

第21話 どうか、赦しの一杯を

「お父様。あなたがわたくしを断罪しようとし、わたくしの店を嫌った理由は明白ですわ。家の名誉。己の体面。そして、追放したはずのわたくしが賞賛されていること。それが、赦せなかったのでしょう?」 「……リディア……!」  大司教様は、深く長く息を吐きました。 「残念ながら、断罪するべきものが誰なのか、もはや明白ですね──」 「お待ちください、大司教様。わたくしは父を断罪したくはないのです」 「リディア!」  わたくしはレオナール様に微笑みかけました。大丈夫です、と伝えるために。 「もし、今この場で父を断罪すれば、わたくしは自ら断罪カフェを否定することになります」 「うぅむ……」  わたくしの言葉に、大司教様が立ち上がります。眼鏡を外し、しばしの沈黙の後、思慮深げに口を開きました。 「なるほど……ならば、リディア様。私にも一杯、あなたのコーヒーをいただけますか?」  目を見開いたわたくしは、思わず姿勢を正し──悪役令嬢ではなくカフェの店主として頭を下げました。 「承知しました。心を込めてお淹れいたしますわ。しばし、お待ちください」  そして、わたくしはクラリスの名を呼ぶと、ドレスの裾を持って背筋を正したまま、扉へ向かいました。  扉の前ではセドリック様が、情けない困惑顔で立ちすくんでいます。 「…
last updateLast Updated : 2025-10-01
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第22話 特別な一杯を

 「断罪カフェ」が断罪から免れ、教会から正式に認められて一月──カフェは前以上のにぎわいを見せていました。  遠方からのお客様も多数訪れるようになり、中にはこっそりお忍びでやってくる貴族の方々も……。 「お待たせしました。アルヴィカ・ルシアンの深煎りです」 「ありがとう。リディア」  コーヒーを提供したのはまさかのセドリック様。セドリック様はコーヒーカップを受け取ると、まじまじとわたくしの顔を見つめました。 「……すまなかったリディア。私はどうかしていたんだ。このカフェで立派に働く君の姿を見て、そして王子が懇意にしていることも知って、私は──」  セドリック様の噂は、聞いています。わたくしを追放したきっかけをつくったエリス様も、今となってはカフェの常連客のお一人。  口を開けば、セドリック様も含めた愚痴ばかり言っていますから。  あの一件以降セドリック様の性格の悪さが露呈し、周囲からは避けられ婚約も進まないこと、もちろんエリス様も愛想を尽かして婚約を破棄したこと、悪い噂ばかり聞いています。  私は内心「ざまぁ」の気分を楽しんでいるのですが、こう何度も通われるのはさすがに迷惑ですわ。  しおらしい態度を装っているセドリック様の本心もお見通しなのですから。 「どうだろう、リディア。もう一度──婚約者というわけにはいかない、一人の友人として付き合うというのは……?」  わたくしはいつかのように差し出された手を拒否し、そのままコーヒーカップを押し当てました。 「わたくしを二度も断罪しようとしたこと、忘れたとは言わせませんわよ? 今、こうして、お客様と
last updateLast Updated : 2025-10-02
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第23話 白無垢のミオリナ・カフェと、贖罪のフォルテ・ルシアン

 お母様にお出ししたのは、「白無垢のミオリナ・カフェ」。  最も口当たりが柔らかなミオリナ・ブレンドにミルクをたっぷり入れて、花蜜を加えた一杯。ミルクの白さに隠れていますが、しっかりとコクのあるコーヒーが存在している。赦しへの希望と優しさを伝えるコーヒーですわ。 「お父様にはこちらを」  お父様には、アルヴィカ・ルシアンの深煎りにさらに炭を混ぜた強い苦味のあるコーヒーを。  さらに今回、わたくしは初めて直接コーヒー豆に火を当てる「直火焙煎」を行いました。いつものアルヴィカよりもさらに苦味とコクが一段階強くなっています。  その名も「贖罪のフォルテ・ルシアン」。 「これが、リディアのコーヒー……普通のカフェとは随分と違うのね」  遠慮がちに口を開いたのはお母様でした。お父様の前で見せるトゲトゲしさは今はなく、穏やかな表情。 「ええ。当店ではお客様の罪に応じて豆も味も変わります。わたくしがお二人の罪に一番合うコーヒーを淹れました」 「……罪に合うコーヒー」 「やめろ」  お母様がカップに手をつけようとしたところで、お父様の硬い声が響き、空気が張り詰めました。 「コーヒーで罪が測れるわけもない。茶番だ、帰るぞ」  立ち上がろうとしたお父様に、レオナール様がお声を掛けます。 「また逃げるのですか? 娘がこうして向き合っているのに──あなたは逃げるのですか。グレイス候」  レオナール様の言葉の中には、見えない怒りが滲んでいます。わたくしのためを思ってくださる熱が感じられます。&nb
last updateLast Updated : 2025-10-03
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第24話 ごきげんよう、罪の重さは自己申告でお願いしますわ!

 乱暴に音を立ててカップを置いたお父様。わたくしはそのことを予想しておりました。  罪の味は、耐え切れないほどに苦い。特に頑なに罪を認めようとしない方には、わたくしのコーヒーはただの泥水と一緒。  ですから。 「お父様。こちらの砂糖をお試しください」  わたくしは小瓶の中から黒砂糖を一つつまむと、お父様へ。お父様は一度逡巡しましたが、わたくしの手のひらから黒砂糖をつかむとコールタールのような真っ黒なコーヒーの中へ。  スプーンでかき混ぜると、香りがほんの少し変わります。苦い罪の味がすぐに受け入れられないのであれば、口あたりを変えればいいのです。  お父様は改めてコーヒーを飲みました。目が少し開き、カップを置くと、味を確かめるようにもう一口。  わたくしはその行動に、微かな、でも確かな希望を見ました。お父様は罪を味わおうとしているのです。  カップを置いたお父様は、目を閉じると腕を組みます。  しばし沈黙が続きました。コーヒーの香りと静かな談笑が続く店内で、わたくしたちだけが時が止まったようでした。  口を開いたのは、ハンカチで涙を拭ったお母様。 「あなた、諦めてください。もう、意地を張るのはやめて。リディアの想いがあなたにも伝わったはずです」  強い口調でした。わたくしの記憶がある中で一番強い口調。  いつも付き従うだけだったお母様に意見を言われ、お父様は腕組みを解きます。そして、居心地悪そうにわたくしに視線を向けました。  瞳の中が揺れます。お父様に真正面から見つめられることは、本当に久しぶりのことでした。 「……私は、私のやり方で貴族の責務を果たした。一つの失敗が次の失敗を生み、やがてそれは領地全体の混乱として広がっていく。……だから私は、お前を──赦すことができなかった」  そう言うと、お父様はカップに手を伸ばしコーヒーカップを手にしました。 「私がやったことは間違いとは思わない。──だが、もしかしたら他のやり方があったのかもしれぬ。……リディア、ともかくこのコーヒーは……悪くない」  お父様は顔を背けたまま、コーヒーを飲むと席を立ちました。 「今日は帰ろう。……ところで、クラリス!」  突然、お父様はクラリスの名前を呼びました。そばにいたクラリスは変な声を出すと、驚いたのか両肩を
last updateLast Updated : 2025-10-06
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