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All Chapters of 観察室のデスクから: Chapter 31 - Chapter 40

45 Chapters

コンビニで――雪雄目線

 最近珍しく、関さんが仕事帰りにコンビニに寄ってくれている。理由は分からないのだけれど―― カウンターで接客しながら、目の端に関さんの姿を映した。現在彼は、ドリンクコーナーの傍で、背の高いイケメンなお客様に職質をかけているらしい。 背中を向けているから表情が分からないけど、話しかけられたイケメンなお客様は、微笑みながら話をしていた。 そういえばあのお客様も最近、この時間に来店することが、かなり増えているかも―― 横でレジを打っている、千秋に目をやった。 少し前に千秋が風邪で欠勤したとき、あのお客様に話しかけられ、休んでいることを告げたら血相を変えて、店を飛び出していった経緯がある。 イケメンなお客様と千秋は、顔見知りの関係を超えたモノ――もしかしたら恋人なのかもなと、想像してみたのだけれど。恋人だと断定出来ないのは、あのお客様の接客をしている千秋が、いつも通りだから。むしろ迷惑そうな顔して、早く帰ってほしそうな時すらあるし。 ――もしかして、千秋のストーカー!? なぁんて考えていたら突然、関さんがこっちを見た。どこか、嬉しさを滲ませた眼差しで。何故だか傍にいるイケメンなお客様も、同じような表情でこちらを見つめる。 ――な、なんだろ。あそこ一帯だけ世界が違う! 二人のイケメンに見つめられ、頬が勝手に上気してしまった。あとで関さんに、何の話をしていたか聞いてみようっと。 *** 仕事を終えて、いそいそ関さんの車に乗り込むと、くしゃくしゃっと頭を撫でて、「今夜も頑張っていたな、お疲れ様。雪雄……」 メガネの奥の瞳を細めて見つめる視線に、嬉しくなってしまい、思わず抱きついてしまった。「関さんもお疲れ様っ。頑張りすぎて、タバコ吸いすぎないでくださいよ」 スーツにしみこんでるタバコの香りに眉根を寄せたら、難しいお願いしてくれてもなと、苦笑いを浮かべる始末。 ――む、逃げようとしているな?「俺からのお願い、少しでもいいから叶えてくださいね。んもぅ!」「分かった、一応善処するとしよう」「それよか、イケメンに職質してたでしょ? 何かあったの?」 職質という言葉を使ったけど、ふたりして楽しげにカウンターにいる俺たちを、見ていたような気がした。「ああ……イケメンの職業が個人的に、何であるかが知りたくて。彼、マジシャンだって」「はあぁ?」
last updateLast Updated : 2025-10-05
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お菓子をくれないと逮捕する!?

関さんと伊東くんのハロウィンのお話を見つけたので掲載ます。はしゃぐ関さんが見たいとリクエストを戴いた関係で、一生懸命に頭を悩ませたお話だったりします。 *** ――まったく、厄介な事を強請ってくれるな…… 国勢調査を装った詐欺やら、マイナンバーの取得に関する詐欺やらサイバーテロなどなど。 世の中の情勢を巧みに使った犯罪が日々横行しているといるせいで、それに関連する問い合わせや犯罪の資料・その他諸々が目の前に積み上げられている状況だというのに、頭の中は困ったことに、全く別な事情で悩まされていた。「犯罪が増える一方で、俺の悩みも比例しているとか笑うに笑えんな」 笑えんと言ってるのに苦笑してしまうのは、それを強請った相手が恋人だからだろう。『ねぇ、関さん。今月末って仕事、どうなるか分からないよね?』「月末は基本、忙しいが。何かあるのか?」『ハロウィンだよ。うちのコンビにでも、フェアやってるでしょ? 何となく店内が、カボチャ色になってるじゃないか』 仕事帰りに寄った雪雄のいるコンビニ。ほらほらと指を差した場所には、カボチャの形をした飾りが施されていた。気がついていたが、わざわざ騒ぎ立てるものでもないだろうに。「カボチャを作ってる農家が、喜んで飛びつきそうなネタだな」 メガネを押し上げ、雪雄の手にコインを載せる。『ちょうど戴きました、ありがとうございます。って全く……そんなことを言われちゃうと、折角のイベントが楽しめないじゃないか』「さっきも言ったが、月末は忙しい。約束は出来ないぞ」『あーあ。関さんが仮装してるトコ、見たいのになぁ』 この時に溢した雪雄の一言が、ずっと心に引っかかってしまったのである。「バレンタインの次はホワイトデー。七夕の次はハロウィンって、何でこんなに行事が次々とあるんだ?」 そもそもハロウィンって何だ? 仮装するって何の意味があるんだ? 目の前にうず高く積み上げられている仕事を無視して、ちゃっかり調べてみた。「なになに? ハロウィン、あるいはハロウィーン(英: Halloween または Hallowe'en)とは毎年10月31日に行われる、古代ケルト人が起源と考えられている祭りのこと。もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であったが、現代では特にアメリカで民間行事として定着し、祝
last updateLast Updated : 2025-10-06
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お菓子をくれないと逮捕する!?②

*** ハロウィン当日――「関さん、毎日遅くまで仕事頑張るよなぁ。過労死しなきゃいいけど」 本人を目の前にして、心配だって言えないのは。『ふん! こんなことくらいで死んでたまるか。お前の目は節穴か!? 俺が軟弱じゃないことを、身をもって教えてやるよ雪雄』 とか何とか言ってきて、返り討ちに遭いそうだから。だけど恋人の体の心配くらいしても、バチは当たらないと思うんだ。 むぅと唸りながら、さっき着たばかりのメールを読んでみた。『もうすぐ仕事が終わる。家で待ってろ』 簡潔すぎる、関さんからの一文。今日がハロウィンなのを覚えているから、家で待ってろなんて書いてくれたのかな?「仮装はあの関さんだから、してこないのは分かってるけど、一緒にいられるのは嬉しすぎて困っちゃうかも」 いつもみたいに囲碁をやるのかな。準備をしておいた方が、スムーズに出来るよね。 隅っこに退けられている碁盤を手にしたとき、ピンポーンと家の中に音が響き渡った。思ったより、早いお出ましだな。「はーい、ちょっと待ってくださいね!」 一刻も早く逢いたかったので碁盤をそのままに、玄関に向かって一直線。相手を確認せずに、扉を開け放ったら――「…………」「ちょっ、関さん……どうしたの、その包帯。どこかケガでもしたの?」 上半身に巻かれている真っ白い包帯が目に留まり、思わず抱きついてしまった。「ねぇ痛い? 何か大事件に巻き込まれちゃったの? 大丈夫、関さん」 包帯の上にコートを羽織っている姿は、痛々しくて堪らない。だけどおかしいな――関さん見た目は小柄だけど、腕っ節は強いはず。キックボクシングの経験者だった俺の元彼と対峙しても、臆することなく対応してくれた。ひとえに俺を守るために。 しかも何気に、アルコールのニオイが漂っている気がする。消毒のニオイじゃないよ、これは。 ふと顔を上げたら、唐突に奪われる唇。触れるだけのキスをして、柔らかく微笑んできた。「Trick or Treat 雪雄。お菓子をくれなきゃお前を逮捕するが、どうする?」「うぇっ!? いきなり、何それ?」「何って、言ってたろ。仮装してほしいって……」 多分無理だろうなぁと思いながら、呟いたひとことだったのに――「関さん、俺のお願いを叶えてくれたの?」 嬉しさを噛みしめながら顔を上げると、うっすらと頬を染め
last updateLast Updated : 2025-10-07
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恋を奏でる爪音:歌会

 雲ひとつなく冴え渡る綺麗な青空に、炎暑を思わせるような強い陽光が、地上にいるすべての者を焼き尽くすように、天上から日の光を降り注ぐ。「ただでさえ暑いこんな日に、わざわざ大勢を集めて清涼殿で歌会とは。そんな催しをせずとも、この世にある権力は帝のものだということくらい、わかりすぎるくらいに皆もわかっているというのに……」 容赦なく照らす太陽と今の現状に私はうんざりしながら、右大臣である父上の隣に静かに座る。「おいおい鷹久、滅多なことを言うものじゃない。誰かの口から帝の耳に、おまえが言った文句が届いたらどうするんだ?」「さぁ。私は別にかまいませんよ」 本来なら父の跡目を継ぐべく、右大臣の片腕として仕事に精進しなければならない身分だったが、自身の権力を脅かす者すべてを始末してきた、鮮血帝と呼ばれる帝にこき使われることを考えるだけで、まったくやる気が出なかった。 ゆえに血生臭さとはまったく無縁の雅楽寮の頭として、楽筝等の雅楽に携わっている。そんな雅な毎日が、自分には似合っていた。誰かを想いながら、琴の音をゆったりと紡いでいく。たとえそれが、相手の心に届かないとわかっていても――。 延々と照りつける陽の光に心底ウンザリし、苦り切った表情で黙り込む私を気遣った父上が、額に滲んだ汗を拭いながら顔を寄せて話しかける。「選出された和歌の中に、あの水野宮親王も入っているそうだ」 殿上人は全員の出席を義務付けられている上に、お題に添った和歌をあらかじめ提出させられる。その中から優秀な作品を帝の御前で披露するのが、今回おこなわれる歌会の趣旨だった。「父上の作品が選ばれなくて、至極残念でしたね」なんていう、気のない返事をしようとした瞬間に、沸き立つような人々のざわめき声が耳に届く。場を騒がせた人物を見ようと、その者へ視線が一斉に集中する。 さきほど父の口から話題になされた水野宮親王が、優雅な足取りでこちらにやって来た。帝の後継者候補として名高いため、人の目を自然と集めていらっしゃった。 お顔の色が映える鮮黄色の衣を身にまとい、颯爽と歩を進められる艶やかなお姿は、陽の光よりも神々しく見
last updateLast Updated : 2025-10-08
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恋を奏でる爪音:遠出

 不器用なふたりの恋の行方を、私なりに思案することが続いたある日。渡り廊下を通りかかると水野宮様のお部屋から、大層上品で艶のある琴の音色が漏れ聞こえてきた。 心地いい琴のしらべに導かれるように、水野宮様のお部屋の前まで足を運び、目を閉じて暫し耳を傾けた。奏でる曲の頃合いを見計らい、思いきって部屋の中に入る。「失礼する、また腕をあげたな翼の君」「これは鷹久殿。昨夜は遅くまで琴の稽古にお付き合いくださり、誠にありがとうございました」 互いに目を合わせながら居ずまいを正して、丁寧に床へ平伏した。「翼の君の情熱には舌を巻く。ほんに琴が好きなのだな」「あ、はい。下手の横好きなのですが……」 昨夜も遅くまで修練を積んだお蔭で、その成果は琴の音に表れていた。翼の君の性格を表すような、素直であたたかな音色を渡り廊下で耳にした瞬間から、思わず聞き惚れてしまった。 下手の横好きと翼の君は称したが、その言葉をなきものにするくらいに、域を超えた才をもっていると思われる。「鷹久殿、これから宮様に囲碁のご指南でしょうか? それとも楽筝の方で?」 突然宮様の部屋に現れた、私の動向が気になったのであろう。私が現れたことによって辺りに漂う堅苦しい雰囲気を変えるべく、微笑みながら首を横に振り、話の趣旨を変えようと訊ねてみる。「どちらでもない。ところで翼の君は、今様はお好きか?」 今様とは日本音楽の一種目で、平安中期までに成立し、息が長く流行した歌謡である。「はい。琴と等しく今様を聞いていると、心がとても落ち着きますゆえ」「実は今様の歌い手で、大層人気のある者が青墓にいるらしく、雅楽寮の者が聴きに行ったところ、確かに良かったということでな。翼の君さえよければ、私と一緒に聴きに行かぬか?」「雅楽寮の頭であらせられる鷹久殿に、吾のような者がご一緒しても、よろしいのでしょうか?」 まだ秘められているであろう翼の君の才を伸ばすために、思いきって誘ったが、本人が行く気になっても、残念ながら障害がつき纏うのが世の理。それを壊すべく説得の言の葉を、頭の中であらかじめ考えた。「ああ。では宮様にお伺いしてみようか」 私からの誘いが、とても嬉しかったのだろう。頬を紅潮させて、興奮を抑えきれない様子の翼の君をそのままに、私は音をたてないように立ち
last updateLast Updated : 2025-10-09
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恋を奏でる爪音:遠出2

*** 雅楽寮に打ち合わせに来た翼の君に、胸を弾ませながら水野宮様とのやり取りを訊ねる。顔を突き合わせて、すぐになされた私からの問いかけに、翼の君は面食らいつつも、丁寧に答えてくれた。「宮様に『昨日の歌会で詠んだ予の歌は、どうであった?』と訊ねられました……」「なるほどな。して翼の君はなんと答えた?」 どこか気が抜けたように、目の前で正座している翼の君の顔色が大変優れないため、あまりいい返答がなされない気がした。「……宮様のお気持ちが、痛いほど伝わってきました。お相手の姫君は、どのようなお方なのだろうと、周りが噂しておりましたと答えました」「それを聞いた宮様は、落胆しなかったのか?」 さきほどよりも声を大にして私が訊ねると、翼の君は眉根を寄せながら、渋々と口を開く。「落胆よりも拳で床を殴りつけて、大変苛立ったご様子を露にされました」「苛立ちついでに、なにか仰ったか?」「確か『周りの噂なんか、どうだっていいっ。予の気持ち、わかってくれた?』とお訊ねになられましたが……」 暗い表情の翼の君は右斜め上を見ながら、そのときの様子をやっと答える。「そうか。そういう話の流れになったせいで、翼の君のお顔の色が優れなかったのだな」 暗く沈んだ翼の君の表情を見ているだけで、私まで気落ちしそうになった。「宮様の返答に吾は『熱いお気持ちに対して、お相手の方の反応がないのは、とても淋しいですよね』と思ったことを口にしました」「つっ……翼の君どうして――」(『予の気持ち、わかってくれた?』と告白に近い言の葉を宮様が仰っているのにもかかわらず、その返事はあんまりだろう……)「えっ?」 翼の君からの冷たい返事を聞いた際の、水野宮様のお気持ちを考えたせいで、上擦った声が出てしまった。そのせいで言葉が続かず、喘ぐように口を動かすしかない。声にならなかった私の言の葉は、静寂の中に溶け込んでいく。「鷹久殿?」 きょとんとした面持ちで私の顔を見つめる翼の君を前にして、額に手を当てながら俯く。恋敵相手にこれ以上、みっともない顔を晒すことができなかった。「翼の君、すまない。少しだけ待ってくれ。気持ちの整理をしたい」 水野宮様と翼の君のふたりきりで話し合えば、それなりにいい雰囲気になるであろうと思っていたのに、裏切られたこの気持ちをどうすればいいのやら
last updateLast Updated : 2025-10-10
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恋を奏でる爪音:遠出3

*** 美濃の国、青墓までの旅は数日かかる。隣にいる彼を見やると、なにやら考え事をしているらしく、どこか虚ろな表情を醸していた。翼の君の大事な考えを遮らぬように、無言でひたすら足を前に進ませる。 そして宿に到着し、一息を入れようと茶を戴きながら、単刀直入に話しかけた。「宮様がそんなに心配か? 翼殿」 長旅を共にするゆえに、あえて呼び名を変えて問いかけると、翼の君は一瞬呆けた顔をしてから、頬を赤く染めて首を横に振る。赤ら顔の理由は多分、私が図星をついてしまったせいだろう。「そんなことはございません。これから拝聴する楽曲が、大層気になりまして……。ただ、それだけでございます!」「本当に?」「はい。楽曲が気になりすぎて、困ってしまいまする!」 翼の君は私の告げたことを払いのけるように首を横に振り、上ずった声で否定したが、慌てふためいて誤魔化そうとしたせいか、顔と一緒に耳まで赤く染める。わざわざそれを指摘するほど意地悪くないので、話にノってやるべく、朗らかに微笑んで返答してやる。「では良き土産話を、たくさん持って帰るようにしようか」「そうですね。仕事をさし置いてこうして旅に出ているのですから、土産話を持ち帰らねばなりません」「宮様の御前に召し出せるような、歌い手がいるといいがな」 この間のような嫌な雰囲気のないやり取りに満足して、口角をあげながら茶を一口すすった。互いに和やかになったところで早速本題を切り出すべく、手にした茶碗を静かに置いて、翼の君に思いきって訊ねる。「立ち入ったことを訊くが、翼殿は宮様をお慕いしているんだよな?」「は?」 赤ら顔のまま両目を大きく見開き、私の顔を穴が開くほど見つめる。驚きを露にした翼の君に、追い打ちをかけるように語りかけた。「翼殿の行動を見れば一目瞭然だ。いつも宮様を、その目で追っているではないか」 ただ目で追っているだけではない。水野宮様に向けて注がれたまなざしから、翼の君の熱情が溢れ出ているのを何度も垣間見ていた。「ちっ違います。それは家司として、宮様のために吾は尽くさなければならぬと思っておりますゆえ、いつでもご命令を聞けるようにと、常に目を光らせているだけでございます……」「言いわけなんて見苦しいぞ! して翼殿は、宮様にお気持ちを打ち明けてはいないのであろう?」 さきほどよりも顔
last updateLast Updated : 2025-10-11
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恋を奏でる爪音:遠出4

「あの……鷹久殿はご存知でしたか? 宮様が山上宮様と恋仲だったということを」 気持ちが沈みきった翼の君の口から出された内容は、私の知っていることだった。肩に置いた手を退いて、膝の上に拳を作る。「――ああ。山上宮様がご生前の頃、ふたりきりで屋敷にいるのを、よく見かけていたからな」 いつだっただろうか。夜空に浮かぶ満月がこちら側に迫ってくる様を拝みながら月見酒でも飲もうと、夜更けの廊下を静かに歩いていると。『あっ…ああん! やぁっ、あっ…んあっ……ぁっ…はぁ』 情事真っただ中の誰かが喘いでいる甘い声が、風に乗って耳に届いた。漏れ聞こえる声の方角は、水野宮様の褥がある寝所からだった。(もしや今まさに、誰かに抱かれているんじゃ――) お慕いしている相手の甘い声を聞いたせいで、気が気じゃなかった。頭の中に寝殿の見取り図を思い描き、水野宮様の部屋が見渡せる場所を探り当てる。表現しがたい複雑な気持ちを抱きながら足早にそこへ辿り着き、自身の双眼に映りこんだものに、心の底から驚きを露にした。 夜更けで誰も来ないと思ったのか、半分だけ御簾を上げ、月明かりの下で行為に及ぶおふたりの姿がそこにあった。最近恋仲になったと噂の山上宮様に抱かれて、長い髪を振り乱しながら肩で息をし、苦しげに喘いでいる水野宮様がそこにあらせられた。 うつ伏せのまま褥の上で色香を放っている水野宮様の上に、山上宮様が覆いかぶさるようにして細い腰を持ち上げ、これでもかと激しく責め立てる。「やっ…ああぁっ、もぅ無理だ山上宮っ。そんなに、荒々しくっ…されたら、予が壊れ……んっ、てしまう!」「無理だなんて言ってくれるな宮よ。こんなに感じさせてやっているというのに」「あ……っは…ぁ、……だって、もう…胸がっ、んっ…苦し…くて」「我に貫かれる悦びで、胸が苦しいって? 宮の胸が苦しいだけではないくせに。確か、ここであったか?」 持ち上げていた腰の角度を少しだけ変え、奥に向けてぐぐっと突き上げた山上宮様の動きに合わせて、上半身を何度かしならせている水野宮様のお姿から、すごく感じているのが見てとれた。「あ、あぁ、あぁっ、そっ……そのようなことをさ…れたら、また!」 とても悔しかった――みずからの手で、快楽に溺れさせることができないのをひしひしと感じさせられるゆえに、その場で寝乱れる水野宮様
last updateLast Updated : 2025-10-12
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恋を奏でる爪音:遠出5

あのときの痛みをまざまざと思い出して、私が眉根を寄せると、同じような面持ちの翼の君が声を押し殺しながら口を開いた。「吾は山上宮様に言われるまで、全然気付きませんでした。ですが今考えると山上宮様とご一緒している宮様が、見たことのないお顔をなさっていたのを、度々垣間見ていたんです。見ていたのに気づけなかった吾は、大馬鹿者なのかもしれません」 いつもよりも低い口調で告げられた言葉は、翼の君の苦悩を示すもののように聞こえたため、問いかけることに戸惑いを覚えた。 打ちひしがれた顔のまま、むっつり黙り込んでしまった翼の君の重たい口を開かせるために、息を吸い込みながら思いきって声をかける。「……翼殿、見たことのない宮様のお顔とは、いったいどのようなものであったのだ?」「ああ、なんと表現したらいいのでしょう。甘いお顔というか、色っぽいお顔というか。ただ言えることは、吾と一緒にいるときには絶対に見ることのできないお顔でございます」 そのときの宮様のお顔を思い出したのだろう。目の前にある翼の君は悔しさを顔に滲ませつつ、瞳は諦めの色を滲ませた。(私も宮様のそのようなお顔を、今まで拝見することはなかったな。山上宮様との逢瀬を覗き見てから、まともに直視できなくなったせいもあったが……)「翼殿のお気持ちを考えると、その――」 気落ちしている翼の君に話しかけづらく、言葉がうまく出てこなかった。翼の君は変に気遣う私を見ながら、悲壮な表情をそのままに口を開く。「山上宮様も酷いんですよ。やれ予の宮だの、柔らかい唇をしてるから溺れそうだとか、絹のように滑らかな肌をしてるなんて、わざわざ言わなくていいことまで仰って、吾の心を散々かき乱したんです!」 語尾にいくにしたがい翼の君は声を荒げさせ、感情にまかせるように手にした茶碗を音をたてて床に置く。その衝撃で中のお茶が零れて、辺りをしとどに濡らした。耳に残った割れてしまいそうな茶碗の異音と零れたお茶を前にして、私は不快感に顔を歪めながら語りかけた。「それは逆に、山上宮様の敵対心から仰ったんじゃないのだろうか?」 その当時の翼の君と自身の立場を重ね合わせて指摘すると、翼の君は若干うな垂れながら答える。「そうですね。すべてを把握した上でそういうことを仰った意味について吾がわかったのが、山上宮様が呪詛がもとで亡くなられる前日の夜でした
last updateLast Updated : 2025-10-13
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恋を奏でる爪音:遠出6

「それだけ深く愛した山上宮様が亡くなられたあとの宮様の気落ちぶりは、相当だったものな」「はい。床に伏せられた日が、ひと月以上ございました。あまりのご様子に、そのうち誰も寄りつかなくなってしまわれて、宮様おひとりでお過ごしになることが増えられたのです」 せっかく山上宮様に守られたお命だというのに、あとを追うかのようなご様子だった。「それも、無理からぬことであろうな」「そこで考えたんです。吾が宮様にできることはないかと――」「ああ、なるほどな」 今まで引っかかっていた疑問が、翼の君のその言葉で解けて、胸がすっとした。「吾の手で宮様のために楽箏を奏でようと考えたのですが、幼少期に母から指南を受けて以来弾いておりませんでした。宮様にお聞かせする前に鷹久殿にご指南戴いたのは、このためだったのです」「そうであったか……。私が翼殿のお役にたつことができて、なによりであった」「お蔭様で昔の勘を取り戻し、宮様の御前で無事に披露することが叶いました。このお方のために、自分のできることがひとつ増えた。そう考えたら、涙ぐみそうになっちゃいましてね。鼻をすすった衝撃で、最後の一音を間違えてしまった次第でございます」 言いながら私に向かって、丁寧に頭を下げる翼の君。水野宮様を大切に想うその気持ちが伝わり、思わず口元が緩んでしまった。「翼殿が楽箏を奏でたことがきっかけで、宮様はお元気になられたというわけだったか。それはとても良きことではないか」「そうなんですが、宮様が布団から起き上がり、琴の指南をしろと申されて、吾にいきなり詰め寄ってきたのでございます」「それはなんだか、急な展開だな」(これはもしかして、もしかするな。あの宮様なのだから――)「まったくです。鷹久殿にご指南されている宮様を吾が教えるなど、とんでもないことでございますと、その場から慌てて逃げたんです。すると宮様は急に床から起きるなり、吾を追いかけてきて……」「長きにわたり、床に伏せられていたというのに、随分とお元気になられたのだな。さては翼殿の思いやる心が深く伝わり、宮様は好きになられたのかもしれぬ」「好きって、あの?」 私の告げた言葉が信じられないといった表情を、翼の君はありありと浮かべる。目の前で揺れる双眼が、震えるように揺れ動いた。信じたいけど信じられないという
last updateLast Updated : 2025-10-14
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