All Chapters of 桜田刑事は正義を貫き通す: Chapter 11 - Chapter 20

21 Chapters

第十一話 協力

 こいつが、自分から非を認めるとは。それほど心に響いたのか、元から実は素直なやつなのか。 それはわからないが、大きな進展であることは事実だ。「じゃあ……協力してくれるのか。永田霞の一件に」 しかし、侑の表情は曇った。完全に心を許したわけではないようだ。「……僕には立場がある。それ以前に、生活があります。簡単に、協力するなんて言えませんよ」 紅茶をまた一口飲み、彼は続ける。「僕には愛する人がいる。彼女を危険に晒すわけには、いかないんですよ」 なるほど、守るべき人がいるわけだ。彼の事情も考えると、無理強いはできない。 俺だって、彼女がまだ隣にいたなら──そんな無茶はできなかっただろう。「わかった、ありがとう。日比谷検事、無理にとは言わない。できる範囲で、やれることをやってくれないか」「努力はしましょう。ですが……上層部は今、永田霞の事件で神経質になっている。期待はしないでください」 永田霞の件で、侑は恐らくまだ何かを握っている。それを話さないのは、ここでは話せない話だからなのか。それとも、俺たちにまだ信用がないのか。どちらにせよ、いずれ話してくれるのを待つしかない。 侑と解散し、新川と二人で歩く。「……桜田」「何だよ」 新川が、話しかけてきた。声のトーンが高くないので、明るい話題ではなさそうだ。「日比谷のこと、どう思った?」 どう思った、か。少しだけ考えて、答える。「……そうだな。まだ底の読めない男、といったところか」 日比谷侑。絶対に、まだ何かある。それを引き出すまで、俺は彼の全部を信用しない。「あいつはそういう奴さ。昔から、な」「新川、お前……何か知ってるな?」 新川は、確か侑とは大学の同期だったはず。俺の知らない何かを知っていても、不思議ではない。「どうだかな、俺とあいつは仲が悪いから。あいつは昔から、ああ
last updateLast Updated : 2025-12-11
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第十二話 告白

「……実は俺、離婚しててさ」 酒が回るのと同時に、どんどん昔の出来事を思い出す。彼女の笑顔、娘の眼差し。一日たりとも忘れたことはないが、それでも年月が経つと同時にぼやけてくる。「言われたんだよ。『あなたは、仕事しか頭にないのね』って」 新川は黙って酒を飲んでいる。こいつは多分未婚だし、俺のこういった感情にまでは理解を示せないのかもしれない。「最初は良かった。ただ、最初だけだ。娘が生まれて、そこからは」「桜田、何が言いたい? 要点を整理してくれ」 それが新川の優しさであることはすぐにわかった。だが、今はそれも刺さる。 話が混線しすぎだから、落ち着いて話せ。新川は、きっとそう言いたいのだ。こいつは腐っても弁護士。しかも敏腕。要領を得ない話は、きっと苦手なのだろう。「……努力はする」「要するに、お前には奥さんがいて、お前が仕事バカだから離婚された。それだけだろ」 雑なまとめ方だが、合っている。だが、この話には先がある。「……そこからなんだ、問題はな」 新川の口が閉じた。まだ、話を聞いてくれるらしい。「親権も向こうに渡ったから、もう俺は干渉しないことにした。そう決めたんだ。……でも、ある時手紙が来た」 その内容を、苦々しく捻り出す。あれは、今年の春のことだ。「再婚したんだと。めでたいよな。」 それは、確かにめでたいことだった。俺にしてやれることは、きっともう何もないのだろう。それはそれで、胸がつかえる。あの子に俺はもう、会えない。「ああ、そりゃめでたいな。それで?」 新川は、軽く流す。それが最適解だと、わかっているのだろう。「……俺は、もう何を守っていいのかわからなくなった。娘も、妻も大事だった。でも、失った。その矢先だったんだよ、円香さんが左遷されたのは。彼女まで失ったら、俺」「もういい。桜田、帰ろう。送る」 新川は、強引に話題を打ち切った。これ以上聞きたくなかったのか、そ
last updateLast Updated : 2025-12-26
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第十三話 信託

 翌日、警視庁に足を運ぶ。上司はもう、何も言ってこない。言う必要もないと判断したのだろう。 永田霞の一件以外にも、仕事は山積みだ。いや、永田霞のはもう事件ですらないのか。それは、仕事も溜まるな。「隼」「何でしょう、桜田警部補」 隼は、俺の後輩だ。どこまでも真っ直ぐな男で、情に厚い。「俺の仕事なんだが、隼が中心になって捜査してくれないか」「え? いや、しかし──」 難色を示すのは当たり前だ。これは越権行為、知れたら隼でもタダでは済まない。「頼む」「……理由を説明してください」 確かに、何も言わずに任せるのは勢いが良すぎる。それに、警視庁という場で頼むのもおかしい。 正常な判断力が失われているのか。昨日の一件を、まだ引きずっているのだとしたら。 俺は、刑事でいる必要があるのか?「わかった。だが、ここではなんだし……喫茶店にでも行こう」「わかりました」 俺たちは、警視庁を後にした。隼は、歩くのが早い。俺も早く歩かないと、すぐに追いつかれてしまう。 有楽町の喫茶店は、どこもオシャレで気後れする。銀座と同じだ。俺に、この界隈は合わない。「……それで、隼。お前に任せる、と言ったのには理由がある」「それは、そうでしょうが……」 隼の表情は曇ったままだ。多分、俺も同じような表情をしているのだろう。いい加減、 腹を割って話さなくては。「俺は、非公式の事件を追っている。永田霞、覚えてるか」「ああ、あの不起訴になった……」 まだ記憶に新しい名前だ。隼がいくら忘れっぽいとはいえ、覚えていないわけはない。それくらいのインパクトはある。「俺は、あの一件に裏があると思ってる。情報も、少なからず持ってる。ここで逃したら、俺は……一生後悔する」「……」 隼は黙ったままだ。何かを考えているのだろう
last updateLast Updated : 2025-12-27
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第十四話 発覚

 夜中に、チャイムが鳴った。飛び起きて確認すると、そこには新川の姿。「……寝てたのか?」「悪いかよ、刑事は体が資本だからな」 呆れ顔の新川に毒づかれつつ、家にあげる。「何か飲むか?」「いや、いい。そんなことより、永田霞の情報だ」 新川は、辺りを確認して言った。「永田霞なんだが、あいつ……法科大学院生だろ。俺と日比谷と、大学が同じなんだ」 何が言いたいのか、よくわからない。寝ぼけているからか? 頷き、先を促す。「……日比谷と、繋がりがあるっつってんの」「は?」 何か隠しているとは思ったが、繋がりがある?「どんな?」「それは、本人しか正確なところはわからないけど……家ぐるみの付き合いだって。俺の信頼できる情報筋だとな」 確かに、これは特大の情報だ。終電を逃してでも、ここに伝えにくる価値はあっただろう。 日比谷家と永田、いや篠崎か? とにかく、そこを探ってみるのが先決らしい。だとしたら、頼れるのは円香だ。 今すぐにでも電話をかけたいが、もう日が変わっている。流石にこの時間にかけるのは、非常識だ。第一、寝ているだろうし。「新川、泊まってけ」「いいのか?」「流石に、こんな時間に放り出せない。いくらお前でも、だ」 この辺りの治安は、決して悪くない。だが、大の男とはいえ夜道は危ない。 今ここで、新川を失うのも痛手だ。一泊くらいなら、いいだろう。部屋は空いているし。 部屋が別なので、改めて布団に入る。だがしかし、興奮して眠れない。 篠崎家も日比谷家も、俺はよく知らない。侑に聞いても、はぐらかされるだろう。 何を考えているのか、本当に読めない。全員。円香でさえ、わからない。 勘が鈍ったな。そんなことを思いながら、朝を迎えた。「桜田、俺行くわ」 朝イチで新川は出て行った。ここに滞在する理由はもうないのだから、当た
last updateLast Updated : 2025-12-28
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第十五話 展開

 無事、仕事が終わった。しかし、警視庁で電話をかけるのは危ない。焦る気持ちを抑えながら、電車に乗る。 円香、頼む。知っていてくれ。 最寄り駅で電車を降り、家に帰る。鞄を置き、携帯を操作する。 指が震える。落ちつけ、まだ始まってすらいない。数コールの後、円香は電話に出た。「あ、桜田さん! どうしたんですか?」 明るい、普段通りの声だ。いや、青森まで飛ばされて元気な訳がない。きっと、作っているのだろう。「円香さん。単刀直入に訊く。日比谷家って、どんな家庭なんだ?」「私の家のこと、ですか?」 声が硬くなる。あまりいい家庭事情では、ないのかもしれない。 しかし、今はそんなことを言っている場合でもない。「そうだ」 円香は沈黙した。これは、何かあるな。鈍った勘でもわかる。「……日比谷家は二つあって」「二つ?」 聞き返してしまった。もう、この時点で一般家庭ではない気配がする。「はい、私とお兄ちゃんが分家。侑くん……あ、侑検事は本家なんです」「それで?」 液晶の向こうで、息を吸う音が聞こえた。「私、分家だから……桜田さんが本家のことを知りたいとしたら、ちょっと知らないこともあるんです。私の家は、日比谷家だけど普通で。お兄ちゃんもSEだし。でも、侑くんの家は違う。お父さんが検事総長だったの。侑くんはそれに憧れて、検事になったんです」 そこで、一度声は途切れた。 父が検事総長。法に携わる者なら、それがどれほど重い意味を持つか理解できる。 どんな父親なのかわからないが、侑のあの性格に大きな影響を及ぼしたのは間違いない。「それでね、侑くんのお母さんは政治秘書。今はもう、辞めたけどね。……あ!」「どうした?」 急に声をあげるものだから、驚いた。「侑くん、永田霞と関わりあるかも」「え?」 唐突な飛躍だ。今の話から、どう繋がった?「侑くん
last updateLast Updated : 2025-12-29
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第十六話 尋問

 返信はすぐにあった。『どこでその名前を?』『問う必要はありませんね』 連投だった。円香の言っていたことは、正しかったらしい。『明日、会えるか』 そう送り返すと、間髪入れずに返事が来た。『いいでしょう。明日、先日のカフェでよろしいですか』 またか。いや、ここで拒否したらもう応じてくれない可能性もある。『わかった。時間は』 細かい打ち合わせをして、応酬は終わった。何だか、酷く疲れた一日だった。早く寝よう。 翌日の昼下がり、侑が指定したカフェに足を運ぶ。ここは、警視庁からも東京地検からもほど近い。官公庁街である霞が関や桜田門。反対に賑わう銀座、有楽町。二つのエリアが近接しているのも、おかしな感じだ。「桜田さん」 後ろから、スーツ姿の侑に声をかけられる。表情はいつも通りだ。「とりあえず、座りましょうか」「仕事は?」「僕の仕事は、どうとでもなる。もう、色々わかっているのでしょうから」 侑は、椅子を引き座った。俺もそれに倣っておけば、無礼は無いだろう。「それで、何からお話すれば?」 俺の目を真っすぐ見据える侑。一筋縄ではいかないかもしれないが、尋問は俺の本職だ。「まずは、篠崎律花。どうして隠した?」 目を見つめ返しても、侑は逸らさない。それどころか、より強い眼差しで俺を見てくる。「隠した、ですか。そう思われても仕方ありませんね。でも、僕は言いましたよ。彼女を危険に晒すわけにはいかない、と」 そこで、一度軽く呼吸を入れる侑。検事、法職。言葉の扱いは、俺より上だろう。「それはだから、隠したってことだろ」「隠した、ではないですよ。そもそも、『訊かれていない』のだから」 確かに、あの時新川も俺も踏み込まなかった。法の世界では、それが全てだ。 負ける。俺だけで侑に勝つのは無理だ。だが、新川とて昼間は仕事。呼び出せない。俺がやるしかない。「……それでも、話しても良かったはずだ」「何故? 僕は、彼女に平穏に生きて欲しいんです。こんな権力争いの世界に、身を置いて欲しくない。あらぬ追及を、彼女にされたくない。そう願う心が、桜田さん。貴方にわからないはずがないんです」 こいつ、一筋縄でいかないという域を超えている。何手先を読んでいるのかすら、わからない。この歳で検事十五号、それは親の七光りではなく本物らしい。「桜田さん。貴方が僕を知る
last updateLast Updated : 2026-01-04
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第十七話 千代

 千代。駄目だ、一度考えると止まらない。「……どうして、その名前を?」「大町千代、彼女が今……何をしているのかご存知で?」 千代の職業? そんなもの、報告になかった。知る訳がない。「彼女は、永田霞の先生ですよ。千代さん、元々聡明な方だったようですね。大学院で──」「もういい、もう……」 俺の方が折れてどうする、と思っても崩壊は止められない。「……で、律花ですか。彼女は、確かに篠崎正臣の娘です」 それは明かすのか。慈悲なのか、いやこいつのことだから釘を刺しに来るだけかもな。「ですが、篠崎正臣の娘であるという事実。それと事件は関係ありますか?」 ほら来た。しかも、言い返せないやつ。新川がいれば、また違ったのかもしれないが。「ないとは言い切れない」「桜田さん、それでは『関係ある証明』をしてください。それが出来れば、僕は続きを話します」 あと少しのところまでは、多分到達している。だからこそ、すぐ思い浮かばないのが悔しい。「……三日だけ待ちましょう。仕事もあるので、僕はこれで」 飲食代だけ置いて、侑は去っていった。 どうして、三日と言う猶予を設けたのかわからない。もしかしたら、侑の中でも葛藤があるのかもしれないが。それは本人にしか、わからない。 俺の出来ることと言えば、新川に頼ることくらいだった。事情をメッセージで送ると、既読だけついた。それだけでも安心する。 その日はそれだけで終わったが、転機は二日目。『篠崎律花嬢は、事件に直接の関係はない』 その文字を見て、落胆を隠せない。だが、メッセージは続いている。『でも、彼女は永田霞から見て姉だろ。それだけでも、揺らせないか?』 あの時は冷静な判断力がなかったから、気がつけなかった。確かに同じ篠崎の子なら、親族だ。つまり、侑から見た永田霞って──弟、のようなもの? だとしたら、そこの情につけ込め
last updateLast Updated : 2026-01-05
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第十八話 納得

 いつものカフェで、侑と俺たちは向かい合っていた。「では、ご提示ください。律花は事件と、どう関係があるんです?」 そこに翳りはない。あるのは、絶対の自信だ。 一方の俺は、新川がいるとはいえそんなものは持てない。侑を崩そうという意志だけだった。「篠崎律花さんは、事件に関係はない」 まずは、そこを断言する。新川と決めたことだ。事実は歪曲しない。その上で、侑を揺さぶる。「はい、知っています」 侑は淡々と受け流す。だが、本題はここからだ。「だが、篠崎律花さんは永田霞の腹違いの姉。違うか?」「違いませんよ。ですが、それがどうしたと言うのです?」 まだ崩れない。それは、想定していた。「日比谷、お前勘が鈍ったのか? 検事のクセによ」「……事実確認があります。だから、先を促しただけですが」 新川の軽口は、多分効いている。今、この波に乗るのが最善だろうな。「篠崎律花さんの弟が永田霞なら、日比谷検事。霞は、貴方の義理の弟のようなものだ」「名目上はそうですね」 まだかわす侑に、とどめを刺す。「永田霞に、私情がないと証明できるか?」 完璧な静寂だった。侑が目を逸らす。新川は何も言わない。場を支配しているのは、沈黙だ。「……」 侑は、何かを考えているようだった。普段なら即答するのに、この場では出来ない。 私情がある。そう言っているようなものだった。 長い時間が経った。いや、実際には十分も経っていなかっただろうが──侑が口を開いた。「人の心情は、本人であったとしても証明できません」 冷めてきた紅茶を飲み、先を話す。「僕が永田霞に情がない、と言えばそれは嘘になります。事件から人を遠ざけたかったのも本当です。ですが、それは永田霞を守るためじゃない。彼を守るのであれば、遠ざけるのではなく隠蔽の方角に持っていく方が最善なので」 確かに、それはそうだ。最初から隠蔽に持っていく方が、回りくどさもない。だとしたらこいつ、何がした
last updateLast Updated : 2026-01-06
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第十九話 律花

 言葉が出なかった。篠崎律花と話す。侑が、それを認めた? それがどれほど重い事なのか、わからない訳ではない。混乱しながらも、話は進む。「三日後、このカフェに彼女を連れてきます。それでいいですか?」「わかった。新川は?」 彼を見ると、不敵な笑みを浮かべている。「俺も大丈夫」 その一言の後、頷き合って解散になった。飲食代は、侑の奢りだった。せめてもの罪滅ぼし、だろうか。 仕事を終え家に着く頃には、疲れが噴き出しきっていた。シャワーを浴びていても、寝る前でも、律花の正体についてばかり考えている。どんな人柄で職業なのか、想像がつかない。三日間はそうして過ぎていった。 そして当日。例のカフェに、侑と律花であろう人はやって来た。「侑さんから、お話は聞きましたわ」 そう言いお辞儀する律花。確かに、育ちは良いのだろう。艶やかな黒髪、紺のドレス。円香が可愛いなら、律花は美人。侑の美貌と並んでも、遜色がない。美男美女とはこういうやつらのことを指すのだろう。「桜田正義です。よろしくお願いします」 こちらも礼をし返しておく。律花に舐められたら終わりだ。新川の自己紹介は適当だったが、それが彼らしさだろう。侑は睨んでいたが。「それで、お父様について。でしたわね」 いきなり本題だ。律花の表情は変わらない。こちらも、表情を固める。「確認事項からいきましょう。私の父、篠崎正臣法務大臣。永田霞さんは、私の弟のような存在。まあ、私はもう家を出る予定なのですが……余計な話をしてしまいましたわね。とりあえず、ここまではいいですか?」 全員頷く。律花はそれを見て、話を進める。「お父様は、霞さんのことを気にかけていません」 場が凍った。新川でさえ話さない。気にかけていないのに、事件をもみ消そうとしている?「お父様は、自分の名誉の失墜を恐れているのですわ。侑さんが認められているのも、平たく言えば家柄が大きいですわね。とにかく、バレたら社会的に危ない。だから葬る。それだけですの」 まだ全員黙ったままだ。律花はまだ話す。「霞さんがどのような環境で育ったか、私は知り得ませんが……きっと、お父様の名誉を壊すためにあのようなことをしたのです。霞さんに聞かないと、本当のところはわかりませんけれど」「永田霞は、どこにいる?」 ここで、新川が口を挟んだ。確かに、律花なら知りえる。
last updateLast Updated : 2026-01-06
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第二十話 捜索

 すぐには言葉が出なかった。千代との再会。もう、ないと思っていたもの。それをどれほど渇望して、怖いか。それでも。「……覚悟なら、ある」「本当ですか?」 侑の問いかけに頷く。もう、迷いはない。言ってしまったのだから、千代に会うしかない。「こいつ、本気だよ」 新川が追い打ちをかける。もう、戻れない。「……では、霞さんの元へ行きましょうか」 律花が席を立つ。それに俺たちも続く。全員、覚悟があるようだった。 山手線で田町まで移動し、歩く。新川と侑は、この道をよく知っているみたいだ。大学が霞と同じなのは、本当らしい。律花は日傘をさし、優雅に歩いている。それが何とも異質だ。 十分ほど歩くと、大学らしい建造物群が見えた。「法科大学院棟は、こっちだ」 新川の案内に続くが、ここでふと入ってよかったのか不安になる。警備の都合上、部外者は入れない可能性が高いはずだ。「おい、これ入って良かったのか?」「後で桜田の奥さんに許可とったことにすれば、大丈夫じゃね」 新川の適当な考えが、この場の空気を少し和やかなものにする。千代が、そんなことをしてくれる確証もないのに。いや、新川はそれも分かっててそう言ったのか? 建物内に入ると、空気が冷えた。律花は日傘を折り畳み、優雅に振り返る。「霞さん、どこにいらっしゃるのかしら」「……それこそ、千代さんを探して聞いた方が早いのでは」 侑の提案により、まずは千代の方を探すことになった。そうは言っても、この大学は広い。簡単に見つかるとも思えない。それに、顔を合わせて俺は何を話せばいいのだろう。私用は後の方が、いいだろうが。「二手に分かれるか」 新川の言うことは、確かに理にかなっている。四人で行動するより、その方が効率的だ。 俺と新川。侑と律花。別行動になった途端、新川は言ってきた。「……俺さ、今回の事件でお前と組めて良かったと思ってる」「は?」 何だ急に。新川らしくもない。まるで、もう次はないかのような物言いだ。「ずっと一人だった。裏社会と繋がって、何回も事件を無罪にしてきた。グレーな人間でも救わる価値があると思ってたから、ずっとそうやってきた。けどさ、永田霞みたいなの見てると……裁かれる必要があったのかもとも思う。桜田、お前がこれに誘ってこなければ俺は今でもあいつらを庇った。これからの指針になった、この事件は
last updateLast Updated : 2026-01-07
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