旦那が他の女の妊婦健診に付き添った後 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

12 チャプター

第1話

私・島田朱音(しまだ あかね)は妊娠六ヶ月。健診の結果を取りに病院へ行った時、思いがけず夫の沢田優成(さわだ ゆうせい)に出くわした。 彼は一人の女性を気遣うように付き添って、同じく健診を受けていた。 その女性は、彼の幼馴染――吉沢真理(よしざわ まり)だ。 「優成、奥さんに悪いんじゃない?」真理は少し困ったように微笑んだ。 「大丈夫だよ。彼女が知るわけないし、たとえ知ったとしても何もできない」優成は真理の手をしっかり握った。 「でも、やっぱり奥さんだから……私、傷つけちゃうのが怖い」 「心配するな。彼女には絶対言わない。最近は情緒不安定だし、下手に刺激したら面倒になる。君は妊娠してるんだ、負担をかけるわけにはいかない。もしあいつが騒ぐなら、離婚するまでだ」 その言葉を耳にした瞬間、胸が切り裂かれるように痛んだ。 私は震える指で携帯を取り出し、長い間連絡していなかった父に電話をかけた。 「お父さん……私、家に帰りたい」 声を聞いた父はすぐに喜びを隠せなかった。 「朱音、やっと分かってくれたか。家はいつでもお前を歓迎するよ。 何があっても、父さんも母さんもお前の味方だからな」 電話を切ると、朝のことを思い出した。私は優成に一緒に健診に行こうと頼んだが、彼は「用事がある」と断った。 実際は、真理に付き添うためだったのだ。 私は六ヶ月の間、一度も彼と健診に行ったことがない。代わりに優成は真理のそばにいて、彼女が帰国して以来、ほとんど毎日のように会っていた。彼女の呼び出しならどんな時でも駆けつけた。 以前、私は優成に言った。「もし他に好きな人ができたなら、離婚してもいい」と。 けれど彼はこう返した。 「真理は婚約破棄されて帰国したばかりで、しかも妊娠中なんだ。幼馴染の友達として支えるのは当然だろう。 長年の付き合いがあるんだ。俺には責任がある!」 その言葉に私は驚愕して問いただした。 「友達?どんな友達が毎日連絡し合って、呼べば飛んでいくの?」 「朱音、お前は少し度が過ぎる!真理はいま本当に辛い時なんだぞ!支えて何が悪い!こんなつまらないことでいちいち騒ぐな!」 私は信じようとした。真理の子どもは彼のものではないと。帰国した時、すでに妊娠していたから。 真理の子の父親は誰
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第2話

次の瞬間、優成は医者について行き、検査結果を取りに行った。 その隙に真理は、私が身を隠している柱の方へと顔を向け、挑発的に笑った。 「朱音さん、せっかく来たのに、なんで隠れてるの?」 私はゆっくりと歩み出て、黙ったまま彼女を見据えた。 真理は私の沈黙を嘲笑しながら続けた。 「優成があんたを好きじゃないのは分かってるくせに、よくまぁ沢田夫人の座にしがみついてられるね?少しは恥を知ったらどう?男一人繋ぎ止められない女なんて役立たずじゃん?それなら、私みたいに必要としてる女に譲りなよ。 見ての通り、私は婚約を解消して帰国したの。今お腹には赤ちゃんがいて、頼れる人もいないの」 「真理さん、優成が結婚してるのは分かってて、それでも彼の女になろうとするなんて……あんた、恥って言葉の意味、知らないんじゃない?」 まったく、笑わせる。 「何だって!」 逆に言い返され、真理は息を呑み、深く呼吸を整えた。 「私と優成が知り合った時、あんたなんて影も形もなかったのよ! もし私が留学してなかったら、あんたなんかに彼を取られるはずなかった! 今は私のお腹に彼の子供がいるんだから、察しなさいよ。さっさと身を引きなさい!」 胸に鋭い痛みが走る。涙が込み上げたが、必死に堪えた。 その時、真理は私の手にある報告書をひったくった。 ちらりと目を通すと、大笑いする。 「なんだ、余命わずかじゃない!末期ガン……あんた、子供を産むまで持つのかしら?朱音、あんたさ、自分で出ていくのが一番賢いと思うよ。さもないと……」 そう言って私の手を掴み、手首を強く握り締めて脅してきた。 抵抗しようとした瞬間、彼女の顔が一変し、みじめそうに歪むと横へ倒れ込んだ。 「やめて……朱音、怒らないで。私も妊婦なのよ、どうしてそんなことするの……」 呆気にとられ、何が起こったのか理解できないでいると―― 地面に倒れる真理を見た優成の顔が、みるみる険しくなる。 そして私を乱暴に突き飛ばした。 「朱音!ふざけるな、なんで真理を押したんだ!」 私は床に叩きつけられ、痛みに顔を歪めた。 彼は事情も聞かず、怒鳴り散らす。 真理はお腹を撫でながら、殊勝な態度を取った。 「優成、私は大丈夫。朱音さんを責めないで。赤ちゃんも問題
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第3話

病院を出るとき、優成の瞳に一瞬だけ恐れの色が走ったのが見えた。 彼は私を追いかけようと足を踏み出しかけたが、その瞬間、真理が突然腹を押さえて苦しげに悲鳴を上げた。 「優成……お腹が……すごく痛いの……」 優成は慌てて彼女の手を握り、心配そうに顔をのぞき込んだ。 「真理、どうしたんだ?」 真理の顔は真っ青だったが、それでもわざとらしく強がった声を出した。 「だ、大丈夫……優成、朱音さんを追いかけてあげて。きっと今、すごく落ち込んでるはずだから」 優成は一瞬迷ったが、すぐに首を振って言った。 「ただ拗ねてるだけだよ。今、君は妊娠しているというのに、彼女は時と場合もわきまえずに、自分に構ってほしいんだな。まずは君と一緒に医者に行く。家に帰ってから、彼女には俺から説明するよ」 そう言って優成は真理を抱きかかえ、そのまま病室へと歩いて行った。 私は一人で家に戻った。 かつては温もりと幸せの象徴だったこの場所も、今では冷たさと孤独しか残っていない。 真理が帰国してから、優成が家に帰って来ることはめっきり減った。 広すぎるこの家にいるのは、もう私一人だけ。 私は壁にかけられた結婚写真を外し、力任せにゴミ箱へと投げ捨てた。 それからスーツケースを開けて荷物をまとめ始める。 荷物を引きずって玄関に出ると、予想外の光景が目に飛び込んできた。 優成が真理を連れて帰ってきたのだ。 彼は私がスーツケースを持っているのに気づくと、罪悪感がよぎったような顔をして弁解した。 「真理の具合が悪くてな、休ませるために連れてきたんだ」 私は鼻で笑った。 「休ませる?ここは休憩所じゃないわ。 具合が悪いなら病院に行けばいいでしょう?ここは妊婦の療養施設じゃないのよ!」 真理の目に一瞬怒りの色が浮かんだが、すぐに哀れっぽい顔を作ってみせた。 「朱音さん……私が嫌いなのは分かるわ。でも、私と優成の関係は本当に何もなくて……私は一人で頼る人もいないから、優成を頼るしかなくて…… 子供を産んだらすぐ出て行くから。絶対にお二人の邪魔はしないわ」 その言葉は、明らかに私を挑発していた。 私は冷たい声で告げた。 「真理、あなたの顔なんて見たくない。すぐにここを出て行って」 優成が眉をひそめる。 「朱音
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第4話

玄関に足を踏み入れた瞬間、真理が赤ん坊の部屋で荷物を片付けているのが目に映った。 怒りが一気に胸の奥から噴き上がる。 この部屋は、私が妊娠してから優成が私たちの子どものために用意してくれた部屋だ。 中の飾りや家具一つひとつに、私たちが子どもへ込めた愛情が詰まっている。 なのに――彼は、その真理をここに住まわせるつもり?まさか、これ全部を彼女の子どもに与えようっていうの? 体中が怒りで震え出す。 赤ん坊用のベッドに腰かけていた真理は、私の姿を見て勝ち誇った笑みを浮かべた。 気づけば私は何も考えず、彼女を引きずり下ろそうと勢いよく駆け寄っていた。 でも、手を伸ばすより先に彼女は甲高い悲鳴を上げて自らベッドから転げ落ちた。 騒ぎを聞きつけた優成が駆け込んでくると、私の手首を掴み、力強く引き離した。 「朱音!お前、何やってるんだ!」 怒りに満ちた瞳が私を射抜く。 こみ上げる悔しさに涙が視界を揺らした。 そんな私を見て、優成の目にわずかな後悔がよぎる。 震えながら問う。 「優成……この部屋、真理に住ませるつもりなの?」 彼は眉をひそめた。 「真理がこの部屋を気に入ったんだ。しばらく住ませてもいいだろ」 「でも……この部屋は子どものためにって、あなたが……」 言い終える前に遮られる。 「朱音、最近のお前、どうしてそんなに理屈っぽくなった?ただ一時的に住まわせるだけだ、永遠じゃない。 それに……最近のお前の態度には本当に失望してる。俺たちの結婚そのものが、間違いだったんじゃないかと思い始めてる。 お前、うちの子を父親無しで生ませる気か?」 胸が裂けるような痛み。 ああ……これは脅しだ。これ以上逆らえば、彼は私と子どもを捨てる。 私は唇を噛み、黙り込んだ。目に宿る絶望を隠し、背を向けて歩き出す。 「朱音!」 呼び止める彼の声は少し柔らかくなり、表情にも一瞬の罪悪感が浮かんだ。だが、それもすぐに押し隠される。 「俺があとで、もっといい部屋を赤ん坊のために作ってやるから」 もっといい部屋? ――もう遅い。 優成、あなたにその機会はない。私はこの子を連れて、あなたから離れるのだから。 口元に苦笑が浮かぶ。けれども足は止まらない。 その時、背後から真理のか弱い
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第5話

真理が引っ越してきてから、優成は彼女の世話を甲斐甲斐しく見るようになった。 そして私は、まるで透明人間のような存在になっていた。 優成に対する最後の期待も、あの夜を境に完全に消え去った。 ある晩、水を飲もうと階下へ降りると、ゲストルームから真理の声が聞こえてきた。 「優成、夜になるとどうしても眠れないの」 優成が心配そうに声をかける。 「どうしたんだ?体の具合でも悪いのか?」 真理は深く息を吐き出した。 「聞いたことがあるの。沢田家の伝家の宝、水晶のネックレスが安眠に効くって。赤ちゃんが夜中に激しく動くから休めなくて……少し借りてきてくれない?」 優成は黙り込み、そして優しい声で答えた。 「ネックレスを借りたいのか?いいよ、明日朱音から借りてくる。子供が生まれるまでつけていればいい。その後で返せば大丈夫だ」 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で鋭い痛みが走った。 あのネックレスは沢田家の女主人であることの象徴だった。値打ちだけではなく、何よりも私が沢田家の女主人として認められた証。 結婚の時、優成が自らの手で私につけてくれたものだった。 彼は、このネックレスは永遠に私のもの、愛しているのは私だけ、沢田家の女主人も私しかいないと、そう言ったのだ。その彼が今、他の女に渡そうとしている…… 声を漏らさぬように口を押さえたが、足下の床板がギシリと鳴ってしまった。 次の瞬間、扉が開き、優成が姿を現す。 私を見つけた彼は一瞬驚き、それから気まずそうに眉を曇らせた。 「朱音、どうしてまだ起きてるんだ?」 私は赤くなった目をこらえ、かろうじて答えた。 「水を飲みにきただけ。 真理が……私のネックレスを欲しがっているの?」 優成は困ったように頬を掻いた。 「最近眠れないらしいんだ。あのネックレスには安眠の効果があるだろ?少しの間だけだよ。子供が生まれたら返すから」 私はこくりとうなずき、淡々と告げた。 「いいわ。でも条件があるの」 優成の顔に安堵と喜びがにじむ。近づいて抱きしめようとした。 「朱音、お前はやっぱり理解してくれるな。安心しろ、真理が出産したら必ず……」 私はとっさに後ろへ下がり、その腕を避けた。 彼の体から漂う真理の香水の匂いに、無意識に距離を取りたくなった
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第6話

その夜、優成は早めに主寝室へ戻り、これまでと同じように背後から私を抱こうとした。 まるで何もなかったかのように。 私は眠ったふりをして、その腕に反応しなかった。 次の瞬間、優成の携帯が鳴り、真理からの電話を受けた彼はすぐに起き上がり、部屋を出ていった。 翌朝、目を開けると隣は空っぽだった。 私は荷物をまとめ、スーツケースを引いて階下に降りた。 リビングでは、優成が真理の隣に座り、スプーンで慎重にスープを口に運んでいた。 物音に気付いた彼が顔を上げ、私を見るなり勢いよく立ち上がる。 その顔に一瞬、狼狽の色が走った。 すぐさま椀を置き、落ち着かない様子で手を擦り合わせながら言った。 「朱音、起きたのか。 勘違いするなよ。真理が今朝食欲なくてな、だからスープを作ってやっただけだ」 私は淡々とうなずき、そのまま玄関のスーツケースへ向かった。 優成は荷物に気づいた瞬間、顔色を急に曇らせる。 彼は乱暴にスーツケースを奪い取り、怒声をあげた。 「朱音、これは何だ?こんなことで出て行くっていうのか? お前、いちいち気にしすぎなんだよ! 真理はここで一人なんだ。俺が世話するのは当然だろう!」 私は黙っていた。 その沈黙が、かえって優成を苛立たせ。 「朱音、ちゃんと説明しただろ!真理はただ泊めてるだけだ!嫉妬するな!」 怒鳴りざま、手にしていたスーツケースを力任せに床に叩きつけた。 私は驚いて、思わずお腹を抱える。 子供に何かあったら……そう思うと恐怖が走る。 優成もすぐに表情を曇らせ、罪悪感をにじませた。 何か言おうと口を開いた瞬間、真理がスープ椀を持って近づいてきた。 「朱音さん、怒らないで。全部私が悪いの。 このスープ、身体にいいから……少し飲んで」 彼女はそう囁きながら、椀を私に差し出した。 その縁に、鮮やかな口紅の跡が残っている。 胸の奥で何かが弾け、我慢できずに椀を押し返す。 「もういい!いらない!」 私は力を入れていなかった。だが、ガシャンと音を立てて椀は床に落ち、粉々に砕けた。 「きゃっ!熱い!」 真理が大げさに悲鳴を上げる。 彼女の手の甲にうっすら赤みが見えるだけ。 それでも優成は真理を気遣い、優しく声をかけた。
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第7話

目を覚ました瞬間、鼻先をつんと刺す消毒液の匂いが広がった。 私は弾かれたように上半身を起こし、とっさにお腹へ手を伸ばす。だが触れたのは平らな下腹――その衝撃に、まるで雷に打たれたように全身が硬直した。 子ども、私の子どもは……? 血の気が引いた顔のままベッドを降りようとしたとき、看護師が慌ただしく駆け込んできた。 彼女は私の前まで早足でやってきて、小さな包みをそっと腕の中に置いた。 震える指で布をめくると、幼い顔が現れる。頬がじんわり熱くなり、胸の奥の恐怖がようやく解け落ちていった。 病院の別の場所で、優成は真理を病院に送り届けた後も、私が床に倒れて泣き叫んだ声が彼の脳裏にこだまし、落ち着きなく病院内を歩き回っていた。胸の奥には強烈な嫌な予感が渦巻き、心臓もしくしくと痛む。頭の中には涙でぐしゃぐしゃになった私の姿ばかりが浮かぶ。 連絡したいと何度も思ったが、そのたびに真理が弱々しく彼の肩にもたれかかり、腹を押さえて痛みを訴える。 「お腹がすごく痛い……もし子どもに何かあったら、私どうすればいいの…… 私は本当に、ただ彼女に謝りたかっただけなんだ。まさか好意を誤解されるなんて……」「君のせいじゃない。あいつが甘やかされて、わがままになっただけだ」優成はそう言いながらも携帯を取り出す。「彼女の甘やかされた性格は、俺が変えてやる」 だが指は通話ボタンの上で止まり、彼の顔にはゆっくりと罪悪感の色が浮かんだ。私が熱湯で火傷し、倒れ込んだ光景がよみがえる。私も同じ妊婦なのに、あのとき彼は私を置き去りにしたのだ。 「確かに君にあんなことをしたのはよくなかった。でも怪我をしたんだ、ある意味、罰は受けたんだろう……」下を向き、後悔で歪んだ顔。「俺も悪かった、妊婦なんだから、もっと気を遣うべきだった。そうすればあそこまで追い詰められなかったかもしれない」 優成が深い後悔をにじませるのを見て、真理の目に一瞬ぎらりとした光が走り、すぐに涙に濡れた弱々しさに変わった。 「実は……あんまり言いたくなかったんだけど。朱音が……私を脅したの。出て行かなければ、子どもを殺すって」 優成の眉がぴくりと動く。心の中では、私がそんな残酷なことをする人間ではないと信じていた。 だが真理が取り出したスマホの画面に次々と現れるメッセ
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第8話

飛行機を降りた瞬間、人混みの中で母が必死にあたりを見回しているのが目に入った。 白髪が増え、ずいぶん老け込んだように見える。 私を見つけた途端、母は涙をあふれさせ、駆け寄ってきてぎゅっと抱きしめてくれた。 「朱音、ようやく帰ってきたのね」 鼻がツンとして、涙がこぼれそうになる。 父は横に立ち、目を潤ませながら言った。 「帰ってきてくれて良かった、ほんとうに良かった」 「お父さん、お母さん、ただいま」 私も強く二人を抱きしめ、熱い涙が頬を伝った。 三年ぶりに、ようやく両親に再会できたのだ。 かつて私は優成と一緒になるため、両親と縁を切り、ひとり遠くへ渡った。 だが子どもを連れて戻ってきた今も、二人は一言の恨み言も口にしなかった。 母は私を抱きしめながら、優しく髪を撫でてくれた。 「朱音、大丈夫よ子どもに父親がいなくても構わないわ。これからは私たち家族でしっかり守っていくから。 心配しなくていい。お父さんとお母さんが味方にいるんだから、誰もあなたたちをいじめられない」 父も力強くうなずいた。 「ああ、家族で力を合わせれば、どんなことでも乗り越えられる」 両親の言葉に胸が温かく満たされ、日々の疲れも一瞬で消え去ったようだった。 ――家に戻り、休もうとしたとき、テレビのニュースに優成の姿が映し出された。 やつれた顔でマイクを握り、必死に訴えていた。 「朱音、お願いだ、戻ってきてくれ。 ずっと探していた。あきらめたことなんて一度もない。 間違っていたんだ。どうかチャンスをくれ。君と子どもに償わせてほしい」 だが、彼が真理を繰り返し庇い続けたあの時点で、私たちの誓いはすでに泡と消えていた。 私は無表情でテレビを消し、部屋に戻ろうとした。 そのとき、スマホが震えた。 画面を開くと、真理からのメッセージだった。 【朱音、やっと自分で消えてくれて助かるわ。 あなたがいなくなったから、私と優成こそが本当のカップルよ。見て。これ、優成が作ってくれた夕食。美味しそうでしょ?】 写真には、エプロンを着けた優成が、彼女のためにスープを吹いて冷ましている様子が映っていた。 甘やかな笑顔を浮かべるその姿を見ても、私の心は微動だにしなかった。 挑発にすら値しない。そん
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第9話

一方、優成の毎日は最悪だった。 彼は私がいなくなってからようやく、自分がどれほど私を軽んじていたかに気づいた。 かつて温もりに満ちていた家庭には、もう私の気配はない。 仕事から帰っても、台所やリビングで忙しく動き回る私の姿はどこにもなかった。 広い家なのに、やけに寂しさが際立っていた。 優成は狂ったように私を探し始め、ありとあらゆる人脈を使ったが、何の手掛かりも得られなかった。 日々は虚ろで、仕事に身も入らず、みるみるやつれていった。 そんな彼を見ている真理の胸は嫉妬でいっぱいだった。 私が消えたことで、ついに自分がこの家の女主人になれると信じていたのに。 ところが、優成の心はどうしても私から離れなかった。 その日、優成が仕事を終えて帰宅すると、真理は私と優成の寝室にいた。 彼女は私のネグリジェを着て、私の香水を身にまとい、鏡の前でしあわせそうにポーズを取っていた。 ドアの開く音に振り返った真理は優成を見て、ぱっと顔を輝かせて甘ったるく駆け寄った。 「優成、おかえりなさい。会いたかったんだよ~」 そう言って彼の胸に飛び込もうとしたが、優成はものすごい剣幕で彼女を突き飛ばした。 「真理、何をしてるんだ。 ここは朱音と俺の部屋だ。お前が入る場所じゃない」 言葉を浴びて、真理はしばし呆然と立ち尽くした。 唇を噛みながらも、諦めきれずに媚びるような声を出す。 「そんな言い方しないでよ。朱音ならもういないじゃない。私を見てくれてもいいでしょ?」 だが、優成の眼差しは一片の情もなく、ただ冷えきっていた。 「真理、お前のことはずっと妹としてしか見てない。 俺が愛してるのは――朱音だけだ。 二度とこんな真似するな」 言い捨てると、振り返ることもなく部屋を出ていった。 残された真理は立ち直れず、青白い顔でその場に固まったあと、手で顔を覆って自室に逃げ帰った。 優成は寝室に一人立ち尽くし、見慣れたはずの空っぽの空間を見渡した。 かつて胸を満たした甘やかな記憶が押し寄せ、心が引き裂かれるように痛む。 彼はようやく悟った。大切なものを失ったのだ、と。 優しい妻と築いたしあわせな家族。やがて迎えるはずだった可愛い娘―― すべてを、自らの手で壊してしまった。 優成は
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第10話

真理は顔を押さえ、信じられないという表情を浮かべていた。 「優成、私を殴ったの? 一番大事にしてるのは私だって言ったじゃない! 私のことをあんなに愛してたのに、どうしてこんなことをするの?」 優成は怒りにまかせて鼻で笑い、鋭く叱りつけた。 「真理、お前は本当に性悪な女だ! 俺がお前を助けたのは、お前の父さんが昔、俺の命を救ってくれたからだ。 俺はずっとお前を妹のように思ってきただけで、男女の感情なんて一切ない。 思い上がるな!」 真理は呆然とし、半ば崩れるように叫んだ。 「違う、そんなはずない! 優成、あなたは私を愛してる!それに、あなたはこの子の父親なのよ!」 そう言いながら、涙を流して優成の足にすがりつき、必死に訴える。 「優成、約束してくれたじゃない……子供の父親になるって。 お願い、私を追い出さないで……」 だが優成は冷たい顔で、彼女を一蹴した。 「真理、夢から覚めろ! お前のせいで俺は朱音と娘を失ったんだ。 消えてなくなってほしいくらい憎い!」 真理は床に倒れ込み、絶望に顔を歪めた。 懇願が通じないと悟ると、今度は開き直ったようにわめき散らす。 「優成、いい加減な芝居はやめて! 朱音を蔑ろにしてたのはあなただから、彼女が去ったんでしょう! 悪いのは私じゃない、全部あなた! そんなあなたに私を責める資格がある?」 核心を突かれた優成は逆上し、激昂のまま真理の腹を蹴りつけた。 その衝撃で、彼女は呼吸もできないほどに苦しむ。 「黙れ、下衆女! 朱音が味わった苦しみ、一歩たりとも逃げられると思うな!」 真理は下半身に妙な温かさを感じ、視線を落とすと血が溢れていた。 恐怖に駆られ、わめき声をあげる。 「優成……お腹が痛い……助けて!子供を助けて!」 だが優成は表情ひとつ動かさず、冷ややかに部下を呼びつけた。 「こいつを引きずり出せ。腹のガキは始末しろ!」 泣き叫び、命乞いする真理を一瞥もせず、優成は背を向けた。 その後、真理は無理やり病院へ連れて行かれ、子供を失った。 病室のベッドに横たわる彼女の顔は、紙のように真っ白だった。 そこへ優成が入ってくる。彼の眼差しは冷酷そのものだった。 「真理、俺はお前にできるだけの
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