All Chapters of プライド崩壊の夜~元妻、二人目の妊娠~: Chapter 721 - Chapter 730

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第721話

明里は数秒の間、ただ静かに菜々子を見つめていた。菜々子は瞳に後ろめたさを滲ませながらも、反抗するように決して視線を逸らそうとしなかった。「私、何か間違ったこと言った?」「間違ってないわ」明里は静かに紡いだ。「間違っているのは、あなたという人間そのもの。嫉妬に目を曇らせて、他人の努力なんていつまで経っても気づけない。自分が見たいものしか見ようとしないのよ。あなたみたいな人を友達だと思い込んでいた私の方が、よほど愚かだったわね」「あなたは何でも持ってるじゃない」菜々子は俯き、ぽつりと恨みがましく呟いた。「明里、そうよ、私は嫉妬してた。ずっと一緒にいて、私がどれだけ苦しかったか、あなたには分からないでしょうね。あの頃、私は凪のことがあんなに好きだった。それなのに、彼はあなたのことしか見えていなくて……思い切って告白したら、あなたの足元にも及ばないって冷たく言い捨てられたのよ……」明里は反論しようと唇を動かしたが、一体何から話せばいいのか分からなかった。「私だって、自分があなたより劣っていることくらい分かってる。でも、私なりに精一杯やってきたじゃない!」明里は静かに立ち上がった。「今日ここへ来たのは、一つだけ伝えたかったからよ。これからは他人として生きていきましょう。私にしたような真似を、もう二度と他の誰かにしては駄目。他人を陥れるより、自分を磨くことに力を注いだ方がずっとましよ」菜々子は両手で顔を覆い、小刻みに肩を震わせた。かつての明里にとって、菜々子は友人だった。だが今は――胸の奥にはもう、微塵の感情すら残っていない。個室のドアへ向かって歩き出し、背を向けたまま告げた。「……菜々子、さようなら」ドアの閉まる無機質な音が室内に響く。菜々子が顔を上げた時、そこに明里の姿はすでになかった。その「さようなら」が、永遠の決別を意味していることくらい、菜々子にも分かっていた。そう、確かに嫉妬していた。けれど、自分だって苦しかったのだ。金のために友人を売る――そんな外道な真似をして、心が痛まない人間などいるはずがない。明里は私を責めるだけだ。でも、一体どうすればよかったというの?家は貧しかった。身を粉にして大学に入り、弟の学費まで背負わなければならなかった。弟の就職後も、実家の借金を背負わなければならない。
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第722話

走り出した車の中で、明里もまた涙をこぼしていた。あの友情は、決して偽物などではなかったはずなのに。菜々子のことを心から信じていた。もし彼女が経済的に困窮していると打ち明けてくれていれば、いつだって惜しみなく手を差し伸べるつもりだった。なのに、どうして彼女はあんな裏切りという手段に走ったのだろう。分かっている――原因は嫉妬だ。自分が満たされて幸せでいることを、彼女はどうしても許せなかったのだ。自分が凪の愛を奪ったのだと、彼女はずっと恨みに思っていたのだろう。けれど、凪が誰を愛するかなんて、自分個人の力でどうにかできる問題ではなかったのに。明里は手の甲で涙を拭い、胸の奥でじくじくと疼く痛みを必死にやり過ごした。震える指でスマホを取り出すと、迷うことなく潤の連絡先をタップした。無機質なコール音が数回鳴り、やがて通話が繋がる。受話口から、低く心地よい彼の声が耳をくすぐった。「今は会議中なんだが。どうした?」「潤……」明里は小さく鼻をすすった。「いったいいつになったら帰ってくるの?いつまでも帰ってこないなら、私、新しい彼氏を作っちゃうから」「お前なぁ……」潤は呆れたように息を吐きつつも、その声には隠しきれない笑みが滲んでいた。「俺に会いたいんだろ?」明里の声に、すっとふいに寂しげな色が混じる。「……そうよ、会いたい」潤は胸を締め付けられるような切なさを覚えながらも、愛しさに口もとを緩めた。「すまない。できるだけ早く帰るよ」「何日も前から、ずっと同じことばかり言ってるじゃない」「悪かった。こんなに長くお前を独りにするのは、もう二度としない」「そんな甘い言葉を並べたって、今あなたがここにいないなら何の意味もないわ」いつもとは違う、感情的な明里。決して聞き分けが良いわけでも、潤を気遣っているわけでもない。それなのになぜか、潤には彼女のそんな我儘がひどく心地よく感じられた。彼女にもっと頼られたかった。変な遠慮など捨てて甘え、思い切りわがままを言ってほしかったのだ。――まさに、今の彼女のように。どれほど言葉を交わしても飽き足らず、ただひたすらに彼女の存在が愛おしかった。「そんなに早く会いたいか?」「会いたいわ」明里はちくりと刺さる胸の痛みを奥底へ押し込んだ。「今すぐ会いたい」「明
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第723話

明里はこれまで菜々子に対して一切の警戒心を抱いていなかった。もし今回の企みを見逃していたら、次はいったいどんな被害に遭っていたか、想像するだけで背筋が寒くなる。「あの子に、相応の罰を与えたい?」朱美が静かに訊ねた。明里はきょとんと目を丸くした。「どうやって……罰を?」「あんな卑劣な行いは、法で裁くことだってできるのよ……」母の言葉が終わる前に、明里は静かに首を横に振った。「ううん、そこまでする必要はないわ。彼女がどういう人間か分かった以上、私がこれ以上傷つけられることはないもの。……それに、長い付き合いだったけれど、あの子にだって根っからの悪人じゃないところもあるの。一緒に買い物に行った時は、道で困っている人を助けていたし、傷ついた野良猫に餌をあげていたり、優しい一面もあったから……」「……アキ」朱美はもう一度娘の背中を撫でた。「分かったわ。この件はもう二度と言わない。どう対処するかは、当事者であるあなたが決めていいのよ」口ではそう言いながらも、朱美は内心でため息をついていた。この子はやはり、どうしようもなく優しすぎる、と。菜々子が企てた悪意は、本来なら相応の報いを受けるべき性質のものだ。しかも今回の一件だけではない。三、四年前、明里と潤がまだ夫婦として共にいた頃から、あの子が影でどれほどの毒を撒き散らしてきたか計り知れない。二人が離婚に至った背景にだって、菜々子が陰でかき回していた部分が少なからずあるはずなのだ。「お母さん。確かに菜々子も悪いけれど、私がもっと許せないのは陽菜なの。大金を積んでまで、菜々子にそんなあくどい真似をさせた黒幕は、陽菜なんだから」「陽菜、ね……」朱美はその名前を静かに唇に乗せた。「で、その陽菜をどうしたい?」「彼女も、もう分別のつく大人よ」明里は毅然とした瞳で言った。「昔の過ちなら、まだ目をつぶることもできたわ。でも、私と潤がこうして復縁して、子供もこんなに立派に大きくなったというのに、彼女は罠を仕掛けてくるなんて」「いい大人なら、自分の愚かな行いには、自分でしっかりと責任を取らなければいけないわ」「お母さん、陽菜の件は私自身の手で決着をつけるわ」明里はまっすぐに母を見つめた。「いつまでも、何から何まであなたに頼りきりというわけにはいかないから」「まあ、自分の手で戦う、か
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第724話

翌日、明里が目を覚ました時には、すでに昼の十二時を回っていた。少し身じろぎした瞬間、ふと違和感を覚える。背中に触れている肌の温もりが、あまりにも肌馴染みの良いものだったからだ。もしかして……昨夜の出来事が、熱を帯びた波のように一気に押し寄せてきた。明里は勢いよく目を開けて寝返りを打ち、そのまま潤の首に抱きついた。「本当に帰ってきてくれたの!」「お前が会いたいって言うから、帰ってきた」潤も彼女の背中に腕を回しながら言った。「ほら、まずは水を飲め」明里の体はぐったりとしていた。昨夜の潤があまりにも激しかったせいで、ひどく汗をかいていたのだ。潤が持ってきてくれた水を、明里はごくごくと一気に飲み干した。「どこか痛むところはないか?」明里は彼にしがみついて離れようとしなかった。「全身が痛い……」「俺の方が動いてただろ?」潤の声に甘い笑みが滲んだ。「これから一緒に特訓でもするか?」「嫌よ」明里は彼の胸元に顔を埋めた。「疲れたもの」潤は満足そうに明里を抱きしめ、背中をあやすようにポンポンと叩いた。「昨日、急いで帰ってきたんでしょう?きっとすごく疲れたわよね」明里は彼の心臓の音を聞きながら呟いた。「わがまま言ってごめんね、もうしないわ……」「俺が疲れてる顔に見えるか?」潤は明里の頬を軽くつまんだ。「それとも、昨夜は物足りなかったか?」「そんなんじゃないわよ……」明里は彼の胸を軽く叩いた。「あなたが無理をして疲れてるんじゃないかと思っただけ」「お前の旦那は、そんなに柔じゃない」潤は愛おしさに堪えきれず、彼女の髪に口づけを落とした。「お前が俺に会いたいなら、俺だってお前に会いたい」会いたいから、その一言で夜通し飛んで帰ってきた。朱美にも緊張しながら電話を入れて、真夜中にここへ来て、明里のベッドに忍び込んだのだ。明里はそこでようやく気づいた。「どうやって入ってきたの?」「朱美さんが開けてくれた」「えっ、お母さんが?」明里は目を丸くした。「来ること、知ってたの?」「電話したんだ」潤は言った。「サプライズにしたかったからな。本当は迎えに行こうと思ってたんだが、今夜はここで休んでいけって言われた」明里には分かった。朱美が気を回してくれたのだ。昨夜の自分が落ち込んでいるのを気にして、潤が帰ってくる
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第725話

明里は包み隠さず、昨日の顛末を一部始終話した。聞き終えた潤は、深い怒りで腸が煮えくり返る思いだった。「そっちの件は俺に任せろ」潤は冷たい声で言った。「俺が片付ける」「自分でも対処できるわ」明里はまっすぐに見つめ返した。「自分ではどうしようもなくなったら、その時はお願いするから」「お前にあんな連中を相手にさせたくない」潤は彼女を強く抱きしめた。「陽菜には会うな。あんなやつ、会う価値もない」「……分かった、そうする」潤は彼女の額に口づけを落とした。「任せとけ。もうこういうことは起こさせない」空港まで送り届けても、二人はなかなか離れられなかった。「二日で帰ってくる」潤は明里を抱きしめたまま手を離そうとしなかった。「もう出張なんかしたくないな」「大丈夫よ」明里はいつもの自分を取り戻した。「二、三日なら待てるわ」「俺は我慢できない。夜になると恋しくて、眠れなくなる」「じゃあ、帰ってくるの待ってるわ」明里が空港を後にすると、潤は冷徹な表情でいくつか電話をかけた。明里は潤の言葉に従い、陽菜には自分から会わないつもりだった。だからまさか、陽菜の方から電話がかかってくるとは思っていなかったのだ。どうしても会って話したいと言う。一体何が目的なのか、明里は純粋に興味が湧いた。時間通りに指定の場所へ向かうと、会ってみた陽菜は、以前よりずっと印象が変わっていた。最後に会ったのはもう随分前のことのように感じるが、実はそれほど経っていない。朱美が明里の身元を公表したあのパーティーで、一度顔を合わせている。あの時からすでに、陽菜はひどく憔悴して見えた。以前は、深窓の令嬢のようだった。楚々とした微笑みの角度まで計算されていた。それが今では、水分を失って枯れかけているように見えた。陽菜の日々は、決して順調ではなかったのだろう。潤に相手にされなくなったうえ、清水家の事業も年々傾いているからだろう。一度惚れた相手が潤である以上、理想が高くなりすぎて、他の男では釣り合わないと拒んできたのだ。だからといって、家族がいつまでも彼女の婚期を待ち続けるわけにもいかない。この年齢まで結婚できなければ、周囲からは行き遅れだと後ろ指を指される。二十五を過ぎてから、体型も肌のハリも以前ほどではなくなっていた。どれだけ
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第726話

「菜々子にあんなことをさせたのが、私だと思ってるの?別に私が言わなくても、あの子は自分からあなたのことが目障りで恨んでいたのよ」「知ってるわ」明里はどこ吹く風で頷いた。「あなたたち二人、そうね、類は友を呼ぶってところかしら。菜々子は私への嫉妬。あなたは、いつまで経っても手の届かないものを追いかけ続けてる」「手が届かないですって?」「潤があなたのことを少しでも好きなら、私が張り合う必要もないわ。私の方から潔く身を引いてあげるわ」「あなたには分からないのよ……私の彼への気持ちが。何年も、ずっと心から好きだった人は彼だけだったの。あの時、あなたが横から割り込んでこなければ、彼と結婚していたのは絶対に私だったはずよ!」明里は可笑しそうに薄く笑った。「あなたからも聞いた覚えがあるけれど、潤の初恋って佐川怜衣じゃなかったかしら?」「嘘じゃないわ!怜衣は、潤さんが公認の彼女だったのよ!」「本人が直接そう言ったの?」陽菜の顔がさっと紅潮した。「あの頃、側にいられたのは怜衣だけだった!みんな、怜衣が彼女だって当然のように思ってたのよ!」「本人の口から直接聞いてないなら、それはただの思い込みよ」明里は冷酷に告げた。「陽菜、こんな見苦しいことをして、それで結局、何か得るものはあったの?」……何も手に入らなかった。実家の事業にまで傷をつけてしまっただけだ。それでも、どうして諦めきれるというのか。最初は、ただ純粋に好きだった。明里から潤を取り戻したかっただけだ。でも今は、明里の人生を見ているうちに、陽菜の中の嫉妬は憎しみへと変わっていた。なぜあの女だけが、こんなにすべてがうまくいくの。潤と復縁しただけでなく、あの朱美の娘だったなんて。怜衣に対してだって嫉妬していた。彼女こそが潤の初恋だと信じていたから。でも今、誰より妬ましいのは、目の前の村田明里だった。かつて見下していた、どこの馬の骨とも知れない女が、最後にすべてを手に入れるなんて。「あなたがそんなに堂々としていられるのも、結局は河野朱美が母親ってことだけでしょ!」明里は静かに笑った。「そう言うけど、三年前も、それ以前も、私の前で優越感を振りかざしてたのは、自分の家柄が後ろ盾だったからじゃない?なのに私の母親の方が裕福になった途端、今度は親に頼ってるって言う
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第727話

「彼が私に、そんなことするはずない……」「あなたは自分のことを、なんだと思ってるの」明里は呆れを隠せなかった。「一つだけ聞くけど、この数年であなたは彼と会えたの?一度も会おうとすらしてくれない相手が、あなたに情を抱いてるだなんて、一体どの口がそれを言うの?」陽菜はただ、残酷な現実から目を逸らしたいだけだった。どうして明里ばかりが、こんな幸せな結末を手にするの。自分の方がずっと恵まれた場所からスタートしたはずなのに、こんなにも惨めに負けてしまうなんて。菜々子という手駒まで使ったのに、あっさりと見破られてしまった。もう手元に切り札は何も残っていない。あの怜衣でさえ、今はもう頼れなかった。以前は心配しないでと言ってくれていたのに、あれ以来、何の音沙汰もない。写真の一件には怜衣も関わっていたはずなのに、もし調べが入ったとしても、泥をかぶるのは自分だけだ。陽菜は今になって、ようやく気がついた。怜衣は最初から、いざという時に自分が表へ出なくて済むよう、うまく陽菜を盾にしていたのかもしれない。そうしておけば、何が起きても自分には関係ないと言い逃れができる。自分だけが、都合よく利用されていたのだ。しかも、自分から望んでその道具に成り下がっていた。怒りよりも先に、どうしようもない虚しさが込み上げてくる。「そうよ、彼はもう私に何の情もないわ。でも、怜衣に対してはどう?男の言葉なんて、どこまで信じられるのよ。明里、現実を見なさいよ。彼は絶対に怜衣のことを忘れられないわ。たとえ過去の女だとしても、彼の心の中には、ずっと怜衣の居場所があるはずよ!」勝てなくてもいい。せめて目の前の明里を苦しめてやりたかった。でも、明里は薄く笑うだけだった。「誰にだって過去はあるわ。今、彼が私を愛してくれて、子供を愛してくれている。それで十分よ。私はそれ以上望まないわ」陽菜の放った言葉は、まったく手応えがなかった。それでも苛立ちに任せて口を開く。「本当のことを言ってるのよ、忠告してあげてるのよ。怜衣の隣には今も誰もいないわ。いつか潤さんと縒りを戻す日が来たって不思議じゃない。長く一緒にいたからって、潤さんが絶対に浮気しないと言い切れるの?」「じゃあその理屈で言うと、いつか浮気されるかもしれないから、今すぐ別れろってこと?ご飯を食べた
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第728話

陽菜はその言葉を耳にするなり、食い気味に捲し立てた。「うちも同じことを言われたわ!」怜衣は疲れ果てた声で言った。「潤、どうしてこんなひどいことができるの……」陽菜は明里を横目で睨みつけた。「怜衣、私、今明里と一緒にいるの。潤さんが怜衣にそんな酷いことをするはずないわ。きっと明里が裏で糸を引いて、潤さんに毒を吹き込んだのよ!」「あなたが今、彼女と一緒にいるの?」怜衣は声のトーンを下げた。「スマホを渡して。彼女に少し話があるから」陽菜は不服そうにスマホを差し出した。「話したいって」明里はそれを受け取らず、テーブルの上に置くよう目で示した。そして通話をスピーカーに切り替えさせた。怜衣の冷たい声が流れた。「明里さん?」明里の声はどこまでも静かだった。「そうよ」怜衣は声の震えを懸命に押し殺していた。「私、実家の人間から海外へ出るよう言われたわ。強制的にね」明里は軽く笑った。「海外に行くのは、別に悪いことじゃないでしょう。前もずっと向こうで暮らしていたんだし。きっと向こうの生活の方が、あなたには合っていると思うわよ」怜衣の息遣いが荒くなった。「村田明里!自分が今いい思いをしているからって、調子に乗っているの?叔母さんが後ろ盾になってくれるからって、すっかりいい気になっているのかしら?」「おかしなことを言わないで。お母さんが私の味方になってくれるのは、当たり前のことじゃない?あの人は私のお母さんよ。どうしてあなたの味方をしなきゃいけないの?」以前の怜衣にとって、明里などまったく眼中にない存在だった。それがこの女は、潤の心を完全に掴んだだけでなく、よりにもよってあの河野朱美の実の娘だったなんて。まさにシンデレラストーリーじゃない。それに、自分と潤の本当の関係など、怜衣自身が一番よく分かっていた。周囲の勝手な誤解と思い込みを利用して、薄氷の上で、かろうじて関係を装っていただけに過ぎない。本気で潤に追及されれば、自分は何の勝ち目もないのだ。結局のところ、潤は自分を一度も女性として見たことなどなかった。振り向いてくれたことすら、一度もなかった。今回帰国した時の潤の冷たい態度で、怜衣はとうに現実を理解していたのだ。それでも、陽菜が諦めない限りは、あの馬鹿を上手く使ってやろうと企んでいた。まさかその陽菜が何一
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第729話

「全部あなたのせいよ!」陽菜の目には濁った憎悪が燃えていた。「言ったでしょう、あなたさえいなければ、潤さんと結婚していたのは絶対に私だったはずよ!」「じゃあ、潤に聞いてみましょうか。私がいなければ、彼はあなたと結婚していたかどうか」陽菜にそんなことを直接訊きに行く度胸など、あるはずがなかった。潤と明里は今、誰の目から見ても幸せそうで……そこまで考えたところで、陽菜はふと自嘲するような笑みを浮かべた。潤の心の中に明里しかいないことなんて、とっくの昔に分かっていた。では、自分が今まで必死にしてきたことは、一体何のためだったのだろう。突き詰めてしまえば、ただ悔しかっただけなのだ。でも自分の生活は、世間の多くの人と比べれば、十分に恵まれていたはずだ。お金のある適当な男と結婚して、安定した生活を手に入れることだってできた。今みたいに実家の家業まで傾かせて、何もかも失って海外に追い出されるよりはずっと良かった。「明里」陽菜はぽつりと口を開いた。その声から、先ほどの刺々しさが消えていた。「今更だけど、目が覚めたわ。私、間違ってたわ。悪かったと思ってる。だからお願い、潤さんに、うちの会社を見逃してって言ってくれない?」「誰かをひどく傷つけておいて、軽くごめんなさいと言えば許してもらえるなら、警察なんていらないわ」「もう二度と、二人の仲を壊すような真似はしないから……」「そもそも壊せるような関係じゃなかったでしょう」明里は冷たく言い放った。「私と潤のことは、もうあなたには何の関係もないわ」「本当に、もうしないから」陽菜はここに来て、ようやく惨めに頭を下げた。「謝るわ。実際に誰かが怪我をしたわけじゃないし、私のことを極悪人みたいに扱うのは、いくらなんでも言い過ぎでしょう」明里は軽く笑い、静かに立ち上がった。「悪いけど、あなたの件に関して私にできることは何もないわ。潤が決めたことなら、彼の決断を尊重するから」陽菜は本当に怖くなっていた。怜衣はうまく立ち回って切り抜けられるかもしれない。でも、自分はどうなるの?誰が自分のために口を利いてくれるというのか。このまま、言葉も通じず、食べ物も口に合わないような、何もない外国の僻地へ追いやられるなんて絶対に嫌だ。「ねえ、明里、待って!」陽菜は慌てて立ち去ろうとする明里の背中
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第730話

早々に出国手続きが取られると、怜衣は強制的に別の国へと送られた。陽菜もまた、彼女と同じ便に乗せられていた。明里がその顛末を耳にした時、潤はすでにその日の便で帰国の途についていた。朱美からさらっと報告されただけで、明里自身はさほどその話を気に留めなかった。「それから、あなたのお友達のことなんだけど……」明里は顔を上げた。「お母さん、菜々子のこと?彼女に何かあったの?」朱美は小さくため息をついた。本当に、優しすぎるうちの子だ。あれほど酷い裏切りに傷つけられたというのに、まだあの子の行く末を気にかけているなんて。「研究所に辞表を出して、逃げるように地元へ帰ったらしいわ」明里は小さく「そう」とだけ答えた。「陽菜ともうまくいかなくなって、最後はひどい喧嘩別れをしたみたいね。あなたのせいじゃないから、一切気に病む必要はないわよ」明里は静かに笑った。「お母さん。私のことを本物の友達として見てもらえなかったのは、あの子がもったいないことをしただけよ。私もそこまでお人好しな馬鹿じゃないわ。これからの彼女がどうなろうと、私にはもう何の関係もないもの」「そうよ」朱美は愛おしそうに明里の髪をそっと撫でた。「これから先、何か少しでも困ったことがあったら、すぐにこのお母さんに言うのよ。色々と、お母さんの方が海千山千の経験があるから、きっとあなたの力になれるわ」「ありがとう、お母さん」「私に他人行儀なお礼はやめて。それより、潤は何時にこっちへ着くの?」「あと二時間くらいかな」明里は時計を見て言った。「空港まで迎えに行こうとしたら、夜遅くて一人だと危ないから来なくていいって言われちゃって」朱美はくすっと笑った。「なら、彼の部屋で大人しく待っていなさい。うちのマンションに来ると、彼もなんとなく私に気を遣ってしまうみたいだから」「潤なりに、きちんとお母さんに気を使ってるよ」「いずれは同じ家族として一緒に住むんだから、そんなに気を使われてばかりじゃ、あなたたちも息が詰まって窮屈でしょう」「じゃあ、潤が帰ってきたら話してみるね」潤が戻ったら、色々とゆっくり話そうと思っていた。ところが潤はマンションへ帰ってくるなり、明里が口を開く隙も与えず、素早くシャワーを浴びてそのまま熱い唇を重ねてきた。結局二人はベッドから一歩も出ら
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