天狐上司の不器用な初恋의 모든 챕터: 챕터 21 - 챕터 30

32 챕터

対価は身体で!?⑫

 指宿が三つ目のいなり寿司をつまんだ途端、目の前にいる小娘──星野美亜は、目をむいて叫んだ。「待ってください課長!ああー、もうっ。最後の一個は私のです!!」 予想より激しい訴えに、つい意地悪心が湧く。「他のがあるじゃないか」「駄目です!これは特別なヤツなんですっ」 てっきり不貞腐れると思いきや、諦める気配がない美亜に、風葉はどういうことだと目で問うた。「これ、マリーが」「マリーだと?」 ピクリ、と眉が動いた風葉を、美亜は違う意味に受け取ったようだ。「あ、私のおばあちゃんの名前です。本当は鞠子って言うんですけど……私のおばあちゃん、ちょっと変わってて新しもの好きっていうか西洋かぶれで、自分のことマリーって呼べって言うんです……って、そうじゃなくって!これはおばあちゃんのオリジナルレシピのいなり寿司で、ものすごく良いことがあった時に食べる超特別なヤツなんですっ。だから私が食べないと──」「へぇ。じゃあ、また作れ」「そんなぁ……ああっ」 無情にも最後のいなり寿司を口に含んだ途端、美亜はこの世の終わりのような表情をした。 今にも泣きそうな彼女を見て少し胸が痛んだが、風葉はどうしたって譲る気になれなかった。「もー、全部食べなくても……でも、美味しかったですか?」「ああ」「そうですか。なら……うん、仕方ないですね。今度帰省したらおばあちゃんに言っておきます。マリーのいなり寿司は、いなり寿司嫌いの狐も虜にさせるって」「ああ、そうしてくれ」 美亜が伝えたところで、きっと鞠子はかつてお節介を焼いた狐とは思わないだろう。 最後のいなり寿司を味わいながら、風葉は縁とはまったく不思議なものだと痛感する。 星野美亜は風葉にとって、最初は入れ替わりの激しい派遣社員の一人でしかなかった。ただ他の派遣社員より、やる気が空回りして扱いにくいという評価を得ていたことが気にはなっていた。 熱意をもって働くことは悪いことじゃない。それなのに、残念だな。  一昔前なら重宝された人材だったが、これも時代の流れかと、風葉は美亜に同情した。 特に意識したわけじゃないけれど、美亜と社内で何度かすれ違ううちに、やる気の内側に見え隠れする彼女心の翳りに気づいてしまった。溌溂と笑う彼女に似合わなすぎて、必要以上に興味を持ってしまった。 美亜が風葉の部署に移動になったのは
last update최신 업데이트 : 2025-11-06
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夜のボランティア活動①

 最後に取っておいたスペシャルいなり寿司を食べられてしまったのは悔しいが、美亜はこれで指宿との関係は終わりなら、まぁいいかと思った。 明日からは過去のことは振り返らずに、自分らしく生きていこうと思った。 ……でも世の中、そんなに甘くはなかった。 指宿は昨日のアレは適性試験だと言い出し、これから身を粉にして働いてもらうぞと耳を疑う発言をした。慌てた美亜が、派遣会社から副業は禁止されてますっ!と反論すれば、「ならボランティアだな」と鬼畜発言をした。 ドヤ顔決める指宿を諦めさせることなど、誰ができようか。 相手は種も仕掛けもないのに太刀を取り出し、肉塊を一刀両断できる天狐様だ。 美亜は強制的に、夜のボランティア活動を選ばざるを得なかった。 そんなこんなで不本意ながら毎週末、風葉と共に闇夜を駆け、バッタバッタと悪しきものを成敗する生活が──始まらなかった。*「おいっ、お前どういうつもりだ!?」 バンッとミーティングルームの机を叩いた指宿の額には、美しい青筋が浮き出ている。「課長っ、声が大きすぎますっ。他の人に聞かれたら、私が仕事をミスって怒られてるって思われちゃいますから、もう少し抑えてください。お願いします!」「ミスるも何も、俺は職務怠慢なお前の態度に怒っている!」 再びテーブルを力任せに叩いた指宿は、上着のポケットからスマホを取り出し、画面を美亜に見せつけた。「これ、俺が納得できるように説明しろ」「え?見たままじゃないですか」「見てもわからないから、説明を求めてるんだ」 指宿が手にしているスマホの画面には、狐が土下座するスタンプの後にメッセージが表示されていた。『申し訳ありません(><)事情により、今週末のボランティアはキャンセルでお願いします!』 このメッセージの送り主は美亜だ。受信時刻は10時28分で、今の時刻は10時34分。 女子トイレでこそっと指宿宛てにメッセージを送った美亜だが、席に戻るなりミーティングルームに連行され、こうして尋問されている。「えっと、実は先約があったのをうっかり忘れてまして……」 説明しなければ喰われそうな恐怖を感じた美亜は、すすすっと画面から目を逸らしつつ弱々しい声で事情を語る。すぐさま指宿は半目になった。「そうか。ならそっちをキャンセルしろ」「そんなぁ。無理です。
last update최신 업데이트 : 2025-11-07
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夜のボランティア活動②

 指宿は手に持っていたスマホを上着のポケットに突っ込むと、人差し指でトレードマークである銀縁眼鏡をくいっと上げた。 次いで、机の上で手を組むと、場違いなほど爽やかな笑みを浮かべた。 「星野君、君がそういう手段を使うならこちらも課長としての特権を利用させてもらおう。君は面談という名目で呼び出されている。無論、面談対象は君だけじゃない。浅見君と長坂君も同様に面談をする予定だ」「ん……ん?ちょ、ちょっと待って下さい。課長、まさか二人に聞き出すんですか!?」 前のめりになった美亜に、指宿はわざとらしいほと心外な顔をした。「聞き出す?人聞きの悪いことを言わないでもらおうか。二人が勝手に食事会のことを語るかもしれないと言っているだけだ」「う……で、でも」「もちろん君が誰とどこで何をしようが課長である俺は一向に構わない。だが、な」 変なところで言葉を止めた指宿は、眼鏡を外してこう言った。「風葉はどう思うんだろうな」 ケモ耳を生やした指宿に睨まれ、どうも思わないでほしいと美亜は祈るが、おそらくそれは叶わぬ願いだろう。「神が神に依頼をするなんて恥でしかないのに、風葉は君の為に頭を下げた」「え?あの時、くくり姫様のことババアって呼んでませんでした?」「あれが風葉流のやり方だ」 随分と強引な主張だと美亜は思ったが、黙って指宿が続きを語るのを待つ。「やり方はともあれ、風葉の手助けがあって君は悪縁を切ることができた。違うか?」「違いません」「なのに、君はそんな風葉を欺こうとしている」「欺くって……言い方、大袈裟過ぎませんか?」「まさか。神は嘘を嫌う。これぐらいの表現でも温いくらいだ」「そうなんですか……初耳です」 神妙な顔をする美亜を見て、指宿は狡猾な笑みを浮かべた。「で、話を戻すが食事会に参加する面子について、君は自分の口から語るか?それとも他人任せにするか?ちなみにあと5分で、次の面談者がここに来る」「……例えばの話ですが、もし風葉さんが他人の口から聞いたら……私、どうなるんですか?」「さぁな」「……っ!」 この世の中、想像できないほど怖いものはない。 美亜が風葉に助けられたことは揺るぎない事実で、心にしこりを抱えたまま合コンには行きたくないと思うのも嘘偽りない気持ちだ。 短い葛藤の末、美亜は自らの口で語ることを選
last update최신 업데이트 : 2025-11-08
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夜のボランティア活動③

 香苗の提案で男女交互に席替えをした途端、隣に座った青年──大矢博に美亜は声を掛けられた。「星野さん、さっき一人暮らしって言ってたけど、どこの出身なの?」「んーどこでしょう?当ててみてください」 にこっと笑ってそう言った美亜だが、気取っているわけではない。 生まれた県は、都道府県別魅力度ランキングで毎度安定の下位。地元愛はあるけれど、相手がきっとリアクションに困ると思って誤魔化しただけだ。「どこだろうなぁー、んー可愛いし港町っぽい感じがするな」 もったいぶった態度に、気を悪くするどころか褒めてもらえた。看護師の彼は、きっと日頃から気難しい患者さんを相手にしているに違いない。「あははっ、ありがとうございます。でも、海がない県、群馬なんですよー」 恐縮しながら出身地を伝えれば、ダルマが有名ですよねと地元ネタを言ってくれる。どうしよう。開始10分で、これは素敵な出会いになるかもと期待がふくらむ。「ちなみに俺も他県出身なんですよ……って、そろそろ敬語はやめましょっか?」「そうですね……あ、そうしよう。うん」 美亜が笑顔で同意すれば、大矢博こと博は改めて自己紹介をしてくれた。 日本海側で生まれ育って看護師になってから、この県で働き出したそうだ。美亜より3つ年上の25歳で、趣味は映画鑑賞とB級グルメの食べ歩き。過去一度もミュージシャンを志したことはない。 それとなく異性関係を尋ねてみれば、現在はフリーと恥ずかしそうに答えてくれた。もともと童顔なのに、はにかむと更に少年っぽさが増す。 たったそれだけの仕草で癒しを感じた美亜は、つい思ったままを口に出す。「意外だな。モテそうなのに」「そんなことないよ。仕事も不規則だし、職場の人とはちょっと仲間意識が強すぎて異性としては見れないし、向こうも見てくれないし。それより星野さんのほうこそ、今、彼氏がいないなんて不思議だな。こんなに可愛いのに」「そんな、そんなっ。私、全然モテないよ!」 自称ミュージシャン志望の男にパトロン扱いされた過去を持つ美亜は、謙遜ではなく、本気で否定した。 それなのに博は、顔をくしゃくしゃに笑う。「またまたぁー。俺、星野さんが同じ職場にいたら、ちょっと意識しちゃうよ?」「またまたぁー」 あははっと笑いながら博を見れば、バチっと目が合った。同時に照れ笑いす
last update최신 업데이트 : 2025-11-09
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夜のボランティア活動④

 東野は美亜が塩対応でも、めげずに問いかける。「で、大矢とはどんな話をしてたの?随分盛り上がってたみたいだけど」「そんなに盛り上がってました?でも大矢さん……人当たりがいいから、誰とでも楽しく話ができるんじゃないですか?」「そうでもないよー、ほら見てみ?」「え?……あっ」 席替えした博は、綾乃の隣に座っていた。そして既に出来上がった綾乃に背中をバンバン叩かれていた。 一応愛想笑いはしているがかなり痛そうで、楽しんでいるというより耐えているという表現がピッタリだ。「あちゃ。ちょっと止めてきます」「いーや、いいんじゃね?男ならあのくらい平気だろ。それにあの子なら、大矢が相手でも大丈夫──でも……君は危ないね」 東野の最後の呟きは小さすぎて、美亜は聞き取ることができなかった。「え?絡まれてるのは大矢さんだから逆じゃないんですか?」 首を傾げた美亜に、東野は曖昧に微笑む。 「ま、いいじゃん!そんなことより大矢とは、何話してたの?」 雑に流され、更に東野の好感度が下がった。 でもあまり博士を庇いすぎると、変に冷やかされるかもしれないという不安から、美亜は当たり障りのない答えを返す。「別に大した話はしてないですよ。お互い他県出身だったから、その話をちょっと……」「へぇ、”けった”が自転車のことだと知ってびっくりしたとか?」「そんな話してませんよ」「じゃあ、どんな話?」「世間話ですよ、普通の話」「ふぅーん」 これ以上話したくないという意思を伝えるために、美亜はカクテルを一気飲みして、香苗にヘルプの視線を向けた。 けれど、あいにく彼女は検査技師の鈴木なんちゃらと将来の日本の医療について熱く討論中。合コン前に、何かあったらいつでも合図してと頼もしい発言をしてくれた彼女は、もうどこにもいなかった。「……そんなぁ」「ん?どうしたの?何か困ったことでもあった?」 東野に顔を覗き込まれ、美亜はさりげなく顔を背けてグラスを手に取る。でもグラスは既に空だった。「お、飲めるんだ。意外だねぇー。こういうのってギャップ萌えってやつ?」「……違うと思いますよ」「そっか。まぁいいや。で、お代わりどれにする?」 うんざりした顔を隠さない美亜を見ても、東野はノリノリでドリンクメニューを渡してくる。さすがお医者様、すごいメンタルだ。 もういっそ場違
last update최신 업데이트 : 2025-11-10
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夜のボランティア活動⑤

 合コンの翌日、土曜日。ターン、ターンと、風葉の姿になった指宿は、美亜を片腕に抱いて夜空を舞う。青白い狐火を従えて。 幽体になった美亜は、社内屈指のイケメンに抱きかかえられているが、風葉となった指宿は、密着していても体温を感じない。 無機質な郵便ポストや電信柱に抱きついているような感覚だけれど、気まずさは消えることはない。「あの課長……じゃなかった。風葉さん」「なんだ?」 ふわっと平安衣装の袂を靡かせながら、指宿は美亜に視線を向ける。「三英傑って見たことありますか?信長とか秀吉とか……あと家康さんとかそういう歴史上の人」「ああ、何度かは」 即答した指宿に、美亜は目を輝かす。間を埋めようと適当な話題を振っただけだったが、これは思わぬ収穫だ。「そうなんですか!?会ったことあるんですかっ、ス、スゴイです!それで、どんな人達だったんですか?」「なんだお前、今度はああいう系をご所望か?そうがっつくな。少しは見る目を養ってからにしろ」「なんでそうなるんですかっ、違います!今日、風葉さんの家に行くとき三英傑パレードのポスターを地下鉄で見たんで……それで気になって」「ああ、なるほど。そういえばそろそろ祭りの季節だな」 合点がいったと頷く指宿は、少し笑って街を見下ろした。上空から見る土曜日の都会は、安定したキラキラだ。 戦後10年くらい経った頃から続く街を上げてのお祭りは、観光施設は無料開放され、無形文化財や無形民俗文化財が一堂に会する郷土芸能祭も加わり、秋を彩る最大規模のもの。 一番の見どころは、豪華絢爛な郷土英傑行列。歴史の教科書でおなじみの織田信長・豊臣秀吉・徳川家康はこの土地出身ということもあり、それに仮装した一般市民が大津通と呼ばれる県道を派手に行進する。 他県からやってきた美亜からすると、季節柄、若干ハロウィンと被るなと思う。けれどジャックオランタンと和のコラボは個人的に嫌いじゃない。「三英傑さんたちって、どんな感じの方だったんですか?カッコよかったですか?見るからに強そうって感じでした?」「……あーどうだったかな」 気のない返事をする指宿は、記憶を遡っているのだろう。「吉宗?あ、違う。頼宣より前か。じゃあ浅野の代だったか……」とブツブツ呟いている。 歴史はさほど得意科目ではなかった美亜は、記憶を呼び出す手伝いもできないので、急か
last update최신 업데이트 : 2025-11-12
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夜のボランティア活動⑥

 ボランティア活動初日は散々な目にあったけれど、それ以降は順調だった。 美亜は毎週金曜日に、指宿のマンションを訪問すると、肉体を離れた状態でボランティア活動に精を出している。 活動内容は指宿曰く、パールカンパニー限定の目に見えないアレコレのお掃除。会社に害なすものを掃除機代わりの刀で清めていく……といったもの。 美亜に与えられた役目は、ただひたすらに禍体を鳥居の外まで連行するだけの簡単な役割だ。ただし毎度命がけ。幸い、今のところヘマはしていない。 ただボランティア活動中は、上司と部下ではなくパートナー同士となるので気楽に接してくれと指宿に言われ、美亜は困った。 急に役職フリーで接しろと言われても、相手はこれまで接点皆無の上司である。加えて、美亜は引きこもりの過去を持つ。 つかず離れず、丁度良い距離を保つのは至難の業で、美亜はランティア活動中に、まぁまぁのやらかしをしてしまった。 たとえば街のいたる所で開催しているハロウィンイベントを見下ろし「風葉さん、今ならあそこに混ざってもイケますね」と冗談を言ったら、名古屋港水族館内の南極観測船の上に捨てられたり。 別の週では「平安貴族って自分のことマロって言うんですよね?ちょっと昔風に言ってみてくださいよ」とリクエストしたら、東山動植物園にある東山タワーのてっぺんに落とされたり。 懲りずに翌週、職場近くの歓楽街に狸の祠があると知り、お節介かもと思いつつも「喧嘩しちゃ駄目ですよ」と忠告したら、頭を冷やせと名古屋城の堀に投げ込まれそうになった。金のシャチホコの上で仁王立ちして手を離そうとする風葉の目は本気だった。 その翌週は、つつがなくボランティア活動を終えることができた。 それは美亜が距離感を掴めるようになったのかもしれないし、指宿が諦めてすべてを受け入れるようになったのかもしれない。詳細は不明である。*「はーい、上ひつまぶしお待たせしましたぁー」 元気なおばちゃんの声と共に、美亜と指宿の前にトレーが置かれる。 トレーの上は賑やかで、小ぶりのお櫃にお茶碗。わさびや海苔の他にネギなどの薬味が入ったお皿と、出汁茶が添えられている。「い、いただきましゅ」「……ぷっ、すまん」 緊張のあまり噛んだら、指宿に笑われた。 気恥ずかしさで、ちょっと拗ねた顔をしながら美亜はお櫃の蓋を開ける。刻まれた鰻が、ご
last update최신 업데이트 : 2025-11-13
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夜のボランティア活動⑦

 指宿の冷たい返事に、美亜はしゅんと肩を落とした。「そっかぁ。課長なら、実際現場を目撃したと思ったのに……」 落胆したまま美亜は、空になった茶碗にお代わりをよそう。お櫃の残りは4分の1。お茶漬け用の薬味はネギとワサビにしようと決めて、他の薬味を全部茶碗に乗せる。 橋を持ち直したと同時に、指宿が溜息を吐きながら口を開いた。「俺はそんな野次馬じゃないし、生まれてもいない」「え、そうなんですか」 海苔だらけになったご飯に手こずりながら、美亜は目を丸くする。てっきり指宿は、もう神様業を営んでいたと思い込んでいた。 それは言葉にせずともしっかり顔に出ていたようで、指宿の眉間に皺が寄る。「お前、俺をいくつだと思ってるんだ」「くくり姫様よりは年下かと」「27だ。相棒の歳くらい覚えておけ」「……はぁ」 指宿は上司で、ボランティア活動のパートナーは風葉のはず。 そんな疑問が浮かんだけれど、ここで焼き立ての肝串が届き、美亜は食事に専念することを選んだ。「ところで食ってるところ悪いが、俺もお前に質問があるんだが」「はひ?……なんでしょう?」「何故にこのタイミングで草薙の剣が気になった?」「それは、あれが目入ったんで」 肝串を完食した美亜が指したのは店内の大きな窓。その先には住宅街から顔を覗かせる緑の神苑──「熱田さん」という名で、古くから崇敬を集める熱田神宮があった。 歴史あるここには、三種の神器の1つである草薙の剣が奉納されている。「なるほど。そういうことか」「はい。そういうことです。ちなみに課長は、草薙の剣を見たことは?」「あるわけないだろ」「……そうですか」 最後の最後まで期待を裏切る指宿の返答に、美亜はがっかり感を丸出しにして最後のひつまぶしをお茶碗によそう。 ずっと箸を付けていなかった指宿も、ここでようやくしゃもじを手に取った。「そういえば、先月の食事会は楽しかったか?」「しょ、食事会……ですか?」「ああ、行ったんだろ?定時きっかりでお前ら派遣の三人娘が走っていくのを俺は見た」「み……見たんですか。あー……見られちゃったか」 ちょっといい感じになれそうな男性と出会ったのに、元カレに良く似た医者に邪魔されたなどとどうして言えようか。「べ……別に普通です。雨降りそうだったけど、駅から近いお店で助かりまし
last update최신 업데이트 : 2025-11-14
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夜のボランティア活動⑧

 寝ている間に指宿に連れてこられたのは、市内屈指の高級住宅街の中にあるセレクトショップだった。「──こちらのコートは新作で、カシミア素材なんですぅー。軽くて暖かくて、今冬で一番おすすめ商品なんですよぉー。シンプルですけど、ラインがとっても奇麗なんですぅ。それにこのブルーグレーのお色は……あ、ありがとうございますぅー」 流れるような口調で商品説明をしていた若い店員さんは、指宿が顎で買うと示した途端、ぱぁああっと笑顔になってカウンターに商品を置いた。 チラッと見えたブラウスのタグは、一か月分の食費と同じ金額だったので、美亜は笑顔になるどころか青ざめる。「か、課長、帰りましょう。今すぐ、お願いしますっ」「ああ、わかった、わかった。あと少ししたらな。……これも貰おう」「はぁーい、ありがとうございますぅー」 店員は出資者の反応しか興味がないらしく、今度はピンクベージュ色のニットのセットアップを買うと示した指宿に、揉み手をせんばかりの笑みを向ける。 指宿といえばそういう対応に慣れているようで、店員を無視して隣でオロオロしている美亜に視線を向けた。「他に欲しいのはあるか?」「あるわけないじゃないですか!それよりコートもニットも高いですっ。私、こんな高級品なんて……って、ちょっと課長!話は最後まで聞いてください……!」 店員を気にしつつ、それでも全力で要らないと主張した美亜をガン無視して、指宿はカウンターへ向かう。 なんとしても会計を阻止したい美亜は、店員とやり取りする指宿の周りをウロチョロしたが、あれよあれよと言う間に会計が終わってしまい、商品は丁寧に梱包されてしまった。「ありがとうございましたぁー」 たった20分で高額な買い物をしてくれた客に、店員は深々と頭を下げる。そして車まで戻った美亜も、膝頭に額をくっつける勢いで指宿に頭を下げた。「すみません!!」「は?何謝ってんだ、お前」「だってこんな高級品を買ってもらって……って、ま……まさかこれ後で私が払う」「馬鹿、そんなわけあるか。一ケ月頑張ったお前へのご褒美だ」 心底、呆れた声を出す指宿は、後部座席のドアを開けると大きな紙袋を席に置いて、美亜に声をかけた。「乗れ。帰るぞ」「……でも」「歩いて帰るのか?」「乗ります。失礼します」 ド田舎育ちの美亜にとって、土地勘のない場所で置いてき
last update최신 업데이트 : 2025-11-15
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夜のボランティア活動⑨

 ──金曜日。「こんばんは。星野です」「ああ」 オートロックが解除され、エントランスの自動扉がウィンと小さく音を立てて開く。 エレベーターまでの広いホールには、モダンなデザインのソファセットが幾つも置いてある。しかし利用者はいない。 いっそコンビニにすれば利用者が増えると思うが、一生こんな高級マンションに住めない美亜は、どうでもいいかと呟き、それで終わりにする。 エレベーターに乗って指宿の部屋の前に立てば、今日も美亜が呼び鈴を鳴らす前に玄関扉が開いた。 ダイニングに続く廊下を歩いていれば、芳醇な豆の香りが漂う。「これ飲んだらすぐ行くぞ」「はい。ありがとうございます」 ダイニングテーブルに着席したと同時に、ワイシャツ姿でコーヒーを淹れてくれた指宿に礼を言って、美亜はコートを脱ぐ。 マグカップを両手にくるんで、ふぅふぅと冷ましながら飲んだそれは、安定した美味しさだ。「美味しすぎます……。私、もう他のお店でコーヒー飲めなくなりそうです」「飲まなきゃいいだろ」「それは困ります」 身も蓋もない指宿の返しに、美亜は不満の声を上げながら眉を下げる。「嫌なら、もっと美味しい店を探すか、ここで飲め」「そんなこと言いますけど、私がコーヒーだけ飲みに来たら課長は追い返しますよね?」「当たり前だ。なんで部下の飲み物まで心配せんといけないんだ。でも」「風葉さんなら違うとか?」「……早く飲め」 おそらく正解だったのだろう。ムッとした指宿の横顔は、何だか嘘臭い。 最近気付いたことだが、指宿は仕事の仮面を外すと意外に表情豊かである。ただそれは口にしてはいけないような気がして、美亜はただニコニコしてコーヒーを啜る。 8人掛けの一枚板でできたテーブルの上には車のキーが投げ出されている。空いている椅子には上着が掛けられたまま。「課長は今日は風葉さんにならないんですか?」「戦隊モノ扱いするな。今日は俺もこのままに傍点)行く」「そうですか」 ふむと頷いた美亜は、昔テレビで見た変身ヒーローを思い出す。その流れから決めポーズを取った風葉姿の指宿が脳裏に浮かび、こらえきれず噴き出してしまった。「……生身の体で、ツインタワーのてっぺんから朝日を拝みたいようだな」 ダンッとマグカップを置いた指宿は底冷えするような鋭い目になって
last update최신 업데이트 : 2025-11-16
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