指宿が三つ目のいなり寿司をつまんだ途端、目の前にいる小娘──星野美亜は、目をむいて叫んだ。「待ってください課長!ああー、もうっ。最後の一個は私のです!!」 予想より激しい訴えに、つい意地悪心が湧く。「他のがあるじゃないか」「駄目です!これは特別なヤツなんですっ」 てっきり不貞腐れると思いきや、諦める気配がない美亜に、風葉はどういうことだと目で問うた。「これ、マリーが」「マリーだと?」 ピクリ、と眉が動いた風葉を、美亜は違う意味に受け取ったようだ。「あ、私のおばあちゃんの名前です。本当は鞠子って言うんですけど……私のおばあちゃん、ちょっと変わってて新しもの好きっていうか西洋かぶれで、自分のことマリーって呼べって言うんです……って、そうじゃなくって!これはおばあちゃんのオリジナルレシピのいなり寿司で、ものすごく良いことがあった時に食べる超特別なヤツなんですっ。だから私が食べないと──」「へぇ。じゃあ、また作れ」「そんなぁ……ああっ」 無情にも最後のいなり寿司を口に含んだ途端、美亜はこの世の終わりのような表情をした。 今にも泣きそうな彼女を見て少し胸が痛んだが、風葉はどうしたって譲る気になれなかった。「もー、全部食べなくても……でも、美味しかったですか?」「ああ」「そうですか。なら……うん、仕方ないですね。今度帰省したらおばあちゃんに言っておきます。マリーのいなり寿司は、いなり寿司嫌いの狐も虜にさせるって」「ああ、そうしてくれ」 美亜が伝えたところで、きっと鞠子はかつてお節介を焼いた狐とは思わないだろう。 最後のいなり寿司を味わいながら、風葉は縁とはまったく不思議なものだと痛感する。 星野美亜は風葉にとって、最初は入れ替わりの激しい派遣社員の一人でしかなかった。ただ他の派遣社員より、やる気が空回りして扱いにくいという評価を得ていたことが気にはなっていた。 熱意をもって働くことは悪いことじゃない。それなのに、残念だな。 一昔前なら重宝された人材だったが、これも時代の流れかと、風葉は美亜に同情した。 特に意識したわけじゃないけれど、美亜と社内で何度かすれ違ううちに、やる気の内側に見え隠れする彼女心の翳りに気づいてしまった。溌溂と笑う彼女に似合わなすぎて、必要以上に興味を持ってしまった。 美亜が風葉の部署に移動になったのは
최신 업데이트 : 2025-11-06 더 보기