五月九日、火曜日、夜の校舎。 静まり返った廊下を、少女の影がひとつ、ふらつくように歩いていた。 その手には、屋上の鍵。制服の袖は乱れ、足取りは重い。 まるで誰かに追い詰められたかのように、彼女はただ前へ進むしかなかった。 扉の前で立ち止まり、震える手で鍵を差し込む。 カチリ——と乾いた音が響いた。 *** 佐倉美月の瞳には、既に生気はなかった。屋上の冷たい風が、無言で彼女を迎える。 美月はゆっくりと縁へ向かうが、その背中には、まるで見えない誰かの影が重なっているようだった。 美月は足を止めた。 そして、わずかに振り返る――誰もいないはずの暗闇を、恐れるように見つめる。 その視線は、確かに誰かを意識していた。 次の瞬間、風に押されるように、一歩、前へ。 静寂の中、制服の裾がふわりと舞い上がり、少女の姿は闇に消えた。 *** 屋上の静寂を破ることなく、夜はそのまま更けていく。 だが、校舎の離れた場所では、一つのスマホの画面がぼんやりと光っていた。 そこに表示されていたのは、短いメッセージ。 ——『終わらせます』——。 画面の送り主の名前は表示されていない。 ただ、メッセージを見つめる人物は、ゆっくりと満足げに頷く。 その指先が、もう一つのメッセージを開いた。 ——『これで問題ありませんよね?』——。 その言葉に、誰ともなく小さく笑う声が漏れる。 まるで、すべてが計画通りに進んだことを確認するかのように。 やがて、スマホの画面は消え、闇に溶けていった。 誰が、誰に報告していたのか。 その答えは、まだ誰にも分からない。 ただ一つ確かなのは——。 この夜、佐倉美月が命を落としたという事実だけだった——。 この夜、桐ヶ丘学園は、ひどく静かだった。 わずかに吹き込む風の音と、遠くで軋む窓枠の音だけが響いていた。 そんな静寂の中——。 二つの影が、ゆっくりと校舎を後にする。 一つは、規則正しい足音を響かせながら、迷いのない歩みで進む。 その背中からは、既に終わったことへの満足すら漂っていた。 まるで、全てが予定通りに運んだと言わんばかりに。 もう一つは、足音を殺すように、息を潜めながら進む。 顔を上げたその瞳には、消しきれない痕跡が
Last Updated : 2025-11-14 Read more