All Chapters of 私の結婚式はお別れの手紙: Chapter 1 - Chapter 10

16 Chapters

第1話

バスルームで滑って転んでしまい、彼氏に助けを求めた。しかし、彼は私が濡れた体で誘惑しようとしたのではないかと疑い、大声で私を怒鳴った。「いくら僕を誘惑しようとしても、無駄だぞ!晴菜ちゃんが卒業するまでは、あなたには触れないよ!」彼は亡き初恋の人の妹の卒論を手伝うことに夢中で、私の助けを求める声を無視し、ドアを叩きつけて出ていった。痛みで気を失いそうになり、必死に119番に電話をかけた。その後、医者に重度の骨折と診断され、入院が必要だと言われた。彼に十数回電話したが、応答はなかった。ふと、吉田晴菜(よしだ はるな)のSNSの投稿が目に入った。【オンライン相談:どうすれば魅力的な大学教授を落とせるの?】写真の中で、私の彼氏である京極律(きょうごく りつ)は彼女の手を取って、何度も根気よくテーマの決め方や論文の書き方を教えていた。退院して体が治った後、親が決めた結婚を受け入れた。……「そう、結婚式の日は早いほうがいい」電話口で私の話を聞くと、母は驚きながら喜んだ。母は前からずっと律のことを好きではなかったが、私が彼を心から愛していることは知っていた。ひどく傷ついていなければ、私がこんなに簡単にあきらめなかった。同じく教授である父が口を開いた。「別れると決めたなら、相手にちゃんと伝えたほうがいいよ。きれいに別れてね」私は心の苦しみをこらえて、首を横に振った。先週、私が入院していた間に、吉田晴菜はSNSに投稿した。【自由気ままな旅。旅費は京極先生が全額負担してくれた】写真の中に、黒とピンクの2つのスーツケースがぴったりと並んでいた。一目でわかった。その黒いスーツケースは、今年の律の誕生日に私が彼に贈った、人気アイドルと同じ限定デザインだった。私は彼に電話をかけて、問い詰めた。律は気にしていなかった。「今回の晴菜ちゃんの論文は伝統工芸の京繍(きょうぬい)に関するものだ。僕はただ彼女を連れて現地考察に行っただけ。指導教員として、彼女を助ける義務がある」電話の向こうで、晴菜の声が聞こえた。「京極先生、バスタオルを取ってくれませんか?」律は平然と返事をした。最後、彼は私を慰めるためか、それとも自分の行為を正当化するためか、こう言った。「清水楓(きよみず
Read more

第2話

結婚相手の家族は、私の要求に疑問と疑念を抱いているのだろうと思っていたが。まさか、向こうは私が後悔するのを心配していたようだ。できれば、結婚式は来週に挙げたいと、正直に言った。親は少し不安そうに、私の意見を聞いた。考えることもなく、そのまま同意した。ただ時間がなくて、片付けることがたくさんある。親と食事を済ませた後、律と三年間一緒に住んでいた家に帰った。鍵を入れて回したとたんに、誰かが目の前に飛び出してきた。私がドアの前で立ち止められた。「ご主人様、何かご要望があれば直接おっしゃってください。ぜひ……」話をしている途中、ウサギの耳付きメイド服を着ている晴菜は、すでに私だと気づいていた。あるいは、彼女はようやく、私が彼女の待っている人ではないと気づいた。私は彼女の履いている黒いストッキングを見ていた。ミニスカートは下着がぎりぎり隠れるほどの長さだった。たった8歳年下なのに、彼女からあふれる若さは、まるで私の退屈さを際限なく嘲笑っているかのようだった。「ごめんなさい……京極先生にここに来るよう言われて、気に入らなければ、今すぐ帰ります」晴菜は無邪気な表情で後ずさりした。振り返った瞬間、玄関の上がり框につまずいた。ほぼ同時に、私の後ろから人影が飛び出して、彼女をしっかり抱きかかえて守った。晴菜が怪我をしていないことを確認した後、律は私を激しく非難した。「楓、もう少し優しくしろよ!晴菜ちゃんはまだ子供だ。どうしてこんなことする?」私は冷ややかな目で、この茶番を眺めた。「子供って?23歳の子供かよ?京極律、どの子供が人の家でこんな服を着るの?これはしつけがなってない、破廉恥なのよ!」パチン!律は手を上げ、私の顔をビンタした。「いい加減にしろ!清水楓、みんながあなたみたいに裕福で、食べるものに困らないわけじゃないんだよ!」
Read more

第3話

晴菜もタイミングよく泣き始めた。「ご……ごめんなさい。私、本当に……育ちが悪いんですよね……でも、生まれたときにはもう両親いなかったんです……マナーを教えてくれる人もいません……私にいろいろ教えてくれようとした唯一の姉も……今はもう亡くなってしまって……」彼女は律の胸に顔を埋め、泣きながら全身が震えていた。でも、私を見るその目には、かすかな憎しみが宿っていた。「晴菜ちゃんのせいじゃないよ、君には関係ない」律は優しい目で彼女を見つめて、思わず涙を拭こうとした。しかし、手が空中で止まった。まるで晴菜の服装に今気づいたかのようだった。「どうしてこんな服を……」話が終わる前に、律の喉仏が思わず上下に動いた。彼の目の中の欲望がもはやむき出しになっていた。晴菜は彼の反応に得意そうな顔をしていた。彼女は恥ずかしそうにうつむいた。「明日の夜、サークルのイベントに参加するんです。これはただ演出用の衣装です。京極先生が嫌なら、すぐ脱ぎますよ!」そう言って、晴菜は本当に服を脱ごうとしていた。律は慌てて彼女を止めた。二人の手がぴったりとくっついた。私はすでによそ者になっていた。「演出のためなら、問題ない」律は鋭い目つきで私を一瞥した。「心が汚れてる人だけが、何を見ても汚く見えるんだ!」私はあざ笑った。晴菜のあの小賢しい考えを見て、ただ、この三年間の努力が無駄だった気がした。律の初恋の人が亡くなった後、私は彼の正式な彼女になったが、この三年間、彼は私に一度も触れなかった。時間が経てば、全部忘れられると思っていた。いつか、彼の心に入り込めると思っていた。しかし、現実はとても厳しかった。吉田晴香(よしだ はるか)が去り、吉田晴菜がやって来た。けれど、彼の世界で、私は相変わらず名ばかりの恋人だった。彼との関係をさらに進めようとして、彼を喜ばせるために、親友に買ってもらった服も着てみたが、それでも、彼は何度も私を押しのけた。私を見る目が、日に日に嫌になっていった。私は自分に色気が足りないと思っていた。そのためわざわざベリーダンスも習った。結局、この柔らかい体も、律に注目してもらえなかった。それどころか、彼の機嫌を取ろうとする私の行動は、彼からみれば、すべて「
Read more

第4話

「やっぱり、学校に戻って住むことにします」晴菜は律を押しのけ、背を向けてスーツケースに荷物をまとめ始めた。ちょうどその時、数枚の写真がスーツケースから滑り落ちる。旅行先での二人の写真だ。背景からすると、たぶん東州(とうしゅう)の古い町で撮られた写真だった。二人は親密な姿勢で、互いに見つめ合っていた。強い既視感。鍵のかかった律の書斎のキャビネットの中に、そっくりの写真集があった。同じ場所、同じ服装、よく似た人物の姿だった。律はこうして、晴香との思い出を何度も振り返った。私も何度も律に頼んだ。毎年夏になると、私は彼に付き添ってもらって、たった50キロしか離れていない海へ行きたかったが。彼はいつもさまざまな理由で断っていた。律はその写真をさっと掴み、大切に保管している。「もうこんな時間だし、寮にも入れない。今夜はここで寝ろ」晴菜は不安そうに私を見た。「彼女を見るな!ここは僕の家だ、誰を住まわせるかは僕の自由だ!」私は冷静に律を見つめた。「そうだよ、ここはあなたたちの家」行くべき人は、私だなあ。どうせ、今後ここへ来るつもりもない。私は二人をすり抜け、荷物を取りにまっすぐ寝室へ向かった。律は私を引っ張った。「ゲストルームで寝ろ。晴菜は朝日が昇るのを見るのが好きだ」太陽の光くらいで……「いいよ」彼は、私がそんなに寛大だとは思っていなかったようだ。ずっと冷たい表情を見せていた律の顔が、ようやく和らいだ。彼は私の少し赤く腫れた顔をちらりと見た。彼の口調から、珍しく少しの後悔を感じた。「待って、薬を塗ってあげる」「結構」傷だらけの心に比べれば、これくらいの傷はなんでもない。二人を気にせず、スーツケースを出して、服と大事なものだけを簡単に片づけた。ゲストルームにまっすぐ向かった。ほかのものなら、改めて買えばいい。古いものを出さなければ新しいものは入らない。律は私の後をついて、部屋に入ろうとしたが、私がドアを内側から鍵をかけていたことに、やっと気づいた。何度かドアをノックしてみたあと、彼の声には、私の様子を伺うような少しの躊躇いがあった。「楓、怒ったりしないよね?」晴菜のことになると、私と彼はいつも冷戦状態になったり、口論になったりし
Read more

第5話

私は嘲るような口調で言った。「いいえ、そんなことないよ。彼女はただ律の学生、愛人でもないし」二秒ほど、空気が静まり返った。律は溜息をして、ほっとした。「楓、心配しないで、この期間が過ぎたら、ちゃんと説明するよ」説明する?私は思わず笑った。京極律、残念だけど、今の私はもう必要ない。「京極先生!」いきなりバスルームから晴菜の叫び声が聞こえた。律は慌てて走っていった。「どうした?晴菜?転んだのか?晴菜?」律はいくら叫んでも、中からはもう何も聞こえない。私は半透明のバスルームのドアに注目すると、律は心配のあまり、混乱しているように見えた。彼はドアの向こうに現れた暗い人影にまったく気づかなかった。何度も叫んだが、返事はなかった。彼は二秒ほどためらって、手を伸ばし、鍵のかかっていないドアを開けた。ドアを開けた瞬間、その白い肌の影は、そのまま律の体に飛びかかった。晴菜は小さく声を漏らし、甘い声でささやいた。「京極先生、いっそ、私のことを姉だと思ったらどうですか?」「やめてよ」律は彼女を押しのけようとしたが、手が何か柔らかいものに触れた。彼は体が固まり、相手の思い通りにされてしまった。晴菜はますます大胆になった。全身が彼の体にぴったりとくっついた。「どうしてですか?姉には敵いませんけど、清水さんには負けていないですよね?」律は仕方なく、優しい声で彼女を慰める。「よしよし、何かあったら明日話そうね」私は壁に映った絡み合った二人の影を見て、無意識に右肘に手が伸びた。前回、浴室で転んで骨折したところはまだ少し痛んでいた。当時、律が出て行った後、もし玄関のドアが閉まっていたら、お隣さんがたまたま帰宅して、私の助けを求める声を聞き、救急車を呼んでくれることもなかっただろう。面白いのは、まさに同じ場面が再現されたのに、まったく違う結末をみた。私は自嘲気味に笑い、再び部屋のドアを閉めた。
Read more

第6話

翌日の朝、起きたら、家の中にはもう誰もいなかった。食卓に律がわざわざ残してくれたおにぎりと玉子焼き弁当があった。その隣には、彼の置き手紙もあった。【先に晴菜ちゃんを学校に送ってくる。僕が戻るまで待ってて】私がスーツケースを持って、冷めた弁当をそのままゴミ箱に捨てた。ついでに、二年間もつけていたブレスレットも放り込んだ。これは律が贈ってくれた、ただ一つのプレゼントだった。たとえ、それは誰かが何気なく律に贈ったものだったとしても、私はそれを宝物のように大切にしていた。しかし、今、これらは私にとって、何の未練もないものになった。家に着いた時、母は嬉しそうに私の手からスーツケースを受け取った。「さっきまで、天海家(あまみけ)のみなさんと結婚式の場所について相談していたところよ」馴染みのある家を見て、鼻がツーンとした。「決めたの?」「決めたよ。午後、一緒にウェディングドレスを見に行くよ。よかったわ、うちの娘がようやく結婚するの」そう言いながら、母の目も少し潤んでいた。私は家のひとり娘。小さいときから家族から深く愛されていた。律と出会う前の私は、一度も挫折を味わったことがなかった。今は、こんな男のために、自分を傷だらけにしてしまった。親は私以上に胸が痛むだろう。私は手を伸ばして、母の涙を拭いた。「泣かないで、今日は結婚するわけじゃないし」ブライダルショップは私の家からそんなに遠くない。歩いて10分くらいで着いた。もうすぐ着くころ、母は招待状をまだ用意していないことを思い出した。母に先に招待状を用意してもらい、終わったらブライダルショップで私と合流することにした。ショップに入る前に、見慣れた姿を見つけた。白いウェディングドレスをきている晴菜は幸せそうに律に寄りかかっていた。隣の店員は、二人の容姿を褒めて、まさにお似合いだと言い続けていた。鏡越しに、律はドアの前に立っている私を見た。「楓、どうしてついてきた?誤解しないで、晴菜ちゃんとウェディング写真を撮るのは、ただやり残していたことを果たすだけだ」心の中では何も感じなかった。そのままショップに入った。私を見ると、晴菜はむかついてしかたない。「そうです。清水さん、京極先生はただ姉との未練を晴らしたい
Read more

第7話

私は可笑しいと思った。「もちろん、ウェディングドレスを選びに来たの。そうじゃないと、あなたを尾行してきたと思ってるの?」律は言いかけて、私を追いかけそうになり、何か聞こうとしたが。晴菜が隣で急かした。「京極先生、早く行きましょう、遅れますよ。このカメラマン、なかなか予約取れないんですよ」律は私をちらりと見た。二秒ほど躊躇したあと、彼は向きを変えて晴菜の後を追って、ロケ撮影の車に乗り込んだ。私はこの小さなエピソードを気にしていなかった。三つのスタイルを選んだあと、店員が私について試着室に入った。試着室から出てきたとき、ようやく外にもう一人いることに気づいた。その人は天海拓真(あまみ たくま)だった。前回会って以来、彼に会うのはこれで二度目のはずだった。前回と違い、今回は彼の服はそんなにフォーマルではなかった。全体の雰囲気も、より穏やかで優雅に見えた。私は少し気まずく感じて、何を話したらいいかわからなかった。拓真は紳士的に手を差し伸べ、私を支えてくれた。「楓の肌の色によく合うよ。でも、こっちのほうがもっと似合いそう」彼がそう言いながら、そばで待っていた店員が腕に抱えていたウェディングドレスを見せてくれた。私は心の中で少し驚いた。さっきから、このドレスが気に入っていた。ただ、店員によると、それは販売のみでレンタルはできず、値段は1600万円もした、世界トップデザイナーのデザインだった。だから、諦めることにした。まさか、拓真の好みは私とまったく同じだったとは。拓真は私の躊躇いを見て、思いがけず優しい口調で言った。「結婚式の日、奥さんは世界一幸せで、世界一美しい花嫁であってほしい」正直に言うと、褒め言葉を嫌がる人はいないよね。ちょっと考えてみると、天海家は格式のある名家だし。もし本当に何万円もするレンタルのウェディングドレスを着て結婚式に出たら、きっと笑われるだろう。その場で、もうためらわなかった。着替えて出ると、拓真は私を見て、目が一瞬輝いたが、すぐに目の輝きを収めた。「これにしよう、梱包、お願いします」
Read more

第8話

この後の二日間、私は律に連絡を取っていなかった。その代わりに、結婚の準備で忙しかった。一方、律のほうはすっかり混乱した。彼はゴミ箱の中のおにぎりと玉子焼き弁当を見て、顔色が一瞬で曇った。彼が書いた置き手紙は風に飛ばされて床に落ち、彼に何度も踏まれた。晴菜は惜しそうにおにぎりと玉子焼きを取り出した。「これ、先生がわざわざ並んで買ったものですよ。清水さん、先生の気持ちを全然大事にしてません」そう言いながら、晴菜は一個の玉子焼きを取り、食べようとした。律がその手を叩き落とした。「何してるんだ?汚いだろ。それに、もうこんなに時間が経ってるんだ」晴菜の目が潤んだ。含みのある言い方をした。「でも、私はぜんぜん気にしないよ!どんなに汚れていても、臭くても平気。律と一緒にいられるなら、そんなこと全然気にしない!」晴菜は一方的に律に寄りかかろうとした。彼の冷たい表情にまったく気づかなかった。「ありえない!そんなの、ありえない!」律はゴミ箱をじっと見つめた。彼は手を伸ばして、中に落ちていたブレスレットを拾い上げた。「このブレスレット、楓はずっと大切にしていて、外したくなかったのに、どうしてここに落ちているんだ?」彼はそう言いながらスマホを取り出した。メッセージ一覧をいくら探しても、私のアカウントは見つからなかった。しばらく呆然としていた律は、ようやく以前私をブロックしたことを思い出した。そしてすぐに、私をブラックリストから削除した。【楓、どこにいる?迎えに行くよ】十数秒待ったが、新しいメッセージは届かなかった。律は思わず眉をひそめた。かつては、彼のメッセージを見逃さないように、スマホを手放さず、電源も切らず、常にモバイルバッテリーを持ち歩いていた。今回、すぐに返事が来なかったのは初めてだった。律は突然慌て、心臓がドキドキしながら、狂ったようにゲストルームに駆け込んだ。 家中を探したが、残念ながら、私が持ち出さなかった服以外、ここには、 私に関するものは何ひとつ残っていなかった。 家の中には、私と律のツーショット写真すら一枚もなかった。 彼は何度も私のスマホに電話をかけた。しかし、電話の向こうから聞こえてきたのは、相手が電源を切ったことを知らせ
Read more

第9話

律は恐ろしい形相で拳を壁に叩きつけた。晴菜は彼の様子に驚いた。普段、律は彼女の前ではいつも穏やかで優しく、こんなふうに爆発したのは初めてだった。彼女は勇気を出して、躊躇いながら彼の腕に手を回した。「律、彼女が離れたから、私たちにはいいチャンスじゃない?安心して、姉みたいに律を愛するから!」律は冷たい顔をして彼女を押しのけ、「出ていけ!」と言った。晴菜を追い払った後、律はようやく気づいて、車で私の家に来た。 ドアを開けたのは、家政婦だった。「お嬢様は奥様と一緒に出かけていて、今は家にいません」律はそれを信じず、私を探すため、無理やり入ろうとした。騒ぎを聞いて駆けつけた警備員に、外で阻まれた。律はまだ諦めていなくて、大声で叫び始めた。「楓、家にいるだろう?まだ怒ってるの?チャンスをくれ、ちゃんと説明するよ」家政婦は律を見て、思わずイライラした。「時間の無駄です。お嬢様は奥様と一緒に海に行ってて、叫んでも聞こえません」「海?」律は狂ったように笑った。「そうだ、楓は僕と一緒に海へ行きたいとずっと言ってた。喧嘩するたびに、彼女はそこに行ってリフレッシュしていたのに。どうして忘れてたんだろう」そう言いながら、律はもがくのをやめた。向きを変え、車に乗り込み、猛スピードで海へ向かった。移動中、律は私のメッセージを見逃さないように、スマホを握りしめていた。彼は私が電話番号を変えたことすら知らなかった。三年間も愚かだった。今、ようやく過去と別れることができ、新しい人生を迎えた。
Read more

第10話

結婚式の2日前。天海家は海辺で一番大きなホテルを貸し切り、親戚や友人たちを自ら迎えて、式典の前に海辺で過ごせるように手配してくれた。費用はすべて天海家の負担だった。拓真は本当に気が利く人だ。両親が八年間飼っていた犬まで連れてきた。私のことも事前によく調べていたらしい。彼と一緒にいた時間は、とても気楽だ。夜、ホテルに戻った頃、母のスマホに知らない番号から突然電話がかかってきた。出てみると、まさか律の声だった。「おばさん、楓に会わせてもらえませんか?」母は思わず笑い、誰ですかと聞き返した。律は喉がひりつくように乾いた。口を開いたものの、しばらく言葉が出てこない。「僕は……彼女の恋人です」母は私をちらりと見て、笑った。「ああ、自分の周りの人に手を出すのが好きな元カレ?でもね、うちの娘は、昔の男とよりを戻すのが一番嫌いなの」そう言うと、母はそのまま電話を切った。これまで私と律は交際して三年になったが、彼が母に電話をかけてきたのはこれが初めてだった。以前、私が彼を連れて正式に両親と合うことを提案するたびに、彼は嫌そうな顔をして断った。初めは、私の家柄を気にしているのだと思っていた。何度も「両親は家庭の事情を気にしていない」と説明しても、律は依然として強く抵抗した。そしてある日、彼と友人たちが参加したパーティーで、私は偶然その理由を知った。3年前、私は律に片思いをしていたため、こっそり父に頼み、彼のコネを使って律を教授昇格の審査に通した。まさにこのことが原因で、学校で律に嫉妬していた先生たちが、密かに私たちの噂を広めた。「彼は吉田さんを裏切り、清水家に取り入り、婿養子になるつもりだ」などと。プライドの高い律は、すべての噂が私の仕業だと思い込んでいた。彼は私を呼び出して、きちんと話し、自分の気持ちを伝えようと思っていた。しかし、そのメッセージは晴香に見られてしまった。二人は大喧嘩をした。晴香は怒って家を飛び出し、途中で交通事故に遭った。救急車が到着する前に、晴香は亡くなってしまった。そのため、彼は私と私の両親を憎んでいた。しかし、苦労せず手に入れたすべてを捨てるのも惜しかった。結果、彼がしぶしぶ私の告白を受け入れた。でも、晴香のため、彼はずっと私に触れなかっ
Read more
PREV
12
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status