窓の桟に、朝の白が薄く乗っていた。 格子のすきまを、冷たい風が静かに抜ける。 指先がかすかにかじかむ。 隅で白いものが揺れていた。 羽根ではない。 雨で角がやわくなった薄い紙片。 そっと摘む。光に透かす。 麦束の細い影――それが、紙の奥に沈んでいた。 「……麦だ」 背後でミーナが小さく息を吸う。 人差し指で縁をなぞり、紙端に寄った細い筋を示す。 「監査倉庫の束ね方だな。押しが弱い。奥の棚でよく見るタイプだ」 「棚の印?」 「うん。古い在庫の場所だ」 机に紙片を置くと、下からもう一枚、薄い紙がすべった。 宛名欄だけが広い呼出状。 日付と印だけが冷たく残る。 「行くなら、帰りの目印を残していって」 ミーナが小瓶を引き出しから出す。 薄荷と白檀の軽い匂いが、ふわりと立つ。 「ほんの少しでいい。帰ってくるときの合図になるから」 「少しでも戻れるの?」 「帰りたくなったときに、思い出せるくらいにはね」 寝癖を撫でつけながら、シアンが台所から顔を出す。 紙を持ち上げ、噛むように言葉を出す。 「行くのか……いや、行くしかないよな」 「逃げたら、流れが変わる」 「じゃあ、俺も行く」 小瓶の栓を軽く戻す。 香袋は閉じきらず、紐を一度だけ巻く。 戻り道の印は、それで十分だ。 玄関で靴紐を結ぶ。 革の固さが、朝の温度に似ている。 扉の取っ手は冷たい。 ミーナが小瓶をもう一度押しつける。 「不安になったら、これを嗅いで。落ち着くから」 うなずく。 シアンが扉を少しだけ開け、外の風を測る。 「向かい風だな。顔を上げすぎると目が乾くぞ」 「目、閉じないでね」 「閉じないさ。……ゆっくり行こう」 外気が頬に触れる。 歩幅がそろうまで、三歩。 街路の白灰が薄金に変わり始めていた。 その風はまるで、見えない誰かの意思に導かれるように、進む道を撫でていった。 監査局の白い壁は、近くで見るほど冷たい。 案内役は何も言わず、手だけで方向を示す。 小室の扉が短く鳴る。 中は低い机と、水差しと、折り畳まれた椅子。 石と紙のうすい匂い。 書類の匂いに混じる鉄のような冷気が、胸の奥を静かに刺した。 窓は開かない。 聴取官は笑わないが、目は柔らかい。 声は低く、語尾は上がらない。 「名前は言わなくていい」
Last Updated : 2025-10-28 Read more