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呼出状の白が、まだ息をしていた

Author: 吟色
last update Huling Na-update: 2025-10-28 12:33:45
窓の桟に、朝の白が薄く乗っていた。

格子のすきまを、冷たい風が静かに抜ける。

指先がかすかにかじかむ。

隅で白いものが揺れていた。

羽根ではない。

雨で角がやわくなった薄い紙片。

そっと摘む。光に透かす。

麦束の細い影――それが、紙の奥に沈んでいた。

「……麦だ」

背後でミーナが小さく息を吸う。

人差し指で縁をなぞり、紙端に寄った細い筋を示す。

「監査倉庫の束ね方だな。押しが弱い。奥の棚でよく見るタイプだ」

「棚の印?」

「うん。古い在庫の場所だ」

机に紙片を置くと、下からもう一枚、薄い紙がすべった。

宛名欄だけが広い呼出状。

日付と印だけが冷たく残る。

「行くなら、帰りの目印を残していって」

ミーナが小瓶を引き出しから出す。

薄荷と白檀の軽い匂いが、ふわりと立つ。

「ほんの少しでいい。帰ってくるときの合図になるから」

「少しでも戻れるの?」

「帰りたくなったときに、思い出せるくらいにはね」

寝癖を撫でつけながら、シアンが台所から顔を出す。

紙を持ち上げ、噛むように言葉を出す。

「行くのか……いや、行くしかないよな」

「逃げたら、流れが変わる」

「じゃあ、俺も行く」

小瓶の栓を軽く戻す。

香袋は閉じきらず、紐を一度だけ巻く。

戻り道の印は、それで十分だ。

玄関で靴紐を結ぶ。

革の固さが、朝の温度に似ている。

扉の取っ手は冷たい。

ミーナが小瓶をもう一度押しつける。

「不安になったら、これを嗅いで。落ち着くから」

うなずく。

シアンが扉を少しだけ開け、外の風を測る。

「向かい風だな。顔を上げすぎると目が乾くぞ」

「目、閉じないでね」

「閉じないさ。……ゆっくり行こう」

外気が頬に触れる。

歩幅がそろうまで、三歩。

街路の白灰が薄金に変わり始めていた。

その風はまるで、見えない誰かの意思に導かれるように、進む道を撫でていった。

監査局の白い壁は、近くで見るほど冷たい。

案内役は何も言わず、手だけで方向を示す。

小室の扉が短く鳴る。

中は低い机と、水差しと、折り畳まれた椅子。

石と紙のうすい匂い。

書類の匂いに混じる鉄のような冷気が、胸の奥を静かに刺した。

窓は開かない。

聴取官は笑わないが、目は柔らかい。

声は低く、語尾は上がらない。

「名前は言わなくていい」

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