Inicio / BL / 血と束縛と / Capítulo 1411 - Capítulo 1420

Todos los capítulos de 血と束縛と: Capítulo 1411 - Capítulo 1420

1845 Capítulos

第40話(25)

「体調を崩されているようなら、すぐに長嶺組に連絡して、連れて帰ってもらおうかと思ったんですが、違いますよね。――何かありました……ね」 返事は、沈鬱なため息だった。 昨日、総和会本部で守光と夕食を共にとったあと、ある要求をされた。 曰く、来週の金曜日に俊哉が和彦との対面を求めており、そのときは、人目のない場所で父子で時間を気にせず語り合いたいと希望が出されたそうだ。 守光が切り出した時点で、それはもう決定事項で、和彦に否という権利はない。能天気に構えていたわけではないが、再び俊哉と顔を合わせるのはもう少し先ではないかと、切望にも似た気持ちで考えていたのだ。 和彦を一層精神的に追い詰めるのは、俊哉との定期的な対面を考えているという、守光の言葉だった。 間に総和会が入ることで、和彦は俊哉を避けられない。求められるまま、総和会の護衛に守られ――見張られて、俊哉の放つ毒気を浴びることになる。 守光は、疎遠だった父子を結びつけて、ただ偽善的な喜びに浸るような人間ではない。総和会を率いている狡猾な化け狐は何かを計算しているだろうし、そこを十分理解したうえで、俊哉も接触しているはずだ。 聞きたいことはいくつかあったが、何も聞けずじまいだった。聞いてしまえば、さらに厄介な事態に引きずり込まれると考えたからだ。とにかく和彦の立場は、聞けば、従わずにはいられないという弱いものなのだ。 今回は守光から口止めされなかったため、本部をあとにしてすぐに、賢吾に連絡し、報告した。もちろん、二人の権力者による計画を止めてほしかったわけではない。そんなことをすれば、賢吾と守光、長嶺組と総和会との間に要らぬ不和を生み出しかねないと、冷静さを失った頭でもわかる。 電話越しに賢吾に対して何度も、堪えてほしいと和彦は訴えた。賢吾は納得していない様子だったが、不承不承、諾と言ってくれた。守光が決めた以上、賢吾もまた、それ以外の返事を持っていないのだ。 自分が苦々しい思いを味わうのは仕方ないといえるが、同じものを賢吾に味わわせるのは、和彦にはつらかった。「――……君は、両親と連絡を取り合っているか?」
last updateÚltima actualización : 2026-07-22
Leer más

第40話(26)

 毛皮特有の上品な光沢を帯びたロングコートにセカンドバッグという出で立ちは、美貌の怪しい青年実業家という肩書きを実によく演出しており、似合ってはいるものの、いつも以上に胡散臭く見える。 おやっ、と思ったのは和彦だけではなく、中嶋も軽く眉をひそめていた。「部屋を出たとき、そんな格好はしてなかったでしょう。……なんだか、ホストをスカウトしていた頃のあなたに戻ったようですよ」「人と待ち合わせをするのに、目立つ格好のほうが都合がよかったんだ。このコートは、うちの店のホストに借りた」「……面倒くさいことを……。それで、野暮用は片付いたんですか?」 呆れたように問いかける中嶋に対して、秦が一瞬ドキリとするような鋭い笑みを向けた。華やかだが、同時に胡散臭さもつきまとう男を、その笑みはまったくの別人のように見せた。 和彦がよく知る、独占欲と執着心の強い、厄介な男たちのような――。「まあ、片付いたと言えば、片付いたな。予定通り、連れて来ることができたから」 和彦と中嶋は同じタイミングで首を傾げ、数秒後には驚きの声を上げていた。秦に続いて、遠慮がちにカーテンを開けて個室に入ってきたのが、まったく予想外の人物だったからだ。「加藤……」 ぽつりと中嶋が呟く。 トレーナーの上からライダースジャケットを羽織った格好の加藤は、状況がよく呑み込めない様子ながら会釈をしたあと、その場にいる三人を見回す。一体なんの集まりかと問うように視線を向けたのは、中嶋だった。一方の中嶋のほうは、困惑したように秦を見た。 和彦は不穏な空気を感じ取り、ソファの上で動けなくなっていた。秦の鋭い笑みを目にしたあとで、突然の加藤の登場だ。〈偶然〉によって作られた状況のはずがなかった。 秦は悠然とロングコートを脱ぐと、空いているソファに腰掛け、居心地悪そうに立ち尽くしている加藤にも座るよう促す。我に返った中嶋が口を開こうとしたが、秦は片手をあげて制すると、二人を案内してきたスタッフに注文を頼む。 スタッフが立ち去ったあと、今度こそ中嶋が秦に問い
last updateÚltima actualización : 2026-07-22
Leer más

第40話(27)

 秦に厄介な火を灯した元凶ともいうべき中嶋は、加藤と寝ていると打ち明けたことをどう感じているのだろうか。加藤だけではなく秦まで、自分の思惑から外れた行動を取ったことに、戸惑っているのか、苛立っているのか。 和彦は、瞬く間に頬が上気した中嶋を、そっと盗み見る。自分だけ先に帰ってしまおうかと考えなくもなかったが、三人それぞれと関わりを持っているだけに放っておけない。善人ぶるつもりはなく、自分が去ったあとの事態を危惧したのだ。「――加藤くん、仕事は大丈夫なのか?」 声をかけると、伏せがちだった切れ長の目がまっすぐ和彦を捉える。腹が決まったような顔つきになっていた。「はい……。夕方から明日の午前中いっぱい、休みをもらっていますから」「貴重な休みなら、こんなところで胡散臭い男……たちにつき合ってないで、早く帰ったらどうだ」 加藤は毅然とした表情で、首を横に振った。「いえ。俺も……、この人――秦さんと話をしてみたいので」 次の瞬間、バンッと大きな音が個室内に響く。中嶋が乱暴にテーブルを叩いたのだ。 中嶋は立ち上がると、憎々しげに秦を睨みつけた。「……怒って、いるんですか?」「どうして、〈おれ〉が怒るんだ。お前が先生と寝ていても、嫌だと思ったことはない。むしろ、羨ましい――」「とぼけないでください。俺と加藤のことです。こんな、あなたらしくないことまでして……」「お前の言いたい秦静馬らしさとは、お前が打算含みで誰と寝ようが、他人事のように涼しげに笑っていることか?」「俺相手には、どんなふうに振る舞ってもいいです。だけど、こいつを……加藤を巻き込むのは違う」「どう違う? お前は先生を利用して、足場を固めようとしている。加藤くんのことも、手駒にしようとしているんだろ。おれは先生と親しくしているんだ。加藤くんとも親しくしたいと思っても、おかしくはないはずだ」 中嶋が返事に詰まったのは、傍らで見ていてもわかった。咄嗟に和彦が秦を窘
last updateÚltima actualización : 2026-07-23
Leer más

第40話(28)

 秦と中嶋の関係にこれ以上立ち入っては、単なるお節介だなと見切りをつけ、和彦は帰り仕度を始める。まだ飲み足りないし、弱音も吐き足りないのだが、秦をつき合わせるのも気が咎めた。 秦なりに今夜は傷心のようで、いつものように甘ったるい台詞は期待できないだろう。――別に聞きたいわけではないが。 立ち上がり、コートに袖を通す和彦を、驚いたように秦が見つめてくる。「もうお帰りですか?」「ぼくは、中嶋くんと飲みたかったんだ。せっかくの機会を潰した罰として、ここの支払いは君が持ってくれ」「それはもちろんです。でも、もう少しわたしにつき合ってもらえると嬉しいのですが……」「今夜は、他人の愚痴を聞ける精神状態じゃない。それに、中嶋くんの同行があって、護衛なしでの夜遊びを許可されているのに、肝心の彼がいなくなったんだ。それが組にバレると面倒だ」 引き止めようとする秦の声を振り切って、個室を出ようとした和彦だが、ふとあることが気になって足を止める。思い切って秦を振り返った。「――……あの男から、連絡はないのか」「聞きたいことは、一つでは?」 和彦が唇を引き結ぶと、秦は気障な仕種で肩を竦める。そして、緩く首を横に振った。それを見届けてから、今度こそ和彦は個室をあとにした。 きちんと四人分の飲み代を支払って店を出ると、エレベーターホールに向かいながらマフラーを首に巻く。 期待したわけではないので、失望はなかった。ただ気まぐれに、行方をくらました男――鷹津のことを尋ねただけで、それ以上の意味はない。和彦はそう自分に言い聞かせながらエレベーターに乗り込んだ。 ビルのエントランスまで降り、外の通りを眺める。寒そうに肩を竦めて歩く人たちの姿を見て、帰りはどうしようかと考えていた。この時間帯、すぐにタクシーが捕まるとも思えないが、だからといって長嶺組から迎えを寄越してもらうわけにもいかない。 ひとまず中嶋に、一人で帰るとメールだけでもしておこうと、携帯電話を取り出す。簡単な文章を打ち込んでから和彦は顔を上げ、再び通りに目を向ける。何げない一連の動作だが、数瞬遅れて強烈な違和感に
last updateÚltima actualización : 2026-07-23
Leer más

第40話(29)

 なかなか道を開けようとしない若者たちに苛立つ。なんとか追い抜こうとしながら、思い出していた。 前にもこんなことがあったのだ。賢吾と街中を歩いていて、人ごみに紛れるようにして立っていた鷹津を見かけた。あのときは、単なる見間違いかと気にも留めなかったが、今にして断言できる。 鷹津はあの場にいて、和彦を見張っていた。いや、見守っていたのだ。そして今夜も。 ようやく人が#散__ばら__#け、和彦が駆け出そうとしたとき、背後から腕を掴まれて引き止められた。「先生っ」 ハッとして振り返ると、中嶋が立っていた。「どこに行くんですか。一人で」「あっ、いや……」 和彦は気もそぞろに応じながら、鷹津が歩いて行った方角を見つめる。完全に姿を見失ってしまった。肩を落とし、ため息をつくと、中嶋に顔を覗き込まれる。「何かあったんですか?」「……知り合いがいたような気がしたんだ。けど、見間違いだったようだ」 中嶋から探るような眼差しを向けられ、それが嫌で強引に話題を変える。「加藤くんは? 一緒に帰ったかと思ったんだ」「まさか。先生を放って、そんなことしませんよ。あいつは電車で帰ったようです。俺は、タクシーを捕まえようと思ったんですけど、こんな場所ですから、なかなか。一旦先生のところに戻って、店から連れ出そうとしたら――……」 中嶋は露骨に、和彦が誰を追おうとしていたのか気にしている。もし、鷹津がいたと知ったら、和彦が懇願したところで黙ってはいないだろう。まっさきに南郷に報告するか、それとも賢吾か。なんにせよ、自分のために最大限利用するはずだ。「気になりますね。先生が必死で追いかけようとしていた相手……」「医大時代の知り合いだ。聞いたところでおもしろくはないぞ」「先生の話は、なんだっておもしろいですけどね」 ニヤリと笑いかけてきた中嶋だが、心なしかいつもよりぎこちない。今から別の店に移動するという心境ではないだろう。和彦も、すぐにでも体からアルコール分を抜いて、ついさ
last updateÚltima actualización : 2026-07-23
Leer más

第40話(30)

**** 俊哉と再び対面することが決まったからといって、特別な変化が起こるでもなく、いつものようにクリニックで過ごす月曜日は始まった。「……うーん」 診察室のイスに深くもたれかかって、一声唸った和彦はこめかみを押さえる。前夜、中嶋の愚痴につき合ったあと、自宅マンションに帰宅した和彦だが、今度は一人で深酒をしてしまったのだ。おかげで、朝から頭痛がする。 次の予約まで時間があるため、紅茶を飲みながらのんびりしているが、頭の中ではめまぐるしく懸念事項が駆け巡っていた。この辺りも頭痛と関係しているのだろう。 和彦は深いため息をつくと、デスク上の卓上カレンダーを手に取る。週末まであっという間だと思ったあと、十一月ももうすぐ終わることに気づかされる。今年最後の月が巡ってくるということに、ささやかな感慨に耽っていた。 そこでふと、去年の今頃、自分はどうしていたのだろうかと思い返す。男たちの事情に振り回されてはいたが、それでも比較的穏やかな日々を送っていた。守光とはまだ顔も合わせたことはなく、鷹津は相変わらず嫌な男ではあったが、なんとなく接し方がわかりかけていた頃で――。「佐伯先生」 突然呼びかけられて、和彦は姿勢を正す。メモを片手にスタッフが傍らに立っていた。「どうかした?」「十二月三日の午前中に予約を入れられている患者さんから、さきほど連絡があったのですが……」 和彦はすぐにパソコンを操作し、言われた日付の予約状況を確認する。確かに予約が入っており、先日カウンセリングを行った患者の名が表示されている。「まさか、キャンセル?」「いえ、そうではないんです。予約の日は都合が悪くなったそうで、できればもう少し早い日に変更できないかとおっしゃられて。佐伯先生はまだ診察中だったので、折り返し連絡を差し上げるとお伝えしました」「あー、そうだね。施術の予約だから、空いているところにポンッと入れるわけにもいかないし」 和彦は、患者のカウンセリング表と予約状況を交互に眺めて検討し、メモにいくつかの日付と時間を
last updateÚltima actualización : 2026-07-23
Leer más

第40話(31)

『まあ、そんなところです。もちろん、あの人がどこにいるかは知りませんよ。ただ、新しい携帯電話の番号は知っています。少し前にうちの店のスタッフが、鷹津さんに似た男から手紙を預かって、そこに書かれてありました』「……どういう意図があって、そのことをいままで黙っていたんだ」『わたしはそこそこ野心は持っていますが、鷹津さんには多少なりと友情めいた感情を抱いているんですよ。さんざんタダ酒を集られましたが、その分の便宜は図ってもらいましたし。そして先生には、命を助けてもらった恩があります。――鷹津さんと先生は、お互いを気にかけていたでしょうから、わたしはささやかなお節介をしただけです。ときどき、先生の様子を知らせるというお節介を。鷹津さんは、聞きたくないとは一度も言いませんでした。ただ黙って聞き入って。そうですか……。あの人やっぱり、先生に会いに行かれたんですね』 危険を冒して、と念を押すように言われ、和彦はゾクリと身を震わせる。長嶺組と総和会から追われている男が繁華街をうろつく危険性は、鷹津自身がよく承知しているだろう。 それでもあえて、鷹津はやってきたのだ。胡散臭い秦からの情報を信じて。 感情が高ぶり、心を揺さぶられるものがあったが、和彦は必死に押し殺す。そうしなければ、鷹津の連絡先を教えてほしいと秦に頼んでしまいそうだった。 ゆっくりと深呼吸をしてから、なんとか平坦な声を作り出す。「確認したかったことは、それだけだ。……鷹津の連絡先を君が知っていることを、他に誰が――」『誰も。先生だけです。本当は、先生にも話すつもりはなかったんですよ。鷹津さんに口止められていましたから』「……昨夜のやり取りは、ヒントのつもりだったのか」『気づかれなければ、それはそれでよかったんです。知れば、先生は煩悶するでしょう?』 しない、と言い張るのも大人げなく、和彦は唇を引き結ぶ。『先生なら大丈夫だと思いますが、わたしと鷹津さんが繋がっていることは他言無用でお願いします。当然、長嶺組長にも。後ろ盾になっていただいている身でわたしも心苦しいで
last updateÚltima actualización : 2026-07-23
Leer más

第40話(32)

 結果が、昨夜の出来事だ。 恋愛の機微には聡いはずの元ホストにしては、迂闊すぎると言わざるをえない。あくまで、中嶋の話を聞いた限りでは。だが一方で、同じ元ホストである秦は、これまでの経験で培ったはずの手管を発揮できず、無邪気な悪女に翻弄されているようだ。 中嶋と秦の二人は、享楽的でスマートな関係を築いているとばかり思っていただけに、和彦としては困惑するしかないのだが、第三者としてはこう言うしかなかった。「問題は二人で解決してくれ。――他人に迷惑をかけない形で。どちらにしてもぼくは、しばらく個人的な問題でバタバタするから、愚痴も聞いてやれないからな」 残念ですねと、本当にそう思っているのか疑わしい言葉を秦が洩らす。 いよいよ時間が気になってきた和彦は、話を切り上げて電話を切ろうとする。すると秦が囁きかけてきた。『――本当にいいんですか?』 なんのことかと問うまでもない。ほんの一瞬の逡巡のあと、和彦は短く応じた。「いい」 電話を切ったあとで、一気に心臓の鼓動が速くなる。気がつけば、携帯電話を握った手も冷たくなっていた。秦の最後の囁きは、和彦の心の深い部分を抉ったのだ。 遠い場所で潜伏していると思われた鷹津が、実は自分の動向を探り、さらには側にまでやってきたと知ったところで、喜びはなかった。いや、湧き起ころうとするその感情を、懸命に抑えつけていた。 鷹津は、二つの組織から追われている身で、さらに俊哉とも通じている。危険極まりない存在だ。だから、鷹津と会ってはいけない。鷹津のことを誰にも言ってはいけない。 そう心の中で繰り返していると、仮眠室のドアをノックされた。そろそろ予約の時間だと告げられ、平静を装って返事をする。「今行くよ」 和彦は携帯電話の電源を切ると、何事もなかった顔で仮眠室を出た。**** 胸の奥がずっとモヤモヤしている。 何度目かの寝返りを打った和彦は、とうとう目を閉じ続けていることを諦めた。寝室の暗い天井を見上げ、金曜日までの日数を数えてから、憂鬱なため息をつく。 二日続けてなかなか寝
last updateÚltima actualización : 2026-07-24
Leer más

第40話(33)

「なんだよ、それ……。俺が心配するのも、気を使うのも、当然だろ? もしかして、迷惑って――」「違うっ。……これは、佐伯家の問題だから、巻き込みたくないんだ。お前たち父子と、長嶺組を」「俺たちなんて、長嶺家の問題に和彦を巻き込みまくっているけど。気になるなら、お互い様って考えたらいいじゃん。それに、今回はオヤジには言ったんだろ。……オヤジだけは巻き込んでも大丈夫って判断したんなら、悔しい。いつも俺だけガキ扱いされて、問題が起きたら報告は後回しにされることも」 この場合、なんと声をかけるのが正しいのか。逡巡した挙げ句に和彦は、すまない、と小さく謝罪する。 今にも泣き出しそうな顔をして千尋が抱きついてこようとしたが、寸前で動きを止め、急に犬のように鼻を鳴らした。「……千尋?」「なんか、変な匂いしない? 焦げ臭いような――」 ハッとした和彦は、千尋を置き去りにしてキッチンに駆け込む。案の定、鍋の中で牛乳が煮え立ってひどいことになっていた。呻き声を洩らして火を止める。 がっくりと肩を落としていると、まだ鼻を鳴らしながら千尋もキッチンに入ってきて、和彦の背後から鍋を覗き込む。「これ、何しようとしてたの?」「……眠れないから、ホットミルクを作ってたんだ」「レンジで温めたら……」「膜ができるから嫌だ」「だったら鍋で作るにしても、弱火でゆっくり掻き混ぜ続けないと、結局同じでしょう。いや、焦がした分、もっと悪いのか」 そこまで言って千尋が、ニヤニヤしながら和彦を見た。「飲みたいなら、俺が作ってあげようか?」 寸前までの緊迫した空気が一変した瞬間だった。和彦が目を丸くしたまま何も言えないでいると、千尋はさっさとダウンジャケットを脱ぎ、シャツの袖を捲って鍋を洗い始める。和彦はおずおずと声をかけた。「お前、作れるのか?」「俺がどこでバイトしてたと思ってるんだよ。ホットミルクなんて簡単、簡単。カフェのキッチンだ
last updateÚltima actualización : 2026-07-24
Leer más

第40話(34)

「俺、カッとしやすいけど、自分にできることと、できないことの区別はつけているつもりだよ。和彦に何かあったとき、一番動けるのはオヤジ。そのオヤジが止めないんなら、多分俺にできることはない。……長嶺で一番力を持っているのはオヤジじゃなく、じいちゃんだからね。単なる父子ゲンカなら逆らうことも、殴り合うこともできるけど、二人とも、それぞれ組織を背負ってる。そこに面子が乗っかってるんだ。父子でも、絶対的な不可侵ってやつはある。いや、父子だから、かな」 千尋なりに、組織の力学というものをきちんと理解しているのだ。むしろ、裏の世界に引きずり込まれて二年も経っていない和彦より、生まれた瞬間からその世界で育まれてきた千尋のほうが、骨身に叩き込まれているはずだ。 そのうえで尚、千尋は成長している。以前に、和彦が兄である英俊と対面することになったとき、火のような激情を露わにして悔しさをぶつけてきた千尋だが、今は少し様子が違う。感情的になりながらも、経験と知識が歯止めとして働いている。 優しく甘いホットミルクの味が、そう知らせてくるのだ。「――移動の車の中で、俺なりにオヤジの真意ってやつを考えてたんだ」「うん?」「和彦に関することでは、じいちゃんを……、長嶺守光を全面的には信用するな、って言いたいんじゃないかって。だからオヤジは、和彦がまた自分の父親と会うことになった経緯を教えてくれた」 どうだろう、と和彦は心の中で呟き、またホットミルクを啜る。賢吾が何を考えているのか推測することは難しいし、さらに父子間の機微となると、それはもう想像が及ばなかった。 それでなくても賢吾と千尋は一般的な父子とは言い難く、常識が当てはまらない。「……思惑はどうあれ、ぼくは、父さんと会わざるをえない。父さんと会長の間に何かしら密約があって、履行のためにぼくは欠かせない駒なんだ。お前や組長には申し訳ないけど」「そんなこと思わなくていいけどさ……。それより、俺の前でも遠慮なく、オヤジのことを名前で呼んだら? 賢吾さん、って」 思いがけない提案に、噎せて咳き込んだ
last updateÚltima actualización : 2026-07-24
Leer más
ANTERIOR
1
...
140141142143144
...
185
ESCANEA EL CÓDIGO PARA LEER EN LA APP
DMCA.com Protection Status