取り残されたのは、心臓破裂の僕 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 9

案の定、母の顔が一瞬で冷たくなる。「そんな自己中な奴を留学させても無駄よ！どうせ海外で心まで腐るんだから！」楓太はいつものように大人しく言う。「母さん、怒らないで。兄さんもきっと苦衷があったんだよ」その言葉に、母の目が一瞬で柔らかくなる。「楓太はほんとに優しい子ね。だからあんな兄にいじめられるのよ」どう言えば両親が喜ぶのか、楓太はいつだって分かってる。たとえ僕が両親の前で、楓太が昔からどれだけひどいことをしてきたかを全部話したとしても、彼らはきっと僕を平手打ちして、「でたらめ言うな、楓太を妬むだけだ」って怒鳴るんだ。もう何年も前から、そんな扱いには慣れた。そのとき、姉の坂本碧唯（さかもと あおい）がバタバタと飛び込んできて、慌てて楓太の傷を確認する。楓太の事故を聞いた瞬間、彼女は他県から飛行機に乗って、休む間もなく帰ってきた。両親と同じで、彼女が心配しているのも楓太だけだ。無事を確認すると、姉はほっと息をついて、怒りをあらわにする。「ほら見ろ、秋良はうちの厄病神なんだよ。楓太が生まれてから、何度もあいつのせいで危ない目に遭ったのよ！」楓太はそれを聞いて、わざと甘えるような声を出す。「まあまあ、姉さん怒らないでよ。兄さんが俺を車道に押しても、きっとわざとじゃないよ！」その一言で、空気が爆発した。父がテーブルを叩いて怒鳴る。「なんだ、あいつが、お前を突き飛ばした？」母は歯を食いしばって叫ぶ。「あのクズ、絶対に許さない！」姉の目には憎しみが宿って、まるで僕を八つ裂きにしたいみたいだ。楓太は一瞬びくっとして、やりすぎたと気づいたのか、慌てて言い直す。「父さん、母さん、姉さん、怒らないで。もしかしたら俺の勘違いかも……兄さんだって、そんなことする人じゃないよ」姉は優しく楓太の額を指でつつく。「ほんと、楓太は素直すぎるのよ。人の悪意なんて、わかるわけないもんね」「神様に何度感謝しても足りないわ、こんなにいい子を授かるなんて。あの出来損ないのことなんて放っておいて、あなたはゆっくり休むよ」夕陽のやわらかな光が病室のベッドを染めていた。僕は喜んでいる四人を見つめながら、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。あの幸せそうな家族の中で、僕の魂だけが異物だ。まるで、僕は彼らの家族ではなく、ただの拾われた野良犬み

家に入った瞬間、楓太はソファにごろんと寝転んで、「腹減った」と一言つぶやいて、姉が「楓太、今日はね、私の新しい料理の腕前を見せてあげる！」と言って、すぐにキッチンへ走っていく。普段は絶対に料理を作らない姉が、今やスマホでのレシピを必死にチェックして、楓太に少しでも元気になってほしい。父は最新モデルの高級ゲーム機を取り出して、「これ、退院祝いだ。死にかけたんだから、これくらいのプレゼントはいいだろう」と言った。母は楓太の部屋を隅から隅まで掃除し、「空気をきれいにしなきゃ回復しないね」と言いながら、アロマやハーブを部屋中に置いていた。楓太はそんな家族の中心で、ソファに寝転びながらゲームをしているだけ。そして、僕の魂も一緒に帰ってきた。けれどこの見慣れた家は、もう僕にとってはひどく冷たい場所にしか感じられない。突然、チャイムが鳴る。そして現れたのは、見間違えるはずのない人影だ。その人は僕の彼女、鈴木初華（すずき ういか）だ。玄関に入るなり、彼女はすぐに楓太の体調を気づかうように言う。「叔父さん、叔母さん、楓太が今日退院したって聞いて、サプリメントをちょっと持ってきました」楓太はすぐにゲーム機を放り出し、わざと照れくさそうに笑う。「初華、わざわざ来てくれたんだ。ありがとう、もう元気だよ」僕の前では、あのクールで完璧だった女神が、まるで近所の優しいお姉さんみたいに甘く楓太に微笑む。僕は彼女を見つめて、まるで見慣れない人のように感じる。そして初華がふと口を開く。「そういえば、秋良は？」彼女が言わないと、家族全員が僕の存在を忘れてしまうかもしれない。僕の名前を聞くと、母の顔色がさっと変わる。「その出来損ないの話はやめて。あの日ちょっと叱られて家出した。まあいいわ、外にいてほしいなら帰ってこなくて結構。どうせ外で勝手に死んでくれたら、うちは平和になるわ」初華はすぐに頷く。「そうですね、帰ってきたら楓太の安静の邪魔になりますもんね」姉がサプリメントを運んできて、冗談めかして言う。「ところで初華ちゃん、秋良とはいつ別れるの？うちの楓太を狙うなら、早い者勝ちよ？」初華は頬を赤らめて、視線を伏せる。「今日、楓太に会いに来て、ついでに秋良とその話をするつもりだったの」声にならない苦しみが胸の奥から喉まで湧き上がり、僕はただ自

翌朝、母は朝ごはんも食べずに慌てて病院へ向かい、父も心配して一緒に行った。車の中で母は父に「どうせまた無駄足になるわよ」なんて文句を言ったけど、霊安室で僕の遺体を見た瞬間、母は怖がって一歩後ずさりして、壁にもたれながらその場にしゃがみ込んで、自分を抱きしめる。「そんな……どうして？あの日だって、傷はたいしたことなかったし、元気そうだったのに」確かに外から見れば、僕の傷はたいしたことなかった。楓太を庇った時の手のかすり傷くらいで。でも実際は、僕が楓太を抱きかかえて庇った時に衝撃をまともに受け、心臓が破裂したんだ。元気そうに見えたのは、内臓が壊れていた僕はもう限界になり、アドレナリンが極限まで出たから。病院長である母が少しでも気を配ったら気づけたはずなのに、彼女は楓太のことしか見てなかった。僕なんか、最初から彼女の視界に入ってなかったんだ。父も手を伸ばして僕の顔に触れようとしたけど、死に顔があまりにも酷かったのか、その手は途中で止まった。その知らせを聞いた楓太は、姉と一緒に慌てて駆けつけてきた。両親の沈んだ顔を見て、彼はすぐに状況を悟り、入るなりベッドのそばに膝をついて叫ぶ。「兄さん、なんでそんな馬鹿なことしたんだよ！俺が昔、あなたの留学の推薦を取ったこと、まだ恨んでたのか？俺を報復することで自分を殺すなんて！」泣き入たあと、楓太はわざとらしく自分を責めながら床にしゃがみ込んだ。「ごめん、兄さん、全部俺のせいだ、俺がいなきゃ、兄さんは……」そう言って、彼は自分の頬を何度も叩き始めた。その姿を見た両親と姉は、悲しむ暇もなく慌てて楓太を止めた。母は楓太を強く抱きしめながら言う。「もういいの、楓太。あなたのせいじゃないわ。あの子は自分の欲に負けて死んだだけ。自業自得なの！」留学の推薦。その言葉で、僕は呆然とし、意識は二年前に引き戻された。僕は楓太より四つ上だ。彼が大学受験の年、僕はちょうど大学四年生だった。親なんか当てにできないってわかってたから、子供の頃から僕は必死に勉強して、自分の力でこの家を出ようと思った。大学の四年間で僕は一日も気を抜かず、四年間ずっと首席で、ついに世界トップレベルの大学院から推薦をもらった。一方、勉強嫌いの楓太は受験に失敗して、家に戻ってきて「俺も海外に行きたい」と言い出した。

真実を知った両親と姉は、信じられないように楓太を見つめた。その場の空気が、一瞬にして凍りつく。次の瞬間、母が楓太に飛びかかって彼の服を掴んで叫ぶ。「坂本楓太！あんたが人殺しだ！なんてこんなに残酷なの、兄にまで手をかけるなんて！」母は泣き叫びながら、今にも殴りかかりそうな勢いだ。警察が慌てて間に入る。母が楓太を殴るのは、僕が生まれて初めて見たことだ。楓太はもう逃げられないと悟ったのか、突然、狂ったように笑い出した。そして、振り返って冷え切った目で母を見る。「俺が残酷？それ、全部あんたが教えたんだろ。人殺し？事故の時、医者全員を俺の病室に呼びつけたのはあんたじゃねぇか。そのせいであいつが手術を受けられなかった。もしあんたがあんなことしなきゃ、俺があいつを殺せるはずないだろ！」楓太の言葉は、鋭い針のように母の心に突き刺さる。その瞬間、母の体はぴたりと固まり、過去の過ちが彼女の魂を縛りつけるように、罪悪感が容赦なく押し寄せ、僕への疚しさが静かに彼女の胸の奥に広がっていく。母は力強く自分の髪を掴んで目を大きく開いて、必死に頭を振る。「ごめんね、秋良……全部、私が悪かったのよ！今まであなたをずっと誤解してた、私が死ねばよかったのに……」そして、彼女はふらつきながら僕の墓碑へと駆け寄り、嗚咽しながら墓碑を抱きしめて、その上にある僕の小さな写真を撫でる。「起きてよ、秋良、私が謝るから……膝をついてでも謝るから……留学したいって言ってたでしょ？お金出すよ！いいえ、私も一緒に行く！一緒に行こうよ……」そう言うと、母は自分の頭を墓碑に叩きつけた。警察が慌てて止めたが、真っ赤な血が僕の写真に残った。その血は陽光を受けて、まるで生まれたばかりの時、母に抱かれた僕の顔に降り注いだ陽光のように、痛いほど眩しい。もし、母の謝りがもう少し早く届いたなら、僕もこの世で母の愛を感じられたのかもしれない。けれど、もう遅い。僕はもう死んだ。心も、もうどこにもない。彼らが何を言おうと、もう許すことはできない。でも、母さん。僕は、あなたを憎んでるわけじゃない。ただ、この何年間の悔しい思いと和解できないだけ。手術台の上で、あなたが僕を見捨てた瞬間の絶望を、受け入れられないだけなんだ。騒ぎが落ち着くと、警察は母と楓太を連れて行った。父と姉も、事情聴取のために同行さ