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第3話
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取り残されたのは、心臓破裂の僕 第9話
半月後、裁判の結果が出た。楓太は死刑で、母は無期懲役の判決を受けた。仇を討ったせいか、僕の魂はようやく自由になった。もう母のそばに縛られることもなく、行きたいところへ行ける。その最後の日々、楓太は死の恐怖に怯え、警察が運んでくる食事を毎回ひっくり返していた。たった一週間で、彼は見るからに痩せ細っていった。もし以前なら、両親も姉もきっと心配で泣き崩れただろう。けれど今、誰も彼のもとへ来ようとはしなかった。処刑の日、僕は空の上から静かに見下ろしていた。彼が死んだ瞬間、僕と同じで魂が身体から抜け出し、怯えた目で僕を見る。「兄さん、ごめん！俺が悪かった！殺さないで、お願いだよ……」僕はただ笑って言う。「もう死んだくせに、何を恐れてるんだ？」楓太は自分の死体を見下ろし、叫び声をあげると、魂は霧のように散っていった。同じ魂となった僕だけはその声が聞こえる。僕を殺した人間が輪廻に入れず消え去ったのを見ると、胸の奥に溜まっていた怨みが少し晴れた気がする。母は刑務所で毎日、母親としての心の苦しみに苛まれていた。泣いたり笑ったり走り出したり、突然暴れたり、ときには他人を、さらに自分までも殴り、三人がかりで押さえられないほどだった。ついに警察は精神科医を呼び、母は心的外傷による精神疾患と診断され、精神病院に移された。その後、母の病状はどんどん悪化していった。彼女は誰彼かまわずこう語りかけた。「うちの息子、秋良っていうの。世界トップの大学院に受かったのよ。今は海外で留学してるの。今度帰ってきたら、あなたたちにも紹介するわ。背が高くて、格好よくて、小さい頃から本当に優しい子なの」まれに正気を取り戻す時間もあった。そのとき母は、ただ静かに窓の外を見つめていた。母子は心で繋がっているのか、母の苦しみと後悔が僕に伝わってきた。流れ去った時間のすべてが、彼女の心の中では永遠の罪悪感となっていた。僕が輪廻に入る直前、母はいつものようにベッドの縁に座っていた。だがその日、彼女は僕を見かけたようだ。彼女は手を伸ばし、僕の顔を包みながら、涙を流して笑う。「秋良、帰ってきたのね。ママを見に来てくれたの？ごめんね、許してもらえる？」そう言って彼女は枕の下から二つの飴を取り出す。「ママね、あなたが好きだった飴、ずっと取っておいたのよ」子どもの
取り残されたのは、心臓破裂の僕 第8話
真実を知った両親と姉は、信じられないように楓太を見つめた。その場の空気が、一瞬にして凍りつく。次の瞬間、母が楓太に飛びかかって彼の服を掴んで叫ぶ。「坂本楓太！あんたが人殺しだ！なんてこんなに残酷なの、兄にまで手をかけるなんて！」母は泣き叫びながら、今にも殴りかかりそうな勢いだ。警察が慌てて間に入る。母が楓太を殴るのは、僕が生まれて初めて見たことだ。楓太はもう逃げられないと悟ったのか、突然、狂ったように笑い出した。そして、振り返って冷え切った目で母を見る。「俺が残酷？それ、全部あんたが教えたんだろ。人殺し？事故の時、医者全員を俺の病室に呼びつけたのはあんたじゃねぇか。そのせいであいつが手術を受けられなかった。もしあんたがあんなことしなきゃ、俺があいつを殺せるはずないだろ！」楓太の言葉は、鋭い針のように母の心に突き刺さる。その瞬間、母の体はぴたりと固まり、過去の過ちが彼女の魂を縛りつけるように、罪悪感が容赦なく押し寄せ、僕への疚しさが静かに彼女の胸の奥に広がっていく。母は力強く自分の髪を掴んで目を大きく開いて、必死に頭を振る。「ごめんね、秋良……全部、私が悪かったのよ！今まであなたをずっと誤解してた、私が死ねばよかったのに……」そして、彼女はふらつきながら僕の墓碑へと駆け寄り、嗚咽しながら墓碑を抱きしめて、その上にある僕の小さな写真を撫でる。「起きてよ、秋良、私が謝るから……膝をついてでも謝るから……留学したいって言ってたでしょ？お金出すよ！いいえ、私も一緒に行く！一緒に行こうよ……」そう言うと、母は自分の頭を墓碑に叩きつけた。警察が慌てて止めたが、真っ赤な血が僕の写真に残った。その血は陽光を受けて、まるで生まれたばかりの時、母に抱かれた僕の顔に降り注いだ陽光のように、痛いほど眩しい。もし、母の謝りがもう少し早く届いたなら、僕もこの世で母の愛を感じられたのかもしれない。けれど、もう遅い。僕はもう死んだ。心も、もうどこにもない。彼らが何を言おうと、もう許すことはできない。でも、母さん。僕は、あなたを憎んでるわけじゃない。ただ、この何年間の悔しい思いと和解できないだけ。手術台の上で、あなたが僕を見捨てた瞬間の絶望を、受け入れられないだけなんだ。騒ぎが落ち着くと、警察は母と楓太を連れて行った。父と姉も、事情聴取のために同行さ
取り残されたのは、心臓破裂の僕 第7話
数日後、疚しさに駆られた母は、僕のために形だけはまともな葬式を開いた。参列したのは親戚や友人のほか、母が勤める病院の医者たちもいた。あの時、僕を助けた看護師も来た。彼女は花束を手にして墓前に立つ。「ごめんなさい……あの時、私がもう少し勇気を出していたら、あなたは死ななかったかもしれません」その場にいた人の中で、僕を助けたのは彼女だけだ。でも、僕に謝ってくれたのも彼女だけだ。母は謝りの意識なんて欠けらもなく僕をけなして、まるでこれによって自分の罪が消えるかのようだ。「秋良は小さい頃からほんとに言うこと聞かない子だね。今回は昔のことを根に持って、楓太を害そうとしたのよ。結局、自業自得ってやつね」その場にいた誰もが、母が楓太をひいきしたのを知ってる。僕がどれだけ理不尽な思いをしてきたかもわかってる。だが、誰も余計なことを言おうとはしなかった。みんなはわざとらしく母を慰めるしかない。突然、サイレンの音が鳴り響き、数人の警察が人ごみをかき分けて母と楓太の前に立った。母は困惑した顔で立ち尽くした。「警察の方？どなたをお探しで？」先頭の警察が写真を取り出し、母と見比べる。「坂本嘉子（さかもと よしこ）さんですね？」母は驚いた顔で頷く。警察は逮捕状を取り出し、母の前に突きつける。「では、署までご同行願います。あなたが医療資源を不正に独占し、違法診療によって人を死なせたという告発がありました」楓太がすぐに母の前に飛び出して叫ぶ。「ふざけるな！うちの母さんは真面目に働いてきたんだぞ！そんなことをしたなんてありえない！証拠もないのに勝手に逮捕するな！」そして、彼は振り返って怒鳴る。「誰だ！誰がうちの母さんを告発したんだ！！！」その時、ずっと隅に立っていた看護師が、おそるおそる一歩前に出た。「私です」楓太は彼女の胸ぐらをつかみ、殴りかかろうとしたが、その手はすぐに警察に押さえられた。警察の厳かな声が響く。「落ち着いてください！我々は法に基づいて行動しています。暴力を振るえば、あなたも同行してもらうことになります。証拠なら、すでにこちらにあります」そう言って警察はスマホを取り出し、いくつかの証拠写真を見せた。そこには母が職権を乱用して医療資源を独占していた記録が並んでいる。一番目を引いたのは、僕と楓太が事故に遭ったあの日の一
取り残されたのは、心臓破裂の僕 第6話
翌朝、母は朝ごはんも食べずに慌てて病院へ向かい、父も心配して一緒に行った。車の中で母は父に「どうせまた無駄足になるわよ」なんて文句を言ったけど、霊安室で僕の遺体を見た瞬間、母は怖がって一歩後ずさりして、壁にもたれながらその場にしゃがみ込んで、自分を抱きしめる。「そんな……どうして？あの日だって、傷はたいしたことなかったし、元気そうだったのに」確かに外から見れば、僕の傷はたいしたことなかった。楓太を庇った時の手のかすり傷くらいで。でも実際は、僕が楓太を抱きかかえて庇った時に衝撃をまともに受け、心臓が破裂したんだ。元気そうに見えたのは、内臓が壊れていた僕はもう限界になり、アドレナリンが極限まで出たから。病院長である母が少しでも気を配ったら気づけたはずなのに、彼女は楓太のことしか見てなかった。僕なんか、最初から彼女の視界に入ってなかったんだ。父も手を伸ばして僕の顔に触れようとしたけど、死に顔があまりにも酷かったのか、その手は途中で止まった。その知らせを聞いた楓太は、姉と一緒に慌てて駆けつけてきた。両親の沈んだ顔を見て、彼はすぐに状況を悟り、入るなりベッドのそばに膝をついて叫ぶ。「兄さん、なんでそんな馬鹿なことしたんだよ！俺が昔、あなたの留学の推薦を取ったこと、まだ恨んでたのか？俺を報復することで自分を殺すなんて！」泣き入たあと、楓太はわざとらしく自分を責めながら床にしゃがみ込んだ。「ごめん、兄さん、全部俺のせいだ、俺がいなきゃ、兄さんは……」そう言って、彼は自分の頬を何度も叩き始めた。その姿を見た両親と姉は、悲しむ暇もなく慌てて楓太を止めた。母は楓太を強く抱きしめながら言う。「もういいの、楓太。あなたのせいじゃないわ。あの子は自分の欲に負けて死んだだけ。自業自得なの！」留学の推薦。その言葉で、僕は呆然とし、意識は二年前に引き戻された。僕は楓太より四つ上だ。彼が大学受験の年、僕はちょうど大学四年生だった。親なんか当てにできないってわかってたから、子供の頃から僕は必死に勉強して、自分の力でこの家を出ようと思った。大学の四年間で僕は一日も気を抜かず、四年間ずっと首席で、ついに世界トップレベルの大学院から推薦をもらった。一方、勉強嫌いの楓太は受験に失敗して、家に戻ってきて「俺も海外に行きたい」と言い出した。
取り残されたのは、心臓破裂の僕 第5話
その言葉を聞いた瞬間、母は瞳孔が震え、その場に立ち尽くした。彼女は信じられないように、あの日の事故の光景を思い返し、眉をひそめて強い口調で言い放つ。「そんなはずないわ。彼は楓太と同じ救急車に乗ってたのよ。楓太がもう退院したのに、彼がそんな重傷を負うわけがない！どうせまた楓太に嫉妬して、私の気を引こうとしてるだけでしょ！いい加減にして！あんたたち、グルになってふざけた芝居ばっかりして！次やったら、ただじゃおかないからね！！！」看護師は、母がどうしても自分の言葉を信じないのを見て、ため息をつきながら静かに言う。「院長、本当なんです。信じないなら、ご自身の目で、霊安室を確認してください」母はその言葉に焦りを見せ、部屋の中を落ち着きなく歩き回った。足音が重くて乱れていた。「バカだ！あんたたち、そろって私を騙してるの？いい度胸してるんじゃん！」看護師が言葉を続ける前に、母は怒りのままにスマホを乱暴に突き刺すように操作し、通話を切った。その声に気づいた父が、ドアを開けて顔を出す。「おい、初華もまだいるんだぞ。何をそんなに怒鳴ってるんだ？」母はスマホを胸に抱きしめるように握りしめ、怯えた目で父を見る。「さっき、病院の看護師は、秋良がもう死んだって言った……そんなの、嘘よね？」父は鼻で笑い、冷たく言い放つ。「お前もよく騙されるな。もし本当にそんな大事故だったら、あの腹黒い奴が楓太を道連れにしてるさ。楓太が元気にしてる時点で、そんな話ありえない」初華もすぐに母の隣に寄り、彼女をなだめる。「そうですよ、叔母さん。秋良なんて、そう簡単に死ぬやつじゃないです。むしろ、他人を不幸にするほうが得意なんですから」姉はみかんをかじりながら、面倒くさそうに言う。「へぇ、あのウザい奴が死んだんならちょうどいいじゃん。心配する必要ないだろう」もう家族みんなが楓太をひいきしてるのはわかってたけど、まさか自分がここまで見下されてるなんて思わなかった。この何年も、たとえ僕を嫌っても少しくらいは僕の性格をわかってるはずだろ。僕がそんな卑怯なことをするはずがない。ましてや、注目されたいために自分の命を賭けるなんて、ありえないだろ。みんながそれぞれ慰めの言葉を並べる中、母はピシッと背筋を伸ばし、いつもの偉そうな顔に戻る。「明日の朝に病院に行って、あいつらの
取り残されたのは、心臓破裂の僕 第4話
家に入った瞬間、楓太はソファにごろんと寝転んで、「腹減った」と一言つぶやいて、姉が「楓太、今日はね、私の新しい料理の腕前を見せてあげる！」と言って、すぐにキッチンへ走っていく。普段は絶対に料理を作らない姉が、今やスマホでのレシピを必死にチェックして、楓太に少しでも元気になってほしい。父は最新モデルの高級ゲーム機を取り出して、「これ、退院祝いだ。死にかけたんだから、これくらいのプレゼントはいいだろう」と言った。母は楓太の部屋を隅から隅まで掃除し、「空気をきれいにしなきゃ回復しないね」と言いながら、アロマやハーブを部屋中に置いていた。楓太はそんな家族の中心で、ソファに寝転びながらゲームをしているだけ。そして、僕の魂も一緒に帰ってきた。けれどこの見慣れた家は、もう僕にとってはひどく冷たい場所にしか感じられない。突然、チャイムが鳴る。そして現れたのは、見間違えるはずのない人影だ。その人は僕の彼女、鈴木初華（すずき ういか）だ。玄関に入るなり、彼女はすぐに楓太の体調を気づかうように言う。「叔父さん、叔母さん、楓太が今日退院したって聞いて、サプリメントをちょっと持ってきました」楓太はすぐにゲーム機を放り出し、わざと照れくさそうに笑う。「初華、わざわざ来てくれたんだ。ありがとう、もう元気だよ」僕の前では、あのクールで完璧だった女神が、まるで近所の優しいお姉さんみたいに甘く楓太に微笑む。僕は彼女を見つめて、まるで見慣れない人のように感じる。そして初華がふと口を開く。「そういえば、秋良は？」彼女が言わないと、家族全員が僕の存在を忘れてしまうかもしれない。僕の名前を聞くと、母の顔色がさっと変わる。「その出来損ないの話はやめて。あの日ちょっと叱られて家出した。まあいいわ、外にいてほしいなら帰ってこなくて結構。どうせ外で勝手に死んでくれたら、うちは平和になるわ」初華はすぐに頷く。「そうですね、帰ってきたら楓太の安静の邪魔になりますもんね」姉がサプリメントを運んできて、冗談めかして言う。「ところで初華ちゃん、秋良とはいつ別れるの？うちの楓太を狙うなら、早い者勝ちよ？」初華は頬を赤らめて、視線を伏せる。「今日、楓太に会いに来て、ついでに秋良とその話をするつもりだったの」声にならない苦しみが胸の奥から喉まで湧き上がり、僕はただ自
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