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取り残されたのは、心臓破裂の僕
取り残されたのは、心臓破裂の僕
作者: 夢遊のモモ

第1話

作者: 夢遊のモモ
僕、坂本秋良(さかもと あきら)と弟の楓太(ふうた)は、一緒に交通事故に遭った。

心臓が破裂した僕には、一刻も早い緊急手術が必要だった。

ところが、病院長である母の嘉子(よしこ)は全医師を弟の病室に集め、軽い擦り傷しか負っていないはずの弟につきっきりで全身検査をさせたのだ。

「お願い、助けて……」

薄れゆく意識のなかで懇願する僕に、母は心底鬱陶しそうに怒鳴りつけた。

「あんたね、気を引きたいなら時と場所を弁えなさい!楓太が骨を折るところだったのよ!」

結局、僕は誰にも見つけられることなく、病院の冷たい片隅でひとり息絶えた。

けれど――僕の死を知ったとき。

あれほど僕を憎んでいたはずの母は、発狂した。

……

息絶える直前、わずかに残された三分間だけの出来事だった。

未練に縛られていた僕の魂は、血の気を失っていく肉体から抜け出し、引き寄せられるように母のそばへと漂っていった。

母の嘉子は、弟の病床につきっきりだった。心配そうに顔を歪め、両手を組んで祈るように呟いている。

「楓太、お母さんを驚かせないで……お願いだから、早く目を覚まして……」

その傍らでは、父の宗一(そういち)が真っ赤になって怒り狂っていた。

「秋良のクズ野郎がしっかり守らないから、楓太がこんな目に遭うんだ!あいつ、後で半殺しにしてやる!」

弟の病室の光景を宙から見下ろしながら、僕は苦い思いを嚙み殺した。

――父さん。もう僕に手を上げる必要はないよ。

だって僕は、もう死んでしまったんだから。

あなたたちの、底なしの冷酷さの中で。

楓太のベッドの周りには、この病院にいるすべての医師たちがぐるりと人垣を作っていた。

やがて、弟の怪我が単なる骨折で命に別状はないと確認できたらしい。ホッと息をついた後、一人の年配の医師がおそるおそる僕のことに触れた。

「院長……本当に、秋良くんを放っておいてよろしいのでしょうか? あちらの方が、事故のダメージがかなり深刻だったようですが……」

途端に、母の顔から慈悲の色が消え失せた。代わって浮かんだのは、心底からの嫌悪感だ。

「あの子、また何か芝居してるの!?今度は死んだふりでもする気!? 自分が楓太をどんな目に遭わせたか、分かっちゃいないのよ!」

ヒステリックに怒鳴り散らす母をぼんやりと見つめる。機能停止に向かっているはずの僕の心臓が、なぜかチクリと痛んだ。

僕だって、あなたたちの息子なのに。本当に、ほんの少しも気にかけてくれないんだね。

突然、母がスマホを取り出し、僕の番号に発信した。

場面が切り替わり、僕の意識は冷え切った手術台の上に放置された肉体へと引き戻された。鳴り続けるスマホを見かねたのか、通りかかった看護師が僕の耳元にそれを当ててくれたのだ。

薄れゆく聴覚のなかで耳に届いたのは、僕が淡く期待していた心配の声なんかじゃない。いつも通りの、ただ僕を傷つけるだけの罵声だった。

「秋良、あんた一体いつになったら弟に土下座しに来るわけ!?」

その声を聞いて、僕の心は完全に冷え切った。胸の奥にわずかに残っていた情さえも、音を立てて崩れ去る。

そうだよな。母さんは最初から、僕のことなんてどうでもよかったんだ。

思えば、血まみれでこの病院に運び込まれた時もそうだった。「お願い、助けて」とすがる僕に対し、母さんは苛立たしげに吐き捨てたのだ。

「気を引きたいなら時と場所を弁えなさい!楓太が骨を折るところだったのよ!」

そして、僕を振り返ることもなく、すべての医師を引き連れて弟の元へ行ってしまった。

そんな人が、僕を愛してくれるはずなんてなかったんだ。

僕の惨状に見かねたのか、スマホを持ってくれていた看護師が、たまらず通話口へ告げた。

「あの、院長……!秋良くん、本当に危ない状態なんです!」

だが、僕がただの嫌がらせをしていると信じ込んでいる母は、鼻で笑った。

「何の冗談?あいつからいくら小遣いをもらって、そんな三文芝居に付き合ってるの?あのクズにこんな小賢しい真似ができるなんて、思いもしなかったわ!」

その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、電話の向こうから、ずっと気絶したふりをしていた楓太の弱々しい声が聞こえてきた。

「お父さん、お母さん……お兄ちゃんは、大丈夫なの……?」

その途端、母の声のトーンがさらに険しさを増した。ベッドで健気に振る舞う弟の姿を見て、僕への嫌悪感が跳ね上がったのだろう。

「秋良、あんた少しは楓太の素直さを見習いなさいよ!自分がこんな目に遭わされたっていうのに、あの子はまだあんたを心配してるのよ!いいこと、三分以内にここへ来て土下座しなさい。さもなきゃ、二度と私の前に顔を見せないでちょうだい!」

プツッ、と冷たい電子音が鳴り、通話は強制的に切られた。

それが、僕がこの世で聞いた最後の声だった。

視界が完全にブラックアウトし、全身を縛り付けていたような激痛がフッと消え去る。

そして次の瞬間――僕の意識は重い肉体からふわりと抜け出し、再び母たちのいる病室の天井近くを漂っていた。

母はスマホを握りしめたまま、怒りで肩を震わせている。

その隣で、父が忌々しそうに吐き捨てた。

「あいつを呼んでどうする。楓太をこれ以上ひどい目に遭わせる気か?」

楓太はふと下を向き、口元に浮かんだ悪びれない笑みを隠した。そして、顔を上げた時には、すでにひどく申し訳なさそうな表情を作り上げていた。

「お父さん、お母さん、怒らないで。お兄ちゃんは、オレが留学の枠を奪っちゃったことをずっと根に持ってるんだ。オレが恨まれるのは当然だから……」

宙に浮いたまま、僕は可笑しくてたまらなかった。

まさか僕が死んだあとも、楓太がこうして両親と僕の仲を裂くための嘘を吐き続けるなんて。

けれど、両親がそれに気づくことは絶対にない。

彼らの目から見れば、楓太はいつだって僕より言うことを聞く、可憐で愛しい子供なのだ。

あろうことか、僕の命を奪ったあの交通事故自体が、彼らの愛する楓太が自ら引き起こしたものだとは、夢にも思わないだろう。

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