星華高校職員室。「先生、決めました。進学します。ただし、北都大学ではなく、保安大学校の情報学部に進みたいんです」深秋の風に、天海依乃莉(あまみ いのり)の細い肩がわずかに震えた。それでも、その瞳は凛として揺るぎない。大林先生は一瞬呆然とした後、次の瞬間、喜びの表情を浮かべた。「天海さん、ついに考えが変わったのね!てっきり時田隊長と結婚するために、北都大学の推薦枠を君の従妹に譲るのかと思っていたわ。でも、保安大学校の情報学部は特殊なの。我が国の秘密組織の要員として育成されるから、入学すると、前の経歴を全て抹消されて、偽名で生活しなければならないんだよ。ご家族とは話し合ったの?」「大丈夫です。自分で決められます」「家族」という言葉を聞いた瞬間、依乃莉の胸の奥が少し疼いた。――でももう大丈夫。彼らの世界から完全に消え去れば、もう何も奪われずに済むのだろう。……全てはあの日から始まった。幼い頃、川で溺れかけた依乃莉を助けようとした叔父さん(叔母の夫)が亡くなって以来、両親は「お前は完子に命の借りがある」と言って、叔父さんの娘――従妹の夏見完子(なつみ さだこ)を家に引き取った。それからは、何もかもを「譲る」日々。衣食住の全て、そして親の愛までも。ついには婚約者の時田辰哉(ときた たつや)までもが、完子のものになろうとしていた。家族の愛情も、恋人の愛も、すべて奪われてしまった。今また、一生懸命勉強してやっと手に入れた名門校・北都大学の推薦枠を、両親は依乃莉に譲るよう迫っている。そればかりか、辰哉までもが「結婚することで交換しよう」と言い出した。依乃莉は昨夜、ベランダに置いた簡易ベッドで一晩中考え抜いた。そして朝日が昇る頃、悟ったのだ。――もう、何も譲らないと。この縁、断ち切ろうと。二度と関わり合いになりたくないと。……大林先生と相談した後、依乃莉は一人で街を歩いている。紅葉が炎のように美しく燃える中、彼女の背中はただならぬ寂しさに包まれている。周りは退勤後の人々で溢れ、自転車に乗りながら幸せそうな笑顔を浮かべている。賑やかで喧騒なこの世界は、彼女だけがまるで浮いている。突然、一台のジープが眼前に停車した。窓から覗いたのは、冷たい表情の美青年――婚約者の辰哉だ。「乗れ」
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