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第3話

Penulis: 九州
その夜、依乃莉は夢を見た。

幼い頃、両親に抱きしめられ、細やかな愛情に包まれていた。二歳年上の辰哉が、彼女のほっぺをつまんでは「可愛いな」と笑っていた。

温かな泉に浸かっているようで、依乃莉は目を覚ましたくはなかった。

けれど、夢の中に完子が現れた瞬間、すべてが悪夢へと変わる。両親の顔は歪み、怒鳴り声が響き、辰哉も彼女を置いて遠ざかっていった。

「父さん、母さん、辰哉さん……!行かないで!」

泣き叫びながら手を伸ばしても、足元は深い奈落だ。彼女はそのまま落ち、絶望と痛みの中に沈んでいった。

両親も辰哉も振り返らず、完子に寄り添いながら遠ざかっていく。

依乃莉は、永遠に終わらない暗闇の底で、静かに消えていった。

……

外の花火の音で、依乃莉ははっと目を覚ました。

枕は涙で濡れていた。もう彼らのことで泣くことはないと思っていたのに、心の奥底ではいまだに愛されること、認められることを望んでいる自分がいた。

――ただの夢で、よかった。

そのとき、一台のジープが庭に進入してきた。

降りてきた長身の男を見て、依乃莉は慌てて階下へ駆け降りた。

「依乃莉、北都大学に合格したそうだな。よくやった」

男は辰哉の父親――時田国隆(ときた くにたか)。天海家とは旧知の仲で、かつて光雄に命を救われた恩があり、その縁で二人は幼い頃から許嫁として決められていた。そうした経緯もあり、国隆は依乃莉にとって、唯一心から彼女を大切にする人となった。

彼は依乃莉の頭を軽く撫で、空の花火を見上げながら辰哉にうなずいた。

「お前もやるじゃないか、依乃莉を祝うために花火を上げるとは」

「父さん、違う」

辰哉は眉をひそめた。

「花火は依乃莉のためじゃない。依乃莉が進学したくたいから、北都大学の枠を完子に譲ったんだ。完子は努力家だし、期待に応えると思う」

国隆の表情が一瞬で険しくなる。

叱責しようとしたその時、依乃莉が慌てて間に入った。

「おじさん、久しぶりのご帰宅でしょう?今日はゆっくりなさってください。詳しい説明はまた今度に」

保安大学校の情報学部を志願したことは知られてはいけない。彼女は静かに去りたかったのだ。

国隆は不機嫌そうに息子を睨みつけ、足早に家の中へ入っていった。

残されたのは依乃莉と辰哉だけ。

「結婚の件は、父にはまだ内緒だ。北都大学のことも、きちんとした説明を考えておけ。わかったな?」

辰哉の声には冷たさがにじんでいた。

依乃莉はうつむいたまま、小さく「うん」と答えた。

――完子のために、愛してもいない自分と結婚しようとするなんて、彼は本当に立派だ。皮肉なほどに。

「完子はまだ子供だ。悪い態度を取るな。昨日謝るように言っただろう?なぜ何もしないんだ」

彼は畳みかけるように続けた。

「完子はもうすぐ北都大学に入学するんだ。少し贈り物を渡してやれ。せめて祝福の気持ちくらい示せ」

辰哉がここまで徹底して完子のことばかり考えているのを見て、依乃莉の胸は重く沈んだ。

「……私に、贈り物を買えると思う?あなたと両親に溺愛されている彼女が、それを必要としてるの?」

その言葉に、辰哉は一瞬言葉を失った。

彼は依乃莉の置かれた立場を、ようやく思い出したのだ。

「……心配するな。約束した以上、ちゃんと結婚する」

彼は結婚の話だけを言って、彼女を慰めようとした。

「辰哉さん……本当に姉さんと結婚するの?」

顔を上げた辰哉の表情が一瞬で変わる。完子がドアに手をつき、顔面蒼白で立っていた。

「違う、これは――」

彼が言葉を続ける前に、完子は壁に頭を打ちつけ始めた。

「いや……いやだ!辰哉さんが姉さんと結婚するなんて、いやだ!私も辰哉さんのことが好きなのに!」

その苦しそうな姿に、辰哉は慌てて依乃莉を押しのけ、完子を抱きしめた。

物音を聞きつけた両親も駆けつけ、彼女の様子に顔色を変えた。

三人は急いで完子を車に乗せ、病院へ向かった。

去り際、辰哉は冷たい目で依乃莉を見つめた。

「満足したか?わざと完子を刺激したんだな。まさかお前はそこまで陰険だとは思わなかった」

その蔑むような視線に、依乃莉の胸が締めつけられる。

――完子が悲しむ姿を見せるだけで、誰もが彼女を気遣う。そして、すべての責任は自分に押し付けられる。

辰哉の怒りに満ちた表情が脳裏に何度もよぎる。

もう、愛してくれない人のために泣くのはやめよう。

そう自分に言い聞かせても、涙は止まらなかった。

完子の芝居など、少し注意深く見れば誰にでもわかることだ。

昔、家族が完子ばかりをかばっていた頃、辰哉だけが依乃莉を守ってくれた。

「依乃莉のことを誰もいじめるな」と、皆の前で宣言してくれたのも彼だった。

あの頃の彼は優しく、たくさんの贈り物をくれた。

いつからか、彼は変わっていった。完子への嫌悪から、次第に憐れみや心痛へと変わっていった。

完子は、依乃莉にとってまるで天敵のような存在で、何もかもを奪っていった。

遠ざかっていく車を、依乃莉は涙に濡れた目で見送った。

これが最後の涙。

これからは、辰哉のためにも、この冷たい家のためにも、もう二度と泣かない。

これからは、自分のためにも、国のためにも、この身を捧げる。

家に戻った依乃莉は、狭いベランダで私物の整理を始めた。

古びた箱には、辰哉からもらった贈り物が詰まっている。

木彫りの人形から、秋の日に一緒に拾った紅葉まで――すべてが大切な宝物だった。

だが今では、それはただのゴミでしかない。

彼女はすべてを庭に並べ、火をつけた。

炎が夜空に舞い上がり、辰哉への想いも一緒に燃え尽きていく。

ちょうどその時、辰哉が戻ってきた。

炎の中、人形が燃えているのを見て、彼の表情が一瞬で変わって、胸の奥に、言いようのない不安が広がっていく。
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