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幾千度も夢の中で彼女を探しつつける
幾千度も夢の中で彼女を探しつつける
Penulis: 九州

第1話

Penulis: 九州
星華高校職員室。

「先生、決めました。進学します。ただし、北都大学ではなく、保安大学校の情報学部に進みたいんです」

深秋の風に、天海依乃莉(あまみ いのり)の細い肩がわずかに震えた。それでも、その瞳は凛として揺るぎない。

大林先生は一瞬呆然とした後、次の瞬間、喜びの表情を浮かべた。

「天海さん、ついに考えが変わったのね!てっきり時田隊長と結婚するために、北都大学の推薦枠を君の従妹に譲るのかと思っていたわ。

でも、保安大学校の情報学部は特殊なの。我が国の秘密組織の要員として育成されるから、入学すると、前の経歴を全て抹消されて、偽名で生活しなければならないんだよ。ご家族とは話し合ったの?」

「大丈夫です。自分で決められます」

「家族」という言葉を聞いた瞬間、依乃莉の胸の奥が少し疼いた。

――でももう大丈夫。彼らの世界から完全に消え去れば、もう何も奪われずに済むのだろう。

……全てはあの日から始まった。

幼い頃、川で溺れかけた依乃莉を助けようとした叔父さん(叔母の夫)が亡くなって以来、両親は「お前は完子に命の借りがある」と言って、叔父さんの娘――従妹の夏見完子(なつみ さだこ)を家に引き取った。

それからは、何もかもを「譲る」日々。衣食住の全て、そして親の愛までも。

ついには婚約者の時田辰哉(ときた たつや)までもが、完子のものになろうとしていた。

家族の愛情も、恋人の愛も、すべて奪われてしまった。

今また、一生懸命勉強してやっと手に入れた名門校・北都大学の推薦枠を、両親は依乃莉に譲るよう迫っている。

そればかりか、辰哉までもが「結婚することで交換しよう」と言い出した。

依乃莉は昨夜、ベランダに置いた簡易ベッドで一晩中考え抜いた。

そして朝日が昇る頃、悟ったのだ。

――もう、何も譲らないと。

この縁、断ち切ろうと。

二度と関わり合いになりたくないと。

……

大林先生と相談した後、依乃莉は一人で街を歩いている。

紅葉が炎のように美しく燃える中、彼女の背中はただならぬ寂しさに包まれている。周りは退勤後の人々で溢れ、自転車に乗りながら幸せそうな笑顔を浮かべている。

賑やかで喧騒なこの世界は、彼女だけがまるで浮いている。

突然、一台のジープが眼前に停車した。

窓から覗いたのは、冷たい表情の美青年――婚約者の辰哉だ。

「乗れ」

彼は不機嫌そうに言った。

「進路の件、学校にはきちんと説明したのか?」

依乃莉は黙った。

もちろん彼女はきちんと説明した。だが辰哉の命令通りに北都大学の推薦枠を譲り渡したのではなく、彼が決して見つけられない場所へ行くことにしたのだ。

依乃莉が答える前に、完子が後部座席から頭を乗り出した。

「姉さん、見て!辰哉さんがたくさん買ってくれたんだよ。服に靴、最新スマホも!北都大学に行くんだから、馬鹿にされちゃいけないって」

完子が、得意げに戦利品を見せつけてくる。

しかし依乃莉はただその首にかかるネックレスを見つめて、顔色が変わった。

胸を刺し貫かれるような痛みが走り、血の気が引くのを感じた。

――あれは、祖母が自分に遺してくれた形見で、自分から辰哉へ贈られた「愛の証」でもあった。

まさか、辰哉がそこまで完子を偏愛し、そのネックレスを渡すとは思わなかった。

辰哉は依乃莉の視線に気づき、ほんの一瞬だけ居心地悪そうに目を伏せたが、すぐに平静を装った。

「完子が気に入ったんだ。どうせ大したものでもないし。俺と結婚したら、もっと良いものを買ってやる」

依乃莉の胸の奥に、苦い痛みが広がった。

ネックレスそのものに価値があるのではなく、大切なのはそれが象徴する愛だ。

だが、辰哉にとっては、取るに足らないものでしかなかった。

――そうだ。彼は最初から、自分を愛していなかったのだ。大切にしないのも当然だ。

完子は「結婚」という言葉を聞いた瞬間、瞳に嫉妬の色が走った。

そして、わざとらしく涙を浮かべて言った。

「辰哉さん、姉さんが怒ってるみたい……私が北都大学の推薦枠を取っちゃったから?ごめんなさい、私が悪いんだ。

姉さんのものを奪うんじゃなかった。全部私のせい、こんな私、誰にもいられなくても当然よね……」

辰哉は完子の涙を見るなり、表情を強くした。

「完子はもう十分不幸な境遇なんだ。お前は何でも持っているくせに、どうしていつでも完子と争うんだ!」

そして、彼は完子の頭を撫でながら優しく言い添えた。

「心配するな。北都大学の推薦枠は君のものだ。誰にも奪えやしない」

彼は依乃莉に鋭い視線を向け、冷たく告げた。

「お前、自分で歩いて帰れ。よく反省してから完子に謝れ。さもなければ、お前を許さないからな」

言い終えると、彼はアクセルを踏み込み、断固として去っていった。残されたのは舞い上がった土煙だけだった。

後部座席の窓から、完子は依乃莉に向かって、得意げな挑戦の眼差しを投げかけ、顔には嘲笑が溢れていた。

依乃莉は土煙で咳き込みながら、その場に立ち尽くした。涙が頬を伝い、止まらなかった。

――ほら、何も言わなくても、何もしていなくても、すべてが自分のせいである。

どれほどの時間が過ぎただろうか。

肩にひとひらの紅葉が落ち、薄い服の上から冷たさが骨身に染みる。

かつて、両親の偏愛に居場所をなくした彼女に、「俺がそばにいる」と言ってくれたのは、辰哉だった。

その言葉が、世界に愛を感じる唯一の理由だったのに。

しかし、一生自分を守ると言ったその男さえも、結局は裏切った。

灰色の空の下、依乃莉は涙を拭い、ポケットからキャラメルを一つ取り出し、苦笑しながらそれを見つめる。

それは、辰哉が昔くれたものだ。

「悲しいときは、これを食べろ。人生が少し甘くなるから」と言った。

依乃莉はずっと食べずに大事にとっておいた。

今やキャラメルの賞味期限は、もうとっくに過ぎちゃった。

まるで、辰哉の愛のように……

依乃莉はキャラメルをゴミ箱に放り投げた。

えこひいきする両親も、心変わりした婚約者も、すべて!もういらない!
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