半年後。海外・A国。明里は渡航して間もなく、「Miyaガーデン」という育児アカウントを立ち上げた。前の人生では、すべての時間と愛情を子どもたちに注いだ結果、残ったのは後悔ばかりだった。だから今回は、その経験と反省を言葉にして発信してみようと思ったのだ。思いがけず、その発信が多くの共感を呼んだ。やがてインフルエンサーマネジメント会社から声がかかり、正式に契約。その後はあっという間に、フォロワー数が十万から五百万へと膨れ上がった。そして今月。明里はオフラインの相談スタジオを立ち上げ、親子関係に悩む保護者たちを直接サポートするようになった。――まさか、その初めての来訪者が寒成だとは。その日もいつものように、明里は顔を隠すマスクをつけて応接室に入った。そして、目に飛び込んできたのは、見間違えようのないあの姿だった。端正な背筋、無駄のない所作。だが眉間のあたりに、かつての鋭さはなく、代わりに深い疲労の影が滲んでいた。マスク姿の彼女を見て、寒成の瞳に一瞬戸惑いが走った。明里は心を落ち着け、流暢な英語で告げた。「もし私のアカウントをご覧になったならご存じでしょうが、私は顔を出さない主義です。対面のカウンセリングでも、こうしてマスクを着けています」その声を聞いた瞬間――寒成の胸の奥が、きゅっと縮んだ。この声……あまりにも明里に似ている。だが、その考えを慌てて押し込める。明里はただの専業主婦だった。そんな彼女が、わずか半年で百万人単位のフォロワーを持つ育児専門家になるはずがない。「それで、どんなお悩みをお持ちですか?」明里はソファの反対側に腰を下ろし、ポットからお茶を注いで彼の前に差し出した。その仕草は落ち着いていて、どこかよそよそしい。寒成は湯気の立つカップを見つめ、しばし沈黙したのち、ぽつりぽつりと話し始めた。――明里がいなくなってからの数ヶ月。杏奈との間に、軋みが生まれていた。彼女は仕事で家を空けることが多く、子どもたちへの関心も薄い。何度か、アレルギーのある食べ物を誤って与え、命に関わる事態になりかけたことさえあった。家はいつも冷え切っていた。深夜に帰宅しても、迎えるのは無人のリビング。笑い声も、食卓のぬくもりも、どこにもない。「だから、彼女に少
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