線香の煙が燻り、読経が荘厳に流れる。御堂には喪服の参列者が後を絶たず、白いハンカチで目を押さえながら焼香の列に並ぶ。楠木グループCEOの祖父、会長の葬儀とあり、小雨降る参道には白い傘が幾つも開き、まるで河を流れる白い花のように揺れる。「生前はお世話になりました」と、お祖父様に別れを告げる人々に会釈し、私は涙を流した。だが、頭を下げながら窺い見た七海の顔は、感情のない人形のようだった。黒曜石の瞳は虚ろで、赤いドレスの記憶を隠す喪服が無機質に映る。彼女の無表情は、祖父の死を悲しむ偽りか、それとも別の思惑か。私の胸に疑念が渦巻いた。 あの嵐の夜、赤色灯が楠木の屋敷を取り囲み、大理石のホールには人型の白線が冷たく引かれた。立ち入り禁止のバリケードテープが暴風に揺れ、雨が屋敷を叩く音が響く。私と相馬は屋敷に不在だったため、警察官の事情聴取は早々に切り上げられた。あとの三人は順番に応接室に呼ばれ、家政婦は緊張で顔を強張らせた。彼女はキッチンで夕食の準備をしていたと証言する。大きな物音に気付きホールに駆けつけた時、祖父は仰向けに倒れ、両脚が階段に残っていた。「階段から落ちた」と咄嗟に思ったと、声を震わせる。 健吾は一階のバスルームで風呂に入っていた。これまでの疲れで思わず浴槽でうたた寝をしていたと言う。彼は家政婦に声を掛けられるまで祖父の異常に気付かなかった。確かに私服に着替えた健吾の身体からは爽やかなバスソルトの香りが漂い、髪の毛も湿り気を残している。バスローブを着た健吾がホールに駆け付けると、そこには無惨にも目を見開いた祖父の姿があった。家政婦と健吾が口裏を合わせていなければ、二人の現場不
Last Updated : 2025-11-12 Read more