衣斐久志(いび ひさし)が幼なじみと熱いキスを交わしたその日――それは、私の誕生日だ。彼は今夜、山荘へ連れて行ってくれて、花火を一緒に見ようと約束してくれている。私は念入りに身支度を整え、秋の気配が近づく季節に赤いショートワンピースを選んだ。階下で冷えながら少し震えて待っていると、ようやく久志がやってきた。黒いマイバッハが静かに家の前に停まった。母・小林優子(こばやし ゆうこ)のからかうような視線を背に受けながら、私は慌てて車の中に飛び込んだ。まるで逃げるかのように。乗り込むや否や、私は久志のコートのポケットに手を差し入れた。だが、それが不作法だと感じたのか、彼はちらりと運転手を見て眉をひそめ、私の手をそっと引き抜いた。車は空港の方向へと走り出した。途中で久志のスマホが鳴った。画面に表示された名前――【小笠原香里(おがさわら かおり)】を見て、私の胸の奥がざわめいた。私は苛立ちを覚え、彼に「出るな」と訴えた。だって、彼女が帰国してからというもの、私と久志が二人きりになるたびに、香里は必ず割り込んでくる。三人でいるときの空気は、いつもどこかおかしかった。けれど久志は気にも留めなかった。むしろ私が文句を言うと、「お前はわがままだ」とたしなめた。「子どものころからの女友達くらい、受け入れられないのか」と。今回も同じだ。久志は、私が掴んでいた彼の手首を振りほどき、電話に出た。受話器の向こうからは、泣き声を交えた香里の声が聞こえてきた。「久志、私、Xクラブにいるの……」久志の表情を見た瞬間、私の胸は半分ほど冷たくなった。途切れ途切れの声だったが、内容は理解できた。香里は友人たちと「真実か挑戦か」のゲームをしていて、負けた罰として男と三分間キスをしなければならない。拒めば、別の罰が待っているという。彼女は別の罰については説明せず、ただ「罰を受けたくない」と繰り返している。久志は短く答えた。「すぐ行く」それだけ言うと、彼は視線を落とし、運転手に命じた。「彼女を家まで送ってから、Xクラブへ向かってくれ」私は当然、首を横に振った。「行くって……まさか彼女とキスするつもり?いやよ、そんな汚れた男なんて。今日は私の誕生日なんだよ?」それは、私の譲れない一線だ。彼
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