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月影照る過ぎし夢

月影照る過ぎし夢

By:  魚を食べないにゃんこCompleted
Language: Japanese
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「真実か挑戦か」のゲームの最中、彼氏・衣斐久志(いび ひさし)は、幼なじみ・小笠原香里(おがさわら かおり)が罰を受けないようにと、彼女と三分間も熱いキスを交わした。 そのことを知った私は激怒し、大騒ぎしながら泣いて久志に電話をかけ、彼が香里と親しすぎることを訴えた。 彼は黙ったまま、しばらくしてようやく冷ややかな口調で言った。 「泣き終わったか?」 その後、彼は香里を家まで送った。 私は雨の中でしゃがみ込み、周囲の傘の下に隠れるカップルたちを見つめている。その日以来、久志に連絡を取ることは二度となかった。 それから三か月後、私はオークションで男性用の腕時計を一つ落札した。 久志はそれを知って、軽く笑った。 「まあいい。あと三日待てば、俺が直接彼女をなだめて連れ戻してやるさ。 彼女に逃げ場を作ってやらなきゃな」 彼の友人たちも次々とメッセージを送ってきて、私が久志を手玉に取ったことを祝った。 私は一切返信せず、ただインスタに投稿して、結婚したことを発表した。

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Chapter 1

第1話

衣斐久志(いび ひさし)が幼なじみと熱いキスを交わしたその日――

それは、私の誕生日だ。

彼は今夜、山荘へ連れて行ってくれて、花火を一緒に見ようと約束してくれている。

私は念入りに身支度を整え、秋の気配が近づく季節に赤いショートワンピースを選んだ。

階下で冷えながら少し震えて待っていると、ようやく久志がやってきた。

黒いマイバッハが静かに家の前に停まった。

母・小林優子(こばやし ゆうこ)のからかうような視線を背に受けながら、私は慌てて車の中に飛び込んだ。まるで逃げるかのように。

乗り込むや否や、私は久志のコートのポケットに手を差し入れた。

だが、それが不作法だと感じたのか、彼はちらりと運転手を見て眉をひそめ、私の手をそっと引き抜いた。

車は空港の方向へと走り出した。

途中で久志のスマホが鳴った。

画面に表示された名前――【小笠原香里(おがさわら かおり)】を見て、私の胸の奥がざわめいた。

私は苛立ちを覚え、彼に「出るな」と訴えた。

だって、彼女が帰国してからというもの、私と久志が二人きりになるたびに、香里は必ず割り込んでくる。

三人でいるときの空気は、いつもどこかおかしかった。

けれど久志は気にも留めなかった。むしろ私が文句を言うと、「お前はわがままだ」とたしなめた。「子どものころからの女友達くらい、受け入れられないのか」と。

今回も同じだ。

久志は、私が掴んでいた彼の手首を振りほどき、電話に出た。

受話器の向こうからは、泣き声を交えた香里の声が聞こえてきた。

「久志、私、Xクラブにいるの……」

久志の表情を見た瞬間、私の胸は半分ほど冷たくなった。

途切れ途切れの声だったが、内容は理解できた。

香里は友人たちと「真実か挑戦か」のゲームをしていて、負けた罰として男と三分間キスをしなければならない。

拒めば、別の罰が待っているという。

彼女は別の罰については説明せず、ただ「罰を受けたくない」と繰り返している。

久志は短く答えた。「すぐ行く」

それだけ言うと、彼は視線を落とし、運転手に命じた。

「彼女を家まで送ってから、Xクラブへ向かってくれ」

私は当然、首を横に振った。

「行くって……まさか彼女とキスするつもり?

いやよ、そんな汚れた男なんて。今日は私の誕生日なんだよ?」

それは、私の譲れない一線だ。

彼は私の頬をそっとつまみ、目つきが少し暗くなった。

「しないよ。

向こうも俺の立場はわかってる。安心しろ、由希。すぐ戻るから、おとなしくしててくれ」

……

けれども、家に戻って間もなく。

私は一本の動画を受け取った。

暗い個室の中で、香里は久志の膝の上に座り、唇を重ねている。

彼女が身を寄せると、久志はそれを避けることなく、口元にかすかな笑みを浮かべた。

香里が主導しているとはいえ、その映像はどうもあやしげだ。

周囲では、誰かが囃し立てて笑っている。

私の目から涙がこぼれ落ちた。

すぐに久志に電話をかけた。

出ない。

もう一度、もう一度――三度目にしてようやく繋がった。

「久志、もう終わりにしよう」

その言葉を口にした瞬間、私の胸は激しく痛んだ。

三年間の思い出が、一気に蘇った。

久志はいつも人に冷たく、出身のせいで生まれつき傲慢で近寄りがたい。

けれど、彼は私に驚くほど優しく接してくれた。

……香里が帰国するまでは。

涙が止まらず、声を震わせながら訴えかけた。

「香里が戻ってきてから、バレンタインの日に映画を観に行ったよね。

あの日、付き合ってるのは私たちなのに――怖いシーンが出るたびに、あなたは香里の目を覆ってた」

……

「そして、あなたは遊園地が嫌いだったでしょ?

私は何度もお願いしたが、連れて行ってもらえなかった。

でも、あなたの誕生日にサプライズをしようと別荘で待っていたとき――

玄関のドアが開き、あなたは両手いっぱいにキャラクターのぬいぐるみを抱えて帰ってきた。

そのとき、私は初めて知った。

その日の午後、香里があなたを遊園地に誘っていたことを」

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松坂 美枝
三十路男が元カノと遊び回ってる間に若い彼女に愛想尽かされて結婚された話 三ヶ月も放置してりゃ引く手あまたの女の子は掻っ攫われてしまうんだ
2025-11-04 09:44:50
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12 Chapters
第1話
衣斐久志(いび ひさし)が幼なじみと熱いキスを交わしたその日――それは、私の誕生日だ。彼は今夜、山荘へ連れて行ってくれて、花火を一緒に見ようと約束してくれている。私は念入りに身支度を整え、秋の気配が近づく季節に赤いショートワンピースを選んだ。階下で冷えながら少し震えて待っていると、ようやく久志がやってきた。黒いマイバッハが静かに家の前に停まった。母・小林優子(こばやし ゆうこ)のからかうような視線を背に受けながら、私は慌てて車の中に飛び込んだ。まるで逃げるかのように。乗り込むや否や、私は久志のコートのポケットに手を差し入れた。だが、それが不作法だと感じたのか、彼はちらりと運転手を見て眉をひそめ、私の手をそっと引き抜いた。車は空港の方向へと走り出した。途中で久志のスマホが鳴った。画面に表示された名前――【小笠原香里(おがさわら かおり)】を見て、私の胸の奥がざわめいた。私は苛立ちを覚え、彼に「出るな」と訴えた。だって、彼女が帰国してからというもの、私と久志が二人きりになるたびに、香里は必ず割り込んでくる。三人でいるときの空気は、いつもどこかおかしかった。けれど久志は気にも留めなかった。むしろ私が文句を言うと、「お前はわがままだ」とたしなめた。「子どものころからの女友達くらい、受け入れられないのか」と。今回も同じだ。久志は、私が掴んでいた彼の手首を振りほどき、電話に出た。受話器の向こうからは、泣き声を交えた香里の声が聞こえてきた。「久志、私、Xクラブにいるの……」久志の表情を見た瞬間、私の胸は半分ほど冷たくなった。途切れ途切れの声だったが、内容は理解できた。香里は友人たちと「真実か挑戦か」のゲームをしていて、負けた罰として男と三分間キスをしなければならない。拒めば、別の罰が待っているという。彼女は別の罰については説明せず、ただ「罰を受けたくない」と繰り返している。久志は短く答えた。「すぐ行く」それだけ言うと、彼は視線を落とし、運転手に命じた。「彼女を家まで送ってから、Xクラブへ向かってくれ」私は当然、首を横に振った。「行くって……まさか彼女とキスするつもり?いやよ、そんな汚れた男なんて。今日は私の誕生日なんだよ?」それは、私の譲れない一線だ。彼
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第2話
まるで胸の奥に溜め込んだ悔しさや悲しみを、すべて吐き出してしまいたいかのような気持ちだ。……話せば話すほど、私の心は痛み、最後には喉が少し枯れてしまった。電話の向こうで、久志はずっと黙ったままだ。そして、私の泣き声がようやく止んだ頃――彼の冷たい声が響いた。「泣き終わったか?」その声には、明らかな苛立ちが滲んでいる。まるで冷たい水を頭から浴びせられたかのようで、自分がどれほど惨めなのかを突きつけられた気がした。さっきまでどうにも抑えられなかった感情が、一瞬で引いていった。私は、彼と香里が熱いキスを交わしている写真を見つめた。胸の中がすっと空っぽになった。認めたくはなかった。けれど、ほんの少し前まで――私は、泣きながら訴える自分の声に、彼が昔のように優しく慰めてくれることを、どこかで期待していたのだ。でも、彼の一言で、私はどれほど愚かだったかを痛感させられた。途端に、すべてが虚しく感じられた。「……うん」かすれた声でそう返し、私は何も言わなかった。彼はそのまま無言で通話を切った。……一時間後、匿名の送信者から一枚の写真が届いた。そこには、香里を抱きかかえて車に乗せる久志の姿。香里の手は彼のコートのポケットに差し込まれており、久志はそれを拒まなかった。私はその場にしゃがみ込み、目を閉じた。涙が手の甲に落ちるのを感じながら、しばらく動けなかった。ようやく立ち上がり、洗面所で顔を洗った。気持ちを落ち着けてから、両親に久志と別れたことを話した。そのとき、あの夜に起きたこともすべて包み隠さず伝えた。二人は怒り心頭に発しながらも、同時に私を気遣ってくれた。彼らの優しい顔を見て、私はふと心が軽くなった。――私は愛されて育ったのだ。だからこそ、自分を大切にしてくれない人に、いつまでも縋り続けることはできない。今のところ、まだ完全に吹っ切れたとは言えない。けれど、思っていたよりも早く、きっと乗り越えられる気がした。……久志は香里を家まで送った。別れ際、香里は頬を赤らめながら言った。「泊まっていかない?」先ほどのキスの余韻が、まだ二人の間に漂っている。大人の男女が織りなす、危うい空気だ。久志は彼女の意図を察したが、吹き抜ける冷たい風がその空気をか
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第3話
若々しい顔立ちで、どう見てもまだ22、23歳くらいに見え、大学を卒業したばかりの印象を受ける。より大事なのは……どこか見覚えがあることだ。彼が私に気づき、目をわずかに輝かせた。「由希さん」その声を聞いた瞬間、思い出した。彼は優子の親友・照井麻奈美(てるい まなみ)の息子だ。大学時代、彼は一度、うちに数日間泊まったことがあった。確か、あの夏休み、18歳の彼は成績が悪すぎて麻奈美に家を追い出され、うちに預けられたのだ。優子の話によると、彼は照井京司(てるい きょうじ)で、照井家の末っ子であり、どうしようもない問題児だったらしい。初めて彼に会ったとき、彼の耳には黒いピアスが輝き、どこか反抗的な雰囲気を漂わせていた。後ろには、似たような不良っぽい仲間が数人いた。誰かが茶化すように言った。「お前、家追い出されたんだって?」京司は眉をひそめ、短く言い放った。「消えろ」当時20歳の私はまだ大学生で、二階のベランダからその光景を見て、「関わらないほうがいい」と思った。――ただ、そのあまりにもかっこいい顔だけは忘れられなかった。まさか、今の彼は以前の荒っぽさがすっかり消えているとは。「……京司?」名前を覚えていたことが意外だったのか、彼の瞳がわずかに輝きを増した。「はい、僕です。由希さん」「……」――うちの母が、よりによってまた身近なところから探してきたわけ?よりによって、相手が年下で――しかも二歳も年下だなんて。彼女はいったい、どんな神経をしているのだろうか。席に着くと、ほどなく料理が運ばれてきた。私の大好物ばかり。本当はすぐに「お見合いなんて無理」と断るつもりだったのに、空気を壊すのがためらわれて言葉を飲み込んだ。しばらくして、私は彼を見つめ、少し気まずさを感じながら言った。「……でも、あなた、まだ若いでしょ?こんなに早くお見合いなんて、いいの?」京司は長い睫毛の下から真っすぐに私を見つめた。「由希さん、お見合いは僕が母さんとおばさんにお願いしたんです。それに、僕はもう子どもじゃありませんよ」整った顔立ちに、引き締まったフェイスライン。ゆったりとしたパーカーの下からも、鍛え上げられた体つきがはっきりとわかる。高く通った鼻筋に薄い唇、深く澄んだ瞳――その視線が
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第4話
私が何を言えばいいのかわからない。たぶん気まずい空気をなんとかしようと思ったのだろう、麻奈美が先に口を開いた。「じゃあ、あなたたちはお見合い成功ってことで?もう交際を始めたのかしら?」私は慌てて説明しようとした。けれど、その隣で京司はすでに頷いた。思わず彼の方を向くと、彼は小さな声で呟いた。「由希さん、あれは僕の初めてのキスでした」周囲の三人は、まだ私の返答を待っている。三つの期待に満ちた視線を向けられて、私は仕方なく頷いた。……もう身の潔白を証明できない。麻奈美の前で京司を押し倒してキスまでしてしまったのだから、どんな言い訳をしても無駄だ。家に帰ると、京司からメッセージが届いた。【由希さん、もし気が進まないなら、無理をしなくていいです。僕は大丈夫ですから】それを読んだ瞬間、かえって申し訳なさで胸がいっぱいになった。でも、冷静に考えてみると、私も損はしていない。顔はいいし、性格も知っているから――試してみてもいいかもしれない。こうして、私と京司は正式に付き合うことになった。彼はよく私を迎えに来てくれて、遊園地や貸切風呂、乗馬やアーチェリー、サーフィンにも連れて行ってくれた。まるでエネルギーが尽きることがないかのようだ。映画を観ている間も、彼の視線はずっと私の横顔に注がれている。本当に従順で、まるで小さな子犬のようだ。ただ――年下、ということだけが引っかかっている。私がそう言うたびに、母の優子は決まって鼻で笑った。「若いっていいことよ。あなたはまだ、その良さが分かってないだけ」「……」私は言葉を失った。……京司の誕生日の日、彼は早くから「夜、誕生日会に来て」と誘ってきた。そういえば、彼に何もプレゼントをあげたことがない。ちょうど手元にあったオークションの招待状を見て、そこでプレゼントを選ぶことにした。今夜は、一千万円以上の価値がつく腕時計が出品されると聞いている。京司の叔父は港町のM市で会社を経営しており、妻の体調の関係で子どもを持たず、京司を自分の息子のように可愛がっている。つまり、京司の家は経済的に困っていない。それでも、私は自分の気持ちとして買ってあげたい。――まさか、その時計を狙っているのが久志の友人・有沢康哲(ありさわ やすのり)だとは
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第5話
「あと三日経ったら、俺が迎えに行って、機嫌を取ってやるさ。あんなにプライドが高くてわがままな女なんだから、彼女に逃げ場を作ってやらなきゃな」久志の言葉には、すべてが透けて見えるかのような含みがある。その場にいた全員が顔を見合わせ、静寂が訪れた。そして、誰もが香里に視線を向けた。彼女は久志のすぐそばにいながら、頬に明らかな気まずさを浮かべている。私はそれ以上見ていられず、静かにドアを押し開けて隣の個室に入った。……京司の友人たちは、思っていたよりもずっと感じが良かった。みんな若く、控えめな者もいれば、派手で目立つ者もいたが、不思議なことに全員が私に対してとても礼儀正しく接してくれた。まるで京司があらかじめ「大切にしてくれ」と伝えていたかのようだ。中には女の子たちもいて、私を見るとすぐに打ち解け、服やアクセサリーの話で盛り上がった。しばらくしてすっかり打ち解けた頃、数人の女の子たちが顔を真っ赤にしながら私に抱きつき、頭を私の胸に埋めた。京司はというと、耳まで真っ赤にして、むっとした顔で私の腕を引っ張った。「まだ僕、抱いてもらってないのに。みんな、やりすぎだろ」個室は一瞬にして静まり返った。彼の友人の一人が耳をいじりながら、おどけて言った。「今、しゃべったのは誰だ?萌え声が聞こえたぞ?」京司が冷たい視線を一閃すると、その男はすぐに口をつぐんだ。誕生日会が終わる頃には、京司の視線が一度も私から離れなかった。私はいっそ尋ねた。「もしかして、あなたも私を抱きしめたいの?」彼の瞳がぱっと輝きを増した。「いいの?」言い終わらないうちに、彼の腕が私の腰を引き寄せた。その瞬間、酔った男の一人が口笛を吹き、いやらしい目で私を見つめた。京司はすぐに自分の上着を脱ぎ、そっと私の肩にかけた。「由希、ちょっと待ってて。車を取りに行ってくる」私は頷いたが、彼はなかなか戻ってこない。不安になって駐車場へ向かうと――京司が誰かを地面に押さえつけ、拳を振り下ろしている。その目つきはまるで獰猛な狼のように凶悪で、拳の一撃一撃に迷いがなかった。私の足音に気づいたのか、彼は顔を上げた。途端にその表情は、叱られた子犬のようにしおれて見えた。彼が立ち上がると、殴られていた男はすぐに逃げ去った
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第6話
修一郎からは、もし京司が何か問題を起こした場合は、遠慮なく自分に知らせてほしいと伝えられた。修一郎の書斎を出るとき、私はドアの裏に半分に折れた木の棒が掛けられているのを見た。京司がすぐに私の耳元で囁いた。「もう半分は折れたんだ。僕が8歳のとき、悪さをして叩かれたからね」……新居に帰るや否や、京司は私を玄関の小さな棚の上に抱き上げ、熱いキスを交わした。彼はそのまま体を私の太ももに寄せてきて、私は息を詰めるしかなかった。ただ、反射的に彼の首に腕を回していた。「由希……」目尻をほんのり赤く染めた京司の声には、どこか色気が漂っている。その瞬間、母の言葉が頭をよぎった――「若いって、いいことよ」。やがて、二人はソファに倒れ込み、私は手を伸ばした。彼の瞳の奥が、淡く潤んで見えた。私の胸は妙に変態みたいな快感に襲われた。彼は低い声を漏らし、目尻がさらに潤んだ。――なるほど、確かに愛する人のこんな様子を見ると、女はみんな興奮するよね。けれど、次第に主導権は彼の手に移り、今度は私のほうが翻弄される番だ。泣いたのも、「やめて」と叫んだのも、私の方だ。その夜、京司は快感に身を任せて止まることなく、私を大切に扱ってくれた。私は耐えきれず、ただその名を呼ぶことしかできなかった。彼の白い首の肌の上で、喉仏が抑えきれないほど震えている。そして愛を込めて、何度も激しく突っ込んできた。それ以来、京司はまるで底知れぬ情熱を抱いているかのようだ。幸いにも会社から新しいプロジェクトの連絡が入り、私は忙しさに紛れて仕事へ戻った。「ついてるな」と思いながら。ただ、帰宅するときはいつも少し疲れた表情をしている。それを見てか、京司はしばらく私に無理をさせなかった。ところがある日、予定より早く帰宅したときのこと――浴室の扉の向こうから、掠れた彼の声が何度も私の名前を呼んでいるのが聞こえた。頬が熱くなった。思わず逃げようとした拍子にソファの脚にぶつかり、「痛っ!」と声を上げてしまった。京司が現れたとき、その表情にはまだ熱の名残がある。腰には無造作にタオルを巻いただけだ。私が息を呑む間もなく、彼は微笑みを浮かべて私を抱き上げ、そのまま浴室へ連れていった――……それからの生活は、穏や
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第7話
「ただ、まさか彼が――本当にあなたを愛してるなんて、思いもしなかったわ」香里の瞳に、かすかに怒りの色が差した。私は黙って隣に座り、写真を見つめている。そこには、久志が彼女のために手作りのプレゼントを用意し、誕生日を祝っている様子が写っている。その瞬間、心の中の靄がすべて晴れていくのを感じた。そして、久志への最後のわだかまりも、すっと消えていった。「……なるほどね。あなたたち、本当にお似合いよ。最低な男と女で、まさに生まれつきのカップルだわ。恋人を捨てて海外へ逃げた後、平然と彼の新しい恋に割り込んでくる女。そして、心に別の人を抱えながら、今の恋人の手を握る男」香里はくすっと笑った。「そんな言い方しないでよ。あの頃の私はまだ若かったの。ただ、彼を置いて海外に行ってしまっただけ。私はただ、自分のものを取り返しただけじゃない?」そのとき、テーブルの上のスマホが震えた。画面には見知らぬ番号が表示されている。けれど末尾に並んだ同じ数字を見て、私はすぐに誰からの電話か察した。通話がつながると、香里に向かって意味ありげに微笑んだ。「いいわ、安心して。彼は中古品なんて、わざわざ取り合うほど落ちぶれちゃいないし、未練なんてこれっぽっちもない」そう言い終えた瞬間、電話の向こうから掠れた男の声が聞こえた。「……由希、今、なんて言った?」私はすぐに通話を切り、そのまま番号をブロックした。かばんを手に取り、席を立った。去り際に、テーブルの上のアイスコーヒーを手に取り、香里の胸元にざっとぶちまけた。「私は最初から、同じ女としてあなたに嫌悪感を抱いても、復讐しようなんて思ってなかった。恨むこともしなかった。だって、この一件の最大の原因は――久志だから。でもあなたはわざわざ自分から来て、わざと人を傷つけるようなことを言いに来た」香里が甲高い悲鳴を上げた。私は振り返らずに歩き出した。背後から、彼女が泣き声まじりで久志に電話をかけているのが聞こえた。そして、受話器の向こうから久志の声。「由希、香里に謝れ」私は無言のまま車に乗り込み、会社へ戻った。……オフィスの椅子に腰を下ろすと、京司からメッセージが届いた。【由希、塩をちょっと入れすぎたみたい】その下には写真が一枚。上半身裸
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第8話
「由希……」「……」電話の向こうから聞こえてきたのは、涙を含んだ香里の声だ。「久志……私ね、小林さんを誘ってお茶をしたの。あなたにもう一度やり直してほしいって、説得するつもりだったのに――まさか、彼女が私にアイスコーヒーをぶっかけたのよ」「……」久志の耳には、その言葉の中で「小林」しか入ってこなかった。なぜか分からないまま、彼は言った。「由希、香里に謝れ」口にした瞬間、後悔の念が押し寄せた。けれど、それはこれまでも何度も繰り返してきたことだ。香里が帰国してからというもの、周囲の人々は自然と彼と香里を並べて見たがっている。そして、いつも由希を隅の席に座らせている。しかし、由希は座らなかった。すると香里が席を譲って立ち上がり、そのまま泣きながら席を離れた。周囲の人々は香里を慰め、彼も眉をひそめて由希に言った。「香里に謝れ」由希の顔には屈辱の色が浮かんでいた。彼女は唇をかたく結んだまま、何も言わなかった。それを見て、久志はわざと香里の隣に腰を下ろした。その日、由希は怒って部屋を飛び出した。誰かが「追いかけなくていいか?」と尋ねたが、久志は思った――由希はあんなにも単純で慰めやすいし、ここは山の中腹で帰るにも遠い。せいぜい玄関先で怒っている程度だろう。それでも結局、彼は車のキーを手に取り、外に出た。だが、もうどこにも由希の姿は見当たらなかった。久志はなぜか突然、彼女が涙を流した日のことを思い出した。いつも強気な彼女は、泣くときでさえ涙をこぼさない。睫毛の先に小さな雫が光るだけで、頑なに頬を濡らさなかった。20歳そこそこの女の子なんて、愛の中では簡単に機嫌が直るものだ。だから彼は、自ら贈り物を選び、頭を下げた。さらに謝罪のために土下座しようとしたとき、由希は観念したように彼を制し、その腰に腕を回した。「次からは、こんなこと絶対しちゃダメだからね」――今回も、きっと同じだろう。そう思いながら、久志は由希が買ったという男性用の腕時計を思い出し、少しだけ安心した。その直後、康哲からメッセージが届いた。【久志さん、由希のインスタ見たか?彼女、結婚したよ】画面に映ったスクリーンショットが、目の奥に焼き付いた。テーブルの上のグラスが滑り落ちて、床
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第9話
私はあの日のことを思い出した。久志が香里と一緒に遊園地から帰ってきた日のことだ。私は怒りでどうしようもなかった。その日、私は久志と喧嘩した。彼は私を見ると、眉をひそめて黙ったまま書斎に入っていった。残されたのは、ただ一言――「頭を冷やせ」おそらく罪悪感からだろう。翌日、彼は人を使って私の部屋いっぱいにぬいぐるみを届けさせた。けれど、私が執着していたのは、そんなぬいぐるみじゃなかった。私が欲しかったものは、いつだって彼が香里に与えていたものだった。あの夜の前なら、きっと彼の言葉に少しは心を動かされたかもしれない。けれど今、目の前の彼を見て思うのは、ただひとつ。――遅れてきた愛情なんて、雑草よりも軽くて安っぽい。どんなものでも、本当に大切な瞬間を逃したら、もう意味なんてないのだ。……私は彼を見つめ、冷ややかに笑った。「衣斐社長、それはもう過去のことなの」昔の恋人と再び顔を合わせても、別れた後に友人になんて戻れない。かといって、過去を恨む気にはなれない。私にとってそれは、もはやただの過去でしかないのだ。彼は私を見つめ、かすかに妥協したような声で言った。「送っていくよ」私は向こう側から近づいてくる人影を見て、口元をわずかにほころばせた。そして顔を上げ、距離を置いた口調で言った。「いいえ、必要ない。――夫が迎えに来たから」久志は小さく息を吐いた。「由希……俺は、お前が結婚したなんて信じられない。俺たちは、まだ別れていない。もうふざけるな」彼の声には確信があった。まるで、私がまだ彼を愛していると信じて疑わないかのように。けれど、その瞳の奥には、彼自身も気づかないほどの動揺が滲んでいる。そのとき、京司が私の腰に手を回した。彼の手首には、私が贈った誕生日プレゼントの腕時計が輝いている。「悪い、遅くなった。君の好きなココアケーキを買いに行ってきたんだ。人が多くてさ」久志の顔色が一瞬で青ざめた。京司が私を連れて行こうとしたその瞬間、久志は思わず私の前に立ちはだかった。京司はまるで今初めて久志に気づいたかのように、眉を上げて言った。「おじさん、ちょっとどいてくれない?」「……」私は思わず京司の方を見やった。久志はまだ29歳で、「おじさん」と呼ぶには若すぎる。
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第10話
最後に京司はこう言った。「もし由希がいなくなったら、僕も生きていけない」めぐみは胸を痛めている。「衣斐家のこの子が、どうしてこんなことを……私の孫嫁を奪おうだなんて。だめよ、この件はきちんと取り締まらないと」私はやっと理解した。世間で「照井家を敵に回しても、京司を敵に回すな」と言われる理由が。彼は活きのいい小悪魔のようで、しかも家では唯一の若い世代。もちろん、家族に深く愛されている。最初は、めぐみの口癖のような冗談かと思ったが、意外にも京司の二人の叔父も「そうだな」と頷いた。ただ、京司の父親だけが京司を冷たく一瞥した。しかし、それも慣れた様子で、黙認しているようだ。照井家の家風は厳格で、門前の桜の木さえもまっすぐに立っている。彼らは決して軽々しく手を出したりはしないが、恐らく衣斐家の行ったことを見過ごすことは、これを機にもうなくなるだろう。……久志はどうやって帰宅したのか覚えていない。次に気づいたとき、車は高架橋のガードレールに衝突している。彼は秘書に電話をかけ、後処理を依頼した。自分は運転手に送られて私立病院へ。いつの間にか、あちこちから噂を聞きつけた人々が病院に押し寄せてきた。久志の頭は割れたガラスで切り傷を負い、処置の後、包帯でぐるぐると巻かれている。幸いにも、大事には至らなかった。周囲はほっと胸をなでおろした。最初に口を開いたのは康哲だ。「久志さん、由希のところへ行くんじゃなかったの?なのにどうして事故に……あのインスタの写真は君を怒らせるためだって、さっき言っただろう?なんでそんなに車を飛ばしたか?」久志は、あの目立つ婚姻届受理証明書のことを思い出した。由希とはただの冷戦にすぎないのに。少し距離を置けば、彼女が自分の間違いに気づき、別れの話をやめてくれる――そう思っていたのだ。でも現実は異なっている。その間に、由希はすでに新しい生活を始めている。彼女が別れを提案した日、彼は酔った香里を抱えてバーを出ていた。彼も考えていた。自分が香里の親しげな仕草を拒まなかったことが、由希にとってどのような意味を持つのか、と。そして、彼が出て行ったとき、由希が「汚れた男はいらない」と言ったことも思い出した。だから、由希から電話を受けたとき、彼は迷いを感じていた。
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