Todos os capítulos de 愛は春の雪のように溶けて: Capítulo 11 - Capítulo 20

25 Capítulos

第11話

「どうして彼女が南へ?なぜ俺は何も知らなかった?」横生の声はかすれて震えていた。麗は深くため息をついた。「晴子はあなたの妻だった。でも……あなたは彼女のことを何も理解していなかった。少しでも気にかけていれば、彼女が黙って去るはずがないわ」麗の目から涙がこぼれ落ちた。「それに、晴子は……子どもさえ守れなかったの」――子ども。その言葉を聞いた瞬間、横生の体が凍りついた。地面に釘づけにされたように微動だにできず、信じられない表情を浮かべた。晴子は妊娠した?二人に子どもがいた?なるほど、あの葉酸は妊娠前の準備じゃなくて……晴子はもう妊娠していたのだ。横生は動揺のあまり、麗の手を掴んだ。「いつ……どうして子どもが……?」彼は頭の中に必死にこの数ヶ月を思い返す。――奈々が戻ってから、自分はすべての時間と気遣いを彼女に注いでいた。晴子とは、まともに話すことさえほとんどなかった。だから晴子は妊娠を知っても、誰にも言えなかった。麗は目の前の男を見て悟った。なぜ晴子が去る決意をしたのか。すべてが腑に落ちた。人が本当に誰かを愛しているかは、その人が「時間を誰のために使うか」でわかる。横生は、晴子のためにほんの少しの時間さえ割かなかった。だから、妻の妊娠にも流産にも、何一つ気づけなかった。たとえ彼は妻と同じ家に住んでるのに。「妊娠を知らなかったとしても、彼女が倒れた時、真っ先に駆け寄るべきだったでしょう?」麗の声は怒りで震えた。「あなたが……あの女のために晴子を押しのけたせいで、あの子は……いなくなったの。前日まで、胎児の心音はしっかり確認できていたのに!」母である麗の目に、再び涙が溢れた。晴子の子どもを失った痛みを思うだけで、胸が張り裂けそうだった。横生の脳裏に、あの日の救急科の光景がよみがえった。あの時の彼は、泣き叫ぶ奈々しか見えていないから、倒れる晴子には、目も向けなかった。奈々が痛いと泣くたび、彼は晴子を押しのけてでも奈々の傍へ駆け寄った。その一瞬の行動が、どれほど残酷な結果を招いたか――今、ようやく理解した。晴子が助けを求めて手を伸ばしていたことも、「赤ちゃんを助けて」と叫んでいたことも、彼は何も聞こえていなかった。なぜ、あの時、もう少し冷静になれな
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第12話

院長は眼鏡を外し、深いため息とともに横生を見つめた。「福井先生、私はもうあなたと神原先生の離婚協議書を確認した。あなたたちはもう夫婦ではない。『家族』としての立場はない。海野市支援は国への貢献であり、光栄な任務だ。個人的感情で変更できるものではない……少し冷静になって。数日間、休暇を取りなさい」横生が昇進パーティーに現れなかった時点で、院長は何かを察していた。晴子と横生、かつては病院の誇りで、技術と志を兼ね備えた、最も優秀な医師二人だった。あの医療紛争の時も、彼は誰より二人を心配した。後に二人が結婚すると知り、心から安堵したものだ。まさか、こんな結末になるとは。今日の状況を、誰より見たくなかったのは院長自身だった。だが、晴子が新しい場所で新たな人生を歩むことは、それも一つの幸せなのかもしれない。院長が「もう帰りなさい」と言いかけた時、横生が突然言った。「俺も海野市へ行きます!分院の建設を支援したいです!」院長は振り返り、苛立ちを隠さず言い放った。「何を言っている!人員配置は既に決定済みだ。それにあなたは昇進したばかりだろう?無茶はやめなさい!」許可を得られず、横生は病院の長い廊下に一人座り込んだ。何年も働き続けてきたこの場所が、今はどうしようもなく冷たく感じる。彼はうつむいたまま、無表情で床を見つめる。頭の中を、晴子との日々の記憶がよぎる。――笑い合った夜も、誓いを交わした瞬間も。だが、その誓いは、奈々が戻ったあの日から、泡のように消え去ってしまった。彼は自分の愚かさと恥ずかしさを、今ようやく知った。その結果、彼は妻すら守れなかった。横生は頭を抱え、嗚咽を噛み殺した。後悔と自責が胸の中で渦巻く。その時、近づく足音が聞こえた。「あのう、失礼ですが……福井先生ですか?」横生は無言でうなずく。顔も上げない。相手はためらいながら続けた。「でしたら、神原晴子先生のご主人様ですよね?」その名に横生は反射的に顔を上げた。「そうだ。彼女がどうかした?」「神原先生、出発が急でして……エコー写真と検査報告書をお忘れのようです。ご主人様にお渡しできればと……どうか、彼女の体を気遣ってあげてください」その医師はそう言って去っていった。横生は手にした紙を見つめた――エコー写
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第13話

奈々は思わず一歩後ずさった。横生がこれほどまでに怒りを露わにする姿を、彼女は一度も見たことがなかった。怯えたように身を縮め、いつものように哀れっぽい表情で横生を見上げる。だが、横生の視線は、もう彼女に向けられることはない。彼は黙って寝室へ歩いていった。そこは、彼と晴子が幾年も共に過ごしてきた場所だった。本来なら、この家のすべては晴子のものだった。けれど今、目の前の光景はまるで他人の家のようだ。部屋には、もう晴子の痕跡は何も残っていない。棚の上にいつも置かれていた医学書もない。枕元の安神香の香りも変わっている――それは晴子の香りではない。そして、何よりも彼の心を刺したのは、寝室の壁に掛けられていた結婚写真が、いつの間にか外され、代わりに奈々の芸術写真が飾られていたことだ。晴子が家を出てから、横生は一度もこの部屋に入らなかった。だからこそ、この変わり果てた光景を目にし、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。昔、晴子が細かいことを気にしていた時、彼は「そんなこと気にするな」と笑っていた。だが今、その「細かいこと」に苦しめられているのは、他でもない自分自身だった。横生はゆっくり振り返り、背後に立つ奈々を睨みつけた。声はかすれ、怒りで震えている。「……俺の妻のものは、どこに置いた?」横生は晴子の名前を呼ばず、「妻」と呼んだのは、これが初めてだった。彼女がもう去り、「妻」という言葉さえ必要なくなった時、彼は初めてこう呼んだんだ。奈々は泣きながら首を横に振り、横生の胸にしがみつこうとした。「横生、お願い、そんなふうにしないで……怖いの……晴子はもう行ってしまったけど、私がいるじゃない。私はずっとあなたのそばにいるわ……」横生は彼女の指を一本ずつ外し、静かに引き離した。そして、低く、しかしはっきりと告げた。「お前は決して、晴子の代わりにはなれない」言い終えると、横生は背を向け、奈々の泣き声を振り切って家を出た。奈々は手すりを握りしめ、唇を震わせながら呪うように吐き捨てた。「神原晴子め、あんたに何の資格があるの……もういないくせに!横生は私のものになるはずだったのに!」その後の日々、横生は生気を失ったように過ごした。院長も彼の様子を見て、仕事に戻すことができなかった。
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第14話

横生は自らの心の闇に押し潰され、夜な夜な眠れぬ日々が続いていた。ある夜、酒に酔って家の近くをふらついていると、玄関前で長い髪の女性がしゃがみ込み、猫に餌をやっている姿が見えた。その仕草が――あまりにも晴子に似ていた。この界隈で猫を飼っていたのは、晴子だけ。猫に餌をやる習慣も、彼女だけのものだった。横生は目をこすり、よろめく足で近づくと、ためらいなく彼女を抱きしめた。「……晴子?君だろ?やっと帰ってきてくれた!」涙ながらに、彼はその女性を離そうとしない。「一緒に帰ろう。もう一度やり直そう。二度と離れない。また子どもも授かろう」すでに理性を失い、眼前の人物が誰かもわからなくなっていた。ただその姿に晴子を重ね、掴んだ手を放せない。横生は相手を抱きしめたまま、夢中で唇を重ねた。女性も抵抗せず、むしろ横生を受け入れている。酔いに支配された横生は違和感にも気づかず、さらに深く求めていく。そして、二人の身体はベッドへと沈んだ。横生の指が、無意識に相手の右腕をたどる。そこには、かつての傷跡があるはずだった。だが、指先に触れたのは、なめらかで無傷の肌だ。――ない。あの傷が、どこにも。その瞬間、横生の意識が一気に覚めた。彼は激しく相手を押しのけた。「お前は……誰だ!」叫ぶと、女性は再びすがりつこうとした。横生は怒りを爆発させ、乱暴に振りほどいた。カーテンを引き開けると、差し込む光の中に――奈々がいた。さっき、彼女は晴子の服を着て、玄関で待ち構えていた。横生は顔を強張らせ、服をつかんで立ち上がった。だが奈々が腰にすがりつく。「横生、あなたも私を愛してるでしょ?だって、あんなに優しくしてくれた……!」彼女は横生の手を離さぬよう必死に握る。「あなたもわかってるはず。本当に愛し合ってるのは、私たちなの!」横生は冷たく言い放った。「お前に触れたのは――お前が晴子を真似たからだ。お前なんか、彼女と比べることすらできない。俺が愛しているのは、晴子だけだ」そう言うと、横生は顔を背け、もう一瞥すら与えなかった。「二日だけ猶予をやる。その間に消えろ」言い終えると、部屋を出た。だが玄関では、宗一郎と亜由美が立ちふさがっていた。「うちの娘を弄んで逃げるつもりか!」「娘があんたと同じベッド
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第15話

電話の向こうの男は、自分を奈々の夫と名乗った。ただし、二人は正式な婚姻関係にはなかった。奈々がかつて海外へ渡った真の理由も、「ダンスの夢を追うため」などという綺麗事ではない。実情は、とある富豪の愛人となるためだった。しかしその関係は長続きせず、正妻に発覚した奈々は惨いリンチに遭い、その時の傷が元で脚が不自由になった。彼女が言っていた「公演中の事故」など、まったくの虚構だった。奈々の帰国も、治療のためではない。新たなお金持ちを見つけ、寄生するためでしかない。横生の脳裏に、ある記憶がよみがえる。――神原家の三人が何の前触れもなく夜逃げ同然に海外へ去ったあの日、学生だった晴子は学費さえ払えなかった。神原家は何も残さずに彼女を見捨てた。あの時横生が助けたからこそ、晴子は彼の優しさをずっと覚えていた。そして、彼女はその「優しさ」に報いるため、ほぼ人生そのものを捧げてしまった。横生は思わず嗤った。自分はなんて愚かだ。今になってようやく、神原家という家族の本性を見抜いた。彼が「初恋」として胸に刻んでいた女は、実は道徳も誇りも失った女だった。だが、もうすべてわかった。これからは、晴子を傷つけた者たちに、必ず代償を払わせる。横生は定期的に療養院を訪れた。完璧な仮面を被り、奈々に微塵の疑いも抱かせなかった。奈々は自分が世界の中心と信じ込み、横生の訪問を「愛の証」と錯覚していた。ある日、彼女は横生の腕に手を絡め、頬を染めて言った。「ねえ、私たちの結婚式、いつ挙げるの?」横生は瞳の奥の冷たさを隠し、淡々と答えた。「もうすぐだ……君の脚が治ればすぐに挙げる。そうだ、家族や友達には、もう招待状出した?」奈々は嬉しそうに頷いた。「もちろん!みんなに、私が誰と結婚するか見せたいの!」横生はそんな彼女を見つめ、心の奥で冷笑した。――その日、本当に笑っていられるか、見ものだな。彼は結婚式のために、「特別な贈り物」を準備していた。その日、横生はいつものように監視カメラの映像を確認していた。画面に映る内容に、拳を握りしめる。――ついに、待ち望んだ証拠を手に入れた。「お母さん、あの日晴子ってあんなに血流してたの?」「そうよ、見ただけで流産だってわかったわ。でも私は横生の手を掴んで、あなたの足を見せ
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第16話

宗一郎と亜由美が慌てて壇上に駆け上がり、止めようとした。だが、もはや手遅れだった。「今日こそ俺と帰国するんだ。お前は俺がお金で買った女だ。俺のお金使ったなら、逃げられると思うな」会場が騒然とする中、突然スピーカーから音声が流れ始めた。それは横生がこの間調べて、今日のために用意していた録音だ。「晴子なんて自業自得よ。子どもを守れなかったんだから」「あいつは小さい頃から不幸になる運命だった」「覚えてる?冬のあの日、私が嘘をついて川に飛び込ませたこと。あれからずっと病気がちになった」録音が流れるにつれ、会場の人々の表情が一変し、誰もが神原家の本性を目の当たりにした。「……人は見かけによらないな」「なんて罪深い……あの優しい子が、どうしてこんな親に」「奈々が外国の舞踊団に入ったって?結局は愛人じゃないか!」「知り合いだったなんて恥ずかしい!」怒号と非難が会場に渦巻く。奈々はビリーに何度も頬を叩かれ、顔が腫れ上がっていた。膝をつき、錯乱したように叫んだ。「警察を呼んで!早く!」その時、ドアから横生が静かに現れた。「もう警察に通報したんだ」奈々は反射的に横生に助けを求めようとした。だが、その冷たい瞳を見た瞬間、すべてを悟った。「……まさか、全部あなたの仕組み?横生!私を潰す気なの!?」横生は奈々の手を掴み、低声で言った。「神原奈々、これはすべて……お前自身が招いた結果だ。お前が晴子にしたことは覚えてるか。これは罰だ!」奈々は一瞬呆然とした後、狂ったように笑い出した。「ハッ……あなたが正義の味方ぶってよく言えるな!あなたが最初からあの女を守っていれば、私はこんなことしなかった!あなたが何もしなかったから、私に『希望』を持たせたの!私はもともと悪女よ!でもあなただって聖人じゃない!晴子がいた頃、私がちょっと手招きすると、あなたはすぐに飛んできた。あの時からあなたの目には、私しか映っていなかったじゃないか!今さらあいつがいなくなって、そんなに深い愛情ぶって、誰に見せたいんだ?あなたこそ彼女を守るべき夫だったのに、結局何をした?あなたが突き飛ばしてあいつを流産させたんでしょ!?福井横生、あなたこそ本当の張本人よ!」その言葉が胸を貫き、横生は何も言い返せなかった。た
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第17話

浜辺の寮で、晴子は看護師長の麗からの手紙を読み終えたところだった。この街での生活も、ようやく落ち着きを見せ始めている。窓の外では、穏やかな波の音が絶え間なく続いていた。彼女はその音を聞きながら、手元の医学書を無意識にめくっていた。海野市に来てから、晴子は麗だけに住所を知らせていた。そして、麗は頻繁に手紙を送ってくれる。内容は病院の様子、同僚たちの近況など、ささやかな話題ばかりで、横生の名は一度も登場しない。きっと、晴子に彼のことを思い出させたくなかったのだろう。だが今回の長い手紙には、彼女が去ってからの数ヶ月の出来事が、静かに、丁寧に綴られていた。晴子は一文字ずつ目で追いながら、まるで別世界の物語を聞いているような気分だった。遠い記憶の彼方に沈んでいく人々の結局を見ながら、彼女も自分がようやく過去を完全に断ち切った感じがした。遠くの灯台の光が、夜の海にゆらめいている。あの頃の思い出も、潮騒と共に消えていくようだった。ふと、数ヶ月前、海野市に来たばかりの頃を思い出した。十数時間に及ぶ列車の旅。車窓を流れる景色は、京平市育ちの彼女にはすべてが新鮮だった。駅に降り立った瞬間、潮香りを含んだ温かい風が頬を撫でた。冬なのに、こんなに暖かいのか、と晴子は心の底からそう思った。迎えの車が待っており、到着口では一人の青年が名札を掲げて立っていた。若いが、きちんとした印象の清潔感ある青年だった。「こんにちは、神原晴子です」声をかけると、青年は一瞬驚いたように目を見開き、それから微笑んで手を差し出した。「初めまして。白鳥秋墨(しらとり あきずみ)と申します」道中、秋墨は晴子に荷物を持たせようとせず、車窓の外を指さしながら、周辺の建物や名所を穏やかに紹介してくれた。晴子は生まれて初めて本当の海を見た。かつては、「いつか海を見てみたい」と思いながら、いつも何かに追われ、叶わなかった。今、ようやくそれが現実となった。秋墨は彼女の海を見つめる表情に気づき、笑いながら前方を指した。「あちらが職員寮です。新築で、目の前が海ですから、夜の散歩には最高ですよ」晴子は夕暮れの光が海面にきらめくのを見つめた。空と海が一つに溶け合う光景――そんなものは、夢の中でしか見たことがなかった。秋墨
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第18話

晴子が近づく前に、男性はすでに笑顔で挨拶をしていた。彼女は帽子を取って歩み寄った。「今日も誰かを迎えに来たんですか?」秋墨は少し戸惑ったように瞬き、ゆっくり首を横に振った。「いえ、今日は晴子さんに病院の制服をお届けに来ました」晴子が受け取ると、それは外科の制服だった。その瞬間、胸の奥がかすかに震えた。彼女はもう長い間、外科には働いていなかった。「これ、間違ってませんか?」秋墨は首を横に振り、穏やかに微笑んだ。「いいえ。晴子さんの経歴を考慮しての判断です。今、病院は人手不足で、君が研修医として働くだけではもったいないと思います。ですから、皆で話し合い、晴子さんに外科医として復帰してほしいです。もっと多くの患者を救えるはずです」晴子はすぐには返事ができなかった。まさか、再びメスを握る機会が訪れるとは。それに、まだ自分を信じてくれる人がいるとは。あの事故以来、彼女はずっと練習を続けていた。豚の皮や卵の殻を使って。だが実際の手術からは、三年も遠ざかっていた。手の中の懐かしい制服を見つめ、晴子は涙がにじんだ。秋墨はその反応に驚き、どうすればいいかわからなくて、差し出したハンカチが空中で少し止まった。晴子は微笑んでそれを受け取った。「ありがとう。次に会った時お返ししますね」秋墨は彼女の微笑みに一瞬見とれた。これほど柔らかく澄んだ笑顔を見たことがなかった。晴子が階段を上がる前に、ふと振り返った。「そういえば秋墨さんは、どの科の先生なんですか……え?秋墨さん?」秋墨はぼんやりしていて、二度呼ばれてようやく我に返った。「仕事が始まれば、すぐわかりますよ」晴子はそれ以上尋ねず、一人で上がっていった。その後、寮にも少しずつ新しい同僚が入ってきた。みんなは全国各地から集まった若者たちだ。晴子の隣の部屋には同じく京平市出身の明るい女性が住み、二人はすぐに打ち解けた。新しい友人を得ながらも、晴子は時々看護師長の麗のことを思い出してしまう。仕事を始める前に、地元の干物や果物を集めて麗に送り、新しい住所も書き添えた。特に他人に教えないでって頼んだわけではないが、彼女なら簡単には教えない。二人はその後も自然とやり取りを続けるようになった。麗は晴子が新しい生活を始め、友人もで
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第19話

晴子は一瞬、言葉を失った。まさか分院の院長がこれほど若いとは思わなかった。二人とも仕事が山積みだったため、晴子はハンカチを返すとすぐに去ろうとした。しかし秋墨は彼女を呼び止め、どこからか一輪のチューリップを取り出した。「咲き方が美しくて、つい買ってしまいました」彼の耳の先がほんのり赤くなり、恥ずかしそうにその場を立ち去った。光の中に残されたのは、鮮やかに咲くチューリップと、静かに微笑む晴子だけだった。日々は穏やかに過ぎていった。単調ながらも、確実に前進する毎日だった。ある日、新しい医療機器の導入に伴い、晴子は秋墨と出張することになった。この出張で、彼女は秋墨の真の専門性を初めて目の当たりにする。秋墨は医療機器の性能と安全性について、細部まで妥協を許さなかった。晴子にとって未知の領域だったが、彼はどんな質問にも丁寧に答えてくれた。晴子は昔から理解が早かった。午前中に教わった内容でも、午後の交渉で完璧に活用してみせた。二人の間には、自然な尊敬の念が生まれていた。最終的に、最新の医療機器を公正な価格で導入することに成功した。中でも秋墨が特に重視していた一台があった。晴子は見たこともない精密な機械に驚いた。秋墨は微笑みながら言った。「海外からの最新型です。これをマスターすれば、これまで不可能だった手術も可能になります。これはただの機械ではありません。多くの人々の希望なのです」その時、これが自分にとっても「希望」になると、晴子はまだ知らなかった。出張から戻って数日後、麗から手紙が届いた。そこには、あの「神経修復手術の専門家」についての確かな情報が記されていた。その名は――白鳥秋墨。思いがけず、遠回りをして、救いの手がすぐそばにあった。しかしこの手術は、国内未経験のもので、危険を伴う賭けでもあった。機器が到着した後、秋墨は病院に寝泊まりし、昼夜を問わず研究を続けた。試運転を繰り返し、精密操作を習得するまで調整を重ねた。彼はもともとこの分野の第一人者で、以前は長年海外で学んでいた。帰国を選んだのは、国内医療の不足を埋めたいという強い信念からだ。だからこの機器に関して、参考になれる手本はなく、自ら道を切り開くしかなかった。この件は分院の医師全体が知っている。さらに
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第20話

手術後、秋墨と晴子の距離は次第に縮まっていった。二人は志を同じくする者同士、語り合えば語り合うほどに、心が通じ合っていった。仕事から人生観、遠い故郷の思い出まで、何でも分かち合える関係になっていた。退院の日、晴子を寮まで送り届けたのも秋墨だった。彼は小さなレストランを予約し、二人でお祝いをしようと提案した。食卓を囲みながら、晴子は自分の腕を見つめた。かつては夢のまた夢だった「腕の回復」が、今は現実となっていた。科学の力が、どれほど多くの「不可能」を「可能」に変えてきたかを、晴子は身をもって実感していた。秋墨が穏やかに尋ねた。「これから叶えたい願いはあるか?」晴子は微笑んで答えた。「しっかりリハビリをして、一日も早く手術室に戻りたい」それはかつて、口に出すことさえ恐れていた夢だったが、今は、その夢が手の届くところにある。秋墨は彼女の瞳に光る涙を見つめ、心の中で願った――この人がこれから流す涙が、すべて喜びのものでありますように。晴子は珍しくご機嫌で、生き生きとしていた。彼女は秋墨に尋ね返す。「秋墨は?どんな願いがあるの?」少し酔った秋墨は頬杖をつき、ぼそりと呟いた。「……晴子の願いが、すべて叶いますように」騒がしい食堂の中で、晴子はその言葉だけが不思議にはっきり聞こえた。二人の視線が交わり、言葉がなくても互いの気持ちが伝わっていく。晴子はもう二度と恋をすることはないと思っていた。これまでの人生で、彼女はすべてを捧げ、深く傷ついた。その痛みが彼女を臆病にし、愛というものを遠ざけさせた。だが、運命は皮肉なほど優しく、彼女を秋墨という人に会わせた。食堂を出て、二人は夜の砂浜を歩いた。海風が心地よく、酔いも少しずつ覚めていく。晴子が先を歩き、秋墨がそれに続く。「晴子」呼び止める声に、晴子は足を止めた。夜空には無数の星が散りばめられ、湾に月影が揺れ、潮風さえもどこか優しく感じられた。秋墨はゆっくり近づきながら、静かに語り始めた。「少し、話したいことがある。僕はずっと一人で生きてきた。国内に家族もおらず、勉強にすべてを捧げてきた。口べたで、学生時代から言葉が得意ではない。今も変わらない。院長などと呼ばれているが、未熟だと思っている。それでも、この道を
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