兄と幼なじみがまた、友紀が私の代わりに嫁ぐのは惜しいとそれとなく口にしたとき、私はもう最初のうちのように驚きも悲しみもしなかった。私がうつむいて黙り込むと、兄はしばらくしてから気まずそうに笑った。「明菜ちゃん、木南はたとえ植物状態になっても、いつかは目を覚ますかもしれない。そのとき彼と結婚している人こそ、海市でいちばん幸せな女になるんだよ」心の中で私は冷たく笑った。――植物状態の人と結婚するのがそんなに幸せなら、どうして菅原友紀(すがわら ゆき)を手放したくないの?私は何も言わなかった。二人は私がまだ首を縦に振らないのだと思い、表情をどんどん険しくしていった。けれど彼らは間違っていた。私はもう、嫁ぐと決めていた。礼儀として翌日、私は木南家を訪ねた。木南家の人たちはその知らせを聞くと、飛び上がらんばかりに喜んだ。優弥の母は私の手を握り、涙を拭いながら言った。「みんな、優弥がこんな状態になって、菅原家はきっと婚約を破棄するだろうって言ってたのよ。でも、私は信じてたの。菅原家の人は約束を裏切らないって」そう言って、彼女は私を奥の部屋へ案内した。ベッドの上で、木南優弥(きなみ ゆうや)は静かに眠っていた。血の気を失った顔、閉じられた瞳。生命の気配は感じられない。それでも、彼の身に漂う気高さは失われていなかった。私は思わず息を呑んだ。私と優弥の婚約は祖父の代から決められていた。六年前――天才と呼ばれた木南家の長男は、交通事故で植物状態になった。兄と幼なじみは私を不憫に思い、婚約を解消したいと願った。けれど、「菅原家は情が薄い」と世間から言われるのを恐れ、彼らはひとりの孤児を引き取った。そして二十歳になったら、私の代わりに嫁がせるつもりだった。その孤児――友紀が菅原家に来てからというもの、二人は次第に彼女に抱いてはいけない感情を抱くようになった。替え玉扱いへの罪悪感もあって、彼女を過剰なまでに甘やかした。毎月、信じられないほどの小遣いを与え、数え切れないほどのバッグやアクセサリーを買い与え、彼女の望みをすべて叶えようとした。そして私は、何度も譲らざるを得なかった。友紀が「お姉ちゃんの部屋、日当たりが良くて好き」と言えば、私は譲った。「そのアクセサリーとバッグ、素敵ね」と言えば、それも譲った。
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