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第9話

Author: イヌフトン
輝は壇上を見上げ、涙に濡れた目で言った。

「明菜ちゃん、迎えに来た。俺たちはたくさん間違った。でも、もう終わったんだ。友紀がしたこと、全部調べた。全部分かったんだ」

――そう。私の潔白を証明するなんて、きっと難しいことじゃなかったのだ。

あの頃、私がどんなに弁解しても、誰も聞こうとしなかった。

きっと彼らも、見抜けなかったわけじゃない。ただ、私の痛みがどうでもよかっただけ。

私が傷つけば友紀が笑う――それで十分だったのだ。

目の前の輝は以前とはまるで違っていた。無精ひげが伸び、シャツは皺だらけ。

体中から酒の匂いが漂っていた。

優弥が眉をひそめた。

「藤木、イカれたのか?ここは僕と明菜ちゃんの結婚式場だ。どういう神経してるんだ?」

輝は顔を赤くして、声を張り上げた。

「俺は正気だ!イカれてるのはお前のほうだ!明菜ちゃんは俺のものだ!お前が寝たきりだったあの数年、ずっと俺がそばにいた!明菜ちゃんは俺を愛してるんだ!お前に嫁ぐのは、ただ怒って意地を張ってるだけだ!」

私は息をのんで優弥を見た。彼が誤解してしまうのではないかと怖かった。

けれど優弥は、ふっと片眉を上げて笑った。

「なるほど。じゃあ、ずいぶん無能だな。何年もそばにいながら、明菜の心ひとつも掴めなかったんだな。やっぱり、僕のほうが魅力的みたいだな」

私も思わず笑いをこらえきれず、口元を押さえた。

輝の目が血走る。

「明菜はお前を愛してなんかいない!ただの八つ当たりだ!傷ついたから、誰かに庇ってほしいだけだ!お前が木南家の跡取りじゃなかったら、明菜は絶対お前なんか選ばなかった!」

優弥は肩をすくめ、淡々と答えた。

「それは残念だな。僕は木南家の跡取りなんだから」

輝は言葉を失い、唇を震わせた。

優弥は腕時計をちらりと見て、微笑んだ。

「さて、そろそろ乾杯の時間だ。藤木さん、せっかくだから一緒にどう?聞いたところによると、お酒は強いらしいじゃないか」

輝が何か言い返そうとした瞬間、藤木家の人々が駆け込んできて彼を押さえつけた。必死に彼を押さえ込み、謝りながら連れ出していった。

「申し訳ありません、兄が取り乱して……どうかご容赦を、木南社長」

「いいさ。今日は僕たちの大事な日だから……ただ、今後は――僕の妻に近づくなよ」

藤木家の者たちは深々と頭を下げ、輝を半ば引
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