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第8話

Author: イヌフトン
私はもう悟っていた。

――この人たちとは、何を話しても通じない。

だから、背を向けた。木南家のボディガードたちは私の意を汲み取って数人を扉の外へ押し出した。

それからの二日間、彼らはあらゆる手を使って私に連絡を取ろうとした。

けれど、私の態度は終始変わらなかった。

結婚式の前夜。優弥が招待客の最終確認をしていた。

「本当に菅原家には知らせないでいいのか?彼は、君にとって唯一の家族なんだろう」

――唯一の家族?

昔の誠は確かに私の唯一の家族だった。仕事の帰りに、好物を買って帰ってきてくれた。

輝が遊びに来ると、わざとむくれた顔で私をかばった。

「お前の考えてることなんて分かってるぞ。俺の妹は、まだ子どもなんだ」

――そんなふうに言っていたのに、時が経つにつれて、すべてが変わってしまった。

私はそっと首を振った。優弥は何も言わず、手元のリストから誠の名前を静かに消した。

翌朝は早かった。

メイクさんたちが夜明け前から準備に追われていた。

「花嫁様、本当に綺麗です。これまでたくさんの花嫁を見てきましたが、こんなに美しい方は初めてです」

扉を開けて外へ出ると、一
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    私はもう悟っていた。――この人たちとは、何を話しても通じない。だから、背を向けた。木南家のボディガードたちは私の意を汲み取って数人を扉の外へ押し出した。それからの二日間、彼らはあらゆる手を使って私に連絡を取ろうとした。けれど、私の態度は終始変わらなかった。結婚式の前夜。優弥が招待客の最終確認をしていた。「本当に菅原家には知らせないでいいのか?彼は、君にとって唯一の家族なんだろう」――唯一の家族?昔の誠は確かに私の唯一の家族だった。仕事の帰りに、好物を買って帰ってきてくれた。輝が遊びに来ると、わざとむくれた顔で私をかばった。「お前の考えてることなんて分かってるぞ。俺の妹は、まだ子どもなんだ」――そんなふうに言っていたのに、時が経つにつれて、すべてが変わってしまった。私はそっと首を振った。優弥は何も言わず、手元のリストから誠の名前を静かに消した。翌朝は早かった。メイクさんたちが夜明け前から準備に追われていた。「花嫁様、本当に綺麗です。これまでたくさんの花嫁を見てきましたが、こんなに美しい方は初めてです」扉を開けて外へ出ると、一番に目に入ったのはタキシード姿の優弥だった。彼はブーケを手に、静かに片膝をつく。「明菜ちゃん……ずっと、この日を待っていた」胸の奥が熱くなり、視界が滲む。――まさか、私のことをこんなふうに想ってくれる人に出会えるなんて。かつて婚約という言葉が呪いのようだったのに、いまは救いのように思えた。司会者に「木南優弥さんと結婚することを誓いますか」と問われ、私は迷うことなくうなずいた。すると司会者が冗談めかして笑う。「普段は冷静沈着なビジネス界の帝王が、今日はすっかり泣き虫の新郎さんになってしまいましたね」――そういえば、昨日の夜。彼がぽつりとこぼしていた言葉を思い出した。「目を覚ましたとき、何より怖かったのは――君を失っていることだった。君がもう誰かの妻になっているんじゃないかって……でも、よかった。藤木が愚かだったおかげで、僕はまだ間に合った」会場全体が感動の空気に包まれていたそのとき――突然、扉が勢いよく開き、誰かが駆け込んできた。「明菜!あんた、人間の心ってないの?家がめちゃくちゃなのに、よくも結婚なんてしてられるわね!」その怒鳴り声に

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