朝倉怜司(あさくら れいじ)の支援を受けて十年、高瀬千紗(たかせ ちさ)は海外企業からのオファーを受け取った。カフェのテーブルを囲む友人たちが、半ば叫ぶような声で騒いでいる。「千紗、本気で言ってるの?もうビザまで取ったって?なんでそんな急に!」「そうよ、朝倉さん、あんたのことどれだけ大事にしてきたと思ってるの?十年だよ?お姫さまみたいに甘やかされてきたじゃない!」「九十九回もプロポーズしたんだよ!みんなで見てきたんだから!映画よりロマンチックで、あんた一度も頷かなかったのに、それでも朝倉さんは諦めなかった。それこそ本当の愛じゃないの?」「まさか柚木美和(ゆのき みわ)のせいじゃないよね?あの子、新しく朝倉さんに支援された子でしょ?身の上が可哀想だからちょっと構ってるだけで、比べ物にならないって!」「そうそう、あんなの一時の気まぐれよ、朝倉さんの本命はどう見たってあんただってば!」「……」愛?千紗は顔を上げた。喧しい声を通り越して、向かいの通りに視線を向ける。見覚えのある黒い車が、ゆっくりと止まる。運転席の男が身を傾け、隣の少女の髪を、ごく自然に撫でて整える。怜司だった。その隣で美和が、顔を上げて笑っている。目尻が柔らかく弧を描き、その横顔が――若い頃の自分に、少し似ていた。怜司の顔に、久しぶりに見る笑みが浮かぶ。力の抜けた、優しさすら感じる穏やかな表情。けれどそれは、もう半年以上、千紗には向けられたことのない笑みだった。彼が自分を見るときの顔はいつも、疲れていて、どこかうんざりしている。友人たちも、千紗の視線を追ってその光景を見てしまう。笑い声が止まり、空気が凍る。「……偶然じゃない?たまたま見かけただけよ、きっと」「朝倉さんも、ああやって誰かに……」言葉が続かない。千紗は視線を戻し、カップを手に取った。コーヒーをひと口。苦味が舌に広がり、胸の奥まで染み込んでいく。「ごめん、ちょっと疲れたの。海外に行くことは、もう決めたから」立ち上がり、静かに微笑んで店を出た。午後の風が頬を撫でた。陽は暖かいのに、なぜか肌寒かった。十年。あの日、彼に拾われたときのことを思い出す。湿った匂いの部屋の隅で、怯えて息を潜めていた自分。怜司はそんな自分を見つけ、手を差し伸べた。礼儀を教え、世
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