結婚式の前夜、井上葉月(いのうえ はづき)が飛び降り自殺した。彼女を一途に愛していたはずの俺――浅野修司(あさの しゅうじ)が、後を追うだろうと誰もが思っていた。だが俺は、涙一粒すら流さなかった。三年後、俺は再び彼女と出会った。死んだはずの彼女は、記憶喪失になっていた。「あなたが私の元婚約者?しばらく見ないうちに、随分みすぼらしくなったわね。昔のよしみで、週に一日くらいは時間を作ってあげてもいいわ。光栄に思いなさい?私にもう一度尽くせるのよ」俺は彼女に目を向けることすらしなかった。井上葉月は知らない。彼女が飛び降りたあの夜、俺がある動画を受け取ったことを。彼女は更に知らない。彼女が記憶喪失を装って和田透(わだ とおる)と世界旅行をしていた三年の間に、俺がもう結婚していたことを。そして、その結婚相手が彼女の実の姉、井上奈緒(いのうえ なお)だということを。……個室の中は、まだ誰も俺が扉の外に立って覗いていることに気づいていない。中にいた誰かが、ふと話を切り出した。「なあ葉月、もう三年だぞ。修司のことはどうするつもりなんだ?」葉月は横髪を指で弄びながら、本当にどうでもよさそうに答える。「三年も経ったんだし、今更焦ることもないでしょ。透と結婚してから考えるわ」みんなが笑いながら相槌を打つ。「なあ、修司も本当に哀れなヤツだよな。三年ぶりに葉月を見ちまったら、きっと間抜け面で驚くぜ!」「聞いた話じゃ、この三年ですっかり落ちぶれたらしいな。やっぱ葉月がいなきゃ、あいつの人生なんてゴミ以下だ」部屋の中は楽しげな雰囲気に包まれ、誰もが隠そうともしない嘲笑を浮かべている。立ち去ろうとしたその時、誰かが俺に気づいて叫んだ。「修司!?」一斉に視線がこっちに注がれる。さっきまで一番騒いでいた男が、ばつが悪そうに頭を掻きながら慌てて取り繕った。「すまん修司、葉月は生きてたんだ。教えなかったのは、記憶喪失だからお前がショック受けると思って」うんざりして奴らを一瞥する。だが、口を開く前に、葉月が俺を値踏みするように上から下まで眺めた。「あなたが私の元婚約者?ふーん、ずいぶん貧相な格好じゃない。聞いた話だと、この三年、私がいなくて随分と羽振りが悪くなったらしいけど」葉月は相変わらず傲慢不遜だ。
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