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「記憶喪失」の元カノと、俺の妻になった彼女の姉

「記憶喪失」の元カノと、俺の妻になった彼女の姉

By:  九尾狐Completed
Language: Japanese
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結婚式の前夜、井上葉月(いのうえ はづき)が飛び降り自殺した。 彼女を一途に愛していたはずの俺――浅野修司(あさの しゅうじ)が、後を追うだろうと誰もが思っていた。だが俺は、涙一粒すら流さなかった。 三年後、俺は再び彼女と出会った。 死んだはずの彼女は、記憶喪失になっていた。 「あなたが私の元婚約者?しばらく見ないうちに、随分みすぼらしくなったわね。昔のよしみで、週に一日くらいは時間を作ってあげてもいいわ。光栄に思いなさい?私にもう一度尽くせるのよ」 俺は彼女に目を向けることすらしなかった。 井上葉月は知らない。彼女が飛び降りたあの夜、俺がある動画を受け取ったことを。 彼女は更に知らない。彼女が記憶喪失を装って和田透(わだ とおる)と世界旅行をしていた三年の間に、俺がもう結婚していたことを。 そして、その結婚相手が彼女の実の姉、井上奈緒(いのうえ なお)だということを。

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第1話
結婚式の前夜、井上葉月(いのうえ はづき)が飛び降り自殺した。彼女を一途に愛していたはずの俺――浅野修司(あさの しゅうじ)が、後を追うだろうと誰もが思っていた。だが俺は、涙一粒すら流さなかった。三年後、俺は再び彼女と出会った。死んだはずの彼女は、記憶喪失になっていた。「あなたが私の元婚約者?しばらく見ないうちに、随分みすぼらしくなったわね。昔のよしみで、週に一日くらいは時間を作ってあげてもいいわ。光栄に思いなさい?私にもう一度尽くせるのよ」俺は彼女に目を向けることすらしなかった。井上葉月は知らない。彼女が飛び降りたあの夜、俺がある動画を受け取ったことを。彼女は更に知らない。彼女が記憶喪失を装って和田透(わだ とおる)と世界旅行をしていた三年の間に、俺がもう結婚していたことを。そして、その結婚相手が彼女の実の姉、井上奈緒(いのうえ なお)だということを。……個室の中は、まだ誰も俺が扉の外に立って覗いていることに気づいていない。中にいた誰かが、ふと話を切り出した。「なあ葉月、もう三年だぞ。修司のことはどうするつもりなんだ?」葉月は横髪を指で弄びながら、本当にどうでもよさそうに答える。「三年も経ったんだし、今更焦ることもないでしょ。透と結婚してから考えるわ」みんなが笑いながら相槌を打つ。「なあ、修司も本当に哀れなヤツだよな。三年ぶりに葉月を見ちまったら、きっと間抜け面で驚くぜ!」「聞いた話じゃ、この三年ですっかり落ちぶれたらしいな。やっぱ葉月がいなきゃ、あいつの人生なんてゴミ以下だ」部屋の中は楽しげな雰囲気に包まれ、誰もが隠そうともしない嘲笑を浮かべている。立ち去ろうとしたその時、誰かが俺に気づいて叫んだ。「修司!?」一斉に視線がこっちに注がれる。さっきまで一番騒いでいた男が、ばつが悪そうに頭を掻きながら慌てて取り繕った。「すまん修司、葉月は生きてたんだ。教えなかったのは、記憶喪失だからお前がショック受けると思って」うんざりして奴らを一瞥する。だが、口を開く前に、葉月が俺を値踏みするように上から下まで眺めた。「あなたが私の元婚約者?ふーん、ずいぶん貧相な格好じゃない。聞いた話だと、この三年、私がいなくて随分と羽振りが悪くなったらしいけど」葉月は相変わらず傲慢不遜だ。
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第2話
「ちっ」と透が舌打ちする。「悪いな、修司。我慢しろよ。今、葉月が一番愛してるのは俺なんだからさ」葉月が、ふん、と鼻で笑った。彼女は新しく仕上げたネイルを眺めながら、俺をちらりと一瞥した。「何が我慢よ。私に死ぬほど惚れてるんだから、週一で時間もらえるだけでありがたく思いなさいよ」その言葉に、胸の奥が締め付けられた。葉月は今、まるで別人のようだ。何年も前、彼女はあんなに俺を愛していたのに。かつて俺が四十度を超える高熱で何日も苦しんでいた時、彼女は仕事を全て放り出して昼夜問わず看病してくれた。それどころか、自ら病に効くと言う山まで足を運び、数えきれない石段を一歩ずつ、その度に祈りながら登り、俺の無事を祈願してくれたんだ。あの時、彼女の腫れた目と動けなくなった足を見て、俺は胸が痛んで言葉も出なかった。心の中だけで、馬鹿だと叱った。それでも彼女は、愛おしそうに両手で俺の顔を包み込んだ。「あなたが無事でいてくれるなら、この命を懸けたって惜しくないわ」かつての全てが鮮明によみがえる。だが現実はとうに変わり果てていた。人はここまで変われるものなのか。湧き上がる感情を押し殺し、葉月の瞳を見つめる。左手の指輪を見せながら、できるだけ平静な口調で言った。「人違いだ。それに、俺はもう結婚している」場が一瞬、水を打ったように静まり返った。全員が顔を見合わせ、視線を何度も交わした後、突然どっと笑い声が爆発した。葉月は軽く眉を上げ、俺の指の指輪を気にも留めずに一瞥する。「結婚?どこのおばさんと?その貧相な格好だと、指輪は百均で買った安物でしょ!まさか、これで私の記憶を呼び覚ませるとでも思ったの?」そう言うと、彼女は素早く立ち上がり、俺の薬指から指輪を乱暴に引き抜いた。この数日、プロジェクトに追われて疲れ切っていた俺は、それを避ける暇もなかった。透が進み出て結婚指輪をしげしげと眺め、突然笑い出した。「なあ葉月、この指輪、お前の姉貴が三年前にフランスで競り落としたあの『永遠の心』の指輪にそっくりだな。まさか修司が言う結婚相手って、奈緒さんじゃないだろうな?」透は俺を横目で見ながら、手の中で指輪を弄んでいる。個室内がさらに騒がしくなった。彼らにとって、これはあまりにも馬鹿げた話だ。なにしろ奈緒は
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第3話
俺の眼差しがあまりに凄まじかったのか、葉月が身を竦ませた。それを見た透が我慢ならなくなったようだ。葉月を背後に庇いながら、俺の鼻先を指さして罵った。「お前どこまで恩知らずなんだ?葉月は週一で会ってやるって約束してくれたのに、お前はそれを無下にするどころか、今度は奈緒さんの夫を騙るつもりか。誰もが知ってるぞ、彼女の逆鱗が『謎の旦那』に関することだって。こんなことして、奈緒さんを怒らせて、葉月に怒りの矛先が向くように仕向けたつもりか?お前、どこまで腹黒いんだ!」その言葉に、俺は何かを悟った。かつて、透は俺をことごとく邪魔し、何事につけても俺より上に立とうとしていた。俺と葉月を引き裂くために、毎日のように彼女の前で俺を貶めていた。だがあの頃の葉月は、透の言葉を全く信じなかった。それどころか透の悪意ある中傷を理由に、彼をきつく叱りつけたこともあった。それなのに今、かつて誰より俺を守ってくれた人が、透と同じ側に立っている。彼女は透の手を握り、札束を俺の顔に叩きつけた。「もういいわ。演技もやめなさい。昔のよしみで、今回は大目に見てあげる。その貧相な格好を見る限り、このお金で一ヶ月は遊んで暮らせるでしょ」紙幣の角が顔を掠め、血の粒が滲む。気にせず、ただ目を上げて葉月を睨みつける。彼女の顔に一瞬、後ろめたさと焦りが走った。それを見て、俺は鼻で笑って腰を屈めた。葉月の顔から後ろめたさと焦りが消え、再び嘲るような笑みが浮かぶ。「フン。意外と意地があると思ったのに……」次の瞬間、彼女の言葉が止まった。葉月の呆然とした視線を受けながら、散らばった札の中から指輪を見つけ出した。葉月が呆気に取られる。俺が個室を出る前に、彼女が行く手を遮った。「まだこんな状況でも演技を続けるつもり?そこに落ちてるお金、一枚だけでもあなたの安物の指輪が何十個も買えるのよ!」彼女の顔色は複雑だ。よく見ると、苛立ちすら含んでいる。彼女の感情の変化を気にせず、その手を乱暴に振り払った。葉月の手が宙で固まる。歯を食いしばる音が聞こえた。「結構よ、随分と偉くなったものね。やっぱり貧乏人は口だけは達者なのね。三日後は私と透の結婚式よ。お姉ちゃんもその日に帰国して、あの謎の義兄も出席するわ。度胸があるなら、来てみなさいよ!」結婚という言
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第4話
三日後、俺は約束通り結婚式の会場に到着した。葉月は俺が会場に足を踏み入れた瞬間、張り詰めていた表情が一気に緩んだ。俺は視線を戻し、落ち着いて席に着こうとした時、誰かに激しく足を引っ掛けられ、九段重ねのウェディングケーキに倒れ込んだ。飾りとクリームが派手な音を立てて降り注ぎ、仕立ての良い黒いスーツはクリームまみれになり、無様な姿に成り果てた。グラスも床に落ちて砕け、飛び散ったガラスの破片が顔を切り裂き、額からじわじわと血が滲む。会場が一気にざわめき、全員の視線がこっちに突き刺さる。クリームで視界が塞がれる。もがいて立ち上がろうとしたが、また誰かに強く突き飛ばされた。透の怒りに満ちた叫びが頭上から降ってくる。「修司、一体どういうつもりだ?せっかく結婚式に招待してやったのに、ご祝儀も出さないばかりか、わざと俺たちの式を台無しにしようってのか!お前、俺たちが幸せなのが気に食わないんだろ!?」今回の結婚式には大勢の人が来ていた。大半は奈緒が謎の夫と一緒に出席すると聞いて、彼女の妹に取り入ろうと躍起になっている連中だ。「今時こんな人間もいるんだね。奈緒さんの妹をいじめるなんて、結婚式で大暴れして、この後どうするつもりなんだか!」「ねえ、あの男が手にはめてる指輪、奈緒さんが三年前に大金で落札したあの『永遠の心』にそっくりじゃない?よくこんな度胸があるわね!」「誰もが知ってるでしょ、奈緒さんは旦那さんを骨の髄まで愛してるって。こんな場で堂々と旦那さんのフリをするなんて、命が惜しくないのかしら!」葉月もこの声を聞いて、怒りで胸が激しく上下する。美しい瞳から火が噴き出しそうだ。「修司、あなたって本当に疫病神ね!昔はどうしてあなたなんかに惚れたんだろう。手にはまだその偽物の安物指輪をつけて、お姉ちゃんが来て直接始末されたいわけ!?」そう言うと、彼女はドレスの裾を持ち上げてカツカツと俺の元へ走ってきた。そして俺の左手の薬指を踏みつけ、ぐりぐりと力を込めた。指の根元に激痛が走る。心臓を直接抉られるような、無数の刃物が突き刺さるような痛みだ。俺がもがこうとするのを見て、透はすぐに周囲の人間に俺を押さえつけるよう命じた。一瞬で、身動きが取れなくなった。クリームで視界が塞がれ、もがこうにも手も足も出ない。最後には怒鳴るしかなか
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第5話
奈緒がすたすたと前へ進んでくる。その腕には、小さな女の子を抱いている。女の子はまだ幼いのに、はっきりした口調でパパを探すとせがんでいた。「ママ、パパは?今日パパがここにいるって言ってたのに、どうしてまだ会えないの?」そう言うと、奈緒の腕から降りようと駄々をこねる。人形のように可愛らしい女の子が地面に降り立つと、たちまち会場中の視線を集めた。後ろのボディーガードたちが、転ばないようそばに付き添っている。透がその時近づいてきた。手には小さなケーキの皿を持っている。「君、可愛いねぇ。ほら、こっちにおいで。ケーキ食べる?」透が愛想よく笑いかけると、女の子は小さな眉をしかめて彼の手の皿を叩き落とした。「ヤダ!あっち行って。悪い人みたいな笑い方が怖い!パパが言ってたもん、知らない人からもらったものは食べちゃダメって。それに、あなた絶対いい人じゃない!ひなに近寄らないで、パパがいい!ひなのパパがね、今日あなたたちの結婚式に来るって言ってたの。あなたは新郎さんでしょ?カッコよくて背が高い人、見なかった?」皿を持ったまま固まる透。面目を潰され、しかも子供にこうも無邪気に扱われ、顔色が青ざめた。だが奈緒の手前、怒りを表に出せない。「ひなパパは来てないよ。今日来てる人はもう全員揃ってるから、いるか見てごらん?」この言葉に、会場がざわつき始めた。「なんだって!井上奈緒の旦那が来てるのか。三年も隠してたのに、ついに公にするってことか?」「その旦那って一体誰なんだ?会場にこんなに人がいるのに、誰一人それらしい人がいない!この面子じゃ、奈緒さんに釣り合う人なんていないぞ!」「さっき修司が大っぴらに旦那を騙ってたけど、まさか本人がその場にいたなんて。きっと笑い者を見るような目で見てたんだろうな。本当に恥ずかしい!」こんな状況でも、まだ俺が奈緒の夫の偽者だと信じて疑わない人間がいるとは思わなかった。葉月は奈緒が来たのを見て、親しげに駆け寄った。「お姉ちゃん、やっと来たのね!ずっと会えなくて、すごく寂しかったわ!そういえば、義兄さんは一緒じゃないの?」奈緒は淡々とした表情で葉月を一瞥し、抑揚のない声で言った。「海外で片付けなければならない仕事があって、私は遅れて帰ることになったの。彼は三日前に先に帰国したから、もう会ってる
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第6話
「そうですよ、井上社長。その男がどれだけ図々しいか、ご存知ないでしょう。あなたがすぐに来ると分かっていても、自分があなたの夫だと言い張って、安物の指輪を持ってね。本当に誰も見る目がないとでも思ったんでしょうか?」葉月もその時前に出た。「お姉ちゃん、安心して。その人、もう私がしっかり懲らしめたから。指を踏み折って、指輪も捨てたわ。誰にも義兄さんのフリなんてさせないわ!恥ずかしい話だけど、その人、私も知ってるの。付き合ったこともあるのよ。当時どうしてあんな下劣な男に目が眩んだのか分からないわ。見栄を張って義兄さんを騙るなんて!きっと私を利用してお姉ちゃんに取り入って、一気に成り上がろうとしたんでしょうね。でも絶対にあいつにさせないわ。だってお姉ちゃんが、義兄さんを骨の髄まで愛してるのは誰もが知ってる。昔、誰かが義兄さんの悪口を言っただけで、お姉ちゃんはその人を海に沈めたでしょ。お姉ちゃんが義兄さんをどれだけ愛しているか、私たちみんな知ってるもの。絶対に誰にも義兄さんの名誉を傷つけさせたりしないわ!」奈緒は葉月が俺と付き合っていたと聞いた瞬間、表情が変わった。話を聞くにつれ顔色がどんどん暗くなり、最後には冷ややかな笑いを漏らした。「その人の名前は?」葉月はまだ、奈緒が俺に怒って仕返しをしようとしているのだと思っていた。彼女は隅で瀕死の俺を一瞥する。スーツはまだクリームまみれで、惨めな姿だ。葉月が大声で言った。「その人は私の元カレ、浅野修司よ」この言葉に、奈緒の後ろに付き従っていたボディーガードたちが表情を変えた。心の中で葉月に黙祷を捧げる。だが葉月はこの凍りついた空気に気づかず、まだ得意げだった。「お姉ちゃん、聞いて。修司は三日前に私を訪ねてきたの。でも私は相手にしなかった。まさか義兄さんを騙るなんて思わなかったわ!長年義兄さんには会ったことないけど、お姉ちゃんがどれだけ愛してるか知ってる。こんな風にお姉ちゃんと義兄さんを侮辱するなんて許せないから、その時、三日後の私の結婚式に来なさいって言ってやったの。お姉ちゃんに懲らしめてもらって、義兄さんにもこの恥知らずな男を見てもらおうと思って!」そう言いながら、奈緒を前へ連れて行く。奈緒の顔色がもう墨のように真っ黒で、爆発寸前なのにまるで気づいていない。
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第7話
全員がそこまで考えて、背中に冷や汗が滲んだ。なにしろ奈緒が夫を愛していることは、この界隈では有名な話だ。以前、ライバル企業がわざと彼女の会社に嫌がらせをした時、奈緒は全く気にも留めなかった。だが、そのライバル企業が一度俺を拉致してからは、その企業の幹部と親族全員がA市で行方不明になった。また別の時には、誰かが「井上奈緒の夫はどうして人前に出ないんだ。そんなに人目を避けるなんて、何か病気でもあるんじゃないか」と言っただけで、奈緒に会社を潰され、家族もバラバラにされた。この手の話は数え切れない。全員が戦々恐々としている。彼らがやったのは、単なる陰口ではなく、紛れもなく俺を傷つける行為だ。口先だけの連中と比べて、彼らの末路はもっと悲惨なものになるだろう。俺は隅に倒れていた。奈緒が駆け寄り俺を起こし、心配そうに顔のクリームを拭ってくれる。「早く身分を公開すればいいって言ったのに、あなたが嫌だって言うから。こんな目に遭って。もう安心して、今日ここにいる人間は一人残らず許さない!あなたに負わせた傷、味わわせた苦しみは、何百倍、何千倍にして返してやるから!」ひなが泣きながら俺の胸に飛び込んできて、小さな手で体のクリームを拭き取ろうとする。「パパ、ひなは三日会わなかっただけなのに、どうしてこんなにボロボロになっちゃったの?この悪い人たちがパパをいじめたの?必ず仕返ししてあげる。パパ、もう我慢しなくていいから!」奈緒とひなが俺の側にいて、ここ数日の憂鬱が全て晴れたような気がした。笑いながらひなの小さな頭を撫でようとしたが、力が入らない。そこで完全に意識を失った。次に目覚めた時、病室にいた。幼馴染の中山真一(なかやま しんいち)が俺のベッドの傍で見守っていて、俺が目覚めると大喜びした。「おい、やっと目が覚めたか!お前が昏睡してた一日の間、A市全体が大騒ぎだったんだぞ!」俺は頭を押さえながらゆっくり起き上がった。病室に奈緒たちの姿がないのを見て、嗄れた喉で急いで尋ねた。「奈緒とひなちゃんは?どうしていないんだ?」真一が鼻で笑った。「お前の仇を討ちに行ってるに決まってるだろ!お前の娘、見た目はふわふわのケーキみたいで可愛いのに、母親より肝が据わってるとは思わなかったよ。お前を傷つけた連中を全員海に沈めて魚の
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第8話
まさか、奈緒がここまでやるとは思わなかった。「そういえば、葉月がどうなったか知らないだろ?」真一が、面白がるような目で俺を見る。続きを話すよう促した。「あの日以降、葉月が蒸発したみたいに、突然消えたんだ。みんなが奈緒が葉月を殺したって噂してるけど、俺はあまり信じてない。血は水よりも濃いって言うだろ。幼い頃から一緒に育ってなくて、親しくなくても、奈緒がそこまで狂ったことはしないだろう。とはいえ、噂じゃとある貧乏な国に送られたらしいちっ、葉月のやつ、子供の頃から苦労知らずの、世間知らずの箱入り娘だったからな。あんな国まで行って、しかも奈緒が楽をさせるわけないだろうし、生きて帰ってこられるかどうか」「透は?」俺は続けて尋ねた。「彼はお前をあんなに虐めたし、奈緒と血縁関係もない。末路は……まあ、言うまでもなく分かるだろ」真一は最後まで言わずに口を閉じたが、俺も言いたいことは分かった。続けて何か言おうとした時、病室のドアが勢いよく開かれ、奈緒とひなが焦った顔で俺のベッドに駆け寄ってきた。いつも冷静な彼女の目が赤くなっている。「あなた、やっと目が覚めた。どれだけ心配したか分かる!?安心して、あなたを傷つけた人たちは全員懲らしめた。受けた苦しみは何百倍、何千倍にして取り返したわ。この三日間あなたが受けた仕打ちも全部調べ上げた。安心して、私が許さない限り、葉月は一生こっちに帰ってこられない。二度とあなたに会えないわ!」ひなもその時泣きながら駆け寄ってきた。「パパを傷つけた悪い人たちはひなとママが全部懲らしめたよ。パパ、もう我慢しなくていいんだよ!」真一はそれを見て、俺たち家族水入らずの時間を作るため、そっと病室を出ていった。他人が去った後、奈緒が心配そうに俺の胸に飛び込んできた。「どうして葉月に、あなたが私の夫だって言わなかったの?まだ彼女のことを想ってるから?」可笑しくもあり、やるせなくもある。誰も想像できないだろう。外では冷徹な氷の魔女が、こんなに子供っぽく嫉妬する一面を持っているなんて。「はっきり言ったよ。彼女が信じようとしなかっただけだ。君の夫を騙ってるって言われたんだ。安心しろ、三年前に彼女とは関係を断った。どうあっても、復縁することはない。まして想うことなんて。俺の人生で
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第9話
俺は彼女を蹴り飛ばして距離を取り、奈緒を抱き寄せた。「葉月、もう俺を不快にさせるな。お前の記憶喪失が演技だったことも、死すらも偽装だったことも、とっくに知ってる。俺がつまらないから刺激が欲しかっただけだろ!この三年、お前は和田透と一緒に海外旅行を楽しんでいた。俺もお前に劣らず充実していた。人生最愛の人を見つけたんだ。今更の愛情なんて無価値だ。お前が偽装死を決めた瞬間、俺たちの間の全ては過去のものとなった。風が吹けば跡形もなく散るものだ」葉月がまだ何か言おうとした時、奈緒が平手打ちで遮った。奈緒と三年過ごして、彼女はいつも優しい人だと思っていた。たとえ激怒することがあっても、いつも冷静でいられたからだ。今日のように何度も手を出すのは、この数年で初めてだ。奈緒がボディーガードに葉月を連れて行かせる。「何度も警告したはずよ。私と血縁関係があるからって、何度も私の逆鱗に触れないでって!私の許可なく勝手に帰国するなんて。与えた教訓がまだ足りなかったようね」葉月はその時、狂ったようにボディーガードの拘束を振り解いて突進してきた。「この泥棒猫!私の姉と言い張る資格なんてないわ!ずっと前から修司を狙ってたくせに!子供の頃から私から修司を奪おうとして失敗したくせに。あなたみたいな人間がこんなに腹黒いなんて思わなかったわ。今まで猫を被ってたのね!三年前の動画を修司に送ったのはあなたでしょ?私たちの関係を引き裂いたのはあなた。あなたよ、全部あなたのせいよ!」奈緒は眉をひそめ、葉月の戯言をこれ以上聞きたくないようだ。彼女が手を振ると、葉月はボディーガードに連れて行かれた。どんな末路が待っているか知らないが、楽なものではないだろう。俺も馬鹿ではない。奈緒に葉月を許すよう頼むことはしなかった。彼女がこの全てをやったのは、俺のために仕返しをするためだ。それなのに俺が無粋な真似をしたら、彼女の心を傷つけることになる。葉月に関しては、最後に生きようが死のうが、もう俺には関係ない。家に戻った後、俺は荷物を一つずつ片付けた。この邸宅は奈緒が特別に用意したもので、これから国内に定住する。そして、荷物を整理している時、偶然日記帳を見つけた。表紙は少し黄ばんでいて、紙も擦れて端が反っているが、それでも完璧に保存されている。
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第10話
【2007年4月3日二人が付き合い始めたらしい。悲しいなあ。全てが、私が臆病だったから。でも、もう決めた。私は留学する。2011年1月1日葉月が修司に飽きたって言った。馬鹿げてる。あんなにいい人を、ただの玩具扱いなんて。2011年1月2日葉月が偽装死した。新しい恋人と世界旅行に行くらしい。可哀想に、修司は本気で葉月が死んだと思ってる。大丈夫、私が全ての真実を教えてあげる。これからは私が、彼のそばにいよう。どうせ今回はあいつが裏切ったんだから……2014年7月7日ついに彼を手に入れた。私の片思いがついに実った】読み進めるほど、心が震えた。日記帳にびっしりと書かれた文字は、全て俺への好意と愛情で埋め尽くされている。俺の知らない日々の中で、奈緒はこんなに長い間俺を愛していたのか。日記帳を最後のページまでめくり、名残惜しく閉じた。顔を上げると、奈緒がいつの間にか目の前に立っていて、頬が真っ赤になっている。「あなた……全部見たの?」彼女は頭を垂れ、両手で服の前を強く握りしめている。らしくもなく恥じらっている。心が彼女で満たされたような気がして、無意識に彼女をからかいたくなった。「何を見たって?君が子供の頃から隠してきた愛のことを?」案の定、俺のこの言葉に、奈緒がたちまち怒った子猫のように牙を剥いて俺に飛びかかってきた。「もう、どうしてそんなに意地悪なの!日記帳返して!」わざと日記帳を高く掲げると、奈緒がバランスを崩して俺の上に倒れ込み、そのまま抱き寄せた。彼女の目が今、瞬きもせず俺を見つめている。栗色の瞳を通して、その中に映る自分の姿がはっきりと見えた。額に軽くキスを落とす。「バカだな」奈緒はうっとりと笑い、顔を俺の首筋に深く埋めて、夢中になって俺の匂いを吸い込んだ。「バカでもいいじゃない!バカにはバカなりの幸せがあるの!」「どこに幸せがあるんだ?」「あなたが私の幸せよ」彼女がちゅっと俺の頬にキスをして、軽やかに俺の上から起き上がり、手に持っていた日記帳を奪い取った。「ずるいな!俺の気を引いて日記帳を奪うつもりだったのか!」俺は慌てて立ち上がり、笑いながら彼女を追いかけて捕まえ、再び抱き寄せた。奈緒独特の香りに再び包まれる。俯いて彼女の赤い唇を見つめ、喉仏が何度
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