過去から抜き出した私 のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

夕星は一瞬、硬直した。心臓が鋭い刃で深く刺されたように、胸の奥がずたずたに引き裂かれる感覚だった。芙美子は本当に悟史と一緒に行ってしまったのか？二人が抱き合い、キスをし、夜は同じベッドで眠るかもしれないと思うだけで、夕星の胸は締めつけられ、呼吸が苦しくなった。それは本来、すべて自分に与えられた権利だった。しかし今は、かつて自分のものであった場所が別の男に占められているのを、ただ黙って見ているしかない。夕星は車を飛ばして小林家へ向かった。身なりを整えてから、小林家の門を叩いた。悟史の前で面目を失いたくないと思いながらも、血走った目が彼の動揺と不安を隠しきれていなかった。「どちら様ですか？」使用人がドアを開けた。「小林悟史さんと、ふ……葉山芙美子さんにお会いしたい」使用人は彼を悟史の友人だと思ったようだ。「若様はまだお帰りになっておりません。彼女さんを連れて海外へ行かれたそうです。あの子は貧しい家の生まれですが、懸命に勉強して平安市まで来られました。最近、裁判沙汰に巻き込まれたと聞きました。本来なら留学のチャンスもあったのに、何かの事情で平安市に残られたそうです。若様は彼女さんを心配されて、気分転換にお連れ出しになったようです」夕星は喉に骨が刺さったように、何も言えなかった。拳を握りしめ、指先が震えている。芙美子は彼のために、海外に行くチャンスさえ諦めていたのだ。その事実を、彼はこれまで誰からも聞かされていなかった。彼女はこっそりあまりにも多くのものを彼のために犠牲にしていた。生活のすべては実験と、彼のそばにいることに費やされていた。いつからだろう、彼はそんな彼女の努力を当然のことと思うようになっていた。さらに、自分が海外留学の経験があるというだけで、心の奥では彼女を少し見下してもいた。約束したことのほとんどを果たせず、海外旅行へ連れて行くと言いながら仕事で先延ばしにした。幸せな家庭を与えると言いながら彼女の心を折り、他人同然に扱った。母親の代わりに大切にすると言いながら、他の女のために彼女の論文さえ奪おうとした。夕星はしばらく沈黙し、かすれた声で口を開いた。「……彼らがどこへ行ったか、知っている？」使用人は首を振った。若様の行き先など、下々の者が口を

夕星が仲程家に着いたとき、彼は誰にも連絡していなかった。手みやげを持って玄関に入ると、使用人がすぐに駆け寄り、彼の手から荷物を受け取った。「雲雀はどこに？」「お嬢様は庭にいらっしゃいます。お呼びしましょうか……」「いいえ」夕星は手を振った。今回は雲雀とはっきり話をつけるために来たのだ。もちろん、余計な目には遭いたくなかった。庭の小道を進んでいくと、遠くから雲雀の怒声が聞こえてきた。「何をしているの！マツリカを植えるように言ったでしょう！どうしてこんなにバラを植えているの！」芙美子はバラが一番好きだった。雲雀がそれを見れば、当然心中穏やかではいられない。パシッ！鋭い鞭の音が空気を裂く。雲雀は鞭を振り上げ、使用人の背中に強く打ち下ろした。小柄な使用人は思わず泣き声をあげ、全身を震わせながらも、じっと跪いたままだった。彼女は、雲雀に逆らえばさらにひどい目に遭うことを知っていたのだ。「私の命令もまともにできないなんて、この家で何の役に立つというの？返事は！」雲雀の表情は暗く沈み、再び鞭を振り上げた。「お嬢様、申し訳ございません……私が悪うございました……」使用人は跪いて許しを請うしかなかった。夕星は足を止め、心の中で震えながら深く考え込んだ。雲雀はこれまで、自分の前ではずっと本性を見せていなかったのかもしれない。しかし、ここまで冷酷な一面を持っているとは思いもよらなかった。たった一度の使用人の不注意で、ここまで傷つけるのだろうか。どれほど時間が経っただろう、雲雀もようやく疲れたが、心の怒りは収まらず、使用人の傷口に何度も蹴りを入れてようやく止めた。使用人は震えながら立ち上がるが、雲雀の許可がない限り動くことはできなかった。「例の件は、きちんと片付いた？」「お嬢様、あの連中は始末しました」雲雀はようやく満足げな表情を浮かべた。「それでいいわ。死んだ者の口ほど堅いものはないし、所詮は不良の一団、死んでも誰も気にしないでしょう。最も重要なのは、あの時私が葉山の研究室を襲わせたことを、夕星さんに絶対知られてはいけないということ」夕星は目を細め、拳を握りしめた。周囲の空気が一気に張り詰めた。――やはり雲雀の仕業だったのか。あの時、自分は彼女を擁護し、彼女はそんな

海外、モンド町。芙美子は川のほとりに立ち、平安市とはまったく異なる街並みを静かに見渡していた。ここにあるすべての新しいものは、彼女にとって初めて目にするものばかりだった。雲雀の傲慢さと自信の源が、ようやく理解できたような気がした。「風が強いのに、どうしてカフェで待っていなかったの？」悟史は焼きたてのパンが入った袋を手に歩いてきて、買ったばかりのマフラーをさっと芙美子の首に巻いた。「今まで海外に行ったことがなかったから、少し散歩しながら見て回ろうと思って」悟史はうなずき、慎重に手を伸ばして芙美子の手を取った。彼の細い目が彼女の顔色を一瞥し、特に異常がないのを確認してほっと息をついた。友人から恋人へと関係を変えるこの絶好の機会を、彼は昔からずっと待ち望んでいた。今、ようやく願いが叶った。二人は川沿いを歩き、まるで熱烈な恋人同士のようだった。風が吹き、細かい雪が悟史の黒いコートに積もる。芙美子は反射的に手を伸ばし、彼のコートの雪を払った。彼の耳の先まで赤くなったのを見て、芙美子は小さく笑い、彼の手のひらを軽く握り返した。「もうしばらく一緒にいたのに、どうしてまだこんなに照れるの？私があなたをいじめているみたいじゃない？」「それなら、一生あなたにいじめられていたいくらいだ」悟史は甘えるように彼女を抱きしめ、頭を彼女の肩に埋め、柔らかな髪で顔をすり寄せた。芙美子はうつむき、悟史の整った横顔を見つめ、この数か月の出来事を振り返った。まるで夢のようだった。裁判の前に悟史に助けを求めたのは、多少の賭けでもあった。しかし、この五年間で築いてきたものをすべて失うよりは、恥を忍んで他人を頼む方を選んだ。これは夕星を足止めする絶好の機会で、悟史も断らないだろうと彼女は考えた。後に二人が恋人関係だと公表したのも、夕星を少し苛立たせるためだった。夕星は高慢で自己中心的な性格で、結婚生活中は彼の不倫を許すが、彼女の些細な過ちさえも許さなかった。悟史がそばにいることで、夕星が彼女に手を出すのも多少は慎重になるだろう。ただ、二人の関係が公になるのは急だった。夕星はすぐには信じないだろうし、常に優位に立ってきた彼が簡単に頭を下げるはずもない。しかし、時が経てば、傲慢な者の高慢さも薄れる。

モンド町行きは翌日に決まった。夕星はベッドに横たわり、あれこれ考えて眠れなかった。まるで初恋の少年のように、何を着ていくか、どんな香水を使うかで緊張している自分がいた。一睡もできぬまま、夜明けとともに夕星は起き上がり、母に服選びを手伝ってもらいに行った。傍らに立つ使用人が小声で呟いた。「奥様、これで本当にうまくいくでしょうか」定子は何も言わず、わずかに眉をひそめ、夕星を心配そうに見つめた。「芙美子の性格はあなたもよく知ってるでしょう。あの時、陸川製薬が困難な状況にある中で進んで加わった人よ。今、去るということは、きっと覚悟を決めたのだろう」かつては夕星だけを見つめていた女性が、これほど断固として去っていく――どれほど傷ついたか想像もできなかった。だが結局は自分の息子だから、夕星がこれほど緊張している姿、製薬工場を継いだ時以上に慌てている様子を見て、定子は責めることもできなかった。使用人も夕星の成長を見守ってきた者として、日に日に痩せていく彼を見るのは胸が痛んだ。「奥様、どうか葉山さんを説得してください。夫婦喧嘩なら、ここまでする必要はないでしょう？あの時裁判から戻った後、若様は私に『芙美子は俺を困らせるためにわざと小林さんと一緒にいるんだ』と言いました。あの時、若様が男なのに、子供のように泣いていたんです」「お母さん、これ、どう思いますか？」定子は振り返り、夕星が再び結婚式の時の服を着ているのを見て、彼が芙美子を引き留めようとしているのだと自然に理解した。「見た目は悪くないけど、このデザインはもう時代遅れね。芙美子が見ても、気に入らないかも。夕星、まだ素敵な服がたくさんあるのに、なぜこの一着にこだわるの？」夕星の目に陰りが差し、芙美子の好きだった杉の香水を取り出して吹きかけた。「お母さん、この服は古くありません。クラシックと言うべきです。芙美子はクラシックなものが一番好きなんですから。知っているでしょう、彼女の一途な性格を」そうでなければ、これほど長く彼を想い続けることもなかっただろう。母子の間で暗黙の心理戦が繰り広げられたが、結局定子が折れた。定子はため息をついた。「今回、もし彼女が望まなければ、もう強要はしないで。それに、小林家と争うことも許さない」定子は、わざわざ遠

夕星は低くうめき声を上げ、数歩後ずさりしながら、口元からあふれる血を手でぬぐった。悟史を見つめる目に、暗い影が差した。「お前が俺たちの関係に干渉しなければ、芙美子は俺の元を去らなかったはずだ」夕星も手加減せず、二人はすぐに殴り合いになった。拳が肉に当たる鈍い音と、物が壊れる音が混ざり合い、聞く者の心を凍りつかせた。「やめて！二人とも手を離して！陸川、悟史を離しなさい！」芙美子は傍らで焦り、急いでベルを押し、警備員を呼ぶしかなかった。二人はもう取り乱して殴り合っていた。警備員が駆けつけ、ようやく二人を引き離した。夕星は数人にがっちり押さえつけられ、胸を激しく波打たせながらも、目は悟史に釘付けで、まるで食い殺したいかのようだった。「痛い？私のためにそこまでしなくていいの」芙美子はハンカチを取り出し、悟史の顔の血を心配そうに拭った。傷口に触れると、悟史は思わず口元をゆがめ、息を吸い込み、それでも笑顔を作った。「大丈夫、このくらいの傷、なんでもない」「病院へ行って薬を塗ってもらおう」芙美子が悟史と無邪気に甘く接する様子を見て、夕星の心臓は見えない手で握りつぶされるように痛み、息もできないほどだった。さっき殴られた痛みの何千倍、何万倍も辛かった。「芙美子、俺も傷ついている。どうして俺を見てくれないんだ……」夕星の声は嗚咽混じりで、震えていた。以前の彼女はこのようではなかった。彼を最も心配し、最も大切にし、決して無視することはなかった。なのに今、彼女の瞳には悟史しか映っていない。――彼女は本当に自分をまったく愛していないのだろうか……芙美子は彼のヒステリックな叫びを聞こえないふりをして、悟史を支え、振り返らずに去ろうとした。夕星は彼女の後ろ姿を追い、必死に哀願するが、芙美子は一度も振り返らなかった。涙があふれ、彼は泣き顔以上に苦しい笑みを浮かべた。あの火事の現場で、彼はようやく自分がためらわず雲雀を選んだ時の芙美子の感覚を、初めて味わった。「すまない……」感情が高ぶりすぎて、夕星の視界がかすみ、突然大量の血を吐き、そのまま意識を失った。次に目を覚ますと、夕星は病院にいた。傍らにはアシスタントだけが立っている。夕星は少し失望し、かすれた声で尋ねた。「芙美