All Chapters of プライベートレッスン~大人の恋愛講座~: Chapter 21 - Chapter 30

31 Chapters

第21話 深夜の一杯と甘い約束

「ごちそうさまでした」誰に言うともなくつぶやいた。一人になった室内は、やけに静かで落ち着かない。自宅ではないからだろうか。「……やめた! 考えたって、しかたないもんな」切り替えるように言って、立ち上がった。他人の家のキッチンに戸惑いながら、どうにか竜希からのミッションを遂行する。「よし、と。後は……とりあえず帰るか」寝室にある荷物をまとめて、一旦、自宅に帰る。溜まっている洗濯物を洗濯機に放り込み、その間に愛用のノートパソコンを開いた。「それにしても、デートか。久しぶりだな」つぶやいて、デートスポットを検索する。頬を染めた竜希を思い出して、思わずにやけてしまう。あんなに恥じらう彼を見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。「んー、どこがいいかな? 水族館に遊園地……ショッピングモール」とりあえず、一通りのデートスポットをピックアップしていく。(竜希が好きそうな場所がいいよな……)数多くある場所から、自宅から割と近い場所に絞ってブックマークをする。最終的な場所は、彼と相談して決めようとパソコンを閉じた時だった。洗濯機が洗濯の終了を知らせる。洗濯物をベランダに干し、食材を買いにスーパーへと向かう。(何だか、主婦みたいだな)なんて、運転しながら微笑んだ。馴染みのスーパーの店内を回ること数巡目。『まさに、背徳的な味!』というキャッチコピーが視界に入った。(そうだ、ラーメンにしよう!)そう思い立ち、インスタントラーメンが並べられている棚に向かう。背徳的な味と言えば、間違いなく深夜のラーメンだ。(おかずはどうしようかな?)ラーメンだけでもいいのだけれど、何かしらのおかずは欲しい。思案しながら店内を巡り、必要な食材を購入した。帰宅後、洗濯物を取り込んで、いそいそと料理に取り
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第22話 溢れる願い

「んぅ……ふ……」頭の芯が甘くしびれ、吐息が漏れる。いつもなら、このまま押し倒され、体を重ねる流れだ。でも、押し倒される気配はおろか、肌を滑る指の感触さえない。(まだ、しないのかな?)少し残念に思ってしまった。「……それじゃあ、いつ行こうか?」僕から離れると、竜希は何事もなかったかのように聞いた。「ぁ……えっと……」頭がぼうっとして、上手く働かない。そんな事よりも、もっと触れてほしくて竜希を見つめる。「ん? どうしたの?」妖艶な笑みを浮かべる彼に、じれったさを覚えた。「……したい」視線をはずして、ぽつりとつぶやく。思ったよりも拗ねた言い方になってしまった。「んー? 何をしたいのかな?」にまにまと煽る竜希に、「……もう! エッチしたいって言ってるんだよ!」噛みつくように言った。満足そうに笑う竜希。何だか、彼の思惑通りに動かされたような気がしてならない。「まだ決めてない事あるけど、いいの?」「よくない、けど……」ごにょごにょと口ごもる。キスをしたせいで、体が火照ってしかたがない。「なら、決めちまおうぜ。全部終わってからなら、抱いてやるよ」甘やかな誘惑に、僕は無言でうなずいた。深呼吸をして、湧き上がる欲望をなだめる。思考を一旦クリアにして、パソコンの画面に視線を戻した。プラネタリウム施設の開館日を確認する。「あれ? 月曜、休みなんだ?」隣にいる竜希が、残念そうにつぶやく。「そうみたいだね。もしかして、休み取るの難しい?」難しいなら自分がと言いかけるけれど、竜希は首を横に振った。「ああ、それは
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第23話 心躍るプラネタリウム

デート当日、僕はアラームが鳴る前に目が覚めた。「……楽しみにしすぎだろ」と、自分に呆れる。でも、浮足立っているのは事実だ。(さてと。何を着て行こうかな?)なんて、恋する乙女みたいなことを考える。あれでもないこれでもないと悩み、ようやく服が決まった時には、起きてから三十分ほど経っていた。内心、焦りながら身支度を整える。ちょうど準備が整ったところで、呼び鈴が鳴った。玄関を開けると、竜希が立っていた。相変わらずかっこよく決めていて、胸元には銃弾のネックレスが揺れている。「おはよう、佳晴さん」「おはよう。約束の時間より、ちょっと早いんじゃないか?」自分の事は棚に上げて、竜希にたずねる。スマホの画面をちらりと見ると、約束の時間より十五分も早い。「あんたに、早く会いたかったから」竜希は、爽やかな笑顔で、恥ずかしげもなく答える。「――っ! それは、うれしいけど……」顔が熱い。竜希の顔をまともに見られない。「照れてる佳晴さん、かわいい。とりあえず、飯食いに行こうぜ」僕はうなずいて、彼とともに家を出る。迷わず自分の車へ向かうと、「佳晴さん? 今日は、俺が車出すよ?」途中で立ち止まった竜希が、車の鍵を見せて言った。僕は首を横に振って、運転したい気分だからと告げる。そういう事ならと、竜希は快くうなずいてくれた。車に乗り込んで、どこへ行こうかと話し合う。「んー、そうだな……ファミレスでいいんじゃね?」「じゃあ、プラネタリウム近くで、ファミレス探そうか」そう言って、プラネタリウムがある科学館近くへと車を走らせる。しばらく運転すると、馴染みのあるファミレスのチェーン店が見えてきた。駐車場に車を止め、店内に入る。昼時ともあって、明るい店内は賑やかだった。空いている席に座り、料理を注文する。しばらくす
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第24話 蜂蜜よりも甘い時間

売店に戻ると、竜希に話しかけているらしい二人組の女性が目についた。(もしかして、逆ナンされてる?)胸の中に黒いものが広がる。同時に、指先が冷えていく。気持ちを落ち着かせるように、一度ゆっくり息を吐いた。「お待たせ」と、明るく竜希に声をかけた。「あ、佳晴さん」竜希は、助かったとばかりに顔をほころばせる。「僕の連れに、何かご用ですか?」女性陣に優しくたずねる。もちろん、笑顔を保ったままだ。「あ、いえ……おしゃれでかっこいい方だから、ちょっとお話を聞きたくて」と、ショートカットの女性が臆面もなく話す。「……あっ!」僕が口を開こうとした瞬間、もう一人の女性が声を上げた。見ると、トイレ前でぶつかりそうになった小柄な女性だった。「あぁ……先ほどは、すみませんでした」「いえ、私の方こそ、ちゃんと見てなかったので」「あれ? 佳晴さんの知り合い?」竜希が小首をかしげる。「いや、さっき、ぶつかりそうになってな」事実を端的に告げる。「あの! もしよかったら、この後、食事とかどうですか? 何か、お詫びしたくて」小柄な女性は、申し訳なさそうに告げる。実際にぶつかったわけではないから、そんなに気を遣わなくていいのだけれど。「すみません、お気持ちだけいただきます。僕達、デート中なので、これで失礼しますね」にこやかに、でもきっぱりと言うと、僕は竜希を連れてその場を離れた。科学館を出るまで、僕達は無言だった。竜希は、何となく気まずくて黙っているだけなのかもしれない。でも、僕の場合は違った。心の中に渦巻く黒い感情に、囚われていた。「佳晴さん」竜希に呼ばれたけれど、答えずに車へと向かう。「おい、待てよ。佳晴さん!」彼が何を言いたいのか、何となく分かるよ
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第25話 愛しいぬくもりに包まれて

カフェを出た僕達は、真っ直ぐアパートへと向かった。その間も、竜希は当然のように愛をささやいてくる。聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいの甘い台詞だ。でも、うれしすぎて自然ににやけてしまう。「もうわかったから、やめろって」「嫌だね。俺がどれだけ佳晴さんを愛してるか、ちゃんと理解してもらわなきゃ」「理解してるから。変に嫉妬して、悪かったよ」「別に、それはいいよ。俺だって、嫉妬してもらえるのはうれしいからさ。でも、俺にはあんたしかいないの。他の奴なんかどうでもよくなるくらい、佳晴さんに惚れてるの。もう、あんたなしじゃ、生きられねえんだよ」ねっとりと告げる竜希の言葉に、僕の体は熱くなり、自身は股布を押し上げるほど主張している。(まったく、運転中なのにな……)僕は、軽く息をついた。早く彼に触れたい、抱きしめたい。焦燥感にも似た思いが込み上げ、ハンドルを握る手に力が入る。もちろん、安全運転は心がけているけれど。「なあ、竜希?」「ん? 何?」「どうして、そんなに僕を口説いてるんだ? もう堕ちてるのに」「さあ? どうしてだろうな?」他人事のように竜希が言った。ちらりと見た横顔には、困ったような笑顔が浮かんでいる。「まあでも、俺があんたに伝えたいだけだから。そんなに、重く考えなくていいんじゃねえの?」明るい口調で問いかける竜希。確かに、深刻に受け止めなくてもいいのかもしれない。「そうだな。竜希が僕を好いてくれてるんだから、それでいいか」「おう。で? 佳晴さんは?」「え、僕?」「そう。俺の事、好き?」「もちろん好きだよ。貴方の隣を、誰にも渡したくないくらいにはね」平然と言ってのける。でも、内心は、顔から火が出るほど恥ずかしかった。今まで、こんな台詞を言った事なんて一度だってなかった。なのに、竜希が相手だと、言葉が自然と溢れてくる。僕にとって、彼はすでに特別な存在になっていた。
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第26話 甘くささやかな夜に

注文していたピザが届くと、僕達はいつものように向かい合って食卓を囲んだ。僕の前にはアスパラとベーコンとコーンが乗ったピザが、竜希の前にはペパロニがたくさん乗ったピザが置かれている。いただきますと言って食べ始める。シャキシャキとしたアスパラの食感とベーコンの塩気、それにコーンの甘味がちょうどいい。「佳晴さんのも美味そうだな。一切れちょうだい」「いいよ。そっちの、一切れもらっても?」「もちろん」と、互いのピザの一切れを交換する。もらったピザを一口食べると、ペパロニ独特の肉の味とチーズのコクが口の中いっぱいに広がった。「これも美味しいな」「だろ? 一番好きなピザなんだよね。こっちはどうかな、と。……美味い! これ、好きだ」アスパラベーコンのピザを一口食べると、竜希の顔に満面の笑みが咲いた。「よかった、気に入ってもらえて。このピザ、僕のお気に入りなんだ」「じゃあ、よく頼むんだ?」「うん。たまに、別のを選ぶけどね。期間限定のとか、クアトロフォルマッジとか。でも、結局これに戻っちゃうんだよね」「ああ、それは確かにわかるかも。食い飽きない味だもんな、これ」言いながら、竜希はその一切れを頬張る。そんな彼を見て、ほっとすると同時に笑みがこぼれた。誰かと好きな味を共有できることが、とてもうれしい。それに、自宅で食べるピザよりも、格段に美味しい気がする。(これも、竜希と一緒だからかな)なんて、自然と彼に視線が行く。「どうしたの? そんなに見つめてくれちゃって。もしかして、もう一切れ欲しい?」小首をかしげて、竜希は自分のピザを指さした。「違うよ。竜希と一緒だから、ピザが美味しいなって思っただけ」僕は、わずかの逡巡、思ったままを伝えた。「……そっか。それなら、よかったよ」と、竜希はにやりと口角を上げる。けれど、爽やかな笑顔とも妖艶なそれとも違う。少しだけ、揶揄いが含まれているような感じがした。
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第27話 情愛と思いがけない提案

「ぁ……ごめん、汚しちゃった」僕は、荒い息のまま謝罪する。僕の足先の床に、白濁の液体が水溜りのように広がっている。「あぁ、別にいいよ。後で掃除するから。それよりさ、ベッド行こうぜ」「あぇ……ベッド?」「あんたのかわいい顔見ながら、イきたい。いいだろ?」竜希は、そうささやいて僕の耳たぶを甘噛みする。「ん……っ! ぁ……少しだけ、じゃなかった?」「満足させてくれって言ったのは、あんただぜ?」くつくつと笑う竜希は、僕から自身を抜いた。「ひぅ……」ずるりと引き抜かれる感触に、思わず声が出てしまった。「こんなんじゃ、まだ足りねえだろ?」妖艶に告げる竜希に、僕は無言でうなずいた。「だよな。おいで」彼にうながされてベッドに向かうと、優しく押し倒された。「佳晴さん、かわいい。ずっと、俺だけ見てて」竜希はそう言うと、僕の返事を待たずにキスをした。優しく甘く温かいキスに、ゆっくり溶けてしまいそうだ。(僕だけ見てて、竜希……)独占欲にも似た感情が、胸の中に溢れてくる。息が苦しくなるのも構わずに、僕達は貪るようにキスをする。呼吸の一つ、唾液の一滴さえも逃したくないくらいに夢中になっていた。「んぁ……」甘くとろけた吐息が漏れた。舌もしびれている。(このまま、キスしていたい……)ぼんやりとそんな事を思っていると、竜希の唇がふっと離れた。名残惜しくて目を開けると、竜希は瞳をギラつかせていた。本能むき出しの姿に雄を感じて、心臓が跳ねる。同時に、僕自身が硬く反り勃ち、腹の奥が疼いた。「た、つき……」もたつく
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第28話 宿題の答え

『一緒に暮らそうか?』竜希にそう誘われてから、僕の思考は袋小路に迷い込んでいた。もちろん、とてもうれしい。うれしいのだけれど、本当にその申し出を受けていいのか、わからなくなっていた。食事中や仕事中――それこそ朝から晩まで、考えるのはそればかりで。「竜希と一緒に暮らす、か……」リビングのソファーに深く腰かけてつぶやく。彼ともっと一緒にいたい気持ちと、自分なんかで本当にいいのかという思いが、堂々巡りをくり返す。「……臆病すぎるだろ、自分」と、大きくため息を吐く。あずさとの間でも、そういう話が出たことはあった。当時は、今みたいに舞い上がっていたと思う。でも、臆病風に吹かれたのか、あずさと一緒に暮らすことはなかった。(……変われたと思ったのは、気のせいだったのかもな)なんて、自嘲する。竜希が隣にいたからこそ、勇気が出ただけなのかもしれない。『変わりたいんじゃなかったのか?』内なる自分に詰められる。うじうじしている自分を変えたいと思ったのは、嘘ではない。竜希の隣なら変われると思った。でも、一人になると、弱気な自分が顔を出す。「どうすればいいんだよ、僕は……」もう一度ため息をついて、うなだれる。(竜希……)何の気なしにスマホを手にして、竜希とのメッセージ画面を開く。そこに、明確な答えなんてあるわけもないのに。ログを遡り、やり取りを見返していく。彼の優しさが、そこかしこに散らばっていて、思わず口角が上がる。重く沈んでいた心が、わずかに軽くなった気がした。『感情で考えてもいいんじゃない?』唐突に、竜希の言葉が耳の奥に響いた。本気で変わりたいと思ったきっかけでもある。感情で考える――つまり、自分がどうしたいかということだ。(そんなの決まってる! 竜希ともっと一緒にいたい)それではどうするかと考えた時に、はたと気がついた。心は、もうとっくに竜希と一緒に暮らすことを決めていた。
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第29話 二人の未来を探して

竜希の家に戻ると、彼は先ほどと同じ席に座っていた。ラフな普段着に着替えていて、髪が濡れている。その後ろ姿に、ときめいてしまった。「ただいま」平静を装いつつ声をかけて、彼の隣に座る。「あぁ、お帰り。レモネード、作り直そうか?」竜希の問いに、目の前にあるグラスに視線を向けると、レモネードが半分ほど残っている。(ゆっくり飲みたかっただけなのに、変に気を遣わせちゃったかな?)なんて思いながら、大丈夫だと答えた。「でも、もう冷たくなくなってるだろ?」「そんなに長時間、置いてたわけじゃないから大丈夫だって。それに、せっかく竜希が作ってくれたんだから、捨てるのはもったいないよ」僕がそう言うと、竜希は照れくさそうにはにかんだ。「佳晴さんがそれでいいなら、いいけど。もし飲み終わったら、速攻で作るからな」「わかったよ。それじゃあ、物件探しではずせない条件、挙げていこうか」と、パソコンを起動しメモ帳を開く。「やっぱり、駐車場は必須だよな。俺のと佳晴さんので、二台分」「そうだな。駐車しやすいとこだと、なお良しって感じかな」言いながら、メモ帳に入力していく。「佳晴さんは、何階想定で考えてる?」「そこは、特に考えてなかったな。一階だったら、割と楽だけどね」確かにと、竜希が同意する。それから、キッチンの収納やクローゼット、バス・トイレ別など、互いに譲れないこだわりを書き出していく。「俺はこんなもんだけど、佳晴さんは? 他に希望ないの?」「僕? そうだなー……風呂場とトイレは、ある程度、広い方がいいかな」「風呂場……? なんだ。そういう事なら、言ってくれればいいのに。裸のつき合い、しようぜ」妖艶な笑みを浮かべる竜希に、肩を抱き寄せられる。その色香に流されそうになるけれど、どうにか耐える。「そ、そうじゃなくて! 風呂場もト
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第30話 理想の物件と熱い視線

日常に戻った僕は、わくわくしながら日々をすごしていた。仕事をしていても、心の中はどこか落ち着かない。浮き足立っているのは、周囲にもバレていたようで。同僚から、何かいい事でもあったのかとたずねられることが何度かあった。その度に、曖昧に言葉を濁す。時間はあっという間にすぎて、内見当日。僕は竜希を連れて不動産屋へと向かった。窓口で内見の予約をしていると伝えると、「いらっしゃいませ。相馬様ですね? お待ちしておりました」と、長身ですらりとした男性が奥からやってきた。「あ、はい! よろしくお願いします」その男性の凛とした雰囲気に、変に緊張してしまう。「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。物件には、すぐにご案内いたしますから。リラックス、リラックス」彼は、優しい笑顔を浮かべる。目つきが鋭いから少し身構えてしまったけれど、案外いい人なのかもしれない。「申し遅れました。私、担当の君島と申します」と、丁寧に名刺を差し出された。「ご丁寧に、どうも」なんて、平静を装いながら受け取る。でも、内心は、やらかしたと焦っていた。普段なら、自分の名刺は持ち歩いている。でも、休日はさすがに持っていなかった。「佳晴さん、落ち着いて」大丈夫だからと、竜希が耳もとでささやく。その声音に、心は一瞬にして落ち着きを取り戻した。「どうかしましたか?」と、怪訝そうな君島さん。何でもないと取り繕うと、「それでは、私どもの車で向かいますので、こちらへどうぞ」と、店の外に案内された。駐車場を少し歩くと、真っ白な車が数台ほど停まっている。ドアの側面には、この不動産会社の社名が大きく入っていた。「助手席と後部座席に――」「いえ、俺達は後ろに乗りますので」君島さんの言葉を遮って、竜希がそう宣言した。君島さんは気分を害した風もなく、にこやかに了承してくれた。「ちょっと、竜希。どういうつもりだよ」小声
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