LOGIN相馬佳晴は、知らない部屋で目が覚めた。ベッドを出ようとすると、自分が裸であることに気づく。 何か失態を犯してしまったのかと、昨夜の事を思い返す。行きつけのバーに行って、カクテルを飲んだ事は覚えている。しかし、その後の事が思い出せない。 服を着てリビングに行くと、家主の相沢竜希が二人分の料理を用意していた。警戒しながらも食卓につく佳晴を、意味深な視線で竜希が見つめる。その視線だけで、快楽を感じてしまう佳晴。混乱する佳晴に、竜希は「昨夜は、濃密な夜だった」とだけ告げる。佳晴は、竜希から逃げ出すようにその場を離れる。 だが、どこへ行っても竜希の影がちらつき、佳晴の体は竜希を覚えてしまっていた。
View More意識が浮遊する感覚と少しの眩しさに、僕はゆっくりとまぶたを開けた。
(ここ……どこだ?)
知らない布団の感触に、ふと疑問に思う。
視界に写るのは、窓から差し込む日光に照らされた、見覚えのある天井と壁。なのに、周囲にある調度品は、知らない物ばかりだった。
「痛っ……!」
頭が痛み、思考を邪魔してくる。昨夜は、行きつけのバーで飲んでいた。もしかしなくても、飲み過ぎたのだろう。久しぶりの二日酔いに、僕のテンションは急降下だ。
とりあえずベッドから出ようとして、僕は違和感に気づいた。普段はあるはずの、布の感触がない。
「……は?」
布団の中を確認して、思わず、声が出てしまった。
あり得ないことに、僕はパジャマはおろか、下着すら着ていなかった。熱帯夜でさえ、Tシャツに短パンは着ているというのに。しかも、自宅ではないだろう場所で、だ。
(いやいやいや……さすがに、あり得ないって! これは……そう、夢だ! 夢!)
なんて現実逃避をしながら、僕はもう一度、布団の中を確認する。
「マジか……」
視界に写るのは、素肌のままの下半身。少し手前に視線を移せば、上半身も見えてくる。けれど、やはり何も着ていない。この事実は、間違いようもなかった。
なぜ、どうして……。そればかりが、頭の中を駆け巡る。
「とりあえず、落ち着け!」
深呼吸をして、室内を見回す。男物のジャケットが数着、壁にかけられている。けれど、自分の物ではない。普段、僕はジャケットをクローゼットにしまっているからだ。
頭痛に耐えながら、視線を床の方へと滑らせていく。艶のあるフローリングには、埃一つ落ちていなかった。きれい好きな人が家主なのだろうと思い、見覚えのある木目には気づかない振りをした。フローリングなんて、どれも同じような木目のはずだと、考えるのを放棄する。
ベッド脇を見ると、一人分の服が脱ぎ散らかされていた。間違いなく、僕の服だった。
そそくさと服を着る。少しだけほっとしたところで、尻の内側にある違和感に気がついた。何かを擦りつけたような、そんなしびれ。
(何だろう? これ……)
どうにも気になる。でも、痛みがあるわけではない。
落ち着かないけれど、一旦、意識の外に追いやって、部屋を出ることにした。
扉を出た瞬間、隣の部屋から物音が聞こえてきた。おそらく、リビングかキッチンだろう。僕の他に、誰かがいるのは確実だ。
緊張と未知の恐怖に強張る体を解すように、僕は小さく深呼吸をする。覚悟が決まったところで、隣室に繋がる扉を開ける。
「あ! おはよう」
僕よりも背の高い男が、振り向いて笑顔を見せる。目鼻立ちのはっきりしている、いわゆるイケメンだった。二枚目の若手俳優にでもいそうな雰囲気がある。おそらく、この家の主だろう。右側にあるカウンター型のキッチンから、二人分のカップをテーブルに持ってくるところだった。
「おはよう、ございます……」
僕は、反射的にそう返していた。
栗色の髪の見覚えのない男。それも、自分より若いだろう彼を前に、僕は必死で記憶を掘り起こそうとする。最近、入社したばかりの後輩か、それとも取引先の誰かか。いずれにしても、僕の記憶の中にはいない人物だった。
「何で、そこで突っ立ってるのさ? こっちにおいでよ」
笑いながら、男が声をかけてきた。
彼は、部屋のほぼ中央にあるテーブルの向かい側に座っている。何気ない日常風景のはずなのに、ドラマのワンシーンのように思えてしまった。彼の雰囲気が、そう思わせるのかもしれない。
混乱する中、僕はその場から動けなかった。彼が誰なのか。ここがどこなのか。そもそも、なぜ僕がここにいるのか。疑問だらけで、上手く思考がまとまらない。おまけに、頭痛はまだ居座っている。
「朝飯作ったから、一緒に食べようぜ」
と、彼がにこやかに誘ってくる。
テーブルの上に視線を向けると、二人分の朝食が準備されていた。出来立てなのか、白い湯気が立っている。
どうしようかと逡巡する間もなく、僕の腹が大音量で鳴った。
「あ……」
気づいた瞬間、恥ずかしくて顔が熱くなる。
(マジか……。この状況でも腹減るとか、どんだけだよ)
僕は、内心、自分にツッコミを入れた。穴があったら、すぐにでも入りたいくらいだ。
「あっはは、体は正直ってか! 悩むのは、腹ごしらえしてからでもいいんでない?」
豪快に笑ったかと思うと、彼は優しくたずねてくる。
この状況で断るのも何だか気が引けて、僕はご相伴にあずかることにした。彼の対面に座ると、ほかほかのご飯と形のきれいな卵焼きとしじみのみそ汁が、僕を待ち構えていた。
「……いただきます」
緊張しながらつぶやいて、僕は食事に手をつける。
朝食は、どれも優しい味わいで、二日酔いの僕にはとてもありがたいものだった。
「めっちゃ、美味そうに食べるじゃん」
と、対面にいる彼が、優しい微笑みを浮かべている。
「……っ! 何だか、がっついてるみたいでみっともないですよね。すみません」
急に恥ずかしくなった僕は、進む箸を止めて頭を下げた。
「いや、別にいいって。ただ、佳晴《よしはる》さんが、元気になったみたいでよかったなって思ってさ」
彼はそう言って、卵焼きを一切れ口に入れた。
(……ん? 名前、呼ばれた?)
彼の今の発言に、僕は少し引っかかった。
「あの……どうして僕の名前、知ってるんですか?」
箸を置いて、僕は目の前の男に問いかけた。
少し、警戒しているような声音になってしまったかもしれない。でも、それもしかたがないだろう。面識のない人物なのだし、名前を教えた記憶もないのだから。
「あれ? もしかして、覚えてない? 昨日の夜、あんたが教えてくれたんだぜ? 相馬《そうま》佳晴さん」
「え? 僕が教えた……?」
予想していなかった事に、僕は愕然とする。
「ちなみに、俺は相沢《あいざわ》竜希《たつき》でーす」
よろしくと、彼は自己紹介した。
(確かに、聞いたことがあるような……?)
そう思って、昨日の事を思い返してみる。
昨日は、仕事から帰ってきて、自宅近くにある『篝火《かがりび》』というバーを訪れた。帰宅後、篝火に行って一杯引っかける、それがここ最近の僕の楽しみだった。
店内は、落ち着いた雰囲気で、ついつい長居してしまう。確か、昨日も一杯だけのつもりが、結構な数のグラスを空けていたような気がする。
「――っ!」
記憶を漁っていると、急に鋭い痛みがこめかみ辺りに走った。僕は小さく呻いて、反射的に左手を頭にやる。
「大丈夫かよ!?」
と、目の前の彼が心配そうに声を上げた。
「だ……大丈夫、です。二日酔いなだけで……」
無用な心配をさせないために、僕はわざと明るく振る舞った。つもりだった。でも、結果としては、彼――相沢さんの表情は、ほとんど変わらなかった。
失敗したかとも思ったけれど、どうしようもできない。今は、痛みに耐える方が先決だった。
目を閉じて深呼吸を繰り返す。しばらくすると、痛みは消えていった。
「本当に大丈夫?」
相沢さんの気遣う声で、僕はゆっくりと目を開ける。
「ええ、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
申し訳程度に謝罪して、僕は残っている料理を平らげる。
ごちそうさまでしたと告げると、相沢さんは真顔で、
「ねえ、本当に何も覚えてないの?」
「すみません。篝火で飲んでいたのは、かろうじて覚えてるんですけど、それ以上の事は……」
言葉を濁して、僕は目を伏せた。
昨日の夜、いったい何があったのか、知りたい気持ちはある。でも、実際に聞くのは怖かった。自分が、何か酷い事をやらかしてしまっていたらと思うと、気が気ではない。
「そっか、なるほどね……」
そうつぶやく相沢さんの声は、意外にも明るかった。何かを思案しているようにも聞こえる。
「じゃあ、俺の部屋で、あんな事やこんな事をした記憶もないわけだ?」
挑発するような、揶揄《からか》うような彼の声音に、僕は反射的に視線を向ける。
「……あんな事やこんな事?」
どこか不穏な響きに、無意識に警戒してしまう。
「ああ。俺的には、めっちゃ濃密な一夜だったんだけど?」
と、相沢さんは、わずかに目を細めて僕を見つめてくる。
ねっとりとした視線に、一瞬、呼吸ができなくなった。初めて向けられた視線のはずなのに、僕は
(な、んで? こんな感覚、知らない……。何だよ、これ!?)
訳がわからなくて、僕は混乱する。
「へえ? これだけで、そんな反応するんだ? ふふっ、かーわいい」
興味深いと、彼がつぶやいた。
その低めの声とちらりと見えた舌先に、僕の下半身がひくりと反応した。
「貴方……僕に、いったい何をしたんですか!?」
荒い息を繰り返しながら、僕は相沢さんを睨みつける。
けれど、思っていた効果はなかったらしい。
「特には何も? 強いて言うなら、昨夜は熱い夜だったってことだけかな」
と、相沢さんは、涼しげな笑顔で言った。
その爽やかさの中に、妖艶な色が混ざっているのを、僕は感じ取っていた。一瞬、脳裏に本性をさらけ出した彼の姿が写る。
「あ……や……いや、だ……!」
僕は、うわ言のようにつぶやいて、熱を帯びる体を引きずって立ち上がる。
その間、相沢さんは何も言わず、観察するように僕を眺めている。
(何だよ、これ……?)
彼の視線と声に、知らないはずの記憶に、僕の体は昂ぶっていく。自分が自分ではないような気がして、怖い。
「もしかして……俺の事、煽ってる?」
小首をかしげて、問いかけてくる相沢さん。口角を上げ、舐めるように僕を見る。
穏やかな物言いなのに、どことなく危険な香りがする。
「そ、んなこと……っ!」
ないと断言はできなかった。のどが詰まり、言葉が出ない。
(このままじゃ……本気でやばい!)
そう思った僕は、視線の呪縛を断ち切るように目を閉じた。一瞬だけれど、燻った熱が落ち着きを取り戻したような気がする。
「すみません! ごちそうさまでした!」
目を開けた僕は、相沢さんから視線をはずして早口でそう言った。
「え? あ……」
彼が、何かを言いかけていたけれど、構っている余裕はない。部屋の入り口付近に立てかけられていた荷物を持って、僕は足早にその場を後にした。
あのままずっと、あの場所にいたら、確実に彼のペースに流されていただろう。それほど妖しい雰囲気が、室内を満たしていた。
玄関を開けると、手すりがついた廊下に出る。見覚えのある色の手すりだったけれど、気にしている余裕は僕にはなかった。早くこの場所から逃げたい、それだけだった。
廊下を進み、階段を駆け降りる。段差を降りる度に、服が敏感な肌をさわさわとなでていく。その感触に反応して、僕自身が反り立っていくのを自覚した。
「くそっ……!」
収まらない劣情に嫌気が差し、悪態をついた。
地面に降り立ち、正面を向いたところで愕然とした。目の前には、見慣れた駐車場と僕の車がある。
「う、そ……だろ?」
振り向くと、自宅があるアパートだった。
目が覚めた時から今まで、見ない振りをしていた見覚えのあるもの達が、現実を容赦なく突きつけてくる。
自宅が目と鼻の先にあるというのに、こんな失態を犯してしまった。その事実に、僕は打ちのめされていた。一階にある自宅に向かう足取りが、とても重い。
自室に着くと、疲労感が一気に押し寄せてきた。着替える気力もないまま、ベッドに倒れ込む。
僕の手は、無意識に下半身に伸び、直に自分自身に触る。それをきっかけに、昨夜の記憶が断片的に蘇る。
篝火の店内。空のカクテルグラス。ウェイター姿の相沢さん。薄暗い彼の部屋。彼の息遣い。
『……イっちゃえ』
ふいに、相沢さんの低く甘い声が、脳内にこだました。
「……っ! くっ……!」
無意識に記憶していた声にうながされ、僕は呆気なく果ててしまった。
息を整えつつ、後始末をする。
「どうして……」
つぶやいたけれど、それは誰に向けたものだったのか。続く言葉が言えないまま、僕は静寂が包む室内で肩を落とす。
どうして、彼の誘いを受けてしまったのか。流されるまま身を委ねて、記憶を飛ばして、触れられていないのに欲情して――。
深いため息とともに、後悔の念が押し寄せる。けれど、緩急をつけて僕自身を追い詰める彼の指の動きが脳裏に浮かぶ。手でされただけで達してしまったのは、もしかしたら、初めてかもしれない。
「……っ! また……!」
思い出しただけで、僕自身が緩く勃ち上がる。こんな事、今まで一度だってなかったのに。
(くそっ! な、んでっ……こんなに反応してんだよ!)
心の中で悪態をつきながら、熱を逃がすように自身に触れた。
「で? 何を始めるって?」怒りが収まったのか、相沢さんが理沙さんにたずねた。「本音の語らいですよ。やる事やってるのに、ちゃんと話し合ってないみたいじゃないですか。だから、今日この場で、腹割って話せばいいんじゃないかなって」と、理沙さんが告げる。彼女が話している途中から、相沢さんの表情は曇り、南波さんは恥ずかしそうにはにかんでいる。「……どうして、それを?」静かに問いかける相沢さんの視線は、理沙さんに向けられているはずなのに、どこか虚空を見つめているようにも見えた。理沙さんは、少し困ったように僕を見る。僕は小さくうなずくと、「僕が、彼女に相談したんです」と、相沢さんの質問に答えた。「佳晴さんが……?」と、相沢さんと南波さんの視線が僕に注がれる。「あの時の、相沢さんの言葉の真意がわからなくて。でも、貴方に聞いたら、それ以上の事も言ってしまいそうだったから。それに、あのピアスの事も――」僕がそう言うと、相沢さんは気まずそうに視線をはずした。「ピアスって……?」南波さんが、きょとんとしながらたずねる。「数日前、相沢さんの寝室でピアスを見つけたんですよ。それも、ベッドサイドに置かれてた片方だけのピアスをね」僕は、感情を抑えながら告げる。そうでもしないと、嫉妬が溢れてしまいそうだった。「片方だけ……? それって、もしかして猫の肉球の形してませんでした?」たずねる南波さんに、僕はそうだとうなずいた。「そうだったんすね! いやー、ありがとうございます! 片方、失くしたと思ってたんすよ。この前、竜希さんから受け取ったんすけど、相馬さんが見つけてくれたんすね!」言いながら、南波さんは僕の手を取ってぶんぶんと上下に振る。「あ、いや……どういたしまして」予想外の反応に、
「――今日は、ありがとうございました」カフェを出てすぐに、僕は理沙さんに礼を言った。彼女に話したことで、心が軽くなった気がする。「どういたしまして。もし、また何かあったら言ってください。相談に乗りますので」と、彼女はにこやかに言った。僕は笑顔でうなずいた。友人はある程度いるけれど、この手の話はできないから、本当にありがたい。彼女と別れ、僕は真っ直ぐ帰宅した。日時が決まったら連絡するという彼女の言葉に、胸が躍る。「……そんなに会いたいなら、会いに行けっての」自嘲しながら、そんな事をつぶやく。でも、篝火には行けない。『行きたくない』ではなく、『行けない』のだ。相沢さんに会ってしまったら、胸の中に溜まるどす黒い感情をぶつけてしまうだろう。彼の仕事中であれ、関係なくだ。それが、僕は嫌だった。彼の仕事中の姿が好きだからこそ、邪魔はしたくない。「拗らせてるな……」ため息とともにつぶやく。会いたくない、触れたい、触れてほしい。でも、会いたくない。そんな想いが、堂々巡りのように脳内を駆け巡る。「相沢さん……」虚空に消える声音は、どこか甘えるような切ない響きに聞こえた。こんなに誰かに恋焦がれたのは、何年ぶりだろう。それも、追い縋る恋だなんて、もしかしたら初めてかもしれない。「――っ!」彼の事を考えていると、腹の奥がズクンと疼き始めてしまった。どうしてと思うより早く、僕は自身に直接触れる。「ふっ……あっ!」知らず知らずのうちに、彼の指使いを再現していたのだろう。思わず声が漏れてしまった。こうなってしまうと、欲望を抑えることができなくて。僕は、本能のまま自身をしごき、後ろの窄まりに指を入れる。(相沢、さん……相沢さん、相沢さん、相沢さん……!)彼の
カフェに到着した僕達は、店内の奥にある席を選んだ。周囲に他の客の姿はなく、相談事をするにはうってつけだった。とはいえ、本当に彼女に相沢さんとの事を話してしまっていいのかどうか、今更ながらに悩んでしまう。注文を取りに来た店員に、理沙さんは紅茶とイチゴのパフェを、僕はコーヒーをそれぞれ注文する。「……それで、相馬さんは、何を悩んでるんです?」店員の気配がなくなってから、理沙さんがたずねた。「それは……」口ごもる僕に、理沙さんは肩をすくめて、「まあ大方、相沢先輩との事なんだろうけど」と言った。「え……どうして、それを……?」僕は、警戒するようにたずねた。「いやー、二人を見てれば、なんとなくわかりますよ。それに、あの人、昔から浮いた話でトラブってたし」「え、昔から……?」僕がそう口にした瞬間、注文していた商品が運ばれてきた。「ごゆっくりどうぞ」と店員が離れると、理沙さんはきらきらと茶色の瞳を輝かせる。「わあ、美味しそう! いっただっきまーす!」と、パフェに口をつける。満面の笑みでパフェを頬張る彼女を見ながら、僕もコーヒーに口をつけた。「……それで、相沢さんが、昔から浮いた話でトラブってたっていうのは?」「私、相沢先輩と同じ高校だったんです」理沙さんは、パフェに向けていた視線を僕に向けて言った。相沢さんは、昔からかっこよくて、男女ともに人気があったらしい。告白された数も多かったそうだ。理沙さんも、彼に告白した生徒の中の一人だったようで。「まあ、それは置いといて。当時は、結構、押しに弱い方だったんじゃないかな? 断りきれずに、同時に複数の女子と付き合ってたみたいですよ。結局、それもバレちゃって、ほとんどの女子から無視されるようになったみたいですけど」「そう、だったんだ……。だから、恋人は作らないなんて……」僕がつぶやくと、「え……先輩、そんな事、言ってたんですか?」
よそよそしい彼の作り笑いが、仕事中も脳裏にこびりついて離れない。忘れようとして、ジムで汗を流す。けれど、彼の低く甘い声が、耳の奥にこだまして、忘れさせてくれない。自宅に帰ってからも、彼の幻影は消えてはくれなかった。『佳晴さん』ふいに、彼の甘えるような声音が蘇る。「……っ!」劣情を抱えた僕は、窄まりにも手を伸ばす。彼の手つきを再現するように動かすけれど、どこか物足りない。「相沢、さんっ……!」僕は、少し強引に欲望を吐き出す。すっきりしたはずなのに、どろりとした熱は燻ったままだ。「どんな呪いだよ……まったく」つぶやいて、ため息をついた。相沢さんを知りたいし、抱かれたい。けれど、それ以上に、彼と一緒にいたいと願うようになっていた。色褪せた平日がすぎ、楽しみにしていたはずの土曜日。僕は、ベッドに横になり、天井を見上げていた。当然のように、考えるのは相沢さんの事で。(……逃げてちゃだめだよな)頭ではわかっていても、動けない。先に進みたいのに、今の関係を壊したくない。有り体に言えば、傷つきたくないのだ、僕は。思えば、あずさと交際している時もそうだった。何か大きな決断をしなければいけない時は、大抵、あずさが決めていた。彼女に丸投げしていたと言ってもいい。彼女と別れる時だってそうだ。切り出すのは、いつも彼女からで。「……あの頃から、変わってないな」ぽつりとつぶやき、何も変わっていない自分に嫌気が差す。うじうじしている自分を、変えたかったのではなかったか。本気で、幸せになりたいと思ったのではなかったか。「そんなの、幸せになりたいに決まってる!」問い詰めるような理性の問いかけに、僕は当然とばかりに言い放った。それで、思い出した。相沢さんと体を重ねた理由を。『幸せじゃない状態』から抜け出す事――それが、彼に抱かれた理由だ。「――も