私は桐島西洲(きりしま さいしゅう)の手紙に、少しずつ落とされた。一通、また一通――あの人は、そうやって私を手に入れた。遠距離恋愛だった四年間。結婚して十数年が過ぎたいまでも、私は当時受け取ったすべての手紙の内容と、最後に必ず添えられていたあの言葉を覚えている。――【愛してる、西洲より】だから私は、一度たりとも、彼の本気を疑ったことがなかった。あのメッセージを見るまでは。【会社に着いた?私も赤ちゃんも会いたいよ】……アメリカとの時差は14時間。当時の私と西洲は、昼夜がひっくり返ったような生活を送っていた。けれど彼は、私の生活リズムに合わせるために仕事を夜中にまとめ、時差があるのにまるで同じ場所にいるかのように寄り添ってくれた。そして毎晩、必ず一通の手紙。結びの言葉はいつだって決まっていた。――【愛してる、西洲より】四年間。千四百六十二通。すべて両面びっしりの文字だった。私たちは、ほとんどの人が途中で諦めてしまう遠距離恋愛を乗り越え、そして結婚した。隣で眠る西洲を見つめながら、私は思った。十年以上経った今でも、彼は変わらず毎晩私を抱いて眠る。その瞬間、下腹部に鈍い痛みが走った。起き上がろうとすると、腕を引かれた。「どこ行くの、彩葉?」低く掠れた声。私はくすぐったくなるほど幸せな気持ちで、小声で答えた。「お手洗い」「俺も行く」私は暗い場所が苦手だということを、西洲はずっと知っている。夜中に起きれば、必ず眠そうな目でトイレの前に立ち、私が出てくるまで待ってくれた。戻ったころには眠気はすっかり消えていて、私は横向きになって彼の穏やかな寝息に耳を澄ませた。――私は、きっと世界で一番幸せな女だ。十年以上変わらず愛してくれる夫。素直で優しい娘。そして今、お腹には二人目の命。神様がやっと私を許したのだと思った。アメリカで留学中、家族を事故で一気に失い、生きる理由をなくした私を、支え続けてくれたのが西洲だったのだ。得たものすべてが奇跡だった。翌朝。西洲はいつもと同じように、私にスーツを整えさせ、そして、当たり前のような仕草で額にキスを落として出かけていった。朝食中の娘が目を細めてこちらを見て笑っていた。「もう、見てるこっち
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