Todos los capítulos de 髪を剃った君の左耳~ピアスホールに残った俺たちの十年: Capítulo 51 - Capítulo 53

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51.沈黙が触れる距離

寺務所の窓の外は、いつ雨が落ちてきてもおかしくないほど、白く曇っていた。冬の手前の、色を失いかけた空。薄い光だけを落としながら、どこか重さを孕んでいる。外から入ってくる光はやわらかいのに、そのやわらかさがかえって、室内の細かなものをくっきりと浮かび上がらせていた。小さな寺務所の机の上には、紙の束がいくつも積み上げられている。参列者リスト、供花の一覧、香典の振り込み明細、当日のタイムテーブル。どの紙も同じような白さをしていて、細かい文字だけが黒く並んでいる。その机を挟んで、椅子が二つ。本来なら、この寺務所には折り畳み椅子が三脚置いてある。だが今日は、父が別の檀家の納骨の対応に向かう前に、「後は任せた」と言って、自分の椅子を廊下側にずらして出て行った。残されたのは、机の片側に僧衣の男、もう片側にスーツの男だけ。「…では、このリストが現時点での参列予定者の確定分です」隆寛は、手元の紙を整え、机の中央に置いた。紙が木の天板の上で、さらりと音を立てて滑る。その音が、妙に大きく感じられた。部屋の中には、今、自分たちの気配しかないのだということを、あらためて意識させる。「ありがとうございます」浩人が、短く礼を言った。彼も椅子に座っている。椅子を引きすぎると、机から遠くなりすぎてしまう。自然と、二人の膝の位置は机の下で近づいていた。机の脚と脚の間は、それほど広くない。膝を少しでも前に出せば、互いの足がぶつかるだろう。だから二人とも、膝を揃えて、微妙な角度で引き気味に座っている。それでもなお、膝と膝のあいだの距離は、拳一つ分もあるかどうかというところだった。「…当日、香典は会社としてのものをまとめてお持ちする形でよろしいでしょうか」浩人が、紙を目で追いながら言う。「はい。その方が、受付としても取り扱いがしやすくなります」隆寛も、紙の文字に目を落とした。「個人でお持ちになる方がいらっしゃる場合は、別途、香典袋にご芳名をお書きいただくようお伝えいただければと」
last updateÚltima actualización : 2026-01-07
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52.境内を歩く二つの影

寺務所の戸が閉まったとき、外の空気は、思っていたよりも冷たく感じられた。紙とインクの匂いで満たされていた狭い部屋から一歩出ると、冬の夕方の空気が、肺の奥にすっと入り込んでくる。薄曇りだった空は、いつの間にか雲が切れかけていて、西の方だけが薄く赤みを帯びていた。廊下の先、玄関のあたりから、泰然の朗らかな声が聞こえてきた。「せっかくですから、境内の桜でも見ていってください。十月桜でね、今の季節もちらほら咲いているんですよ」「桜、ですか」浩人の声が、それに続く。「ええ。春ほど派手ではありませんが、冬の花もなかなか風情がありましてね。隆寛」呼ばれた名前に、隆寛は「はい」と返事をした。「野上さんを案内してあげなさい。私はちょっと檀家さんのところへ行ってくるから」父は外套を羽織りながらそう言い、草履をつっかける。玄関の引き戸が開き、冷たい外気が一瞬流れ込んできた。檀家の家へ向かうらしく、すぐに戸は閉まり、足音が遠ざかる。玄関には、浩人の黒いコートと、革靴があった。スーツの上からコートを羽織った彼は、寺の土間に立っている。その姿が、この空間の中で少しだけ浮いて見える。だが、何度か足を運ぶうちに、その違和感も薄れかけている自分がいた。「…では、少しだけ」隆寛は、僧衣の上から薄手の羽織を引っかけた。冬の空気に慣れているとはいえ、日が傾き始めると、さすがに風が骨に染みる。「外は冷えますから、お足元にお気をつけください」「ありがとうございます」浩人は、きちんと頭を下げる。玄関を出ると、石畳が山門の方へと続いている。踏み固められたその道は、昼間は陽を受けて白く見えるが、夕方になると鈍い灰色に変わる。両脇には、砂利を敷いた細い通路と、低い植え込みが続いていた。二人は、自然と並んで歩き始めた。ただし、その「並び方」は、以前とはまるで違う。肩と肩のあいだには、きちんと一人分の距離がある。腕を軽く振っても、相手の手には触れない程度の間合い。意識して保たれたその距離
last updateÚltima actualización : 2026-01-08
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53.崩れそこねた敬語

山門の前まで来ると、空気の冷たさが一段階変わった。境内の中よりも、外の方が、風が容赦なく肌を刺す。石畳の終わりと舗装道路の境界に、小さな段差がある。その手前で足を止めると、吐いた息が白くなって、すぐに夜の闇に溶けた。山門の外には、一台の車が停まっている。黒いボディに、外灯の淡い光がぼんやりと映り込んでいた。フロントガラスには、境内の十月桜の枝が細く影を落としている。エンジンはすでにかかっているようで、フロント部分から微かな振動と低い音が伝わってきた。道路脇の外灯は、決して明るくはない。黄味がかった光が、小さな円を地面の上に描いている。その輪の中に、浩人の影と、自分の影が落ちていた。「本日は、色々とありがとうございました」隆寛は、僧衣の袖を軽く合わせてから頭を下げた。顔を上げたとき、外灯の位置がちょうど浩人の後ろにあるせいで、彼の表情は半分影に沈んで見えた。額から鼻筋にかけてのラインだけがうっすらと浮かび、目元は暗くてよく分からない。それでも、口元の動きで、彼が少し笑ったことが分かる。「こっちの台詞だ。急に押しかけて悪かった」低く落ち着いた声。仕事で鍛えられた、取引先との会話に向ける声だと頭では分かっている。だが、耳には、大学の頃の、部屋で二人きりのときの声の温度が重なってしまう。「急に」ではない、と心のどこかが囁く。一周忌の準備という名目のもとに、何度もここに来ている。その積み重ねの延長に、今日がある。決して、今日だけが特別ではない。それなのに、こうして山門の外で向かい合っていると、「特別な夜」のように感じてしまう自分がいた。「いえ。本当に、助かっております」声を落ち着かせて返事をする。「一周忌は、寺にとっても大切な法要です。施主様と直接お話しできるのは、ありがたいことですから」形式として、これ以上なく正しい言葉。口にしながら、自分が僧侶の仮面をしっかりと被り直しているのを感じた。その仮面の内側で、別の顔が息を潜めている。短い会話が途切れた。
last updateÚltima actualización : 2026-01-09
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