夕方の薄い光が廊下の床に長く伸びていた。講義と自習を終えた学生たちが教室から流れ出し、ざわめきだけが波のように残っている。自習スペースの空気は昼より少し温度が落ちて、静かな冷たさが机の表面にうっすらと広がっていた。隆寛は、ノートを閉じる指先の震えを自分で抑えながら、ゆっくりとペンをしまった。課題は終わった。終わってしまってから、隣にいる浩人の気配が濃くなるのを感じて、胸の奥がわずかにざわつく。椅子が引かれた。高めの音が床に響き、隆寛は自然にそちらへ視線を向けた。浩人が、机から身体を起こし、バッグの肩紐を整えていた。目線だけが隆寛に向く。その一瞬に、呼吸のリズムが変わった。そして、ごく自然な調子で言葉が落ちた。「飯、行くぞ」短い。命令でも強制でもない。なのに、拒む余地を与えない響きだった。隆寛は、ひと呼吸遅れて立ち上がった。本当は断ろうと思えば断れた。用事がある、と言えば済む。だが、喉の奥まで上った言葉は声になる前に消えた。断れないのではない。断ちたくなかった。そんな自分の心を直視するのが怖くて、視線は少し下に落ちた。二人は廊下に出た。夕方の光が白く反射し、壁に影が重く落ちている。学生たちの声がまだ遠くから響いてくるが、それが耳に触れても二人の歩調は崩れなかった。浩人は、無言のまま歩き出し、その歩幅を隆寛に合わせていた。気づいたとき、隆寛は胸に淡い熱を覚えた。浩人が誰かに速度を合わせる姿を、あまり見たことがなかった。学食に向かう途中、ガラス壁の向こうに夕暮れ色の空が見えた。灰色と橙色が混ざり合い、キャンパスの建物が影の輪郭だけになっていく。足音がふたつ、リズムよく並んで響く。学食の入り口に近づくと、ざわめきが一気にあふれ出した。食器が当たる音、椅子を引く音、遠くの笑い声。それらが重なり合って混濁した空気を作っていた。その中で、浩人は振り返らずに言った。「辛いの食える?」その問いは、隆寛の体温のど真ん中に落ちてきた。自分に合わせようとしているのか、それともただの確認なのか、判断がつかない。それでも、胸
Last Updated : 2025-12-08 Read more