窓の外では雨が降っている。十一月の冷たい雨が、ガラスを叩いて不規則な音を立てていた。霧島レナは事務所の古びた革張りの椅子に足を投げ出し、煙草をくゆらせていた。紫煙が蛍光灯の光の中でゆっくりと渦を巻く。 壁には「霧島探偵事務所」という看板がかかっているが、看板の文字はすでに色褪せている。この事務所を開いてから七年。派手な仕事は避け、地道な調査で食いつないできた。浮気調査、失踪人捜索、企業の身辺調査――人間の暗部を覗き見る仕事だ。「ババア、また煙草かよ。肺が真っ黒になって死んでも知らねえからな」 ソファで漫画雑誌をめくっていた少年が、顔も上げずに毒づいた。桐生ユウタ、十六歳。三年前、ある事件で知り合ってから、なぜか居着いてしまった相棒だ。高校には通っているが、放課後になると必ずこの事務所に顔を出す。「うるせえ。テメェの心配する前に自分の宿題でも心配しろ」「終わってるっての。つーか、今日も依頼なしかよ。このままじゃ来月の家賃も払えねえんじゃねえの?」「黙れクソガキ。テメェに食わせる飯代がなくなったら、真っ先に追い出すからな」「へいへい。どうせ口だけだろ」 ユウタはにやりと笑った。レナは舌打ちして煙草を灰皿に押し付けた。確かに今月は依頼が少ない。浮気調査が二件終わったきりで、新しい仕事が入ってこない。不況の波は探偵業界にも容赦なく押し寄せている。 その時、事務所のドアがノックされた。「どうぞ」 レナが答えると、ドアが開いて一人の女性が入ってきた。三十代半ばだろうか。黒いコートを着て、濡れた傘を持っている。整った顔立ちだが、目の下には隈ができており、疲労の色が濃い。「霧島探偵事務所の方でしょうか」「ああ。霧島レナだ。そっちのガキは桐生ユウタ。一応、助手ってことになってる」「ガキじゃねえし。つーか、ちゃんと紹介しろよ」 ユウタが不満そうに言ったが、女性は気にした様子もなく椅子に座った。「水無瀬由香と申します。実は、夫のことでご相談が……」 由香は震える声で話し始めた。夫の水無瀬誠は大手製薬会社「アステラ・ファーマ」の研究員だった。二週間前から帰宅しなくなり、携帯電話も繋がらない。会社に問い合わせたところ、誠は一週間前から無断欠勤しているという。警察には捜索願を出したが、成人男性の失踪は事件性がない限り本格的には捜査してくれない。「夫
最終更新日 : 2025-11-23 続きを読む