朝の光が、レースのカーテン越しに部屋を満たしていく。柊アオイは目を覚まし、いつものように携帯電話のアラームを止めた。午前六時三十分。窓の外からは、丘の下の街並みが一望できる。赤い屋根が点在し、その向こうには青い空が広がっている。 アオイは十四歳の中学二年生で、この「丘の上の街」で生まれ育った。街は小さく、住人は二百人ほど。みんなが顔見知りで、誰もが親切だった。アオイにとって、ここは世界のすべてだった。 制服に着替え、階段を降りる。キッチンからは朝食の匂いが漂ってきた。「おはよう、アオイ」 母の声が明るく響く。テーブルには、トーストと目玉焼き、それにサラダが並んでいた。「おはよう、お母さん」 アオイは席につき、オレンジジュースを一口飲んだ。窓の外では、一匹の猫が塀の上を歩いていた。白と茶色の模様で、右目だけが青い。「ねえ、お母さん。この街の猫って、みんな片方の目だけ青いよね」「そうね。不思議よね」 母は笑いながら答えたが、それ以上のことは言わなかった。アオイはトーストを齧りながら、その猫を眺めた。なぜだろう。この光景を、前にも見たような気がする。 学校へ向かう道すがら、アオイは街の風景を観察した。石畳の道。白い壁の家々。角を曲がるたびに現れる小さな広場。そして、丘の中腹にそびえ立つ古い時計塔。 時計塔の針は、午前七時十五分を指していた。アオイが見上げたとき、奇妙なことが起きた。秒針が、一瞬だけ逆向きに動いたように見えたのだ。 目の錯覚だろうか。アオイは首を傾げたが、すぐに歩き始めた。 学校の門をくぐると、親友のユウカが手を振っていた。「アオイ! おはよう!」 ユウカは明るい性格で、いつも笑顔を絶やさない少女だった。栗色の髪をポニーテールにまとめ、大きな瞳が印象的だ。「おはよう、ユウカ」「ねえねえ、今日の数学のテスト、勉強した?」「え? テスト?」 アオイは驚いた。テストがあることを忘れていた。いや、忘れていたというより――「去年もこの会話したよね」 ユウカがクスクスと笑った。「え?」「冗談だよ。でも本当に、アオイっていつも同じリアクションするよね」 その言葉に、アオイの胸に奇妙な感覚が広がった。デジャヴ。この会話を、確かに前にもした気がする。でも、それはいつだったのか思い出せない。 教室に入ると、クラスメイトたちが
最終更新日 : 2025-11-25 続きを読む